変身忍者嵐より 千恵(毒蛾くノ一)の異なる未来第2編・江戸での血車党との対決 作:shpfive03
翌朝である。
カスミはツムジに向かって『お願い』をしているところだった。
「ツムジ、これから私の代わりに服部様の屋敷で楓ちゃんに会って、あたしは急な『お役目』で今日は会うことが出来なくなったから、ということをちゃんと伝えてきて、お願い!」
いつになく真剣な表情のカスミに対して
「カスミ姉ちゃん、そんな心配しなくてもわかってるって!」
ツムジは明るく答える。
その様子を見て、思わず苦笑いするタツマキだった。
これては、まるで
子供のことを心配して送り出そうとする『母親』のようではないか。
カスミとツムジ姉弟の歳は三つしか離れていないというのに…
「カスミさん、そんなに心配しなくても、ツムジさんなら大丈夫てすよ」
と、千恵が言う。
それに対して
「私、もう、ツムジが服部様のお屋敷で、何か失礼なことをしないか心配で…」
とため息まじりに言うカスミ。
昨日、久しぶりに再会した楓は、カスミに対して、翌日に服部家の屋敷で会う約束をした後、タツマキと千恵については
『でも、今のところはその人にも、そしてタツマキさんにも、この話は内緒にしておいて』
と言っていたのだが…
カスミはツムジとも相談した上で
父であるタツマキと、そして千恵に
昨日、伊賀の修行時代の友人だった楓と煮物茶屋で久しぶりに再会したこと
御公儀の特命により北九州の有馬まで『お役目』で、奥女中として潜入捜査をしているはずだった彼女が、今現在、有馬の当主である肥前守に、その他の家臣ともども同行するという形で江戸に来ており
北九州の有馬における調査で、噂される有馬藩の南蛮との密貿易なるものの黒幕が、実は血車党であると断言し
それについての詳細を自分に伝えたいから、今日の午後に服部様の屋敷まで来てほしいと言われたということを
包み隠さずに話すことにしたのだ。
話を聞くなりタツマキは
「とりあえず、わしと千恵殿は、そんな話は聞いていないということにしておけばいいのだな?」
とカスミとツムジに向かって確認をとる。
「ええ」
短くカスミは答える。
「カスミさん、その楓さんという方はご友人ということですけど、どんな方なんですか?、なんだか気になって」
これは千恵。
「私が伊賀で一年間みっちり修行した時のくノ一仲間よ。その時に『大奥での作法』なんかも一緒に学んだけど、私より、よっぽど上手だった…」
その時代を懐かしむようにカスミは言い、それを見てタツマキは苦笑いする。
カスミが十二歳の時である。
忍術を本気で学びたいというカスミの熱意に押され気味だったタツマキは、伊賀に忍術修行のため一年間の『留学』をさせたのだ。
それで忍術修行の本当の厳しさを知って音をあげるなら、それでもよし
乗り越えて、本気で忍術を身につけてくるなら、それはその時に、ちゃんと認めてやろう。
それはタツマキの『親心』でもあった。
「伊賀名張に行ってすぐ、自分の顔の半分を紙で覆って、その紙を顔から落とすことなく一里以上の道を走りぬくというのをやらされたわ。本当に厳しかった…」
当時のことを思い出しながらカスミがいうと
「私、それ七歳の時にやりましたよ」
と、さりげなく千恵がいった。
「そうなの、千恵さん?」
カスミは驚く。
「だって千恵さんは『真田流』でしょう?」
「地元では戸隠流って言っていましたけどね」
千恵は懐かしそうに微笑む。
「その頃は父も母も、まだ健在でした」
それを聞いたタツマキが
「『一里走り抜け』は、別に我が伊賀流だけのもんじゃあない。甲賀でも同じことはやっておるし、多分、真田でも似たようなことはやっておったのではないかな」
と説明する。
「血車党に入ったとき、私は『即戦力』扱いでした」
千恵が思い出しながら言う。
「血車党には私以外にも風魔や武田、上杉など他流派出身者が入ってきていましたが、実力が満たないと骸骨丸に判断された者は容赦なく『再教育』にまわされていました。でも、私はそういうこともなかったんです。実際、剣技では、私と同じ頃に血車党に入った他流派のもので、私に敵う相手はいませんでした」
「千恵お姉ちゃん、優秀だったんだね」
ツムジに褒められて千恵は思わず
「まあっ」
と顔を赤らめる。
ツムジに褒められると、なんだか嬉しくなってしまう千恵だった。
「でさ、血車党に入った他流派の忍者の中に、おいらたちと同じ伊賀忍者はいたの?」
ツムジの、この何気ない問いに
思わずタツマキとカスミは顔をしかめる。
そんなことは伊賀忍にとって、あってはいけないことなのだ…
