変身忍者嵐より 千恵(毒蛾くノ一)の異なる未来第2編・江戸での血車党との対決 作:shpfive03
部屋の中で千恵が休んでいるうちに、そろそろ夕食時となった頃
「千恵さん、夕食前に少しお話ししたいの、入ってもいいかしら?」
とカスミの声が聞こえる。
「どうぞ」
なんだろうと思いながら、とにかくも千恵は返事をした。
ゆっくりと襖を開け、カスミが入ってきた。
カスミは部屋の中に入ると、ゆっくりと襖を閉める。
「ごめんなさいね、お父さんやツムジがいないところで先に聞いておきたいの。千恵さん」
「はい」
カスミのただならない様子に、千恵も思わず身構える。
カスミは少しためらった後
「やっぱり、ハヤテさんのこと好き?」
とストレートに千恵に尋ねた。
千恵は思わず顔を真っ赤にする。
やっぱり、カスミさんは気がついていたんだ‥‥
「はい‥‥、でも‥‥、あの‥‥」
千恵は俯きながら、たどたどしく返事をした。
カスミはふふっ、と笑う。
「だと思っていたわ」
千恵は慌てて
「あの、でも、私、カスミさんとハヤテさんとの間を邪魔しようと思っているわけじゃないんです。何回も自分に、そう言い聞かせました。でも‥‥」
と言うが、皆まで言わせずカスミは
「やっぱり、どうしてもハヤテさんのことは気になってしまうのよね」
と、千恵の言葉を遮った。
「ごめんなさい‥‥」
千恵は俯く。
「千恵さん、謝らないで」
カスミは内心で自分を抑えながら、なるべく平静をよそおって言った。
「千恵さんがハヤテさんのことを好きになるのは、やっぱり当然だと思う。私が千恵さんと同じ立場だったら、やっぱりハヤテさんのことが好きになってしまうと思うから」
「カスミさん‥‥‥‥」
千恵は顔をあげる。
「だから約束して」
カスミは千恵を見る。
「ハヤテさんのことで隠し事はしない、抜け駆けはしないって」
「あの‥‥、抜け駆けって?」
と千恵。
「決まってるでしょ」
カスミは少し顔を赤くしながら言った。
「先にハヤテさんと『既成事実』を作ってしまうことよ、こんなこと、言わせないでよ!」
言うことで、カスミの顔は、ますます真っ赤になる。
「私、嫁入り前の娘だからということで、お父さんから、くれぐれもそうしたことがないように、きつく言われてるのよ。で、ハヤテさんもそれは知っているの!」
そうだったのか‥‥
千恵は納得した。
今のハヤテとカスミの関係なら、それこそ、とっくの昔に『既成事実』が出来ていても不思議はないのに、そうした気配はない
それは千恵も気になっていたのだ‥‥
この際なので、思いきって聞いてみることにした。
「カスミさんとハヤテさんは、ゆくゆくは結婚するつもりなんですか?」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ええ、そうよ。私たちは将来を誓いあった仲なの」
カスミのその答えに千恵は
やっぱり、そうなんだ‥‥
と思い、途端に悲しくなった。
自分がハヤテと出会うより、ずっと前から
カスミは、ハヤテと、ずっと好きあって、付き合っていたのだから‥‥
「冗談よ」
とカスミが苦笑いする。
「私はそのつもりだけど、ハヤテさんの方は『人ではない自分』が結婚するということ自体に消極的なの」
そう、カスミは正直に答えた。
「将来を誓いあったというのは、満更、嘘でもないわ。血車党との戦いが終わった後にどうするのかという話なら、確かにハヤテさんとしているから」
血車党との戦いが終わったら‥‥
千恵には、それがどのようなものなのか想像できなかった。
「私、本当は九州地方の某有力大名から側室として迎え入れたいという正式なお話もいただいているの」
それを聞いて千恵は吃驚した。
「阿部備中守様のお世継ぎ、松丸様からも以前、それとないお話はいただきましたけど、」
と、カスミは付け加える。
「どちらのお話も、以前千恵さんにお話しした『上様の鷹狩りの一件』がきっかけです。あの時、血車党に襲われて怪我をした人たちの中に、松丸様と、その某有力大名がいて、私がお手当てをしたのが御縁よ」
カスミは当時を思い出しながら語る。
「その九州の大名はお父さんと、大体同じくらいの年輩かな‥‥」
千恵は考え込んだ。
確かにそれはきっかけとしても自然ではある。
