※この作品はR-18です。

変身忍者嵐より 千恵(毒蛾くノ一)の異なる未来第2編・江戸での血車党との対決   作:shpfive03

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旧pixiv版からの大幅な書き直しとなりました。

女剣士千恵、徳川家の直参となる

これはあくまでも特撮時代劇の二次創作小説というフィクションであることはお断りしておきます。


千恵、将軍秀忠と面談する

 

大奥を出た一同は、タツマキを先頭に、そのすぐ脇を警戒を怠らぬ目つきで固めるツムジ、続いて朧、カスミ、そして千恵の順で、中奥に向けての広くて長い廊下を歩き続けた。

 

先頭を行くタツマキは、時折振り返りながら、怪我を負った朧や緊張に包まれている千恵に配慮するように、意識して歩歩を緩めている。

 

その傍らを進むツムジも、元服前とはいえ一人前の伊賀忍者としての顔つきで周囲の配備や気配に気を配っていた。

 

タツマキとツムジに導かれ、後ろに続く朧、カスミ、千恵の三人は、緊張感を胸に静まり返った廊下を進んでいく。

 

廊下は綺麗に磨かれていたが、中奥の近くに来ると、争った痕跡がハッキリと残っていた。

 

他ならぬ、いまカスミ、千恵と共に歩いている朧自身が、つい先ほど夜叉丸やタツマキ、ツムジたちと共に、血車党くノ一牡丹、そして『伊賀の裏切者』服部律と争った、その同じ場所である。

 

「おいら、小姓組の人たちに牡丹さんの件も手配してきたから、もうこの辺りは安全だよ」

 

ツムジが小声で後ろを歩く朧を安心させるように囁くと、朧もはほっとしたように笑みを返した。

 

「あの、ツムジさん。その牡丹さんって?」

 

怪訝に思った千恵がツムジに尋ねる。

 

「千恵お姉ちゃんたちが大奥で戦っていたのとは別動隊の血車党くノ一がいて、その人が服部の律さんと手を組んで上様に害をなそうとしていたんだ」

 

ツムジがそう答えると

 

「千恵殿、その話は後で詳しくさせてもらう事にするが、とにかく今は上様との御面談に集中されよ。なに、わしらがついておる」

 

とタツマキが千恵に向かって優しく声をかける。

 

「はい、タツマキさん」

 

千恵もこの度の事に正直不安な気持ちはあるのだ。

 

自分は血車党の忍者として、その『上様』の命を狙おうとしていた者なのだ…

 

服部律さんと、その別動隊の血車党くノ一の事は後で聞くことにしよう…

 

一方で

 

その時の服部律による殴打などにより負傷している朧は少し辛そうな様子で歩いており、カスミ、千恵から見ても痛々しさを感じるのだが、それでも、どうしても朧には先頭を歩いてもらう必要があった。

 

この三人の中で一番の『目上』は伊賀藤林組上忍代行で、旗本藤林家の跡取り娘である朧なのである。

 

カスミも一応は『徳川宗家御近習医師』の名目で、将軍秀忠への『御目見得資格』はあるものの

 

朧の立場を優越することは、当然ながら出来ない。

 

御家人としての立場なら、なおのこと…

 

ましてや千恵に至っては『一介の浪人』に過ぎないのだ。

 

故に二人は朧のペースにあわせて歩くしかない。

 

が、千恵は

 

『身分』って、不自由なものなんだな…

 

と腹の中で思ってみたりもする。

 

そして、そう思いながら、いかにも辛そうな朧を見て

 

「朧さん、大丈夫ですか?」

 

と、思わず口に出して言ってしまった千恵だが

 

「大丈夫ですよ、ご心配なく」

 

と、朧は千恵に向かってにっこり笑って見せる。

 

辛いときだからこそ、あえて笑って見せる。

 

千恵はそんな朧に好感を持った。

 

やがて廊下の左右が純金と思われるきらびやかな鋲や釘などを使い、富士山と思われる美しい絵が描かれている襖で遮られ、一目でそれとわかる部屋の前につく。

 

