【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
風俗街という掃き溜めのなかにあって、さらに純度を高めたクズどもが屯する酒場──それがぽんぽこ亭だ。
「くくく……」
その一角で、俺は不敵な笑みを漏らしていた。
テーブルの上には、この店で一番高い酒のボトル。グラスには琥珀色の液体がたっぷりと注がれ、氷が涼やかな音を立てている。
「うーん……これはいい酒だ」
一口含む。芳醇な香りが鼻を抜け、喉の奥でじんわりと熱くなる。
(なにせ一番高い酒だからな。当然といえば当然か)
不思議なものだ。同じぽんぽこ亭でも、手にしている酒が変われば、見える景色まで変わってくる。
薄汚い壁のシミも、酔っ払いの怒鳴り声も、すべてが味わい深く感じるぜ。
(これが「上位」の視点ってやつかぁ)
心なしか、世界が俺を中心に回っているように感じられる。
「お、タクミじゃねぇか──って、なんだその酒」
「それ、一番高いやつだろ。どうしたんだぁ!?」
聞き覚えのある声に振り返ると、いつもの三人組が立っていた。
ピギー、ゴルドン、ヴァラーだ。
いつもなら、話し相手が来たと内心でウキウキするところだ。寂しがり屋ではないが、一人酒より誰かと酌み交わすほうがうまいに決まっている。
だが──今日の俺は、一味違う。
「おぉ……これはこれは」
俺はグラスをくるりと回し、にやりと口元を歪めた。
「『下位種』のゴブリン、ピギーさんに。『下位種』のオーク、ゴルドンさんに。『下位種』のオーガ、ヴァラーさんじゃないですか」
三人の動きが止まった。
彼らは互いに顔を見合わせ、それから揃って俺の顔をまじまじと見つめる。
「おい、どうしたんだこいつ」
「さぁ……変なキノコでも拾い食いしたんじゃねぇか。さっき路地裏で、妙にカラフルなの生えてたし」
「頭を打ったか、ババァに精気を吸われておかしくなったかのどっちかじゃないか?」
(くそ、失礼な奴らだな)
俺が普段より少しばかり優雅に過ごしているだけで、このざまだ。
変なキノコ? 頭部打撲? ババァに精気吸引されただと?
(これだから下位種は……)
だが、寛大な俺は、そんな無礼も笑って受け流す。
三人がいつもの席にどっかりと腰を下ろしたのを見計らい、俺はすかさずボトルを差し出した。
「さぁ、遠慮せずに飲みたまえ。上位種さまからの奢りだ」
「お!? いいのかよ!?」
「気前がいいじゃねぇか! こりゃ本格的に頭を打ったなぁ!」
三人は遠慮なくグラスに酒を注ぎ、安酒のときとまったく同じ勢いでがぶがぶと飲み始めた。
氷も入れず、香りも楽しまず、ただ流し込む。
(ぐっ……なんて下品な奴らだ)
人の金で好き放題飲む下品な連中。だが、下々の者どもを温かい目で見守るのも、上位種に課せられた責務のひとつだろう。
俺はグラスを揺らしながら、慈悲深くそれを眺めた。
「げぇーっぷ」
ヴァラーが特大のゲップをかまし、だらしなく椅子にもたれかかる。
「で? どうしたんだよタクミ、この金は。お前、金欠だったんじゃねぇのか」
「ていうか、お前さんよ」
ピギーが身を乗り出し、声を潜めた。
「ヴァルグラン家に追われてるんだろ? 大丈夫なのかよ、こんなとこで呑気に飲んでて」
借金取りに追われるゴブリンに心配されるとは、俺の人生、着実に落ちるところまで落ちている。
だが、俺は今までの俺とは違うんだ。
「あぁ、例の件はね」
俺はグラスを置き、ふっと息を吐いた。
「解決しましたよ」
「なんだって?」
ゴルドンが酒を噴き出しそうになり、必死で堪える。
「どういうことだ。ついさっき、大通りでケンタウロスの騎士どもが隊列を組んで『孕ませ男タクミを見つけ次第、串刺しにしてさらし首にせよ!』とか叫びながら、ものすごい勢いで走り回ってたぞ」
「な、なんだって……!?」
嘘やん。そんな奴らがいたのか?
