【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
エゼルディア子爵邸を辞したとき、俺のポケットには銀貨十枚が入っていた。
前金である。月給の一部を先に渡しておくから、必要なものを揃えなさい、と夫人が笑いながら手渡してくれたのだ。細かいことを言わない、太っ腹な雇用主だった。
「寮があるから、荷物は今日のうちに運びなさい」
「荷物、着替えが二着くらいしかないんですけど」
「あら、それはまた随分と身軽な勇者ね」
「戦力外ですから」
夫人はくすくす笑い、メイドのアゼルに寮の鍵を用意させるよう指示した。メイドは無言で一礼し、奥へと這っていった。
そういうわけで、俺は明日からラミア三姉妹のベビーシッターとして働くことになった。
……もっとも、三人全員が幼児というわけではないようだ。
長女は学院生で、実際に子守が必要なのは末娘だけらしい。正確には、住み込みの養育係に近いのかもしれない。
でも、寮完備。朝夕食付き。給料は月銀貨二十五枚。王都の平均を大きく上回る額だ。
そして今日、俺が自由に使える銀貨がある。
住む場所は明日から確保される。食費もいらない。つまりこの銀貨十枚は、丸ごと娯楽費にできる。風俗に行ける。今日中に。いまからでも。
ダメ人間の思考だけど、気にしない。
♢ ♢ ♢
夕暮れ時のピンク通りは、昨日ここを出たときよりも賑わっていた。看板の魔法灯がチカチカと点滅し、多種族の客たちが目当ての店へと吸い込まれていく。
俺の目当ては決まっていた。ラフィエルのいる店だ。
暖簾をくぐり、カウンターに立つとハーフエルフの受付嬢が申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ、タクミさん。すみません、ラフィエルさん本日お休みでして」
「休み?」
「はい。タクミさんとの後、ふらふらで帰っていったきり……」
「ふらふらで?」
受付嬢は一瞬、言いにくそうに口を押さえたが、結局ため息まじりに話し出した。
「その時、『久しぶりに若い男とイチャラブガチ交尾したら腰とおまんこが痛くてもう立てないからちょっと休む』って」
「……」
「すみません、本人から伝言そのまま言えって言われてまして。真顔でどう言えばいいのか」
「いや、いいです。なんか、すみません」
「タクミさんが謝ることじゃないですよ。正直、彼女も歳ですし……あ、いや、なんでもないです」
「歳って、二十三ですよね」
もはや店全体でラフィエルの年齢詐称は諦められているらしい。
「他の娘は空いてますけど、どうします?」
俺は少し考えた。ラフィエル以外のエルフも気になる。だが、最初に彼女とあれだけ深い仲になった翌日に、同じ店の別の嬢を指名するというのは、なんだか気が引けた。ラフィエルに知られたら面倒そうだ。
「いや、今日はいいです。また来ます」
「そうですか。ラフィエルには伝えておきますね。『若い男が寂しそうにしてた』って」
ハーフエルフの受付嬢は意外と性格が悪い。
俺はそそくさと店を出た。
さて、どうするか。
せっかく銀貨十枚もあるのに、このまま宿に戻るのはもったいない。別の店を開拓するいい機会だ。
ピンク通りをぶらつきながら、看板を一枚ずつ眺めていく。
『エルフ熟練の技、ここに極まれり』
(またババァかな……)
『ハーピーふわふわ天国』
(羽毛が気になる……)
『リザードマン専門店・漢の癒し処』
(俺は漢に癒されたいわけじゃない!)
そして、一際カラフルな看板が目に飛び込んできた。
『成人したてのドワーフ娘たちと夢の一時を♡』
看板には、ぷにぷにとした可愛らしい少女のイラストが描かれている。
ドワーフらしく背は低いが、胸は意外とある。笑顔が無邪気で、いわゆる「成人したて」の初々しさが表現されている。
「ドワーフか……」
ドワーフという種族は、寿命が長いのかな?