既に四人の、いかにも上等そうな絹の着物を着た武士たちが小刀を鞘に入れて腰に差して、三人の出迎えのために立って待っていた。

 

その中で一番目上と思われる武士がまずは先導してきたタツマキとツムジに向かって丁寧な挨拶をする。

 

そして朧、カスミ、千恵の三人の女性に視線を向ける。

 

「朧殿、カスミ殿、千恵殿ですな。某(それがし)は小姓組番頭をつとめさせていただいております板倉重宗と申します」

 

まずは丁寧な挨拶から入ると、その板倉という武士は

 

「つきましては上様と御大老がお待ちです。これより我らがご案内させていただきます」

 

と言って深々とお辞儀をし、そして五人を室内に招き入れた。

 

なんだか私たちが住んでいるのとは違う世界みたいだな…

 

思わず千恵はそんなことを考えてみたりもする。

 

室内といっても一部屋ではない。

 

いくつもの座敷を通り、一番奥の座敷へと向かう。

 

それぞれの座敷には豪華そうな家具、装飾品などが置かれ、確かにここが天下を動かす将軍の居場所なのだということを感じさせずにはいられない。

 

到着した一番奥の座敷は広々としており、恐らく何十人という人数が座れるのだと思われる。

 

実際にそれくらいの人数が座る時もあるのだろう。

 

その奥に二人の男性、そして一人の女性がにこやかに談笑しながら

 

千恵たち三人を待っていたのだ。

 

一人は黒系の表地に裏地は赤の地味目な着物を着ており、一見穏和そうではあるものの、芯はとても強そうな感じのする四十代後半頃と思われる男性

 

もう一人は

 

同じく黒系の表地に赤の裏地の地味目な着物を着た

 

が、意外にも筋骨が発達しており、逞しい感じの、そして目には見えなくても

 

周囲に発する輝きのような雰囲気を直感で感じさせる、そして『大きさ』を思わせる、やはり四十代後半と思われる男性

 

そして二人の身の回りの世話のためにいると思われる奥女中が一人。

 

だが、千恵は、その奥女中の顔を見て、思わず声をあげそうになった。

 

ち、千秋さん……

 

そう、その奥女中としてこの場に座っていたのは百地千秋その人だったのである。

 

その三人がキチンと正座して、朧、カスミ、千恵の三人を待っていたのだ。

 

そして、まずは小姓組の番頭であるという板倉重宗から、二人の男性の前に立つと床にゆっくりと腰を降ろし、そして床に頭をつけて平伏した。

 

他の三人の武士たちも、そして朧とカスミも次々とそれにならい、二人の男性の前に平伏する。

 

千恵は一瞬呆然と突っ立っていたが、直ぐにカスミが

 

「千恵さん!」

 

と小声ながら、ハッキリと千恵に対して叱責するような声を出したのを受けて、慌てて皆に習い平伏する。

 

平伏した皆の正面に座った二人の男性のうち、右側に座っていた男性が手に持った扇を出し、手招きするかのように振り、そして挨拶する。

 

「皆の者、今回、大儀であった!。事情は心得ておる。まずは楽にされよ」

 

まずは男性は皆に向かって挨拶した後

 

一番後方で黒い忍び装束を着たまま平伏している千恵の方に視線を向ける。

 

そして

 

「お初にお目にかかる。そなたが千恵殿じゃな、本日はよく参ってくれた。わしが現在、徳川宗家の氏(うじ)の長者にして征夷大将軍をつとめる徳川秀忠と申すもの、ついては、よろしくお願いしますぞ」

 

征夷大将軍徳川秀忠は千恵に対して、そのように挨拶をすると、今度は自分の左側に正座している男性の方を向き、そして千恵に向かって紹介する。

 

「こちらが我が徳川家の重臣にして要職たる大老をつとめる従五位下にして大炊頭(おおいのかみ)の官職にある土井利勝と申すもの。以後はお見知りおきを願いたい」

 