あまりの恐怖に、グラスを持つ手がぷるぷると震え始めた。さっきまでの優雅な上位種さまの仮面が、音を立ててひび割れていく。
(やばい……! 俺がここに辿り着けたのは運が良かっただけか!? もし見つかってたら、俺はいまごろケンタウロスの槍先で串刺しに……)
──いや、待て。
狼狽えるな、タクミ。
「ふ……ふふ……」
俺は震える手でグラスを持ち直し、余裕たっぷりに酒を一口含んだ。
「心配には及びませんよ。なんたって、俺は……」
すべてを見下すように、俺は不敵な笑みを浮かべた。
「上位種さま、ですからねぇ!!!」
俺の声は、ぽんぽこ亭の店内に響き渡った。
「そう! 俺は人間の上位種! 勇者なんだ! 人間の王族にすら、俺は命令できるんだぞ! ヴァルグランってのは所詮は一介の貴族! 王族の命令なら聞くはず!」
俺は声高らかに宣言した。
「つまり──王族より偉い人間である俺にとって、ヴァルグランは恐れるに足らず! 王にヴァルグランの動きを止めろと命令するだけでいいんですからねぇ!」
グラスを掲げ、胸を張り、英雄のような気分でそう叫ぶ。
さぁ、驚け。畏れよ。尊敬しろ。
本物の勇者(戦力外だが)の前でな。
「上位種だぁ?」
「そういや勇者って、たしか人間の上位種に分類されるんだっけか」
三人は、また互いに顔を見合わせた。
……?
なんだろう。
なんか、思ってた反応と違う。
もっとこう──
「おぉ、上位種さま!」「どうか我々にお慈悲を!」「さすがは勇者様!」みたいな、畏敬の念に満ちた反応を期待していたんだが。
三人が俺を見る目は、上位者を見る目ではない。
道端で奇声を発している酔っ払いを見るような目だった。ピギーに至っては耳の穴をほじりながら聞いている。
(い、いや、違う……! こいつらはきっと俺が上位種だと知って嫉妬してるんだ! 劣等感の塊である下位種どもめ!)
なんという浅ましい連中だ。これだから下位種のゴミは──。
「でよ、上位種がどうとかはどうでもいいんだが」
ゴルドンがテーブルの上のボトルを指差した。
「この高い酒を買った金はどこから湧いてきたんだ」
「あぁ、そのことですか」
俺は優雅にグラスをくるくると回し、氷の音を楽しんでから言った。
「シェリル夫人がくれたんですよ。『上位種に相応しい酒を飲んでらっしゃい』ってね」
そう言って、俺はポケットから金貨を取り出し、三人の眼前でひらりと掲げた。
「き、金貨……!?」
「おいおい、マジかよタクミ!」
銀貨じゃない。金貨だぞ。この世界に召喚されて以来、初めて目にする代物である。
(まぁ、シェリル夫人は『上位種に相応しい酒を飲んでらっしゃい』なんてひと言も言ってないけどね)
実際のところは、こうだ。
シェリル夫人の私室を出る直前、俺がぼそりと「風俗に行く金もないし、ぽんぽこ亭行ってもつまんないなぁ」と呟いた。彼女は呆れ果てた顔で金貨を一枚、ぽいと放り投げてよこしたのだ。
でも、いまはそんな真実はどうでもいい。
「そう! 金貨だ! 見たまえ、下位種の諸君! これが高貴な者にこそ相応しい通貨というものだ!」
俺は金貨を高々と掲げた。
ぽんぽこ亭の薄汚い天井の下で、金色の輝きが爛々と煌めく。
盗品の売り込みをしていた隣の卓の男も、隅でいびきをかいていた酔っ払いも、厨房から顔を出した料理人も──全員の視線が、いっせいに金貨へと吸い寄せられた。
(ふふ……いい気分だな)
これが選ばれし者の感覚か。
「──ねぇ」
背後から声がした。
「うわぁあああ!!! 俺の金貨を奪おうとしてるな!? 誰か助けてくれ! 強盗だぁ! 殺されるぅ!」
俺は悲鳴を上げ、金貨を胸に抱えて椅子から飛び退いた。
「……あのねぇ」
そこに立っていたのは、ポンコだった。
彼女は荒い呼吸で肩を上下させている俺を冷めた目で見ながら言った。
