【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
「た、高い……」
眼下に広がる王都の夜景が、きらめいている。
俺は空を飛んでいた。
いや……飛んでいるというより……運ばれている、が正しい。
以前のように、ギャルハーピーの爪に乱暴に肩を掴まれながらの空中散歩とは違う。
「タクミ様。乗り心地のほうは、いかがでしょうか。揺れは不快ではありませんか」
「あ、はい……そのぉ……いいですねぇ……」
上から降ってきた声に、俺は思わず背筋を伸ばした。
今、俺がいるのは巨大な鳥かご。ただし、ただの鳥かごじゃない。
ふかふかのソファーに、クッション、サイドテーブルには焼き菓子と淹れたての紅茶まで完備されている。
吊り下げ式のランタンが柔らかな灯りをともし、外の風は天蓋の薄布がやわらかく遮ってくれる。
鳥かごというより空中ラウンジだ。
そして、この超豪華鳥かごを軽々と掴み、涼しい顔で空を飛んでいるのは……執事服に身を包んだ、ハーピーの男性だった。
翼は深い紺色。背筋はぴんと伸び、羽ばたきには一切の無駄がない。俺が寝転がってもまだ余裕のある巨大な鳥かごを運んでいるというのに、額に汗ひとつ浮かんでいない。
(すげぇ……どっかのギャルハーピーとは、次元が違いすぎる……)
あのときはふらふらと蛇行飛行されたものだ。同じハーピーでも、こうも違うのか。
──どうして、こんなことになっているのかというと。
俺は脳内で、つい先ほどのぽんぽこ亭の光景を巻き戻した。
アルヴェインが「ハーピーを抱きたまえ」と言い放った直後、彼はどこからともなく取り出した紙に、何やらさらさらと走り書きをした。
それを指でくるりと回すと、紙はひとりでに折り畳まれ、真紅の封筒にすっぽりと収まった。
そして封筒は蝶の形になって、外へと飛んでいった。
『これで迎えが来る。後は優雅に待つだけだ』
彼はこともなげに言った。
(金もない、ズボンもない、変態おじさん……なのに、なんかカッコいい……)
そして十分と経たずに、執事服ハーピーがぽんぽこ亭の前に降り立ったのだ。
『お迎えにあがりました、閣下』
『ご苦労。では、この青年を頼むよ』
『かしこまりました……』
そのときだ。
『馬鹿やろー!! タクミはこれからアタシと種付け交尾するんだよ!!! なにがハーピーの女を抱けだ、この変態!! ちんぽ丸出しのくせに調子に乗ってんじゃねぇぞコラ!!』
性欲を爆発させたガルナが、狼の尻尾を逆立ててアルヴェインに飛びかかろうとした──その瞬間。
「はっ!」
どごん、と。
ポンコの無言の腹パンが、ガルナのみぞおちに綺麗に突き刺さった。ガルナは「ぐへっ」と一声漏らして、そのまま床に崩れ落ち、すやすやと寝息を立て始めた。
『こっちはなんとかしとくからさ、行っておいで、タクミ』
『は、はい……』
ガルナをワンパンで黙らせるポンコがいったい何者なのか気になるが……。
まぁ、そういう訳で俺は今、高級な鳥かごで空を輸送されている。
(それにしても)
眼下の景色が、なんとなく懐かしかった。
以前、ギャルハーピーに運んでもらったときも、こうして王都を空から見下ろしたっけ。
あの時は昼で、今は夜だが。
『あそこが貴族街! あっちは貧民街で……あ、でも治安は言うほど悪くないよ? もっとあっちの方は騎士団の演習場があってさぁ……』
ぺらぺらとよく喋るやつだった。そのくせ、話しながら顔色がどんどん青くなっていって、最後は吐き気を催して、俺を落としかけたんだった。
(酷い思い出だ……)
なのに。
どうしてだろう。あのときの景色のほうが、いまよりずっと輝いて見えた気がするのは。
今のほうが何十倍も快適だ。ソファーはふかふかだし、紅茶はうまいし、執事ハーピーはプロフェッショナルの風格だ。
でも──風を切る羽音も、乱暴な爪の感触も、頼んでもいないのに始まった王都の解説も。
ぜんぶひっくるめて……あのぎこちない空中散歩が妙に胸に残っている。
(元気にしてるかな、彼女は)
いまごろ、南のどこかの空を飛んでいるんだろうか。
(よく考えたら、名前すら知らないんだよな。俺も名乗らなかったし)
限りなく薄い関係。ただ食事して、一緒に買い物をした……それだけの繋がりでしかないのに、あの言葉だけは、妙に耳に残っている。
『今度会った時は、ヤラせてあげる♡』
(……いまから別のハーピーを抱きに行くってのに、なにを思い出してるんだか)
俺は心のなかで苦笑した。
(早く帰ってこないかなぁ。そしたらヤラせてもらおう)
最低な思考だ。自覚はある。
俺がそんな性欲全開のどうしようもないことを考えていると、頭上から声が降ってきた。
「タクミ様。そろそろ到着いたします」
前方に雲を貫くようにそびえる高い塔が見える。窓からは暖かな灯りがこぼれ、シルエットになった翼がいくつも、その周りを優雅に旋回していた。
