変身忍者嵐より 千恵(毒蛾くノ一)の異なる未来第2編・江戸での血車党との対決 作:shpfive03
征夷大将軍が住む江戸城の本丸御殿
その奥に住んでいる、将軍の正室、側室、女中、そして将軍の子女といった人々が住む生活空間を、後世の人々は大奥と呼ぶ。
もっとも当代の将軍職にある秀忠には側室は基本的にはおらず、その候補生としての「将軍付き
江戸城の本丸御殿において征夷大将軍が、大老格(大老)、大政参与、老中格(老中)、側用人、御側御用取次といった、いわゆる幕閣の人々と共に政務をとる場所は『表』と呼ばれ、これは大奥からは離れた場所に位置する。
そして、その中間に当たる場所として、『表』を『大奥』に向かって進んだ方向に『中奥』と呼ばれる場所があり
征夷大将軍はここを、本丸御殿における生活空間としており、自身で果たすこまごまとした業務などもここで行っていた。
言うまでもなく、征夷大将軍のみならず、大老、老中をはじめとする幕閣の人々がいる『表』は、その警護も厳しく、素性の知れぬ余人が入る余地などが全くない。
当然、血車党が狙うのは征夷大将軍の居住する『中奥』であり、そのために隠れ潜む場所として格好の場所は、やはり、大奥以外には考えられなかった。
その大奥へこれから潜入する伊賀上忍の三人の女性、つまり
藤林朧、百地千秋、服部律
そして、これからその三人と共に大奥潜入をすることになる千恵とカスミの二人
計五人のくノ一たちは今、大手門近くの伊賀忍者たちに用意されている詰所の前で大奥潜入の前の打ち合わせをしていた。
既に五人は大奥女性らしき着物姿になっている。
この中では最年長であり、上忍代行という高い地位にある朧を前にして、千恵はあらためて決意をし、彼女と向き合う。
「朧様、昨晩はありがとうございました」
すでに大奥女性として恥ずかしくない着物に身を包んだ千恵が、静かに頭を下げた。
「先日お借りした忍び装束ですけど、本日は潜入の邪魔になりますので持ち込んではおりませんが、やはり、いろいろ考えましたが、後日あらためてお返ししたいと思います。ですが、あの装束をあえて渡していただいたことで、私自身も決意を新たにし、過去の呪縛を断ち切る決心をつけることが出来ました。誠にありがとうございました」
その千恵の真摯な言葉に耳を傾けた朧は穏やかに微笑む、
「いいのよ千恵さん、私はあなたを縛るために自分の予備の忍び装束を渡したわけじゃありませんし、そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ」
だが、千恵の謝罪を淡々と受け流す朧の態度に、百地千秋が不快そうに眉をひそめる。
「千恵さん、朧さん相手にそんなに気を遣うことはないわよ」
この五人の中で最も年若い千秋だが、伊賀三家における百地の威信を背負う焦りからか、朧に対してあからさまな対抗意識を隠そうともしない。
だが、朧はどこ吹く風といった様子で、そんな千秋の様子を軽く受け流す。
「どうしたんですか、千秋さん。私は貴女が今渡してくれた書状も読ませていただきましたけれど、それならそれで『別にとしか思っていない』ですよ。何をそんなに苛立たれているのか分かりませんけれど」
勿論、朧は千秋の内心など手に取るように分かっている。
自分はこの若い娘などよりも、ずっと凄惨な修羅場をくぐり抜けて今ここに立っているのだ——という密かな自負もあった。
「あら、朧さん、刺のある言い方ですね!」
さすがに見かねてカスミが
「千秋ちゃん、そこまでにしときなよ……」
思わず仲裁する形で間に入った。
(実際、こんな土壇場で仲違いしている場合じゃないでしょう……)
そんな三人の様子を千恵は気まずい思いをしながら無言で見ている。
一方で、そのやり取りを部屋の隅で見つめる服部律の瞳には、冷酷な嘲笑が浮かんでいた。
(ふふふ……お目出度いこと。大奥潜入の土壇場で、伊賀上忍の娘同士でつまらない諍いごっこ。我が服部家が、いつまでもこんな連中の後塵を拝し続けるわけがないじゃない)
律は優美に袖を口元へあて、可憐な笑みを崩さない。
内心では、血車党の『毒蛾作戦』の成功と、それに伴う駿河の大納言様の次期将軍擁立、服部家の再興、さらには大名への取り立てという輝かしい未来に思いを馳せ、悦に浸っていたのである。
こうして、それぞれに秘めた思惑を抱えながらも、五人は手分けして江戸城大奥への潜入を開始したのだった。
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かつて血車党の化身忍者であった千恵は、今、新人の奥女中として大奥へ紹介され、御公儀直属の隠密である伊賀忍者・カスミに『先輩』として案内される形で廊下を歩いていた。
勿論、昨日千恵たちと共に江戸へ着いたばかりのカスミが、大奥の先輩女中であるはずもない。
これは当然、この江戸城の主であり、現在の将軍職にある徳川秀忠の承認、許可があってのことであり、当然ながら秀忠の正室である
八人の将軍付き御中﨟にも話は通してあるという前提である。
当の千恵といえば、胸の鼓動が収まらない状態だった。