「あのねぇ。自分からそんな火種を見せびらかすバカがどこにいるんだい。忘れてるようだけど、風俗街の治安は良くないんだからさ」
彼女は空いていた椅子に腰を下ろすと、細長い煙草を取り出し、慣れた手つきで火をつけた。
紫煙がゆらゆらと天井へ昇っていく……。
「な、なんだ……ポンコさんでしたか。脅かさないでくださいよ、心臓に悪いなぁ」
俺は金貨をポケットの奥へしまい、席に戻った。
「で? なにがあったんだい、こんな高い酒なんか頼んじゃって。普段はケチくさく一番安い酒で何時間も粘るくせに」
ポンコは俺の返事を待たずに、勝手にボトルを手に取ると、自分の湯呑みにどぼどぼと酒を注ぎ、一気に飲み干した。
(客の高い酒を断りもなく飲むだなんて、このタヌキもなかなかいい性格してやがるぜ……)
「それがよ、ポンコの姐さん」
ヴァラーが酒をがぶがぶ飲みながら、呆れ声で説明を始めた。
「こいつ、急に『俺は上位種だ』とか言い出してよ。ずーっと威張ってんだ」
「上位種ぅ?」
ポンコのたぬき耳が、ぴくりと動いた。煙草をくわえたまま、細めた目が俺のほうを向く。
「まぁ……勇者ってのは、たしかに人間のなかじゃ上位種って扱いだけどね。それがどうしたんだい?」
「え? どうしたもなにも」
俺は胸を張った。
「上位種ですよ、上位種。下位種に対して絶対命令権を持つ、選ばれし存在! とてつもないことでも命令できちゃう、畏れ多き上位種さまなんですよ、俺は!」
ポンコは煙草をふーっと吹かし、怪訝な表情を浮かべる。
「上位種……? 今時そんな……あぁ、でも異世界人だし……もしや、誰かに吹き込まれたか……?」
ポンコはなにやらぶつぶつ呟いていた。何を呟いているのかは不明だが、畏敬の表情には見えない。
なんだ……? なんか反応がおかしいな。
(もしかして俺は、なにかとんでもない勘違いをしているのでは……?)
「お待たせしましたー!」
鈴を転がすような声とともに、料理が運ばれてきた。
トレイを手にしたのは、若い人間の女の子だった。焦げ茶色の髪を後ろでひとつに束ね、そばかすの散った頬に人懐こい笑顔を浮かべている。
ぽんぽこ亭のウェイトレスだ。何度か見かけたことはあるが、こうして間近で見ると──。
(か、可愛い……)
ぽんぽこ亭に不釣り合いなほど、清純な笑顔だった。風俗街の空気にまだ染まりきっていない、明るい瞳。
そして彼女は、人間だった。
(人間、だな)
俺の命令が効く。
(そうだ……! こいつらはオークにゴブリンにオーガにタヌキだ。みんな人間じゃないから、俺の偉大さを理解できないんだ! でも人間相手なら話は別だ! 俺の命令権が発動すれば、誰もが俺の力を思い知る……!)
俺は勢いよく立ち上がった。
ウェイトレスの女の子が、きょとんとした顔で俺を見る。
「あ、あの……あのね……!」
声が震える。心臓が早鐘を打つ。手のひらに汗が滲む。
頭のなかでシェリル夫人の言葉がぐるぐる回っている。
──全裸になってアヘ顔ダブルピースでガニ股になって絶頂しながら街中を歩け、くらいなら命令できるわよ。
無論、そんな命令をするわけがない。俺は紳士だ。優しい命令で証明してやる。
俺は息を大きく吸い込み、ありったけの勇気を振り絞って叫んだ。
「は、は、は……裸になっておっぱいを見せなさい!!」
──シーン、と。
ぽんぽこ亭から、音が消えた。
酒杯が置かれる音も、酔っ払いの怒鳴り声も、厨房の鍋のぐつぐつも──すべてが遠くなったような気がした。
「……」
ウェイトレスの女の子は、トレイを手に持ったまま、笑顔で固まっていた。
大きな目がまばたきもせずに俺を見つめている。口元はにっこりとしたまま。
店内の全員が俺と、固まったウェイトレスとを無言で見比べている。
(え……? 効いてるのか? 効いてないのか?)