左側に正座している男性、土井利勝も物柔らかな口調で

 

「よろしくお願いします、千恵殿」

 

と頭を下げる。

 

「そして、こちらは、存じておようが」

 

そこで秀忠は悪戯っぽく笑う。

 

「奥女中という名目で、今はここにいる百地千秋殿」

 

その秀忠の言葉を受け、奥女中の姿をした若い女性はニッコリと微笑む。

 

「千恵さん、お待ちしていましたよ」

 

千恵は内心ドギマギしていたが

 

「い、いえ、こちらこそよろしくお願いいたします!」

 

と慌てて平伏する。

 

いや、せっかく将軍徳川秀忠なる人に会う事になったのだから

 

あれも言おう、これも言おう

 

などと、いろいろ考えていた千恵だったが

 

実際に会ったら、そんなものはどこかへぶっ飛んでしまった。

 

胸の動悸は少しもおさまらず、混乱して何を言ったらいいかさえわからない。

 

本当に平伏している方が気が楽だった。

 

目の前の二人の男性が実物以上に

 

とても大きく見えた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

将軍秀忠は、千恵の平伏しながらも、見るからに動悸を隠せずにいる返事を聞き、思わずふっと微笑んだ。

 

えっ?

 

と千恵は思う。

 

この方、思っていたのと違って、なんというか、優しい方だ。

 

それが千恵には理屈抜きで実感できた。

 

「板倉!」

 

将軍秀忠は小姓組頭である板倉重宗に声をかける。

 

「はっ!」

 

少しだけ顔を上にあげた板倉が返事をする。

 

「すまぬが小姓組四名はこの場を外してくれぬか。わしは千恵殿と直接話をしてみたい」

 

将軍秀忠は穏やかに、しかしキッパリと言った。

 

「しかしながら上様!」

 

板倉重宗は平伏しながらもあえて意見を述べる。

 

「畏れながら、やはりこの場には警護の者がいるべきでは……」

 

が、将軍秀忠は笑いながら扇を持つ手を振った。

 

「よい。警護というなら、ここには武芸に優れた大炊頭もおるし、千秋殿、それにタツマキ、カスミ、ツムジ、それに朧殿もおること。これ以上の警護がどこにおろうか」

 

えっ?

 

千恵は疑問に思った。

 

将軍秀忠は、恐らくは無意識にだろうがタツマキ、カスミ、ツムジの三人には敬称をつけなかった。

 

この事は、逆に将軍秀忠が三人には何らかの親近感を持っていることを意味する

 

千恵はそれを確信した。

 

それにしてもだ…、

 

警固の者として小姓組四名がいたとしても、実のところ、もし、千恵が将軍秀忠に害意を持ち、この場で殺害という行動に出れば、結果は大して変わらないともいえる。

 

既に変身忍者嵐に敗死した化身忍者毒蛾くノ一と同じく

 

千恵もまた『変身』さえすれば、この場に大量の毒蛾を発生させるなどして、必殺の『狂い毒粉』を撒き散らすことは十分に出来るのだ。

 

今、この場にそれを止めることが唯一出来るであろう変身忍者嵐はいない。

 

それなのに、恐らくはそれを承知の上で

 

この将軍秀忠は、あえて一応は警固の役割を持つ小姓組に場を外してもらった上で、千恵と直接話をしてみたいというのだ。

 

もしかして、自分はそれなりに信頼されているのだろうか?

 

将軍秀忠は、いかにも可笑しそうに微笑みながら、千恵に向かって言った。

 

「千恵殿、どうなされたかな?、千恵殿が、わしといろいろ話してみたいことがおありだということはタツマキからの報告で聞いておるが?」

 

ええと…

 

千恵は混乱していた。

 

タツマキが、今、自分の目の前にいる将軍秀忠と若い頃からの付き合いだという話は確かに聞いたことがある。

 

だが、ここにいる将軍秀忠の口調は、まるで親しい者を呼ぶような様子でタツマキのことを言っているのだ。

 

「板倉っ!」

 

今度は大老土井利勝が言った。

 