ということは成人したてのドワーフ娘というのは、何歳なんだろう。人間でいうところの十八歳くらいだろうか。
(──いや、待て)
俺はこの街で学んだ。種族間の若いの基準は、まったくあてにならない。
エルフが二十三歳を自称しながら五百歳だったように、ドワーフの成人したても何かの罠かもしれない。
そんなことを考えながら看板を眺めていると、隣に巨大な影が立った。
「……むぅ」
見上げると、そこには鬼のような巨漢がいた。というかまんま鬼がいた。
身長は二メートルを優に超え、肩幅は俺の三倍はある。肌は赤黒く、額からは短い角が二本生えている。
オーガだ。
オークよりさらに大型の種族で、怪力では右に出るものはいないと言われている……らしい。
その巨漢のオーガが、腕を組んで、ドワーフの店の看板をじっと睨んでいた。
「おぉ……?お前、人間か?」
オーガが俺に気づき、低い声で話しかけてきた。
「はい、まあ」
「兄ちゃん、この店はやめとけ」
「え?」
「成人したてのドワーフ娘、なんてありゃ嘘だ。クソババァしかいねぇんだよ、この店は」
「嘘なんですか?」
「嘘だ」
「でも看板にそう書いてありますよ。こういうのって、虚偽表示にならないんですか」
「ドワーフの感覚では、成人してから五百年ほどは「成人したて」に含まれるらしい」
「五百年!?」
「無論、そんなもんはババァ共の詭弁だ。いくら長命種でもそんな価値観なんざあるわけねぇからな……」
とんでもねぇ言い分だな。
「でも、それをわかってて、なんでおたくは悩んでるんです?」
「……いやな」
オーガは巨体を縮こまらせるようにして、声を潜めた。
「前にこの店に行ったことがあってな」
「はあ」
「出てきたのが、三百歳超えのドワーフのババァだった。加齢臭がきつくてな。おまけに酒臭い。最悪だったぜ」
酒くさい……まぁ、ドワーフだからか。
「それは災難でしたね」
「あぁ、災難さ。あれからずっと、イライラが収まらねぇんだ。だから俺はあの日から、この店に復讐する機会を待ってたのさ」
「……復讐?」
オーガは拳をぎりぎりと握りしめる。その拳は俺の頭より大きい……。
パンチされたら俺の脳味噌が吹き飛ぶかもしれない。
「もしかして……襲撃なさろうと?」
「ああ。看板を叩き割って、ババァどもに文句のひとつでも言ってやろうと思ってな」
「なるほど」
なるほど、なるほど。
いま、この御方に関わってはいけなさそうだ。彼は怒りに震えておられる。心なしか彼の背後に炎まで見えるような気がする。
いや、怒りは正当なものだとは思うんだけど。
「お前も一緒に来るか?」
「遠慮しときます」
俺は即答した。
何処の世界にオーガと共に風俗店を襲撃する勇者がいるというのだ。
「そうか。まあ、見てな」
オーガはそう言うと、のしのしと大きな足音を立てて店のなかに入っていった。
俺は店の外で待つことにした。バトルの行方を見届ける義務がここまで成り行きを見届けた者として、ある気がした。
沈黙が数秒。
「おいババァども!!出てこい!!この詐欺店がよ!!」
オーガの怒号が店内に轟いた。
続いて、何か言い争う声。女の声だ。
──直後。
「おわぁぁぁぁぁ!!!」
店の扉が木っ端微塵に砕け散り、オーガの巨体が通りに吹っ飛んできた。
二メートル超えの巨漢が、だ。
それが、紙くずのように宙を舞い、石畳に叩きつけられて、三回バウンドして止まった。
「……う……」
オーガはぴくぴくと痙攣し、白目を剥いて気絶している。顔には拳の痕がくっきり。腹にも靴跡。
俺は固まった。
筋骨隆々のオーガ。
それを一方的にボコボコにして、扉ごと吹っ飛ばした。
中には何がいるんだ。
得体の知れないドワーフが待ち構えているのか。
看板の偽りを指摘され、逆上した店員なのか。
それとも、侵入者を物理的に排除する用心棒か。
「……」
逃げるべきか。
でも、ここで逃げたら、俺は一生この店の真実を知らないまま過ごすことになる。
俺は砕けた扉を恐る恐るまたぎ、入った
店内は薄暗くひんやりとしていた。石造りの壁に低い天井。
ドワーフの店らしく、全体的にこぢんまりとした造りだ。空気には微かに酒精の匂いが漂っている。酒を嗜む種族だから、サービスで酒が出るのかもしれない。
静かだ。
さっきの喧騒が嘘のような静けさである。
「……」
誰もいない。カウンターにも誰も座っていない。
これはおかしい。
さっきまであのオーガをぼこぼこにしていた何者かが、この店のなかにいるはずだ。
そして、俺の背筋に冷たいものが走った瞬間……。
「あ!お兄ちゃん、いらっしゃ~い♡♡♡」
鈴を転がすような声が、店の奥から飛んできた。
声のしたほうへ目を向けると──そこに立っていたのは、それはもう可愛らしい少女だった。
身長は俺の胸くらい。頬はりんごのように赤く、笑顔はあどけない。
服装はなんか幼いけど……胸元がやけに豊かだった。小柄なくせに、そこだけ重力を無視している。
ドワーフだから実年齢は違うのだろうが、それにしても幼いように感じる。
「お兄ちゃん、ご新規さんだね~?さっきはうるさいオーガが来ちゃってびっくりしたでしょ。ぶっ殺しといたから、安心してね~♡♡」
「今、ぶっ殺しといたとか言いました?」
「あはは、まさか~♡」
彼女はにこにこと笑いながら、とてとてと歩み寄ってきた。
俺は混乱していた。
さっきのオーガは、誰にぶっ飛ばされた?
この子が?
まさか。
でも……この子しかいなさそうだし……。
「さあさあ、お兄ちゃん、こっちにおいで~♡♡私たちがたっぷりご奉仕しちゃうからね~♡」
彼女は無邪気な笑顔で、俺の手を取った。
握力がとんでもなく強かった。
俺は全身の本能が警鐘を鳴らしているのを感じながらも、逆らうことができなかった。