誰か、なんか言ってくれ。
そして──。
彼女の笑顔が、消えた。
「……信じられない」
次の瞬間。
熱々のシチューが、俺の顔面に炸裂した。
「おわぁぁーっ!?!?」
熱ッ!!! 熱い熱い熱い!!!
「最低! 死ね! 孕ませ男!!」
ウェイトレスの絶叫とともに、今度はパンが飛び、サラダが舞い、空のトレイが俺の顔面にクリーンヒットした。
「やっぱり噂は本当だったんだ! いきなり卑猥なことを言い出す孕ませ男っていう、最低な男の噂! 死んじゃえ!」
彼女は最後に俺の頭めがけて水差しを振り下ろすと、荒い息を吐きながら厨房へと消えていった。
再び静寂。
そして……。
「「「「ぶっはははは!!!」」」」
ピギーが椅子から転げ落ち、ゴルドンは豚鼻をひくひくさせながら必死に息を整え、ヴァラーがテーブルをバンバン叩き爆笑した。
ポンコは煙草をふかしながら肩を震わせ、煙が笑いで乱れてぐちゃぐちゃになっていた。
俺はシチューまみれの顔をテーブルに突っ伏し、情けない声を上げた。
「なんで……どぼして……」
嗚咽を漏らす内に、俺はようやく理解した。
(シェリル夫人に、騙された……!)
あの悪魔蛇め。俺は彼女の掌の上で転がされたんだ……!
ちくしょう! 今度会ったら、気の済むまでエッチな胸の谷間を凝視しまくってやる。
「あーげふんげふん」
ポンコがようやく笑いの発作を収め、煙草をもみ消しながら言った。
「いいかい、タクミ。上位種が偉ぶれたのは、せいぜい三百年前までの話さ。今のご時世じゃ、上位種も下位種もゴミはゴミ。貴族は貴族。それだけさ」
「そんな……」
「命令権とやらもね」
彼女は新しい煙草を取り出しながら、こともなげに続けた。
「せいぜいお世辞くらいは言ってくれるかも?って程度だよ。『今日の髪型、素敵ですね』がちょっとだけ自然に出るようになる、くらいのゴミみたいな権能さ」
お世辞を言ってもらいやすくなる。なんだそれは。
そんなのただの愛想だ。むしろ普段からお世辞すら言ってもらえてなかった自分の人間性を否定された気分になる。
「でも、おかしいねぇ」
ポンコがたぬき耳をぴこぴこ動かしながら、じろりと俺を見た。
「上位種つったら、どんなゴミクズでも普通は筋力も魔力もケタ違いに強いもんなんだよ。上位のエルフ、上位のドワーフ、上位の獣人……みーんな化け物みたいな力を持ってる。なのにアンタ、なんでそんなに雑魚なんだい?」
「知らねぇよ!!」
自分でもわからないんだから仕方ない。スキル【体力+1】。ただそれだけ。
なんで俺が上位種に分類されるのか、誰か教えてほしい。
「……俺は、ゴミなんだ」
ぽつりと呟く。
そうだ……俺は……生きてる価値なんて、ない名ばかりのゴミ上位種なんだ……。
「ただのゴミだ。シチューまみれの、ただのゴミだ。上位種のくせに【体力+1】だけで、戦力外通告されて、風俗に入り浸って、人形とセックスして、挙句の果てに貴族令嬢を孕ませようとしたとかいう冤罪で串刺しにされようとしてる」
鼻水が垂れた。シチューと混ざって、顔面がカオスになる。
「こんなの、もう……ただの変態のクズだ……生きててすいません。うっ、うっ……」
ヴァラーが、でかい手でぽんぽんと俺の頭を叩いた。力加減が馬鹿みたいに強くて、頭蓋が揺れる。
「風俗通ってこんな店で飲んだくれてる時点で、上位種だろうが下位種だろうが関係なく等しくゴミなんだよ。だから安心しろや」
今のは慰めか? それとも皮肉か?