「はっ……かしこまりました」

 

板倉重宗と小姓組の武士たちは深々と礼をすると、静かに部屋を退出していった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

静寂が戻った広い座敷で、将軍秀忠は満足そうにうなずき、手招きをした。

 

「千恵殿も、それに他の者たちも。既にこの場は人払いしてある。まずは面を上げ、楽にされよ」

 

その声に、平伏していた者たちが一斉に顔をあげる。

 

千恵もまた緊張しながら面を上げたが、目の前に並ぶ面々——徳川の天下を動かす将軍秀忠と大老・土井利勝、そして案内を務めたタツマキだけでなく、奥女中の姿をした千秋までが揃って静かに自分を見つめていることに、改めて事の重大さを実感していた。

 

「しかし、あらためて見ると千恵殿も美しゅうござるな」

 

将軍秀忠がふっと頬を緩めて千恵を褒めた。

 

「まあ……」

 

千恵は声こそ出さなかったものの、内心で胸がトクンと跳ねた。

 

異性から、それも天下の将軍から容姿を褒められて嫌な気のする女性などいるはずもない。

 

それを確認した将軍秀忠は、あらためて千恵の方をじっと見る。

 

そして

 

「千恵殿、頭を上げてくれぬか」

 

と千恵に向かって声をかけた。

 

「はいっ!」

 

千恵は頭を上げ、そして目の前の将軍秀忠と視線を合わせる。

 

そして

 

この方は信頼できる方だ。

 

理屈抜きで千恵にはそのように思われた。

 

「まずはわしの話を聞いてもらいたいが、よろしいか?」

 

将軍秀忠は千恵に向かってゆっくりという。

 

「はい、上様」

 

千恵は自然に、目の前の将軍秀忠のことをそう呼んでいた。

 

そんな千恵の様子を見て

 

平伏したままのカスミは嬉しそうにする。

 

そして固さのあった千恵の表情がわずかにほころんだのを確認し、秀忠は本題へと入る。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「まず千恵殿は、先に大阪の陣で戦死された真田左衛門佐(幸村)殿に仕え、その当時「十勇士」として知られていた佐助殿、蛍殿のご息女であられる、それに相違ありませぬな」

 

千恵はうつ向きそうになりながら

 

「はい…」

 

と短く返事をするが、心の中ではやはり

 

壮絶な戦死をしたと伝え聞く父や母、そして自分の目の前で崖から転落し、亡くなった弟、大助のことを思い浮かべないわけにはいかなかった。

 

それなのに自分は今……

 

将軍秀忠は、そんな千恵の内心の葛藤を恐らくは知りながら

 

なおも話を続ける。

 

「大阪の陣は我が徳川軍の完勝であり、大阪の豊家(豊臣家)は亡び、そして、その武将として戦った真田左衛門佐殿はもとより、左衛門佐殿の臣であり、忠勇無比をもって知られた佐助殿、蛍殿もまた戦死されたが、その少し前に千恵殿は、弟御の大助殿と共に傅役の者に守られながら信州真田まで落ち延びた、ここまではよろしいかな?」

 

「は、い…」

 

千恵は少し苦しそうに返事をする。

 

「そして弟御の大助殿も不幸な事故で亡くなり、それをきっかけとして千恵殿は徳川打倒を掲げる血車党に入った」

 

「………………」

 

千恵はそれには返事をしなかった。

 

なぜ、そんなことを今さら聞くのだろう?

 

それが出来るのであれば、忘れてしまいたいような辛い記憶なのに…

 

「ざっくばらんに言うと、わしを筆頭とする徳川家及びその家臣団は『父母の仇』、千恵殿は少なくともそうお思いであった」

 

そこまで言われると、さすがに千恵も黙ってはいられなくなる。

 

「あの、一つおうかがいしてもよろしいでしょうか?」

 

千恵は恐る恐るといった感じで、目の前の将軍秀忠に聞いてみることにした。

 

「何なりと」

 

将軍秀忠はにこやかに笑顔を見せたままである。

 

「上様は、そんな私が心密かに殺意を秘め、この場で凶行に及んだりするなどと思ったりなさらないのですか?」

 

将軍秀忠は、そんな千恵の問いに対して悠然と答える。

 

「ここにはタツマキはじめ、カスミ、ツムジもおるというのに、千恵殿はそのようなことがお出来きになられるのか?」

 

えっ?

