変身忍者嵐より 千恵(毒蛾くノ一)の異なる未来第2編・江戸での血車党との対決 作:shpfive03
話は少し戻る。
江戸に戻ってきたばかりのカスミは、弟のツムジと一緒に、家の近所の煮売茶屋で、今晩の食事のためのお総菜を準備するための買い物をしているところであった。
ここには煮魚や煮豆、煮染などのお総菜が、買ってから、すぐ食べられるように調理した状態で、いろんな種類のものがおいてあり、更に店内でも食事ができるように茶屋も併設されている、
本当はカスミとしては、早速今晩から千恵にお味噌汁の作り方をはじめとして、いろんな料理の作り方なども、まずは自分が手本を見せながら、少しずつやってもらうと思って、意気込んでいたのだが
早朝からハヤテと共に、相模の国四之宮からハヤブサオーで江戸まで強行軍で向かったあと
四之宮の旅籠の前で待っていた自分とツムジ、父タツマキと、江戸からの使者としてやって来ていた百地上忍の娘千秋の四人を『転移の術』で江戸まで連れてきてくれた千恵の疲労が予想以上であり
はやる気持ちを、弟であるツムジにたしなめられたカスミとしては
いいや、今晩の食事は有り合わせのお総菜で済ませちゃえ!
という気持ちにもなっていたのだ。
明日は早速、千恵のための新しい着物も用意しなければいけないし
今晩はゆっくりと寝て、明日はツムジと一緒に千恵さんを連れて、呉服屋さんにも行って、好みの服を選んでもらったら、そのまま、いろいら江戸の街を案内してあげよう。
まさか、今晩中に血車党との戦いがあり
そして、藤林家での今後の打ち合わせや準備に追われることになるなどとは
その時のカスミはまったく思っても見なかったのだ。
これから必要とするお総菜をツムジと一緒に買い集めていたカスミだが、ふいに
「カ、ス、ミ、!、私よ」
と、ふいに自分と同年代くらいと思われる女の子に声をかけられ、思わず振り向いた。
すると
そこには髪を後ろに総髪でまとめ、赤色に、色とりどりな模様がちりばめられた可愛らしい着物に、黄色の帯をした、カスミと同年代の美しい女の子が立っていたのだ。
カスミは、その彼女に見覚えがあった。
「楓ちゃん、どうして江戸へ!」
驚いたカスミは思わず彼女に向かって声をかける。
確か、彼女は江戸から遥かに遠い北九州の有馬にいるはずでは?
楓と呼ばれた少女は可愛らしい
「カスミ、どうしたの?、私の顔になんかついてる?」
ニコニコ笑いながら『楓』は、カスミに向かって答える。
「ううん」
カスミは首を横に振ると
「でも、楓ちゃんは、北九州の有馬に又八さんたちと一緒に『お役目』で行っているはずじゃ…」
『楓』は穏やかに微笑む。
「ええ、今も『お役目の真っ最中』よ」
嘘ではない。
『楓』は『伊賀忍者としてのお役目』などとは一言もいっていない。
『毒蛾作戦』という、徳川幕府転覆のための血車党の作戦行動を、血車党中忍として指揮するための重要な『お役目』の真っ最中である。
そして作戦成功の暁には
血車党の新しい上忍としての地位も、首領魔神斎、副首領骸骨丸から約束されているのだ。
自分はもう、伊賀の使い捨て下忍などではない!
すでに血車党の中忍であり、成果を挙げさえすれば、上忍の道も開けているんだ!
自分はきっと結果を出して見せる!