「私の知る限りではいなかったと思います」
千恵は断言する。
「私もそうですけど、そうして血車党に入った、入ろうとした忍の者は、所詮は他にいられなくなった者たちです。考えられるとしたら…」
千恵はそこで一瞬、カスミを見ると、遠慮がちに言った。
「血車党に捕まり、囚われの身となった者が無理矢理入らされるということでしょうか…」
「千恵さん、私のことなら気にしなくてもいいわよ」
とカスミが千恵に気を遣いながら言った。
「骸骨丸たちが私を捕まえて化身忍者にしようとしているのは、もうハヤテさんも、お父さんもツムジも知っていることだし、今さらよ」
「ごめんなさい」
千恵はうつ向く。
そのカスミを、骸骨丸のいる血車党の新しい髑髏館に連れ去ろうとしていたのは、他ならない『毒蛾くノ一』千恵だったのたから。
「千恵殿、もう以前のことには、あまり拘らない方がいいですぞ」
やんわりとタツマキが言った。
「それより、これからよ!」
カスミが千恵に向かって、意識的に明るく言った。
「私と千恵さんは、これから血車党の陰謀を阻止するために大奥に潜入するのよ、そのために、まず百地家に早く行かないと」
「そうですよね」
千恵はあらためて決意した。
自分は血車党の化身忍者だったからこそ
血車党の悪事を阻止しなければいけない責任があるのだ。
そのためには、自分に出来ることは何でもやらねば。
そう
今、自分を大切にしてくれている人たちの暖かい気持ちに報いるためにも…
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それからすぐ、カスミと千恵は百地家に向かって出発する。
昨晩、藤林家を退去する直前に夜叉丸が戻ってきて、百地家の千秋の方から
明日のカスミと千恵の大奥潜入のための衣装はこちらで用意させてほしい
化粧の準備、その他もこちらでするので、二人には朝、百地家に立ち寄ってほしい
との要請があったというのだ。
その夜叉丸の伝言に朧は承知し、結果として
カスミと千恵は朝、百地家の旗本屋敷に立ち寄ることになったのだ。
出発にあたって
千恵の外出のための着物は、カスミが亡き母である恵のものから良さそうなものを選んだ。
いずれは千恵さんにも、ちゃんと自分で気に入った着物を買ってあげないと…
勿論、費用は御公儀の経費で落ちるので、多少は値が張ってもいいし…
そんなことを考えているカスミだった。
とはいっても、歩いてもいくらもかからない近所である百地家にはすぐに着く。
門の前には既に千秋が、いかにも待ちくたびれたという感じで待っていた。
「もう、カスミちゃんと千恵さん、遅いじゃない!」
千秋が挨拶も抜きで、いきなり不満げな声をあげる。
「千秋ちゃん、ごめん」
カスミが苦笑いしながら千明に謝る。
「千秋さん、すみませんでした」
千恵が生真面目に頭を下げる。
そうして、あらためて千秋を見ると、普段着の彼女はなかなかお洒落である。
綺麗な髪飾りを着け、髪をきちんと結っており、薄い緑色に白の模様が入った清潔そうな着物姿に、紫色の帯をしており、そして着物のすそは足元にまで及んでいた。
その着物の下に、白い草履がちらりと見える。
いかにもこの時代の良家の子女といった風情である。
千恵が相模の国田村で初めて会った時の千秋は、いわば戦闘服である黒の忍び装束と、白色の鎖帷子に身を包み、戦場で戦う姿勢を強く感じさせる、いかにもくノ一といった感じの女性だったが
今は、まるで別人のような姿ではないか。
「いいのよ、千恵さん」
千秋は千恵に対しては気を遣ってか、もの柔らかにいう。
「さあ、早く中に入って、三人で一緒に着替えましょう!!」
そう言ってカスミと千恵を急かす千秋であった。
百地家の旗本屋敷は、千恵が大きいと感じたタツマキの家よりも遥かに大きく、何人もの使用人たちが忙しそうにたち働いている。
後で聞いたら、千秋は普段は家事など、ほとんどしないとのこと
これは他の上忍家である藤林家の朧、服部家の律も同じなのだそうだ。
突き当たりに近い大きな部屋に着くと、千秋が早速障子を開け、カスミと千恵を招き入れる。
カスミは慣れた様子で、千恵は、やや遠慮がちに
その部屋の中に入る。
そして千秋は千恵の方を振り向くと
「千恵さん、昨晩藤林の家で朧さんから『忍び装束』をいただいたそうですけど」
「はい」
千恵は答えつつ、そんな昨晩遅くの出来事を、なぜ、もう既に千秋が知っているのか、と疑問に思う。
「忍び装束でしたら、これからこちらでちゃんとしたものを用意しますから、出来れば、その忍び装束は朧さんに返してもらってもいいでしょうか?」
ええっ?