 

意表をつかれた千恵は、思わず側にいるタツマキ、カスミ、ツムジ三人の方を振り向いてしまった。

 

そしてタツマキはそんな千恵の視線に気づくと、にこやかに微笑んで見せる。

 

安心せよ、千恵殿…

 

彼の視線はそう語っていた。

 

そんな様子を見ながら、将軍秀忠は

 

「わしはタツマキが千恵殿について記して寄越した報告の書状も全部目を通しておる」

 

と事も無げに言った。

 

「だから千恵殿が、以前はともかく、今はタツマキ、カスミ、ツムジの親子とは打ち解け、心を通わせておると思うておる。その上で、あえて、このような話をしているわけじゃ。御納得されたかな?」

 

「…………………」

 

千恵はどう答えていいかわからずにいる。

 

「すまぬな、千恵殿」

 

千恵の様子に気づいていた将軍秀忠は率直に彼女に詫びる。

 

えっ?

 

千恵は少し驚いた。

 

将軍秀忠はそんな千恵に向かって言う。

 

「わしの今までの話が、そなたに辛かった過去のことを思い出させてしまっているのは気づいておる。が、とりあえずは聞いてほしい。我らがそなたの今後のこともそれなりに考えた上でこのような話をさせてもらっているということを知ってほしいのでな」

 

千恵は思わず俯いてしまった。

 

血車党にいたとき、誰がこのように自分のことを気遣ってくれただろうか…

 

「はい、聞かせてください」

 

千恵は、将軍秀忠に対して、そのように答える。

 

将軍秀忠は、千恵のその返事を聞いて頷くと、話を続きをはじめる。

 

「話を少しはしょらせてもらおう。大阪から信州に落ち延びて間も無く、千恵殿は今は亡き弟御大助殿と共に、せっかく落ち着いたはずの在所から追われたと聞く。だが」

 

千恵は思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 

「念のため、そこにいる大炊頭にも当時のことを確認させたが、我が徳川では、真田家に対してそのような指示、命令は出してはおらぬ」

 

「ええっ!?」

 

千恵は驚いた。

 

父、佐助、母、蛍は大阪で徳川と戦った敵、だから自分達も追い出されたのだとばかり思っていた。

 

「大阪の合戦は我が方の勝利で終わり、残敵掃討もあらかた済ませ、現に豊家残党が蜂起したとの話も聞かぬ。ましてや当時は年端も行かぬ信州の片田舎に住む子供たちから、その住む家さえも奪い、その財産を取り上げるほど、我らも狭量ではない」

 

千恵は思わず愕然とする。

 

では、自分と大助のその後の苦難はなんだったのか?

 

「その件、真田の地から幼いそなたたちを追い出したのが誰なのかについては、今、真田に命じて調べさせておる。いずれ真実も分かろう」

 

将軍秀忠は力強く告げると、傍らに控えるタツマキと、少し離れた場所に座る百地千秋へ視線をやった。

 

「あ、あの……」

 

千恵は何事かを言おうとしたが、何をいうべきかわからなくなってしまった。

 

将軍秀忠は、そんな千恵にあらためて告げる。

 

「いずれにせよ、我らとしても千恵殿の今後が立ち行くようにしたいと思うておる。そこで千恵殿」

 

「はいっ!」

 

千恵は思わず緊張して返事をする。

 

「どうじゃ、この際だから我が徳川に仕えぬか?、今さら真田などに仕えるよりも、その方がよかろう」

 

千恵は少し混乱する。

 

「仕えるとは、具体的にはどのように?」

 

将軍秀忠は咳払いすると

 

