変身忍者嵐より 千恵(毒蛾くノ一)の異なる未来第2編・江戸での血車党との対決 作:shpfive03
百地千秋の役割を強く出したいと思いました。
以降、この変更を前提に話を進めます。
拝啓 藤林朧様
初秋の候、朧様におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて此度、現状では我ら伊賀百地組の客分という形になっている元血車党中忍千恵殿へのお心遣い、誠に有り難く存じます。
つきましては、朧様の御予備である忍び装束をご貸与いただきましたこと、藤林組の皆様の寛大なるご厚意として当方でも深く感謝致しております。
しかしながら、そのご貸与いただきました装束の件にて一言お伝えしたく筆を執らせていただきました。
当、百地組におきましては、江戸着陣後の千恵殿の活動を見据え、当方にて既に専用の忍び装束を準備すべく手配を済ませております。
また新たな忍び装束が準備できるまでの間は、当、百地組にて用意した代用の忍び装束も準備しており、千恵殿にそれを渡す手筈も出来ておりました。
この旨は本日、千恵殿にも申し伝えたところです。
かかる事情により、朧様よりお借りした装束につきましては、大変心苦しく思いますが、当方の都合により返却させていただきたく思います。
藤林組と百地組、両家がこれからも御公儀の藩屏として滞りなく任を果たすためにも、此度のこと、何卒ご容赦、ご了承賜りたく存じます。
時節柄、くれぐれもご自愛くださいませ。
敬具
百地組組頭 百地源太夫
(代筆 百地千秋)
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書状には百地家の朱色の花押が大きく押してあった。
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「千秋ちゃん、こ、これって……?」
渡された書状の文面を目で追ったカスミは、驚きのあまり目を丸くした。
一方、先にその書状を読まされていた千恵は、ただ無言のまま手元を見つめていた。
(私のために、そこまで、そこまで、筋を通そうとしてくれているの?)
思うところは、山ほどあった。
自分はついこの間まで血車党の化身忍者(毒蛾くノ一)として、伊賀忍者たちから見れば明確な敵であった身だ。
まだ正式な赦免の沙汰も下りておらず、ひょっとしたら処刑される可能性すら否定できないと覚悟していた。
それなのに……。
百地組の跡取り娘という立場であるはずの千秋が、藤林朧という別の伊賀上忍家の代行に対し、これほどまでに隙のない外交文書を書いて自分を「百地組の客分」と言い切ってくれたのだ。
胸の奥が熱くなると同時に、己の存在が百地組と藤林組の政治的摩擦の火種になりかねないという申し訳なさが、千恵に強く唇を噛み締めさせた。
「昨日の夜には、もう書き上げてありました」
千秋は戸惑う二人に向かい、どこか誇らしげに、けれど淡々と言い放つ。
「千秋ちゃん……でも、うち(百地組)で準備した忍び装束って? これから手配するんじゃなかったの?」
カスミの疑問に、千秋は静かに微笑んだ。
「ちょっと待っていてください」
千秋は一瞬、部屋を出ていく。
戻ってきたその手に抱えられていたのは、見事に手入れされた、上質な伊賀忍者専用の黒い女性用忍び装束であった。
使い込まれているものの生地は引き締まり、百地家の気品と実用性を兼ね備えた重厚な佇まいを見せている。
「千恵さん」
千秋の穏やかだが、どこか背筋を正させるような澄んだ目が、千恵を捉えた。
「は、はい……!」
その眼差しに押されるように、千恵は思わず姿勢を正し、畏まった。
「これは、今は伊賀の実家にいる私の母・千草が現役時代に着ていた忍び装束です。千恵さんの体つきなら、きっと丈に合うと思って用意しました」
「えっ……千草様の……!?」
カスミが思わず声をあげる。
百地組頭・源太夫の妻であり、かつて伊賀で名を馳せた敏腕のくノ一・千草。世代の違う彼女であっても、その名は当然知っている。
その装束を千恵に渡すということが意味する重みを、カスミは一瞬で理解した。
「そんな……そのような大切なものを、私がお預かりしても良いのでしょうか?」
困惑し、首を振ろうとする千恵に対し、千秋は静かに、けれど力強く首を横に振った。
「藤林の借り物の装束を着て、小さくなっている千恵さんを見たくはありません。これは百地組の意地でもあります。……どうか、受け取ってください」
千恵は一瞬うつむいたが、やがて顔を上げ、千秋の目を真っ直ぐに見つめた。
