【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
翌朝、俺は西区の高級住宅街を歩いていた。
石畳の道は広く、街路樹は手入れが行き届いている。すれ違うのは背筋の伸びた執事や、買い物籠を抱えたメイドたちばかりで、下町の喧騒が嘘のような静けさだった。
やがて、周囲の屋敷よりひとまわり大きな邸宅が見えてくる。
白い大理石の壁に、深緑の蔦が這う三階建て。門柱には蛇がとぐろを巻く家紋──エゼルディア子爵家の館だ。
「……デカいなぁ」
門をくぐると、左右に薬草園が広がっていた。薄荷、洋甘菊、ラベンダー、その他見たこともない植物が整然と区画分けされている。さすが調薬と香料の名家。庭そのものが資源だ。
玄関扉の前には、ラミアのメイドがふたり控えていた。
ひとりは深緑の鱗を持つ若い女性。もうひとりはやや年かさで、鱗は落ち着いた銅色だ。どちらも腰から下が蛇で、長い尾を優雅にくねらせている。
制服は白いブラウスに深紅のスカートというか……蛇の下半身にはスカートは穿けないので、前掛けのようなエプロンを尾の付け根で留める独特の装いだった。人間サイズの常識では計れない、ラミアならではの文化だ。
「タクミ様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」
深緑のメイドがにこりと微笑む。口の端から、二又に分かれた細い舌がちろりと覗いた。
「奥様が客間でお待ちです。どうぞこちらへ」
屋敷のなかは、さらに冷涼だった。
石造りの廊下は天井が高く、足音がよく響く。壁にはラミアの美意識を反映した装飾が施されていた。
絵画は風景や静物が中心で、人物画が異様に少ない。鏡もない。ラミアは視覚よりも嗅覚と触覚を重視する種族だと、昨日職員から聞いたのを思い出す。
その代わり廊下の要所には香炉が置かれ、微かに甘い煙を揺らめかせている。薄荷と、麝香と、あともうひとつ、名前のわからない花の匂いが混ざり合っていた。
「こちらが客間でございます」
銅色のメイドが重厚な両開きの扉を押し開く。
客間は想像以上に広かった。天井からは魔導式のシャンデリアが下がり、足下には分厚い絨毯。壁一面には薬草や香料の原料が陳列されたガラス棚が並び、薬学の名家であることを主張している。
そして部屋の中央。
長椅子というより寝台に近い優美な椅子に、とぐろを巻くようにして座っている女性がいた。
エゼルディア子爵夫人だろうか。
彼女は、ゆっくりとこちらを向いた。
「あら、いらっしゃい」
年齢はたしか四十二歳だと職員から聞いたような気がするな。
だが、見た目はもっと若い。三十代前半と言われても通るだろう。黒髪は濡れたように艶やかで、後ろでひとつに束ねている。
瞳は縦長の瞳孔を持つ琥珀色。肌は人間よりやや青白く、陶器のような滑らかさだ。
問題は服装だった。
(エロ……)
彼女は、ほとんど裸だった。
いや、厳密には着ている。着てはいるのだ。
しかし布面積が少なすぎた。
胸元は深くV字に開き、豊満な乳房の谷間が露わになっている。というか、乳房の半分以上が露出している。辛うじて乳首だけが隠れているが、布地は薄絹でぴったりと貼りつき、その形をくっきりと浮き立たせている。
腰から下はもちろん蛇の鱗に覆われているのだが、上衣と鱗の境界……人間でいう腰骨のあたりで、服は終わっていた。
さらに言うなら、上衣そのものがもはやベールと呼んだほうがいい透明度で、鎖骨も、肩甲骨も、臍も、すべてが見えているに等しい。
ラミアの文化ではこれが正装なのか?