ほんの少し前まで、自分はこのすぐ近くにいる将軍・徳川秀忠を「父母の仇」と信じ、本気で討ち果たそうとしていたのだ。
しかもカスミの話によれば、秀忠はその事実を知った上で、今回の潜入を同意・許可しているという。
(今の私には、将軍暗殺なんて気はまったく無いけれど……)
それでも、乱れる心を抑えるのは容易ではない。
案内してくれるカスミたちに恥をかかせるわけにはいかないと、ぎこちないながらも「新人奥女中」の役を懸命に演じているのだった。
そんな不慣れな新人にお仕事を教える名目で寄り添うカスミ。
「どう、千恵さん、大奥の雰囲気に慣れた?」
カスミがクスクスと笑いながら、小声で耳打ちする。
「どう、千恵さん、大奥の雰囲気に慣れた?」
カスミがクスクス笑いをしながら、こそっと千恵に耳打ちする。
「ええ……、まあ……」
同じく奥女中として潜入している朧、律、千秋の三人は、それぞれ別行動をとっていた。
五人で固まって歩いては、かえって目立ってしまうからである。
千恵としても、それぞれに深い思惑を覗かせる伊賀上忍の娘たちといるより、気心の知れたカスミと行動する方が遥かに気が楽だった。
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「千恵さん、さっきも言ったけど、今の私たちは大奥付きの『部屋子』だから、そのつもりで動いてね」
カスミがクスッと微笑む。
『部屋子』とは、大奥内で身の回りの雑用などを務める少女・若い女性のことである。
落ち着いた縦縞の入った縮緬(ちりめん)の着物を纏った二人は、いかにも大奥の下仕えらしい佇まいでしとやかに廊下を歩いていた。千恵は「部屋子見習い」という名目である。
ちなみに、大奥で将軍に直接お目見えできる資格を持つのは、職名でいえば以下の役職である。
上臈御年寄、御年寄、
それ以下の「御使番」や「
大奥は上臈御年寄を頂点とする厳格な縦社会だが、例えば「御右筆」のように公文書の管理や大名からの献上品検査を担う重要職もあり、階級の上下と役職の実権が必ずしも一致しないのも特徴である。
だが部屋子にしても、奥女中に直接仕える雑用係として大奥から中奥へ自由に出入りできたため、将軍と直に言葉を交わす機会も少なからず存在した。決して軽視できる地位ではない。
(それにしても……)
千恵は、百地家でこの姿に整えるまでの苦労を思い返していた。
着物に着替え、顔に白粉を塗り、お歯黒をつけ、
かわいらしく髪を整えた
「それにしてもカスミさん、その長い髪が
「これも忍術よ」
すました顔で答えるカスミ。
「でも、さすがは百地本家ね、道具の揃いが違うわ。ところで千恵さん」
カスミはすっと声を潜めた。
「やはり、浦路様が怪しいの?」
「はい」
千恵はキッパリと頷いた。ふたりは音もなく、完璧な『忍び足』で廊下をすり抜けていく。
「私は実際に、その浦路様と思われる女性と血車党のくノ一が『顔盗みの術』で入れ替わるところを目撃しています」
カスミの表情が一気に引き締まった。
「浦路様は御中﨟のひとり……御中﨟といえば、御台様(お江様)の歯磨きや洗顔のお世話までなさるお役目よ。もしその御中﨟と血車党が既に入れ替わっているとしたら、一刻を争う事態だわ」
だが、それを聞いた千恵は、思わず目を丸くした。
「えっ……御台様って、洗顔や歯磨きのお世話まで人にやってもらうんですか? 私だったら耐えられない……」
「そういうものなのよ」
割り切った様子でカスミが笑う。
「私だって、もしどこかの大名家に嫁ぐようなことになったら、好き嫌いに関係なくそういう生活を送ることになるんだから」
「でも、カスミさんはそういうの、嫌なんですよね?」
「うん!」
カスミは力強く頷いた。
「だって、私が嫁ぐ人はもう決まっているもの!」
千恵は聞こえないふりをして微笑み、それ以上追求せずに一室の前で足を止めた。
「……ここですね」
浦路は今、化粧直しと着替えのために『楽居之間』に籠もっているはずであった。
「どう、千恵さん?」
障子で閉ざされた室内の様子を『透視』する千恵の横顔を、カスミは見つめる。
(障子を開けずに中を見通せるなんて……やっぱり千恵さんは『変身忍者』という特別な存在なんだ)と、あらためて感嘆せずにはいられなかった。
その時——千恵の瞳が鋭く光った。
「血車忍者っ、そこで何をしている!」
千恵は叫ぶやいなや、勢いよく障子を跳ね開けた!
部屋の中にいたのは、艶やかな着物を纏った御中﨟ではない。
「ふふーん、やっぱり来たのね、出来損ないの裏切り者さん」
ニヤニヤと嘲笑を浮かべ、素顔を晒した女忍者。
総髪を後ろでまとめ、黒の手甲、黒の脚絆、そして黒の半袖忍び装束に身を包んだ血車党くノ一・菊の姿がそこにあった。
千恵も瞬時に
その下には、大奥潜入の直前に千秋から手渡されていた、伊賀の黒い忍び装束が仕込まれていた。
(今の私には、守るべき仲間と果たすべき使命がある——!)
自分の立場と覚悟を胸に刻み、千恵は菊を睨み据える。
だが、菊は嘲笑を消さないまま、千恵の姿を指さした。
「その忍び装束……伊賀のものね。あんた、心まで完全に伊賀の犬に売り渡したんだね!!」
二人の視線が激しく交錯し、静まり返った大奥の一角に緊張の火花が散った。