「もし、ウチが普通の旗本の家だったら『玉の輿』と言ってもいいようなお話だし、実際に父も迷ったみたい。だから、私の『純潔』には商品価値があるの」
とカスミは醒めた言い方をする。
「伊賀くノ一の仲間の中には、必要なら体を売ってでも情報を得ることができなければ一人前じゃないっていう言い方をする女の子もいるけど」
千恵はそんな話は血車党でも聞いたなと思い出していた。
それより以前に
化身忍者になりたいからと、骸骨丸に身を任せた自分のことを、否応なく思い出してしまう‥‥
やっぱり、自分にはハヤテさんのことを好きになる資格なんかないんだ‥‥
そう思うと、千恵は無性に悲しくなった。
その千恵の悲しげな表情を見て、カスミは誤解したようだ。
「千恵さん、悲しまないで。世の中は確かに綺麗事だけじゃないし、確かに御公儀の中には、遠い九州にある有力外様大名の中に公儀隠密のくノ一を側室として入れることが出来るのは大きな価値があると考える人たちもいたんだけど、上様が『血車党対策』を理由に、その話を一時差し止めしてくださったの」
「そうなんですか‥‥」
千恵は驚いた。
仮にも天下を動かず徳川将軍がそのような配慮をしてくれたのだ‥‥
「上様は、私のハヤテさんに寄せる思いを知っています」
カスミはキッパリと言い切った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
カスミの話を聞いていて、千恵はふと思った。
どうやらカスミにとっては(あるいはカスミたちにとっては)、『上様』と呼ばれる徳川将軍は精神面でも大きな影響力を持つ存在であるように見える。
が、ハヤテはそうではない。
その証拠に、ハヤテは一貫して『秀忠公』と呼んでおり、カスミたちのように『上様』とは呼んでいない。
これは千恵にとっても同じだった。
本当のことを言えば、権力者であることは知っていても、まだ会ったこともない徳川将軍より
千恵にとっては目の前のカスミの方が比較にならないくらい大切である。
もし、何かの理由で
カスミ、いや、それがハヤテ、タツマキ、ツムジのいずれであっても同じだが、何らかの理由で徳川将軍から『敵』として追われる立場になったとしたら
(可能性は低そうだが)
自分はなんの躊躇いもなく、カスミたちを守る覚悟はある。
が、千恵としても、ここではそのようなことを言うつもりはない。
代わりに
「でも、ハヤテさんにとってはどうなのかしら‥‥」
と呟いてみることにした。
「えっ?!」
とカスミ。
「ごめんなさい、今までの話を聞いていて、私が勝手に思ったことですけど」
と千恵は前置きすると
「ハヤテさんとしては、カスミさんを通じて『御公儀』に縛られたくないという気持ちもあるような気がするんです」
と、あえて言いにくいことを伝える。
カスミは図星を指された、と言わんばかりの表情になった。
カスミを怒らせたかな、と思いつつも、千恵はあえて続ける。
「ごめんなさい、でも、あえて聞きます。もし、ハヤテさんから『俺はどうしても血車の郷に骨を埋めたいんだ、ついてきてくれ!』と言われたら、カスミさんはどうします?」
カスミは少し悩んでいたようだったが、何かを吹っ切ったかのように、その千恵の問いに答えた。
「本当にそうなったら、私、ハヤテさんについていきます!」
キッパリと言い切るカスミ。
「でも、お父さんとしては、まだ有力大名との縁談話などが現にある私が、自分の感情だけでハヤテさんと『既成事実』を作ってしまうのは反対だと言うのよ、で、ハヤテさんも」
ここでカスミは千恵に対して、ハヤテの態度についての、内心の不満を打ち明ける。
「出来れば、私にはいい条件での縁談で『人としての幸せ』を掴んでほしい、みたいなことを言ったりもするのよ。でも、じゃあ私、ハヤテさんに振られたのかなと思うと、どうもそうじゃないみたいで‥‥」
おやおや、と千恵は思った。
予想していたよりもカスミとハヤテの関係は微妙なようだ。
「千恵さんだって」
とカスミは口を尖らせる。
「もし、私とハヤテさんが既に夫婦だったら、ハヤテさんのことが気になったりしないでしょう?」
いや、そうじゃないです‥‥
千恵は内心で呟く。
ハヤテさんとカスミさんが夫婦だったとしても、やっぱり自分はハヤテさんが好き‥‥
