【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
店を出ようとしたところで、背後からぱたぱたと足音が近づいてきた。
「あの~、お兄ちゃん!」
ドワーフの受付嬢だった。
「なんか、すっごい汚いオホ声みたいなの、部屋から聞こえたんだけど……」
「ああ、あれはシルヴィさんの……」
「お兄ちゃん、大丈夫?変なことされてない?」
彼女は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。俺を真っ先に心配する辺り、シルヴィの信用の無さがうかがえるな……。
だが、心配すべきは俺じゃない。
「俺は大丈夫ですけど、シルヴィさんの様子を見に行ったほうがいいかも」
「え?」
「水でも持っていってあげてください」
俺はそれだけ言い残し、暖簾をくぐって外に出た。
十秒後。
「ぎゃああああああ!!!」
裏返った悲鳴が店の奥から響き渡った。
「ババァが年甲斐もなくアヘ顔ダブルピースでメス顔晒してる!!!」
「うるせぇなぁ、せっかく気持ちよく寝てたのに……」
シルヴィの酒焼けダミ声も微かに聞こえたが、俺は聞かなかったことにして歩き出した。
♢ ♢ ♢
外はすっかり夜の帳が下りていた。魔法の街灯がぼんやりと通りを照らし、ピンク色の看板たちが妖しく瞬いている。風俗街の夜はこれからが本番だ。
「おいおい、お前さん、大丈夫だったか」
聞き覚えのある野太い声に振り向くと、そこにはスーツ姿のオークとバンダナを巻いたゴブリンが立っていた。
「あれ、二人とも」
「ワシら心配してたんだぜ。こいつからドワーフのババァ共の巣窟に入っちまったって聞いてな」
オークが顎をしゃくった先には、あぐらをかいて座り込んでいる巨漢がいる。赤黒い肌に額の角、筋肉の鎧。さっき店から吹っ飛ばされたオーガだ。
「オーガさん、無事だったんですか」
「なんとかな……いてて」
彼は頭にたんこぶを作り、腕には紫色の痣がいくつも浮かんでいた。無事なのは、オーガの生命力の高さゆえか。
どうやら彼は俺が店に入ったのをオークとゴブリンに伝えてくれたらしい。ありがたいが、自分の心配を先にしたほうがいいと思う。
「それにしても、お前さんも懲りないな。エルフの次はドワーフのババァに挑むとは」
オークが呆れたように鼻を鳴らす。豚鼻から息がぶほっと噴き出した。
「あのババァ共は本当にヤバいんだよ。人間は外見しか見てないようだが……気を付けろよ」
ゴブリンが頷きながら言った。
「三百歳を超えてる連中はな、基本的に人魔大戦を生き残ったクソ野郎共だから俺らみたいな若造は勝てないんだよ」
「人魔大戦?」
「そうそう、戦いに行ってた女も多いしな。ドワーフは女でも前線に行ってた奴も多いし、見た目によらず腕っぷしが強いんだ」
人魔大戦とはまた大層な単語が出てきたな。風俗街でたむろしている連中から語られる単語ではない気がするが……。
まぁ、俺は風俗街でたむろしてるハズレ勇者だ……この世界の悲惨な歴史を気にしても仕方ない。
「しかしお前さん、仕事は見つかったのかよ?」
ゴブリンが話を変えた。
「あ、はい。実は……」
俺はエゼルディア子爵家のベビーシッターに採用されたことを話した。月銀貨二十五枚。住み込み寮完備。朝夕食付き。ラミアの三姉妹の子守り。
その言葉を聞いた瞬間、三人の顔つきが変わった。彼らは一斉に顔を見合わせ、それから黙り込む。
「ラミアの貴族?」
「エゼルディア家って、あのエゼルディア家か」
「なんでまぁ、あんなとこに……」
「え?なにかあるんですか」
オークが重々しく口を開いた。
「エゼルディア家の先祖はな……昔、戦争で敵味方ぶっ殺しまくったとんでもないラミアの一族なんだ」
「えっ……?」
敵味方ぶっ殺しまくった?