だが、俺からすれば、ほとんど裸の美女がとぐろを巻いているようにしか見えなかった。
「どうしたの、突っ立ってないで。中に入りなさい」
「失礼します」
俺は平静を装いながら、部屋の中央へ進んだ。彼女の正面、約三メートルの距離で立ち止まる。
「エゼルディア子爵夫人ですね。本日は面接のお時間をいただき、ありがとうございます。私はタクミと申します」
彼女は返事をせず俺をじっと見つめてきた。
いや、見つめているのではない。
嗅いでいるのだ。
彼女の二又に分かれた舌が、ちろりと空気を舐める。ラミアの嗅覚は舌で空気中の分子を分析する……。
「ふぅん」
夫人はゆっくりと首をかしげた。束ねた黒髪がさらりと肩を滑る。
「昨日、エルフの女と寝たわね」
なんで分かるんだよ。
「それも、相当なババァよ。相手の匂いが染みついてる。……五百歳ってところかしら」
「おそれいります。そのとおりです」
「飲食店で例えるなら、食べかけの菓子を持ち込まれた気分だわ」
彼女はうっすらと笑った。高慢な笑みだったが、どこか面白がっているようにも見えた。
「まあいいわ。私、エゼルディア子爵夫人のシェリルよ。よろしく」
「よろしくお願いいたします、シェリル様」
「『様』はいらないわ。奥様でいい」
奥様も様、ついてないか?まぁいいや。
「はい、奥様」
シェリル夫人は長椅子の背にもたれかかり、優雅に尾をくねらせた。鱗が照明を受けて、深い藍色に光る。
「さて、タクミ。あなた、履歴書を拝見したわよ。異世界からの召喚勇者。スキルは【体力+1】。王宮から戦力外通告を受けて、いまは無職……」
「情報流通が早すぎてぐうの音も出ません」
「エゼルディア家の情報網を舐めてもらっては困るわ。王都の薬と香料を牛耳っているのよ、うちは。噂は空気みたいに流れてくるものなの」
彼女はそこで言葉を切り、琥珀の目を細めた。
「で、なんでうちのベビーシッターに?」
「仕事を探していたら、斡旋所で紹介されまして」
「他にも仕事はあったでしょう。なぜラミアの家を選んだの?」
「……正直に言っていいですか」
「ええ。嘘をついたら舌でわかるから」
「給料が一番よかったからです」
シェリル夫人は一瞬、きょとんとした。
そして、くすくすと笑い始めた。
「正直ね。気に入ったわ。みんな『お子様が好きだから』とか『ラミアの文化に興味があって』とか、つまらない建前を並べるのよ。金が目当てで何が悪いの。労働の対価ですものねぇ」
「あと、住み込み寮完備で朝夕食付きだったのもポイント高いです」
「あら、そっちが本命?」
「半々です」
夫人は笑みを深くした。ちろりと舌が覗く。空気を舐めている。
「……驚いたわ。あなた、嘘を言ってない」
「嘘をついても分かると言われましたから、正直に答えただけです」
「人間はたいてい、面接の場で何かしら嘘をつくものよ。『子供が好き』『ラミアに偏見はない』『体力には自信がある』。みんな嘘。でも、あなたは違う。金と住居と飯が目当て、それだけ。そういう正直者は嫌いじゃない」
彼女は尾をゆっくりと動かし、俺の足下あたりを這わせた。鱗が絨毯を擦る、さらさらという微かな音。
「でもね、タクミ。正直なだけでは雇えないの。うちの子たちはラミアよ。人間のベビーシッターにとっては、それだけでリスクなの」
「リスク……ですか」
「ええ、あなたにとってもね。それに巻きつきによる骨折。長時間密着された際の低体温症。それから長女は反抗期で、たまに壁に穴を開ける」
壁殴りする子供がいるとは恐ろしい。いや、壁尻尾殴りか……。
俺の身体が壁より強靭だといいんだけど。
「聞いてます」
「そのうえで、あなたにそれが務まると思う?」
「思います」
「根拠は?」
「【体力+1】です」
シェリル夫人の眉がぴくりと動いた。
「……本気で言ってる?」
「本気です。俺にはこれしかないんで」
そう、これしかない。だから俺はそう思い込むしかない。
嘘じゃないぞ。本気でそう思ってるんだ。
「スキルってのはね、種族の基本性能に上乗せされるものなのよ。人間の基本体力に+1したところで、ラミアの幼児の締め付けに耐えられるとは思えないのだけど」
「正直、やってみないとわからないです。でも、俺はエルフの五百歳と丸一日やって生きてます」
夫人はしばらく沈黙した。琥珀の瞳が、値踏みするように俺を見据えている。舌がちろちろと空気を舐める頻度が増えた。
「いいわ」
彼女はにわかに笑みを浮かべた。
「テストをしましょう。実技試験よ」
「実技試験、ですか」
「そう。あなたの体力と、ラミアへの適性を見せてもらう」
彼女はそう言うと、長椅子からするりと降りた。
床に着地した下半身は、藍色の鱗に覆われた大蛇そのものだった。太さは俺の腿ほどあり、長さは優に三メートルを超えている。這うように移動する彼女の姿は、優雅でありながら原始的な威圧感があった。
「メディ、アゼル、入ってきて」
夫人が呼ぶと、先ほどの深緑と銅色のメイドふたりが扉を開けて入ってきた。
「奥様、お呼びでしょうか」
「ええ。テストを手伝って」
「かしこまりました」
三人のラミアに囲まれている。しかも全員、下半身が蛇。じりじりと尾を引きずりながら距離を詰めてくる。
「な、なにを……?」
食われるんじゃないよね?