が、それは自分の心の中ににとどめておくことにした。
「カスミさんはさっき、血車党との戦いが終わった後にどうするのかという話をハヤテさんとしているとおっしゃっていましたけど、それはどのようなお話なんですか?」
千恵はカスミの問いに答えることなく、あえて聞いてみることにした。
カスミは途端に嬉しそうにする。
「私ね、ハヤテさんのお父様だった谷鬼十先生の研究を引き継いで、『人間化身の法』について、いろいろ勉強したいと思っているの!」
カスミは声を弾ませる。
そして
「千恵さんも、ゆくゆくは『変身忍者』から、普通の人間に戻りたくない?」
と、悪戯っぽく千恵に聞いてきた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
千恵は正直に答える。
「正直、わからないです‥‥」
そして
「今、現に私の『転移の術』とかは、皆さん必要としていますよね?、そして、これは血車党との戦いが終わったとしても、そこで必要なくなる能力とは思えませんし」
と、具体的な指摘をする。
「違うの」
とカスミ。
「千恵さんがどう思うのかが大切よ。千恵さんがやっぱり普通の『人』に戻りたいと思うんだったら、それを止める権利は誰にもないはずよ」
それを聞いた千恵は、なんだか少し嬉しくなった。
そしてカスミはハヤテのことについてふれた。
「ハヤテさんは血車党との戦いが全て決着がついたら、普通の人に戻って静かに暮らしたいという希望を持っています。そして、私はそのための勉強をしていくつもりです。いや、今もそのための勉強はしています」
千恵は興味をそそられた。
「それは一体?」
「ハヤテさんが今、住んでいる江戸の家は、元々は谷鬼十先生の江戸での別宅です。私とツムジも、その近くではじめてハヤテさんと、鬼十先生にお会いしました」
カスミが説明を始める。
「その頃、既に江戸は大阪などを凌ぐ、本邦で一番の学問上の資料を得られる場所であり、鬼十先生も、その別宅で勉強のための資料を収集していましたし、また、元は血車の郷にあったと思われる資料も、そこでまとめて保管していました。今にして思うと、変貌しつつある血車党を信頼できなかった鬼十先生は、他の血車党の人たちの手の届くところに、そうした資料を残して置いておきたくなかったんでしょうね。で、それらの資料は、今、残された江戸の別宅ともども、ハヤテさんが管理しています」
そうだったのか‥‥
千恵は、ハヤテの江戸の家のことについて納得する。
「で、その家は、ハヤテさんは自分が不在の時には余人が迂闊に入れないよう結界を張っています。また、建物そのものはハヤテさんが不在のときには、御公儀の方で常時監視もしています。で、ハヤテさんがいる時、その家に入ることができるのは、私と父、ツムジの三人だけです。現状、ハヤテさんは私たち一家三人以外の人間がその家に入ることを認めていません」
それを聞いた千恵は、いつの日か、その家に自分も入れてほしい
と心の中で願った。
が、口には出さない。
「バカな骸骨丸は『人間化身の法』の秘伝書さえ奪えば、後は自由自在に化身忍者を作れると思い込んでいたみたいですけど、現実に変身忍者嵐を超える化身忍者を作ることは出来ていません。秘伝書の内容を裏付ける資料が参照できないからです」
では、そのような不完全な技術で、今の血車党によって化身忍者として作られた自分の立場はなんなんだろう
千恵のそんな心の声を読み取ったのか、カスミは
「あっ、千恵さんは『変身忍者』になったのは間違いないから、この例には当てはまらないかもしれないわ」
それを聞いた千恵は日頃からの疑問を口にした。
「化身忍者と変身忍者って、どう違うんですか?、私は間違いなく血車党によって化身忍者として改造された人間ですけど‥‥」
「変身忍者は、化身忍者の進化した形態です」
カスミはキッパリと言い切った。
「本来の化身忍者は自分の意思で望む方向にある程度の自己進化を遂げていく能力を持っています。ハヤテさんの話では、今の血車党の化身忍者はその方向に向かうことがない『生物兵器』的な存在に成り果てているとのことでしたけど」
そこでカスミは千恵を注視して、そして言い切った。
「千恵さんは間違いなく、自分の望む方向に自己進化を遂げることが出来たんです」