『楓』の強い思いであった。
が、『楓』は勿論、目の前のカスミに対してそんなことを言うつもりはない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「カスミなら当然知っていると思っていたわ」
しれっと『楓』はカスミに向かって言う。
「有馬肥前守様は今、『参勤』で江戸に来ているわよ」
「えっ?」
カスミは吃驚する。
この時代、後世でいう『参勤交代』は、まだ制度としては確立していない。
制度として確立するのは寛永12年(1635年)三代将軍徳川家光の時代においてである。
古くは鎌倉時代から、御家人が鎌倉に参勤する慣習は存在しており、その時代には三年に一度の鎌倉への参勤が行われていたといわれる。
続く室町時代にも有力大名の京都幕府への参勤は行われており
江戸に徳川家による全国統治を目的とする幕府が設立され、全国の諸大名がそれに服属した以上
いずれは参勤交代のような制度が確立するのは時代の流れでもあったのだが
この時点では、まだ諸大名は徳川将軍への忠誠をアピールする目的で、あくまでも自主的に江戸への参勤を行う大名が多数派になったというところまでである。
有馬藩のような西国遠隔地の十万石以上の有力大名の場合は、おおよそ隔年での参勤を『自主的』に行っていたのが当時の状況である。
そして、確かに『楓』のいう通り、今頃が有馬藩の当主である肥前守が江戸へ参勤でやってくる時期であった。
無論、江戸の幕府としても、そうした大名たちに江戸城下での屋敷を用意しており、有馬藩も江戸における屋敷を所有していた。
「私はあくまでも『有馬藩に仕える奥女中』として江戸に来ているのよ」
そう言って『楓』は微笑む。
「勿論、本当の目的は『お役目』を果たすためなんだけどね。カスミならわかるでしょ?」
いや、この時点のカスミに『楓』の真の目的などわかるはずはないし、わかられても困るのは『楓』のはずなのだが
「うん、楓ちゃんはあくまでも有馬家の動向を探り続けているわけね」
カスミが応じる。
まさか目の前の『楓』が、既に傀儡でしかない有馬肥前守に対してすら『命令権』を持っているなどとは、カスミには知るよしもないことである。
「でね、私、いろいろ有馬藩のことを調べていくうちに、他ならないカスミに伝えなければいけないことが出来たの。それで、こうやって、こっそり姿を現したわけ」
『楓』は、あくまでもカスミの友人としての笑顔を見せたまま、さも大切なことを伝えたいんだ、という意思表示をする。
「そうなの?」
カスミは怪訝に思った。
カスミにとって、楓は伊賀の修行時代の友人の一人ではあるのだが
そもそも自分と楓とは伊賀における所属する組も違うのだ
それをあらためて思う。
カスミ、そして今、ここにいる弟のツムジは伊賀百地組
楓は服部組に所属するくノ一
ということになっている。
「心配しなくても、律様の了解はとってあるわ」
落ち着いた様子で『楓』は答える。
服部家の長女、律は中忍として下忍たちに対する『命令権』を持っていた。
無論、カスミの目の前にいる楓に対する命令権も持っている『はず』である。
「ことはカスミの大事なハヤテさんこと『変身忍者嵐』にもかかわることよ。カスミ、あなたはお父さんのタツマキさんと並んで『変身忍者嵐』に対する御公儀への申次衆としての立場を持っていることを忘れちゃ駄目!」
もっともらしく『楓』はいう。
「楓さん、それって、やっぱり血車党についてのこと?」
急にツムジが口を挟む。
『楓』はそれに対して
「ツムジくん、お久しぶりね」
と笑顔を見せると
「そうよ。私は既に御公儀へ報告書も出しているけど、有馬藩にかかわる密貿易の黒幕は血車党よ!、その確証もある」
と、さも、さりげなさそうに言ってみせる。
カスミ、ツムジの二人ともエッ、とばかりに驚きの表情を浮かべた。
「それで、その件について詳しいことをカスミに知らせたいのよ。今だと私の方でちょっと都合が悪いので、明日、服部家の屋敷まで来てくれる?」
この『楓』の言葉に対して、カスミは
「今、聞きたいわ!」
と言ったのだが
「ダメよ」
と『楓』は首を横に振る。そして
「そういえばカスミ、律様から聞いたけど、あなたの家で『血車党の抜け忍』を今日から居候させるって本当?」
と話の矛先を変える。
「千恵さんのことね。もう、皆が知っていることよ」
カスミが答える。
「私、個人的にはその人のこと、悪い人じゃないとは思うけど…」
『楓』は心にもないことを、さも、本心であるかのように演じながらいう。
勿論、『楓』の内心は
身の程知らずにも血車党に敵対する『出来損ないの裏切者』に対する憎しみ
で満ちていたのだが…
そんなことはカスミたちの前ではおくひにも出さない。
「でも、今のところはその人にも、そしてタツマキさんにも、この話は内緒にしておいて」
カスミは少し考えた上で
「わかったわ」と返事をする。
「ツムジくんだったら連れてきてもいいわよ」
『楓』はカスミに向かって、宥めるように言った。
釈然とはしないカスミだったが、旧知でもあり、同じ伊賀くノ一としての気安さもあり、ついつい承知してしまったのだ。
「じゃあね、また明日!」
そう言って『楓』は手を振りながらカスミと別れ、服部家の屋敷がある方向へと歩いていった。
カスミとツムジも買い物をすませると、家に戻る。
この寸劇のあと
螢火に変装していた菖蒲、そして夜叉丸とハヤテの衝突があり、そして異変を知ったタツマキ、カスミ、ツムジ、千恵の四人もその場に駆け付け
その晩の肥前西屋での血車党との決戦、そして藤林家での出来事、明日のカスミと千恵の大奥への潜入という流れになっていくのだが…
さて、明日、服部家の屋敷でカスミと会う約束をした、当の『楓』はというと…
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「わかりました、
いきなり藤林朧からの使者として屋敷に現れた夜叉丸に対して、服部家の長女、律は丁寧に応対し、そして夜叉丸を帰す。
そして夜叉丸が十分遠ざかったのを、彼女自身の一流の忍びとしての技で慎重に確認をすると、律は屋敷の奥の部屋にいる『客人』のところへと向かう。
そして律はその部屋の障子を開ける。
「楓さん、夜叉丸は帰りましたよ」
律は『客人』に向かって言った。
「律様、ありがとうございます」
そこには総髪を後ろにまとめた、赤い着物がよく似合う美少女
妖しく微笑む(血車党くノ一)『楓』の姿があったのだ。
「しかし、朧の奴も利口ぶっていても、やっぱりバカよね」
嘲笑しつつ、かつ、吐き捨てるように律は言った。
「ふふっ、大奥に藤林朧、カスミ、そして身の程知らずにも我が党に敵対する『出来損ないの裏切者』、それに百地千秋が雁首揃えて、奥女中に扮して江戸城大奥に潜入ねえ。もう、本当に可笑しくて仕方ないわ」
そう言って『楓』は嘲笑する。
本当に奴らの間抜けさは笑える。
この私が、藤林家『だけ』に工作をしていたと思っているところが、まず、間が抜けているではないか!