「はい……有り難く頂戴いたします」
その千恵の返事を聞き、千秋もまた満足そうに頷いた。
「いえ、こちらこそ、千恵さんに受け取ってもらえて嬉しいです」
そして千秋は、本題である次の話へと移った。
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「現在、大きな戦がなくなったことや、御公儀が問題ありと判断した諸侯をお取り潰しになったことなどで、巷には仕官を求める浪士が溢れています。勿論、御公儀の方でもそうした者たちへ帰農や民業への就転を呼びかけてはいますが、今一つ思わしくないのが現状です。そして……」
千秋はそこで一度言葉を切ると、少し声を潜めた。
「御公儀に対する反逆者である血車党が、そうした浪士たちを受け入れることで急速に勢力を拡大しているという現実も、確かにあると承知しています」
武術や剣術の心得があっても忍術の心得がない浪士たちが血車党に入ると、直ちに使い捨ての戦闘員(下忍)として仕立て上げるための『再教育』が施される。
あとは『中忍』(幹部候補生)である化身忍者の命令通りに動く駒として消費され、ごく一部の実力を認められた者だけが化身忍者へと『昇格』していくのだ。
他ならぬ血車党の内部にいた千恵は、その凄惨な実態を身に沁みて知っていた。
「ですが、その問題は今は置くとして」
千秋は言葉を続けた。
「多くの浪士や忍軍出身者が仕官の道を得られずにいる中で、千恵さんは今、公儀隠密という形で仕官し、しかるべき禄を得て、世間的にも御家人という身分を得ることができる機会に恵まれているわけです。無論、ここまで言うからには、我が百地組としても責任を持って、上様を頂点とする御公儀の上層部に話を通すことをお約束します」
千秋の言葉を聞きながら、千恵の胸中には複雑な波紋が広がっていた。
落ち着いて考えれば、いつまでもタツマキの家に居候として厄介になり続けるわけにはいかない。
いずれは自分の身の振り方を決めなければならない時期が来る。今のままでいれば、カスミに対する遠慮や気遣いも消えないだろう。自分が経済的・身分的に自立できれば
そう、ハヤテさんにだって……
(けれど……父上、母上、大助……)
千恵の脳裏に、愛する家族の面影が浮かぶ。
大坂の陣で主君・真田幸村と共に、他ならぬ『御公儀』徳川方と戦い、壮絶な戦死を遂げたと聞く父・佐助と母・蛍。
そして、父母の仇を討つと誓って忍術の修行に励みながら、不慮の事故で命を落とした弟の大助。
(ああ、大助……。血車党と袂を分かち、タツマキさんたちにお世話になっている今の私を……徳川家への仕官を勧められ、心を動かしているこの私を、『向こう』にいる父上や母上、大助は、一体どんな思いで見ているのだろうか……)
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そんな千恵の胸の内の葛藤を読み取ったかのように、カスミが口を開いた。
「千秋ちゃん、ちょっと待ってよ!」
だが、千秋は厳しい表情でカスミを牽制した。
「カスミちゃんは黙っていて! 私は今、真剣に千恵さんに今後の話をしているんです!」
千秋の語調には、上忍百地家の長女としての誇りと、人を呑むような威圧感があった。
しかし、カスミも引かない。
「だから! 千恵さんの気持ちも確かめないで、急いで話を進めないでって言ってるのよ!」
「カスミちゃん、あなた!!」
千秋が苛立ちを露わにしようとした時、カスミは畳みかけるように言った。
「本来、千恵さんは江戸に着いてからすぐに上様とお会いするはずでした。このことは父タツマキ、そして私カスミが千恵さんに約束したことです。父上はその根回しのために鳩による書簡で各方面へ働きかけ、上様の内諾までいただいていることを確認しています!」
千秋も感情を隠さず言い返す。
「だから! その話にいちゃもんをつけ、白紙に戻そうとしたのは藤林の長門様でしょう!?」
大声で吐き捨てると、千秋はさらに語気を強めた。
「そのことはカスミちゃんだって知っているはずよ! しかも、なぜ私が相模の国までハヤテさんや千恵さん、タツマキさんたちをわざわざ迎えに行ったのか……などと難癖をつけた長門様は、その一方で、自分の娘である朧さんを伊賀からちゃっかり江戸に呼び寄せているのよ!? そんなやり方が許されると思う!?」
伊賀にいたはずの朧が、現に今江戸にいる。藤林長門がかなり早い段階から彼女を呼び寄せていたのは自明であった。
しかし、カスミは千秋の鋭い視線を真っ直ぐに受け止めた。