と千恵は思ってしまった。
「千恵さんの方から直接それを言うと角がたつと思いますので、それは私の方からお願いして、父上を通して、藤林家の方に申し入れをさせていただきます。だから、千恵さんの方は御心配には及びません」
その千秋の発言に、当の千恵ではなく、カスミの方が
「ちょ、ちょっと待ってよ、千秋ちゃん!」
と異議を唱える。
「あら、カスミちゃん?、あなたはわかっているはずよ」
千秋の言葉には刺があった。
そして
「千恵さんには、今後、私たちと同じ「伊賀百地組」に入っていただきます!、である以上、藤林家や服部家と下手な関わりを持つのは、千恵さんのためにも良くないことです」
キッパリと千秋は千恵に向かって言い切る。
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「あの……、すみません」
戸惑いながらも千恵は、千秋のその言葉に対して、当然の疑問を口にする。
「私の今後の処遇って、今はまだ未定だと思っていたんですけど…
なんだか今の千秋さんの言い方だと、私は既に伊賀忍者になることが決まっていて、否応なく『百地組』に入ることになるみたいなんですけど、それって正式に決まっていることなんですか?」
「決まってませんよ」
千秋はあっさり答えると
「でも、昨晩のうちには父上と私の方で話し合いをした上で、上様の方にも、その方向でお願いをするということで話はまとまっています。だいいち朧さんの父上であり、藤林組の頭である長門様は、昨日も、以前からタツマキさんが書面を通じて根回しをしていた上様と千恵さんとの面会について、ハッキリと反対を言ってましたよね?」
「それは、そうですけど…」
千恵はなんと答えていいのかわからない。
「これは千恵さんのためでもあるんです」
千秋は一方的に断言する。
「父上が御公儀の主だった方々から内々に確認をとったところでは、千恵さんが血車党の化身忍者として行った過去の行為については、現在の血車党の悪事を阻止するための働きと、今後の活躍への期待を含めて、不問にするという方向で、ほぼ、まとまっています。これには早川の阿部備中守様からの『千恵さんへの感謝状』も大きかったようです」
早川の備中守様が、そんな書面を出してくれていたのか…
千恵はちょっと感激する。
が、だからといって、そう簡単に慎重な姿勢を崩すことも出来ない。
だいいち、血車党の化身忍者だった時の自分は、その血車党に囚われていた十数人の人たちに向けて『七色の狂い毒粉』を発射することで、辛うじて逃げ延びた二人を除いて、いわば皆殺しにしているのだ。
そこで死んだ人たちもだが…
その時、運良く逃げ延びた(ハヤテたちに救われた)二人からすれば、自分は今でも恐怖と嫌悪の対象だろう。
今から思うと
なぜ、あの時の自分はそれについて罪悪感を覚えるどころか
いわば高揚感さえ持って、これから血車党の化身忍者として活躍することさえ夢見ていたのだろうが?