「あくまでも、この先の千恵殿の我が徳川に対する貢献にもよっても変わってはくるが」

 

と前置きし

 

「信州上田の真田家は間もなく松代に移封することが決まっており、上田には新たに仙石家が入ることになっておる。が、旧真田領全部を仙石家が引き継ぐわけでもない」

 

と、言った上で

 

「千恵殿には真田の地の一部を些少ながら所領としてもらい、我が徳川家の御目見資格のある新しい旗本家を興してもらおうかと考えておる」

 

と、その具体的な条件を千恵に対して提示した。

 

「は、旗本……!?」

 

千恵は目眩(めまい)を覚えた。一介の浪人、それも女子、元・血車党の自分に対して、あまりにも過大な破格の待遇である。

 

それを聞いた千恵は、思わず目が眩みそうになった。

 

「そうすれば千恵殿のお家も再興でき、また佐助殿、蛍殿、大助殿の菩提を弔うことも出来るようになる。いかがかな?」

 

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これは随分と過大な評価である。

 

 

千恵は思わず舞い上がりたくなるほどの気持ちになった。

 

だが……

 

「勿論、お家再興ということであれば、しかるべき婿養子を取り、最終的には信州の地に根を張る必要がある。千恵殿はそれでよろしいかな?」

 

将軍秀忠は千恵の内心を見通しているかのように言う。

 

そうなったらハヤテさんとは……

 

千恵の脳裏にハヤテの顔が浮かんだ。

 

だが、この好条件を断ることなど出来ようものか。

 

「千恵殿、結論は急がずともよい」

 

将軍秀忠は、そんな千恵の内心を見通しているかのように言った。

 

「まずは千恵殿のお気持ちから聞かせてもらえぬかの?」

 

「は、はい…」

 

千恵は将軍秀忠の問いに対して、どのように答えてよいのかわからず、正直、戸惑っていたのだが

 

それでも、やはり何かを答えないわけにはいかない。

 

「身に余るお話をいただき、本当に光栄だと思います。ですが、何だか話が良すぎて、逆に怖いような…」

 

千恵が恐る恐ると言った感じでともかくも返事をすると

 

その様子を見た将軍秀忠は愉快そうに

 

「ははは」

 

と笑った。

 

その上で

 

 

「千恵殿、どうされたかな? ハヤテ殿は以前、最初にわしと対面した時にはもっと堂々としておったぞ!」

 

そう可笑しそうに笑ってみせたが、その瞳の奥には天下人としての冷徹な光が宿っていた。

 

(ハヤテ殿は確かに頼もしい。だが徳川の臣ではない。あくまで一代限りの『客分』であろうとし続けておる……)

 

徳川家を預かる者として、秀忠も、そして大老土井利勝をはじめとする幕閣上層部としても、ハヤテ(変身忍者嵐)という規格外の武力を完全に野放しには出来ない。

 

万が一にもハヤテが徳川を去り、あるいは刃を向けたその時……徳川は変身忍者嵐という大敵に対抗する事になるかもしれないのだ。

 

だからこその、変身忍者としての力を持つ千恵の「旗本取り立て」であった。

 

かつての千恵は化身忍者としてハヤテ、つまり変身忍者嵐と互角に近い戦いをしたことがあるとタツマキから報告を受けている。

 

家臣として禄を与え、主従の契りを交わしておけば、もしもの時には『家臣・千恵』に対して、最悪の場合に嵐を討つよう上意を下すこともできる。

 

千恵ひとりの力で足りぬなら、タツマキら伊賀の忍び集団を加勢させればよい。

 

さらに言えば、ハヤテが不在の折に血車党が江戸を襲った際、変身して戦える千恵は徳川の直属の手駒としてこれ以上なく重宝する。

 

(優しき顔の裏で、上様はそこまで計算されておられる……)

 

平伏するタツマキも、秀忠の真意を悟り、内心で背筋を正していた。

 

千恵を真田や血車党、あるいは伊賀の両流派から切り離し、「徳川将軍直属」に置くという腹積もり

 