「あれは……塔……?」
すごいな。王都から少し離れた場所にこんな高い塔があったのか。
白い石と金属で構成された巨大な円形テラスが、塔の頂上からせり出している。
そこから何本もの渡り廊下が翼のように張り出し、外周にはハーピーが離着陸するための止まり木や発着場が等間隔で並んでいた。
(風俗店っていうより……空港だな、これ)
鳥かごがテラスにふわりと着地した。衝撃はほとんどない。執事ハーピーは優雅に翼を畳み、鳥かごの扉を恭しく開けた。
「タクミ様。足元にお気をつけて、お降りくださいませ」
なんてことだ。ゴミ溜めの風俗街では永遠に聞くことのできない、人を慮る台詞がここでは当たり前のように飛び出す。
俺は感動で少し泣きそうになりながら、恐る恐るテラスへと足を踏み出した。
その瞬間。
「「ようこそおいでくださいました!!」」
周囲を旋回していた女性ハーピーたちが一斉に舞い降り、俺の目の前に整列する。全員が一糸乱れぬ動きで両翼をたたみ、深々と頭を下げた。
なんか、ものすごく偉い人になった気分だ。
みんなものすごく美人のハーピーばかりだ。翼の色は白から深紅、紺まで様々で、身にまとうドレスもそれぞれ違うのに、不思議と調和がとれている。
屈託のない笑顔を浮かべていて、それが作り笑いではないことくらい、風俗街で鍛えられた俺の目にもわかった。
「皆さん」
執事ハーピーが静かに口を開いた。
「こちらの御方は、ゼールハイム大公閣下の御友人でいらっしゃいます。くれぐれも、粗相のないように」
女性ハーピーたちの顔色が、一瞬で変わった。
「え……?」
「ゼールハイムのヴァンパイア……?」
さっきまで薔薇色だった頬から、血の気がさあっと引いていく。
屈託のない笑顔は凍りつき、俺を見つめる瞳は化け物を見るような恐怖の色に塗り替わった。
──なんだい、その目は。
(まるで化け物を見る目じゃないか)
ゼールハイム大公閣下。たぶん、アルヴェインのことだ。紅月の不死公とか、ゼールハイムとか、なんかそんな名前を名乗っていたような気がするし。
でも……この反応は……。
うんまぁ……そういうことなんだろう。
どうやら彼は割とヤバイ存在として広く認知されているらしい。
で、その友人の俺も化け物とみなされた、と。
(最悪じゃねぇか)
孕ませ男の次は、化け物の友人か。いつになったらかっこいい二つ名が付くんだ、俺は……。
「ではタクミ様、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
執事ハーピーは丁寧に一礼すると、ふわりと翼を広げて、ものの数秒で夜空の彼方へと飛び去っていった。
同時に整列していた女性ハーピーたちも、羽音をぱたぱたと響かせながら逃げるように散っていく。
テラスに残されたのは案内役らしいハーピー娘と俺、二人だけ。
「で、では……こ、こちらへ、どうぞ……ご、ご、ご案内、しましゅ……!」
(噛みまくってる……)
羽根も震えている。脚も震えている。歯がかちかち言っている。可哀想になるレベルで怯えている。
ちんぽ露出変態借金おじさんは想像以上に悪名が轟いてるらしい。一体何をやったんだい、彼は。
俺は心中でため息をつきながら、震える案内嬢のあとについて塔のなかへと足を踏み入れた。
「おぉ……!?」
中に入った瞬間、俺は感嘆の声を上げた。
白い大理石の壁が緩やかに弧を描き、薄い絹のカーテンが吹き抜ける風にふわりふわりと揺れ、金色の装飾がランプの灯りを反射して星のように煌めいていた。
照明は羽根を模した繊細な造りで、柔らかな光を空間全体に落としている。風は常に心地よく、しかし決して強すぎない。
床にはふかふかの絨毯……いや、羽毛を厚く敷き詰めた特注の絨毯?
「こ、こちらが……お客様専用の、待合室になります……」
案内嬢はまだ声を震わせながら、部屋に案内してくれた。
豪華な部屋だった。まるで王侯貴族が優雅に過ごす部屋だ……。
(すげぇ……高級店はここまで違うのか)
まさか待合室まで一人で使えるとは。
アルヴェインの友人というレッテルを貼られたことだけが大誤算だが、こんな超高級店を紹介してもらえるなら、まぁ悪くはないか。
(みんなから化け物扱いされることに、目を瞑ればな……)
「で、では受付を……させていただきますね」
案内嬢が翼を震えさせながらそう言った。
「本日は……上位種、アエリアルのご指名ということで、よろしかったでしょうか」
「アエリアル?」
「アエリアルというのは、ハーピーの上位種の名称でして。正式にはアエリアル・ハーピーと申します」
(なるほどな)
以前ギャルハーピーがエリートハーピーとかいう単語を口にしていたが、あれは彼女の造語だったらしい。
「では……料金は金貨三枚となります」
……。
…………?
