【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
「くぅ~~~っ! やっぱ高い酒は違うなぁ! 安酒と喉ごしが別モンだぜ!」
ガルナが俺の一番高い酒をラッパ飲みしながら、そんなことを宣っている。
「そ、そでしゅか。そ、そ、それは、よかったでひゅね」
俺はと言うと──歯の根が合わず、全身をがくがく震わせながら、彼女の喉が上下するのを見守ることしかできなかった。
俺だけじゃない。
ピギーも、ゴルドンも、ヴァラーも。ついでに隣の卓の酔っ払いたちも、全員が頬をひくつかせながら、彼女の豪快な酒飲みショーを無言で凝視していた。
俺の頭のなかで、さっきのガルナの一言がぐるぐるとリフレインする。
──ヴァルグランの騎士、殺してきた。リアルで。
(嘘だよな……? いくらイカれてるこいつでも、そんなこと……)
いや、待て。こいつは指名手配犯だ。借金取りを半殺しにして、いまも王都をのうのうと歩き回っている生粋のアウトローだ。
まともな判断力があるなら、最初から指名手配なんてされていない。
俺は恐る恐る、ガルナの服と尻尾に視線を落とした。
灰色の毛並みにべったりと付着した、どす黒い赤。
(返り血だ……)
間違いない。
「悪いなタクミ! こんな高い酒、タダでくれてよぉ!」
ガルナは俺の肩をバシバシと叩きながら、ぐいっと抱き寄せてきた。
むにっ。
顔面におっぱいが当たる。いつもなら脳がとろける感触だ。
だが服に染み込んだ返り血が、よく見えた。鉄錆の匂いが、鼻孔をくすぐる。
「流石のアタシもよぉ、こんな高い酒を奢ってもらってお礼なしってわけにはいかねぇな。なぁ、今からおまんこしてやろうか?」
「そ、そうでしゅね。おねがい、しましゅ」
駄目だ。
完全に頭がバグっている。恐怖と衝撃と情報量のオーバーフローで、彼女が何を言っているのか処理できていないし、自分が何を返しているのかも把握できていない。
「お!? ついにその気になったのかタクミ! いいねぇ、んじゃまずはここでお前のおちんぽをちょっと舐めて気持ちよくして……」
「ガルナ」
ガルナの手の動きを止めたのは、ポンコだった。
声は静かだった。だが、いつもの面倒くさそうな怠惰な響きが、きれいに消えていた。
「あのさ、アンタ。さっき『ヴァルグランの騎士を殺してきた』って言ったね。あれ、どういう意味だい」
ポンコが怒りをにじませて言った。初めてだ。彼女が感情をあらわにしたところを見るのは。
「あ~~ん?」
ガルナは露骨にうっとうしそうな顔を作り、俺の肩に腕を回したままで言った。
「なんだよ、これからいいとこなのにさぁ。殺したってのは言葉の綾だよ、言葉の綾」
(……言葉の綾?)
そ、そうか。単に大げさに言っただけか。よくある修辞的誇張ってやつだ。
そうだよな。ガルナにも常識はある。
今まさに、酒場のど真ん中で俺のズボンを脱がせておちんぽを舐めようとしているくらいには、常識があるもんな。
「ったくよぉ。歩いてたら、いきなり五人くらいの騎士が『孕ませ男の仲間の影狼ガルナだ! 逮捕する!』だの『おとなしくしろ!』だの喚きながら襲ってきやがったんだよ」
「……」
「だから五人まとめてぶん殴って、切り裂いて、ついでに顎カチ割って蹴り飛ばして路地裏に叩きのめした。打ちどころが悪けりゃ、死んでるかもな? ま、死ぬ方が悪いんだからしょうがねぇよな」
あぁ。
あぁぁ。
(駄目だぁ……おしまいだぁ……)
死んでるかも。その一言で、すべてを察した。
これは、ちょっとやり過ぎました、なんて謝って済む話じゃない。
とんでもない激戦が繰り広げられ、結果的に生死不明の重傷者が出たということだ。
そして俺は。
いつの間にか「影狼ガルナの仲間」として、ヴァルグラン家に認識されている。
極悪非道な孕ませ男と影狼の、王都最凶の犯罪コンビ誕生である。
(話し合いで解決? 平和に?)