服部家の方にも血車党の工作が及んでいる可能性をどうして考えないのかしら?
ああ、おかしいったらありゃしない
一方で服部律である。
「まっ、朧も、この私が既に血車党に内通しているなんて、考えてもいないんでしょうけどね」
そう言って人を小バカにしたような笑みを浮かべる律に向かって『楓』は
「律様」
本心はともかく、優しく、もの柔らかく、服部律に向かって言った。
「我が血車党は、服部家の再興を全面的に支援させていただきますわ」
伊賀忍者時代の『楓』にとって、律は頭の上がらない中忍だった。
それが、今や対等どころか、むしろ優位な関係で話が出来ている。
血車党という『力』あってのことだ。
服部律は曾祖父である初代服部半蔵(鬼半蔵)の栄光を、取り戻すことを強く願っていた。
初代服部半蔵の時代には200名以上の伊賀同心全ての統括を徳川家から任されていた服部家は
二代目服部半蔵正也の時、配下だったはずの百地、藤林の
「自分たちは徳川家に仕えたのであり、服部氏の家来ではない、また服部家は伊賀を出て三河に移った家であり、伊賀における服部家の家格は自分たちよりも下である」
という理由からの造反と、その対応をしくじったことから八千石の大身旗本としての身分を改易により失ってしまった。
正也の子、正龍が新たに別家として立つことにより、辛うじて旗本としての身分は回復したものの、その所領は三百石程度になってしまったのだ…
また、服部家の伊賀同心に対する統括権も三分され、百地、藤林と分け合うことになってしまった。
それも完全に統括権を失うところを、過去の『鬼半蔵』の功績により、辛うじて上忍三家に留まることが出来たのだ。
すべて現将軍秀忠と、大老土井利勝の裁量、決定である。
あれだけ徳川家への忠義を尽くしてきたのに…
それを思うと、服部家の長女である律は現将軍に対する敬意を持つことが出来なかった。
が、父の正龍は凡庸な人物であり、現将軍の信任厚い百地や、伊賀の地で圧倒的な影響力を持つ藤林との争いには勝つことは出来そうもなく、実際に軽く見られている。
覇気のある律は悔しくてたまらなかった。
そんなところへ
下忍として、かつての配下でもあったくノ一楓が、血車党副首領の骸骨丸とともに、律の目の前に姿を現したのだ。
そして律は、父である正龍にはかることなく、骸骨丸と楓の誘いに乗ったのだ。
今、父の正龍は、かつての配下であったくノ一『楓』の『血車忍法毒蛾呪いの術』により、彼女の意のままに動く傀儡と化している。
手引きしたのは実の娘である律だ。
「楓さん、それでは約束通り駿河大納言様の天下になれば、服部家は再び全伊賀忍者を統括する上忍一位、そして大名としての所領もいただけるということで間違いないのですね」
律は『楓』に向かって念を押す。
「ええ、律様」
『楓』は、律に向かって妖しく微笑を浮かべた。
「私たち血車党は天下の実権を握ることは望んでも、表の看板までは必要としておりませぬゆえ、駿河大納言忠長様が我ら血車党をたててくださる限り、我らは忠長様を支援いたしましょう」
実際、天下の看板など、別に徳川家でも差し支えはないのだ。
我ら血車党が天下の実権を握り、意のままに動かせればよい
駿河大納言忠長が血車党の傀儡としてでも将軍になりたいなら、してやるさ。
ただ、もし
その後に血車党に逆らうなら
容赦なく処分するまで。
それは
服部家も同じなんだけどね…
だが、『楓』は、その本心を律に明かすことはない。
利用できるうちは利用するまで。
本心を隠したまま『楓』は言った。
「律様、それにしても、私たちに隠れ家を御提供いただき、本当に助かりましたわ」
そこまで言って、彼女は指をパチンと鳴らす。
そこには
既に大奥への潜入を果たしている血車党くノ一の菊と牡丹が、それぞれ
そして血車党くノ一桐が、忍び装束のまま
立っていた。
「律様、明日はお願いしますね」
『楓』は心から楽しそうに、律に向かって言った。