なんだい、それは。
「ラミアはもともとどっちの陣営にもついてなかったんだけどよ、戦争が長引いてな。で、戦場に近い集落が巻き込まれて焼けたんだ。それにブチ切れた当時のエゼルディア家当主が、人間も魔族も見境なく絞め殺して回ったらしい」
「絞め殺す……」
「ラミアの締め付けは一撃で骨を粉々にするからな。捕まると胴体が真っ二つだ」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「しかもとんでもなく残忍でな。捕虜をゆっくり絞めて苦しませたり、毒でじわじわ殺したり……まあ、戦争の最中だったからお互い様っちゃお互い様なんだが、人間の歴史書には蛇蝎の如く忌むべしって書いてあるらしいぜ」
「冗談ですよね?」
ゴブリンは肩をすくめた。
「そう願いたいね」
沈黙が降りた。
風俗街の喧騒が、遠くに聞こえる。どこかで酔っ払いの笑い声が上がり、別の店の看板がきしきしと揺れている。
俺は面接を思い出していた。
薄絹一枚でとぐろを巻いていたシェリル夫人。俺を値踏みし、長い舌で空気を舐め、獲物を見る目で微笑んだ女主人。
実技テストと称して俺の全身に巻きつき、締め上げてきた冷たい鱗。あのときはテストで済んだが……もし本気だったら。
「そ、そんな……そんな恐ろしいところだっただなんて……」
俺が頭を抱えていると、オーガがぽんと肩を叩いた。
「まあまあ、落ち込むなよ兄ちゃん」
そして言った。
「もし運よく死ななかったら、俺らの仲間に入れてやるからよ」
「仲間?」
三人は同時に頷いた。
「ああ、俺達ゃだいたい『ぽんぽこ亭』って酒場でたむろしてるからな。よかったら来な」
「この風俗街の情報が集まる酒場だ。面白いと思うぜ」
ゴブリンが胸を張る。
「どの店の嬢が本当に若いか、どの店が年齢詐称してるか、どの店がぼったくりか。風俗の情報は随一のろくでもない店さ」
「そ、そんな酒場が……?」
「あぁ、誰でもウェルカムの酒場だ。金なし以外はな」
この人たちは俺がハズレ勇者だということを知っている。それでも、こうして気にかけて、仲間に入れようとしてくれている。
(なんていい人(?)たちなんだ……)
見ず知らずの異世界人に、ここまで優しくしてくれるなんて……。
目頭が熱くなった。
見た目はオークにゴブリンにオーガだけど。
全員、異種族のおっさんだけど。
でも、心は──
「そういや、名乗ってなかったな 。ワシはゴルドン」
オークが胸に手を当てた。
「無職だが、風俗には毎日行ってるから、何か知りたいことがあったら聞いてくれ」
(無職?)
スーツ着てるのに無職?
「俺はピギー」
ゴブリンが親指で自分を指した。
「同じく無職だ。ガチの若い嬢がいる店のことなら任せろ。こう見えて年齢確認が特技でな」
特技が年齢確認?なんだそのゴミみたいな特技は。
「俺はヴァラー!」
オーガが大声で名乗った。
「この間、日雇いの仕事でむかつく上司を半殺しにしちまったから、いまは無職だ!」
「……」
ろくでもねぇ奴らだな。
俺の涙を返せ。全員無職じゃねえか。つーか無職でどうやって風俗に通う金を工面しているんだ。毎日風俗通いとか、風俗に人生を捧げているのか。
「じゃあな兄ちゃん、仕事がんばれよ。死んだら風俗に行けなくなるからな」
「死にかけたらぽんぽこ亭に逃げてこい。ラミアもこんな薄汚い通りの酒場までは追ってこねぇよ」
「応援してるぜ人間!ババァにもラミアにも負けんなよ!」
三人はそう言って、夜の風俗街に消えていった。
オーク、ゴブリン、オーガ。無職三人組。なんの生産性もない会話だったが、なぜだか元気が出た。
「……」
俺は一人、夜道を歩きながら空を見上げる。
ここからじゃ星はあまり見えない。風俗街のピンク色の灯りが、夜空をぼんやりと染めている。かわりに、いくつもの看板が明滅し、呼び込みの声がこだまする。
明日から、恐ろしいラミアの貴族の屋敷でベビーシッターだ。
でも、やるしかない。
月銀貨二十五枚だから。
あと、ここの風俗を制覇するまでは、この世界でくたばるわけにはいかない。