そんな段階は、もう遥か彼方に過ぎ去っていた。
「おいおい、こりゃとんでもねぇことになっちまったぞ……」
ピギー、ヴァラー、ゴルドンが一斉に頭を抱えた。
三人とも顔面は真っ青だ。このろくでなし連中ですらドン引きするとは、事態は想像以上に深刻らしい。
「はぁ……」
ポンコはため息をついた。
「なんだって、こう次から次へと面倒ごとが舞い込んでくるんだろうねぇ。この店、開業以来の厄介事だよ」
「しょ、しょんなこと言わずに、匿ってくだしゃいよポンコしゃん……!」
「まぁ、タクミみたいに非のない奴は匿うよ。でもな、殺人犯は匿えない。私は酒場の店主で、お前の母親じゃないんだ。わかってるのかい、ガルナ」
「はんっ!」
ガルナは鼻で笑い、俺の肩を抱いたまま立ち上がった。
「こんなシケた酒場に匿ってもらわなくても結構だね。アタシはこれから自分の住処でタクミと交尾すんだ。邪魔すんなよババァ!」
いつの間にかガルナと交尾することになってる。なんでだろうね。
でもまぁ、もういいや。
どうせ俺は死ぬのだ。
ヴァルグラン家の屈強な騎士団が総出でやってきて、串刺しにされて、王都の広場でさらし首になって、それで俺の異世界ライフはバッドエンドを迎える。
死ぬ前にガルナと気持ちいい交尾をしても、バチは当たらないんじゃないか。
そうだ。これはもう、俺の意思じゃない。男としての本能なんだ。
絶望の淵に立たされてなお、己の遺伝子を残そうとする生命の根源的な輝き……。
あぁ、さようなら俺の平穏な人生。
これから俺は、指名手配犯ガルナと逃避行をしながら、十人くらい子供ができるまで延々と子作りさせられるんだ……。
ちっちゃい狼の耳がついた子供たちが「パパー」とか言いながら駆け寄ってきて、俺は大きな木の下でそれを見守りながら──。
(あれ?)
意外と悪くない……?
想像してみたら、普通にちょっと幸せそうな異世界ケモ耳スローライフの未来図が浮かんでしまった。
(いや、待て。違う。そうじゃないだろ。俺はちゃんと問題を解決して──)
その時だった。俺の脳裏にひとつの言葉が浮かんだのは。
「──そういえば」
シェリル夫人が言っていた、言葉。
──客にも上位種がたまに紛れてるから。話を聞いてみるといいわ。
そうだ。彼女は確かにそう言った。
命令権の強制力については大嘘八百だったが、上位種の筋力や魔力が段違いというのは本当らしい。
だとしたら──その力を借りられないか? シェリル夫人だって、上位種の数こそが家の強さだ、みたいなことを言っていたし。
ならば、同じ上位種の視点から、どうにか交渉のテーブルに着くための最適解を引き出せるかもしれない。
シェリル夫人も上位種だが、あの人は「自分で探求しなさいな」と丸投げしてきたし……。
「あのぅ、ポンコさん。この店に、俺以外にも上位種のお客さんっているんですよね?」
俺が声をかけた瞬間、ポンコの顔が露骨に歪んだ。
(……え、なにその表情?)
まだ何も言ってないのに。
「……まぁ、いるには、いるけどねぇ」
「だったら話を聞いてみたいんです。ヴァルグランの一族も上位種なら、どうすれば話が通じるのかとか、なにか──」
ぽんぽこ亭が静まり返った。
ピギーが目を逸らし、ゴルドンが豚鼻をひくつかせ、ヴァラーが気まずそうに天井を見上げている。
みんな、微妙な顔をしている。
(……?)
なんだろう、この間は。なぜか空気が重い。
「上位種なんざに頼る必要ねぇだろ」
口を開いたのはガルナだった。まだ俺の腕にしがみついたままだ。
「アタシがいるじゃん。ついさっきも、五人の騎士を相手に無双したしな」
「ガルナさんが無双した結果、ヴァルグランと全面戦争になりかけてるんですが」
「んだよー、つれねぇなぁ。今度はお前のちんぽを無双させてやろうと思ったのに」
彼女との会話は噛み合ってるようで噛み合ってないような気がする。ガルナと会話してたら俺まで頭がおかしくなるかもしれない。
ポンコが、煙をふうと天井へ吐き出した。
「他に打つ手もないか……。ま、試してみればいいさ」
彼女は立ち上がると、俺とガルナを無理やり引き剥がした。喧嘩している猫の首根っこを掴むかのように。
「あ、ちょっ、なにすんだババァ!」
「うるさいよ。アンタはちょっと黙ってな」
ポンコは顎で、店の隅の薄暗い一角を示した。
「ほら。今日はあそこにいるよ」
彼女が示した先。
そこに座っていたのは──。
「……」
仕立てのいい黒い上着。白い手袋。銀髪をきっちりと後ろに撫でつけ、深紅の瞳がワイングラスを静かに見つめている。
年齢は四十歳前後──いや、この世界で見た目で年を判断するのは禁物か。
男は俺たちの騒ぎなど最初からなかったかのように、静かに優雅にグラスを口に運んでいた。
(貴族……か?)