「千秋ちゃんの気持ちはわかるわ。でも、私は昨晩の様子から見て、長門様や朧さんが血車党に内通しているとは思わない。うち(百地組)と藤林との以前からの確執も知っているけれど、今は同じ公儀隠密として血車党に立ち向かう者同士、感情的なしこりは抑えて無用の対立は避けるべきよ!」
毅然と言い切るカスミに、千秋の眉がぴくりと動く。
「私たち伊賀忍同士で『千恵さんの取り合い』をしている場合じゃないわ! もし朧さんの心の中にそういう思惑があるのだとしても……それを最終的に決めるのは上様です。だからこそ、千恵さんには上様に直接会ってお話ししてもらった上で、妥協ではなく『納得』して決めてほしいと思っているの!」
「カスミさん……」
自分の揺れ動く心を完全に見抜かれていたことに、千恵は思わず吐息を漏らした。
「千秋ちゃんも、そこまで言うなら千恵さんが上様とお話しできるように段取りを付ける手助けをしてくれるよね?」
カスミは千恵の視線を感じつつも、千秋へ問いかけた。
だが、千秋はゆっくりと首を振る。
「それでは順序が逆です。私たち百地家としては、まず千恵さんに百地組の指揮下へ入ることを承諾していただいた上で、あらためて『ご挨拶』という形で上様とお会いしていただくという形を強く希望しています。『ハヤテさんのような特別な立場になってほしくない』……これは父上の意向でもあります」
(そうなんだ……)
千恵は、千秋の言葉の真意を悟った気がした。
同時に『御公儀』がハヤテという存在をどれほど高く評価しつつも、そして同時にどれほど持て余しているかをも感じ取っていた。
たとえ『変身忍者嵐』ほどの圧倒的な力には及ばずとも、化身忍者である自分の特殊能力は、旗本や御家人たちが百人がかりで挑んでも敵わない代物だ。
藤林長門にとっても、百地源太夫にとっても……万が一にも千恵が「父母の仇」として江戸城内で突然暴れ出したらという懸念は、拭いきれないのだろう。
藤林との決定的な違いがあるとすれば
百地組は「まず指揮下に入ることで不測の事態を起こさないという確証(担保)」を求めている、ということか。
千恵は、自分自身の足で立つために、まず自分の気持ちをはっきりさせなければならないのだと自覚した。
「だとしても、今すぐ千恵さんが昨晩朧さんからいただいた予備の装束を突っ返して、無用な摩擦を起こす必要はないはずよ」
カスミの言葉に、千秋は一瞬言葉を詰まらせた。
「千秋ちゃん……いえ、組頭の意向だったとしても、私や父タツマキ、ハヤテさんたちは、千恵さんに妥協ではなく納得した上でこれからを決めてほしいの。これは旅の道中で皆で話し合ったことでもあるわ。それに……私たちはそんなことが起きるとは微塵も思っていないけれど」
カスミは強い信念を込めて千秋を見つめた。
「もし万が一にも千恵さんが上様の前で害意ある行動に出るなら、私たちは全力でそれを阻止し、命を懸けて責任を取る覚悟をしています」
「カスミちゃん……」
さしもの千秋も、その気迫にたじろいだ。
「勿論、千恵さん自身の気持ちが一番大切よ」
今度は千恵の方を振り向くカスミに、千恵は静かに、けれど明確に言葉を返した。
「心配しないでください、カスミさん。私がタツマキさんやカスミさん、ツムジさん、ハヤテさんにそんなご迷惑をおかけするようなことは、絶対にしませんから」
それは千恵にとって、疑いようのない本心であった。
「私は…伊賀の皆さんがお一人お一人はこんなにも温かく良い方々なのに、なぜいがみ合い、争おうとするのかが分からないのです。血車党という共通の敵がいるのですから、結束して立ち向かえば良いのに……と思ってしまいます」
千恵の問いに、千秋は寂しげに、けれど現実を見据えた目で答えた。
「私たちが相手にしているのは、血車党だけではないのです。ですが、確かに今の千恵さんにその話をするのは早すぎるかもしれませんね」
千秋はふっと息を吐き、気持ちを切り替えた。
どのみち、ここで押し問答を続けても結論は出ない。
(それにしてもタツマキさんたちも、もう少しこちら(百地組)の立場や政治というものを考えて行動してほしいものだわ……)
内心で小さく息をつきつつ、千秋は口を開いた。
「千恵さんには、おいおい私たちの方からそうした事情もお話しさせていただきます。ですが、今は『今日のお役目』を優先させましょう。私から色々と話してしまったせいで、時間がなくなってしまいました。もう朧さんや律さんは登城しているはずです」
カスミと千恵は、千秋の言葉に同意の頷きを返した。
大奥へ参上するための身支度を整えなければならない。
まずは、そこからである。