両方かな。
「そうそう! 雑魚なら雑魚らしく、借金して風俗行こうや! 俺なんて借金まみれだけど、楽しいぜ!」
ピギーが続けて言った。
「まぁその……この平和なご時世じゃ、役に立たないし。戦争は終わったし、ワシら無職がこうして毎日飲んだくれてられるのも、平和のおかげだぜ」
ゴルドンが豚鼻をかきながら言った。
この無職たちは、人の慰め方すら知らないのか?
(ちくしょう……)
でも……心のなかで悪態をつきつつも、俺はようやく顔を上げた。
笑われて、騙されて──でもなんだろう。
妙にすっきりしていた。
(そうか……俺は俺だったな)
上位種だとか、勇者だとか、どうでもいい。
浮かれて馬鹿みたいになってたな。気を引き締めなくては。
まぁ、それがわかっただけでも──
「……って、よく考えたら!」
俺はガタンと椅子から立ち上がった。
「人間の王族に命令できないんじゃ、ヴァルグランを止める手がない! どうすんだよこれ! 戦争になる! 俺、串刺しにされちゃう!」
浮かれていたのが一転、慌てふためく俺。
「誰か助けてください! このままじゃ俺、孕ませ男として歴史に名を残して殺される!」
「高慢になったり卑下したり、怯えたりと忙しい男だねぇ、アンタ」
ポンコが呆れながら言った。
「まぁ、この店にいるあいだは、私が匿ってやるけど。仕事するならね」
(……それってつまり、俺は一生この店から出られないってことか?)
ぽんぽこ亭で掃除係でもしながら、ひっそりと余生を送る。
のんびりはしてそうだが……外に出られないなんて嫌だ。
「落ち着けよタクミ」
ゴルドンが、落ち着いた声で言った。
「まだヴァルグランの連中にゃあ直接的な被害は出てねぇんだろ? お前が令嬢に孕ませ宣言したってだけで」
「俺は断じて孕ませ宣言なんてしてませんが……まぁ、はい。向こうに手出しはしてません」
シェリル夫人が宣戦布告の文書を送りつけたが、まだ実力行使には至っていない。
最後の一線は、越えていない……はずだ。
ヴァラーが大きな拳でテーブルを叩いた。
「じゃあ、まだ取り返しがつくってことじゃねぇか! 直接ぶん殴り合ったらそりゃ手遅れだが、その前ならなんとかなるだろ!」
ドワーフ風俗を襲撃した前科を持つオーガの言葉には、妙な説得力があるな。
「そうそう」
ピギーがしたり顔で言った。
「俺だって借金取りに追われてるけど、こっちからは手ぇ出さねぇよ。出したら最後、死あるのみだからな」
彼らの言葉が、じわじわと胸に染みていく。
そうか。まだ取り返しがつく。
俺は忘れていた。正面から向き合うことを。逃げまわって、言い訳して、嘘ついて、それでどうにかなると思っていた。
でも、違う。
相手が槍を構えても、俺は言葉で話し合えばいいのだ。
「そうだ……そうだよ、まだ間に合う! 話し合えばいいんだ! 俺は悪くないんだから、ちゃんと説明すれば、平和に──!」
そのときだった。
バンッと。
ぽんぽこ亭の扉が、勢いよく開け放たれた。
「ッ!?」
全員の視線が、一斉に入り口に集まる。
そこに立っていたのは──ガルナだった。
狼の耳をぴんと立て、灰色の尻尾をだらりと垂らし、よれよれの服は赤黒く濡れていた。
「……ガルナ?」
俺の声に彼女はゆっくりと顔を上げた。瞳孔は細く、呼吸は荒い。
ぽんぽこ亭が、しんと静まり返る。
誰もが息を呑んで、彼女の言葉を待った。
そして──。
「今さぁ」
彼女は、平坦な声で言った。
「ヴァルグランの騎士、殺してきた。リアルで」
ガルナの尻尾の毛先から、ぽたりと雫が垂れて、床の上で小さな赤い花を咲かせた。