「安心して。命までは取らないわ」
夫人は笑っている。獲物を見る目だった。
「あなた、体温が高めね?」
「いや、平熱ですけど……」
「私たちラミアにはわかるの。それはあなたの【体力+1】の副次効果かもしれない。代謝が常人より優れている証拠よ」
そういう解釈もあるのか。ただの+1じゃなかったのか。
……いや、多分気の所為だろ。そんな効果モリモリでたまるか。
「だからこそ、試したいの。あなたの体温が、私たちラミアにとって快適かどうかを」
夫人が手を上げると、ふたりのメイドが左右からにじり寄ってきた。
「メディ、アゼル。巻いて」
「はい、奥様」
次の瞬間。
するするすると、深緑のメイドの尾が俺の右足に巻きついた。同時に、銅色のメイドの尾が左足に絡む。
「え、ちょっ──」
ひやり。
鱗はひんやりと冷たく、それでいて滑らかだった。締め付けはまだ強くない。いや、これから本気になるのだ。
「じゃあ、段階を踏むわよ。まずはメディから。強度その一」
「かしこまりました」
右足に巻きついた尾が、ぎゅっ、と締まった。
「……っ、これくらいなら」
「そう。じゃあ、アゼル、その二」
左足が、さっきより強く締まる。
「……っ!」
血管が圧迫される感覚。でも、まだ耐えられる。
「さあ、ここからよ」
夫人は俺のすぐ目の前まで這い寄ると、琥珀の瞳で俺を見上げた。
身長差があるので、彼女は自然と見上げる形になる。胸元がさらに露わになり、あわや乳首がこぼれるかという至近距離だ。
「メディ、アゼル。その三」
「はい、奥様」
ぎゅうううっ……!!
左右同時に、さっきまでの三割増しの力で締め上げられた。
「ぐっ……!!」
さすがに声が出た。膝ががくっと折れそうになるのを堪える。両足の血流が止まりかけているのに、不思議と上半身にはまだ余裕があった。
【体力+1】、これがそうなのか? 血行促進、あるいは耐圧性能の底上げか。
「……あら?」
シェリル夫人が意外そうに声を上げた。
「まだ立ってる。普通の人間なら、いまので膝をつくはずよ」
「肋骨はまだ、折れてないです」
「ええ、そうね。じゃあ……」
夫人は振り返り、何かを判断するようにメイドたちと視線を交わした。
「私も混ざるわ」
「は?」
彼女は微笑んだ。それはもう、完全に獲物をいたぶる捕食者の笑みだった。
「最終テストよ、タクミ。私が直接巻きつく。それに耐えられたら、あなたを正式に採用する」
「まっ――」
言い終わる前に、彼女の尾が俺の胴体に巻きついていた。
太くて、重くて、それでいて驚くほど滑らかな鱗が、俺の腰から胸にかけて一気に絡みつく。
「ひっ……!」
冷たい。足に巻きついたメイドたちより、さらに冷たかった。変温動物の体温がじかに伝わってくる。
同時に、彼女の上半身が密着した。
豊満な乳房が俺の胸に押し付けられる。薄絹越しに、体温の低い肌と、なぜか熱く感じる胸の感触が混ざり合う。
「動かないで。いまから少しずつ締めるから」
耳元で囁かれる。二又に分かれた舌が、俺の首筋をちろりと舐めた。
「……っ!」
「あら、ここ、敏感なのね。いい反応」
彼女はくすくすと笑いながら、尾の締め付けを徐々に強めていった。
ぎゅるるるる……っ。
蛇の尾が、服越しに俺の全身を這い回る。冷たい鱗と、圧迫される苦しさと。同時に、彼女の上半身の柔らかさと、甘い薄荷のような吐息。
「どう?まだ耐えられる?」
「だ、いじょうぶ……です……っ」
「凄いわね、あなた」
夫人の声が、少しだけ感心した響きに変わる。
「普通の人間なら泣いて謝る強さよ、いまの」
「わかんない……です……でも……」
「でも?」
「奥様……いい匂い、ですね……っ」
一瞬、締め付けが緩んだ。
シェリル夫人がわずかに身を引き、琥珀の目をぱちぱちと瞬かせる。
「……へえ」
彼女の口元が、ゆっくりと弧を描いた。
「いま、圧迫されてる最中に、私の匂いのことを考えてたの?ふふっ……そうなの……」
彼女は尾をゆるゆると解きながら、俺から少し離れた。
メイドたちも、それに倣って尾を引いていく。
「テストは合格よ」
「……え?」
「採用。あなた、今日からうちのベビーシッターよ」
シェリル夫人はさらりと黒髪をかき上げ、高慢な笑みを浮かべた。けれど、その琥珀の目には、さっきより少しだけ親しみが混ざっている気がした。
「体力も、耐性も、感受性も申し分ない。なにより、正直なのがいい。嘘をつく人間に子供は任せられないから」
「……ありがとうございます」
「あと、もうひとつ」
夫人はつかつかと──いや、這い寄ってきて、俺の耳元に口を寄せた。
「あなた、下半身は反応してなかったわね。あれだけ密着したのに。もしかしてエルフのババァで満足しちゃった?」
「……してました。奥様の鱗に隠れて見えなかっただけで」
夫人は三秒ほど沈黙し、それから声を上げて笑った。
「あっははは!面白い人間!気に入ったわ!」
彼女は笑いながら、もう一度俺の首筋を舌でちろりと舐めた。
「これからよろしくね、タクミ。期待してるわ」
琥珀の瞳が、獲物をいたぶる愉悦にぎらついている。
俺は、この屋敷で無事にやっていけるのか……というより、この奥様の前で無事でいられるのか、急に不安になってきた。
でもまあ、月銀貨二十五枚だ。
それだけあれば、ラフィエルに会えるし、他の風俗にも行けるかも……?
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
俺は平静を装い、深く頭を下げた。
足にはまだ、冷たい鱗の感触が残っていた。