他の酔っぱらいたちとは一線を画した雰囲気だ。
「お、おいポンコさん。大丈夫なのかよ」
ヴァラーが小声で言った。いつもは豪胆なオーガの巨体が、なんだか小さく見える。
「まぁ大丈夫でしょ。多分」
なんか周囲の連中の慌てようが尋常じゃない。普段は騒がしい酔っ払いたちが、いまは全員無言だ。
(なんだ……? 上位種になにをそんなに怯えてるんだ? 今の時代は上位種なんて偉くないんだろ?)
俺のときはあれだけ好き放題に馬鹿にしたくせに。同じ上位種でも、扱いに差がありすぎるのは何故だ。
でも──。
(行くしかない)
俺は一縷の望みを胸に、銀髪の男が座るテーブルへと足を踏み出した。
「あのぅ」
俺がおそるおそる声をかけると、銀髪の男はゆっくりと顔を上げた。
「……」
深紅の瞳が俺を射抜いた。
「──ッ!?」
その瞬間、全身の毛穴が一斉に開き、背筋を氷の手でなぞられたような悪寒が走った。
(な、なんだ……!?)
ただ見つめられただけだ。ただ目が合っただけだ。
なのに身体が凍りつく。
シェリル夫人が気配を濃くしたときに見せる、獲物を品定めするような目つきすら可愛く思える。
(これが……上位種の威圧感……!?)
俺だって一応は上位種のはずなのに。震えが止まらない。
「貴殿……」
彼は俺を凝視したまま動かない。瞳が見開かれたような、驚きにも似た表情が一瞬よぎった気がしたが、すぐに平静な顔に戻った。
「これは失礼」
彼はすっと手を差し、向かいの椅子を示した。
「なにか用があるのだろう。遠慮はいらん。さぁ、座りたまえ」
「え? は、はい……失礼します」
俺は促されるままに、彼の向かいの席に腰を下ろした。
(……なんだ、普通の人じゃないか)
さっきの威圧感は確かに凄まじかったが、対応は紳士的だ。
言葉遣いも丁寧だし、所作にも気品がある。見た目の恐ろしさに気圧されて、勝手に身構えて損したかもしれない。
「あぁ……座っちまった……」
「タクミの野郎、もう終わりだぜ……」
背後から酔っ払いどもの小声が聞こえてくる。なにやら不吉なことをぶつぶつ言っているが、よく聞こえないし、気にしないことにする。
さて。
「あの~、初対面で失礼だとは思うんですけど……貴方は上位種なんですよね」
「む……? あぁ、名乗りを忘れていたな」
彼は椅子から立ち上がり、胸に手を当てた。襟元が、ランプの灯りに染まって深い光沢を放つ。
「余はアルヴェイン・フォン・ゼールハイム。ヴァンパイアの上位種──すなわち始祖。かつて人も魔も等しく畏れ、紅月の不死侯と呼ばれた男である」
(……なるほどな)
なんか凄そうな肩書だ。紅月の不死侯。ヴァンパイア。始祖。単語ひとつひとつが重いしなんかカッコいい。
白い肌。銀色に煌めく髪。血のように深い紅い瞳。
神々しいような、それでいて何かが決定的に人間とは違うような──。
でも。
ひとつだけ。
どうしても、気になることがある。
「あの、すみません」
「なにかね」
聞くべきか、聞かざるべきか。三秒ほど真剣に迷った。
でも、俺はこういうことを気にせずにはいられない性分なのだ。
ここで聞かなければ、このあとの会話のあいだずっと、そっちに意識を持っていかれて、たぶんまともに話ができない。
だから俺は、ありったけの勇気を振り絞って尋ねた。
「──なんで、下半身裸なんですか?」
そう。
下半身が丸出しだった。
以前、俺がメディにパンツ一丁のまま仕事させられたアレとはわけが違う。パンツすら履いていない。スーツの上着は完璧に着こなしているのに、何も履いていない。何も纏っていない。
つまり──紳士の紳士が、ぽろん♡しているというわけだ。
「おぉ、これか」
俺の視線の先を追ったアルヴェインは、あっさりと頷いた。ちんぽの先端がぷるんと揺れた。
俺は見なかったことにした。視界から消去した。でも消えない。脳に焼きついて離れない。
ちくしょう。
「借金のカタに取られてしまってね」
借金
いま、借金と言ったのか、この男は。
どこからどう見ても、由緒正しき貴族に見える……のに借金? ピギーと同レベル?