信じられないような気持ちなのだが
いずれにしても、それを不問にするとは…
「現在、御公儀に服属する有力諸侯にしても、大は加賀公、薩摩公、長州公、上杉公、小は真田公など、かつての徳川家と敵対し、中には多くの徳川揮下の将兵を殺傷したものもいます。けれども一度主従関係が出来れば、以後はそれを不問にする。これが今の世の在り方です」
千秋は千恵の内心の疑問を読み取ったかのように言った。
そして
「千恵さんは御自身の今後のことについて、どのようにお考えですか?」
と、あらためて千恵に向かって問いかける。
「私の今後、ですか……」
正直、千恵は自分の今後のことについて、どうなるのかさえ、よくわかっていない。
とりあえずタツマキの家に居候し、しばらくは共に『血車党と戦う』という決意は十分以上にしているものの
まず、自分には『血車党との戦いが終わる』ということさえ想像が出来ない。
だいいち、今の千恵は「自分自身のもの」なんか、何も持っていない。
この百地家の旗本屋敷に来たときの服装自体、タツマキの亡くなった妻、カスミ、ツムジの亡くなった母であった恵が生前に着ていたものである。
朧から渡された忍び装束以前の問題として
自分が今まで着ていた黒の忍び装束にしても、これは血車党から支給されたものである。
旅の時の旅装は伊豆田方で用意したものだが、これもタツマキが手配し、御公儀の経費を使って購入したものである。
旅の間、多少の路銀を持っていたが、これもタツマキから渡されたものであり
御公儀の血車党対策の経費からのものであることは、ちゃんと説明も受けている。
カスミから『これから生活するための着物なども買いましょう』と言われてもいるが
それだって御公儀の血車党対策の経費から出ているであろうことは、千恵だってバカではないのだから理解している。
本当に今の千恵は『自分のもの』なんて、何にも持っていないのだ。
「言いにくいことですけど、あえて率直に言いますね」
と千秋。
「今の千恵さんは、御自身の財産もあり、上様の『命の恩人』として、今後も御公儀の方で一目置かざるを得ないハヤテさんとは立場も違います。それに、千恵さんとしても、いつまでもタツマキさんの家に居候し続けるわけにもいかないでしょう?」
「それは……」
カスミが何か言いかけたが、黙ってしまった。
それこそ、つい昨晩、父タツマキ、弟ツムジと、千恵さんの今後についての話をしていたのだ。
が、今、それについて話すのはよろしくない。
それにしても
そうした話は、何も今しなくてもいいだろうに…、
カスミは千秋の『配慮のなさ』を少しばかり恨めしく思った。
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「千恵さんに伊賀忍者になれといっているわけではありません」
千秋は説明を続ける。
「あくまでも私ども『百地組』の指揮下に入っていただきたいということです。ここにいるカスミさんもそうですけど、タツマキさん、ツムジさんも、独自の裁量が大きく認められているとはいうものの、基本的には『百地組』の指揮下にあります。だから千恵さんが私ども『百地組』の指揮下になっからといって、急に何かが変わるわけではありません」
「でも、せっかく朧さんから御好意でいただいた忍び装束を、いきなり返せと言うのは…、」
千恵には朧や夜叉丸に対して悪意を持つような考え方は出来なかった。
そして千恵の直感は
千秋の言葉のはしばしに『朧に対する悪意』を感じずにはいられなかったのだ。
が、ここで千秋はあらためて居住まいを正すと
「千恵さん、それにカスミさんもですけど」
と緊張した面持ちで語りかける。
「私がなぜ、わざわざ江戸から急いで走ってまで『迎えに行った』のか、わかりますか?」
「えっ?」
これは千恵だけではなく、カスミもあらためて疑問を感じた。
確かに、遅かれ早かれ、ハヤテと千恵、そしてタツマキ、カスミ、ツムジの一行は待っていれば江戸に着く。
千秋がわざわざ相模の国まで走ったところで、せいぜい一行の到着を一日か二日くらい早めるのが精々である。
「あの場ではそこまでお話ししませんでしたけど、血車党は既に動いており、そして」
ここで千秋は表情を固くし、千恵とカスミに告げる。
「現在、我が伊賀忍の中の何者かが、おそらく血車党と内通し、そして伊賀の機密を漏洩しているという疑惑が持たれています。そして、それが事実なら、私たち百地組としては、他の藤林組、服部組に対しても、残念ながら疑いの視線を向けないわけにもいかないんです
実際に、例えば藤林家は私たち伊賀忍と潜在的敵対関係にある甲賀と深い関係があります。また藤林家は
現在、上様の後継者として京の朝廷より右近衛大将に任じられ。まもなく征夷大将軍に任官されることも内定されている徳川家光様の弟君であらせられ、駿河の地におられる大納言忠長様寄りの立場でもあります。
また服部組にしても、先代の改易の件が尾を引き、同じく、駿河の大納言様寄りの立場であると噂されています。
残念ながら」
そこで千秋はいったん言葉を切ると
「私たち伊賀忍は一枚岩ではないんです」
と、あらためて千恵に告げる。
それを横で聞いているカスミは黙っている。
だからハヤテさんは、そうした伊賀忍者内部の争いに加わりたくないからこそ、距離を置いているのだ
と、あらためて思いながら。
「千恵さんには、私たち百地組に入っていただくことで、『戦力』となっていただきたく思います」
千秋は、千恵に向かって、そのように告げた。