金貨、三枚。
銀貨で、三百枚。
(ちょっと待て)
俺は急いで脳内の家計簿をめくった。
シェリル夫人から金貨一枚を授与。ぽんぽこ亭で調子に乗って一番高い酒を注文し、さらにアルヴェインに料理と追加の酒までタカられ、合計で銀貨三十枚を失った。
つまり俺の現在の所持金は──銀貨七十枚。
「……」
やべぇ、全然足りない。
どうしよう。
今さら「実は金がないンすよ……ふひひ」なんて言えるわけがない。
なんたら大公閣下の御友人たる俺が、そんな情けない真似をしたら彼の面子が丸潰れだ。
(まぁ、その大公さまご本人が借金塗れのちんぽ丸出しおじさんだから、いまさら面子もクソもないが)
とはいえ、このままでは俺の上位種風俗攻略計画は初手で頓挫する。
(どうする……? どうすれば……!)
脂汗が背中を伝い始めた、そのときだった。
「ではタクミ様」
案内嬢が言った。
「請求書のほうは、どちらにお送りいたしましょうか?」
「……!」
(あぁ……そうか!!!)
金貨三枚なんて大金、いちいち持ち歩くわけがない。考えてみれば当然だ。
上流階級のあいだでは、後払いが基本に決まっている。これこそが信用という無形の資産。
富とは財布の重さではなく、名前ひとつで決済が通ることを言うのだ。
(素晴らしい。これが富裕層の世界か。勉強になるなぁ)
俺は穏やかに……それはもう、生まれたときから請求書で支払ってきたかのような自然な微笑みを浮かべて、言った。
「請求書は──エゼルディア家へ」
♢ ♢ ♢
それから暫くして──案内されたのは、空中庭園だった。
「……!?」
俺は言葉を失った。
そこは色とりどりの花が咲き乱れ、蔓がアーチを描き、中央には白い大理石の噴水まで設置されている。
水面に星明かりがきらめき、どこからか運ばれてくる微風が花弁をそっと揺らしていた。
天井がない。壁もない。
夜空が広がっているだけだ。
こんな高さだというのに、髪が乱れるほどの強風はない。頬を撫でる程度の爽やかな風が流れているだけだ。
魔法か何かで空気の層が制御されているのだろうか。
わからない。でも、それが逆にこの場所を非現実的なものにしていた。
「凄いな」
頭上には満天の星空。足下には王都の夜景。
そして庭園の中央には、天蓋つきの大きなベッドがぽつんと置かれていた。
(ここがプレイルーム……で、合ってるんだよな?)
そのときだった。
「やぁ。君が今宵の相手だね」
「!」
声のしたほうへ、俺は弾かれたように振り返った。
星明かりを背にして、ひとりのハーピーが空から降りてくる。
短めの黒髪。さらりと首筋にかかる長さで、夜風に数本がさらわれて揺れている。切れ長の瞳は黒にも見えるし、星の光を受けると深い紫がかった輝きを放った。肌は透き通るように白い。
翼は──濡羽色。烏のそれよりも、もっと深くて複雑な黒だった。
服装は和装だった。
黒い羽織が風を含み、その下には白い着物。襟元と袖には金糸の刺繍が繊細に施され、帯には烏の羽根を模した銀の飾りが揺れている。
(す、すごい美人だ……)
さっきのハーピーたちも美人だったが、次元が違う。
「僕は黒羽レイ」
声には少しだけ、笑みが混ざっていた。
「アエリアル・ハーピー──その中でも黒翼の血を引く者さ」
俺は思わず見とれていた。夜と星と花と、すべてが彼女のためにある背景のように見えた。
だが……。
「……!!」
気がつくと、彼女は俺の目の前に立っていた。
ひと羽ばたきで距離を詰めたのか、それとも俺が彼女に見とれている一瞬の隙に動いたのか。
漆黒の翼が俺の頬を撫でる。
「僕に相手をしてもらえるなんて、君は運がいいね」
羽根の感触は絹よりも滑らかで、冷たかった。
アルヴェインのような悍ましい気配はない。彼が放っていたのは殺意と邪悪さだったが、このハーピーから感じるのは──純粋な格の違い。
(な、なんて圧だ……)
足が石になったみたいに動かない。指先が震える。
「まぁ」
レイは、くすりと笑った。
「人間の男が、僕を満足させられるとは思わないけどね」
唇が触れそうな距離まで近づく。切れ長の瞳が、月明かりを反射して濡れたように光った。
「せいぜい、今日は楽しもうじゃないか」
切れ長の瞳に見据えられただけで、俺の足がひとりでに一歩後退する。
でも──。
(……違う)
俺は今日、ここに何をしに来た?
上位種の女に圧倒されて、なすがままにされるためじゃない。
上位種の女の扱いを知り、最後にはものにする──そのための練習をしに来たんだ。
ただ押されるだけじゃ、ぽんぽこ亭で震えていたときと何も変わらない。
(やってやる……!)
俺は震える足をぐっと踏みしめ、彼女の瞳をまっすぐに見返した。
(上位種の女を、落としてやる──!)
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