「どうにか上半身だけは死守したのだがね。下半身までは守りきれなかった。生まれたままの姿を晒すのは、いささか気恥ずかしいが……ははは」
ははは、じゃないんだよ。
(こいつもろくでなしだったか)
一瞬でも「なんか凄い人かも」と思った俺が、愚かだった。
紅月の不死侯? 始祖? 肩書だけは荘厳だが、実際は借金取りに追われてズボンを剥ぎ取られた、ちんぽ丸出しの変態おじさんだ。
(そうだ……よく考えたらこの酒場には、ゴミしかいないのは明白じゃないか)
借金まみれのゴブリン。無職のオーク。クビになったオーガ。指名手配の狼女。そして戦力外のハズレ勇者。
客層が客層なのだ。こんな場所に自ら足を運んでいる時点で、人生が詰んでいる奴に決まっている。
「ところで、話とはなにかね」
彼は何事もなかったかのように椅子へ腰を下ろし、優雅に足を組んだ。ちんぽも一緒に揺れた。
正直なところ、おっさんのちんぽを見せつけられた時点で、俺のなかの「この人に相談しよう」という気持ちは八割方消滅していた。
残り二割もいま、どんどん揮発している。
でも、ここまで来たら一応、聞くだけ聞いてみよう。
この変態の口から、万が一にも有益な情報が出る可能性はゼロに等しいが。
「実はですね──」
「待った!!」
アルヴェインが、ぴしゃりと手を上げた。俺の肩が跳ね、彼のちんぽも一緒に跳ねた。
「急に喉が渇いてきた」
「……はい?」
喉が渇いた……? いきなり何を言い出すんだ、この男は。
もしかして俺の血を吸いたいとか、そういうヴァンパイア的な意味か。
(い、嫌だぞ。美少女ヴァンパイアに優雅に首を噛まれるならまだしも、こんな下半身ポロリしてる変態のおっさんに吸われるなんて、絶対に嫌だ)
「ん?」
アルヴェインが、これみよがしに自分のグラスを指の背で叩いた。
こん、こん。
「……」
よく見ると、ワイングラスは空だった。それを見て、俺は悟った。
(こいつ──酒を要求して……?)
「喉が渇いていると、どうにも有意義な会話がはずまなくてね。滑らかに声が出ないというか……わかるかね、若き友人よ。この乾ききった感覚が」
いい年こいたおっさんが、俺みたいな若造にたかる……だと。
しかもなんかかっこいい言い回ししてるけど、単に酒をせがんでるだけというのが情けなさすぎる。
俺は今すぐにでも席を立とうとした。膝に手をかけ、腰を浮かせかけた──が。
(……いや、待て。金貨がある)
奢れなくはない。さっき一番高い酒を頼んだばかりだが、まだ余裕はある。
でもここは、安酒でいいだろ。節約したいし。
「言い忘れていたがね」
アルヴェインが、人差し指をぴんと立てた。
「一番高い酒を頼むよ。安い酒を飲むと、肝臓の調子が悪くなる性質でね」
アルコールで肝臓を壊すヴァンパイアとか、聞けば聞くほど幻滅するからもう口を開かないで欲しい。
「あぁ、それと」
まだあるのか。
「もし可能なら、食事も頼みたい。実はここ最近、金欠が嵩じてね。路地裏の雑草を摘んでは、それでどうにか腹を満たしていたのだ」
眩暈がした。
紅月の不死侯。ヴァンパイアの始祖。人も魔も畏れた上位種。
それが。
雑草。
路地裏の。
「ちっ……どうやらタクミも、やられちまったな……」
「『タカりのアルヴェイン卿』だぞ。あの二つ名は伊達じゃねぇ」
「あの野郎に一度捕まると、金が尽きるまで延々と奢らされる……なんて恐ろしい上位種なんだ……」
背後から、ろくでなしどもの怯えた囁きが聞こえてくる。
彼らがさっきからあんなにビビっていたのは、強制的に奢らされるという、しょうもない理由だったらしい。
上位種の姿か……? これが……。
(俺は、なにを期待してたんだろうな)
借金で裸にされて、今度は若造にたかって酒と飯をせしめようとする、ただの下半身露出おじさんがここにいた。