それは千恵を守る救済であると同時に、徳川家のための冷徹きわまる「安全装置」でもあったのだ……

 

が、当の千恵は、というと

 

そりゃ、ハヤテさんならそうでしょうけど… 

 

そう思って俯きながら、恥ずかしそうにするだけで、そこまで考えは及ばない。

 

正直、戸惑うしかないのが本当のところだったのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そんな千恵の様子を見て、将軍秀忠はくすりと笑う。

 

「さて、話が良すぎるというのはその通り」

 

将軍秀忠は話を進める。

 

「千恵殿には今後、その分だけ大変な思いをしてもらうつもりゆえ」

 

その言葉を聞いて、千恵は

 

やっぱり、それはそうよね…

 

と思うと同時に

 

やはり『御公儀』としては、これを期に血車党を一気に叩き潰すつもりであり、そのための尖兵ということで、自分にそれだけの待遇を用意してくれているのだろうか?

 

と思った。

 

勿論、千恵にしてみれば

 

既に血車党と戦うための心の準備は十分以上に出来ている。

 

だいいち、血車党をこのままにしておくのであるなら、自分はいつ、どんな方法で『裏切者』として殺されてしまうかもわからないのだ。

 

自分が化身忍者として、血車党の中忍という立場にあったことは事実であり、勿論、その当時の血車党が全国に拠点として用意した髑髏館の場所も、その当時、建設中だったものも含めて、おおよそは把握している。

 

その後、まだ時間もたっていないし、血車党の方で新しい髑髏館の建設を進めるにしても、直ぐに準備は出来ないだろう。

 

また自分は、恐らくは今、問題になっているであろう

 

血車党が九州有馬藩を通じて行っている密貿易で多大な利益をあげている件について

 

その『密貿易の相手』についての知識もある。

 

現在の血車党がどのような異国の勢力と結託しているか

 

この情報は『御公儀』にとっても知りたいところであろう。

 

恐らくは血車党から早い段階で『抜け忍』となったハヤテさんより

 

自分は、もう少しくらいは血車党のそうした現在についても知っているつもりだ

 

千恵が心の中でそんな考えを巡らせているとき

 

「まず、この話は今すぐのことではない。千恵殿にはおおよそ一年くらい、この江戸でいろいろ『勉強』してもらうゆえ、そのための『心の準備』をなされよ」

 

と意外なことを言った。

 

千恵は思わず目を白黒させる。

 

「えっ?、『勉強』ですか…」

 

完全に意表をつかれた千恵は絶句する。

 

「当然であろう」

 

将軍秀忠は面白そうに笑いながらいう。

 

「我が徳川家の旗本となるからには、当然ながら千恵殿にも、それにふさわしいだけの教養を身につけてもらう必要がある」

 

「……………………」

 

ええと、それは

 

おおよそ一年間、自分にいろいろ勉強しなさいという意味なのだろうか?

 

いや、それ以外の解釈が出来るとも思えないのだが…

 

血車党のことは大丈夫なのだろうか?

 

「そのために、まず、タツマキの家でおおよそ一年間、いろいろ経験を積み、勉強もなされよ。また、この先の千恵殿には、タツマキたちと同じく『伊賀同心』に所属してもらうつもりでおる。とすれば、いずれは『伊賀忍者としての心得』も身につけていただく必要があるということになる」

 

将軍秀忠のその言葉を聞いて、千恵はさらに戸惑う。

 

私が伊賀忍者としての心得を身につける?

 

ええと、それはつまり

 

私は伊賀忍者になるということなのだろうか?

 

確か、記憶するところでは伊賀流は他流派からの受け入れというのは基本的にはしていなかったはずなのだが…

 

「私が……伊賀忍者に……?」

 

呆然とする千恵に、秀忠は満足そうに微笑み、傍らの二人を指しおろした。

 

「千恵殿は疑問にお思いやもしれぬが、他流の者を受け入れぬ伊賀の掟については、既に手を打ってある。のう、千秋殿、朧殿」

 

振られた千秋が、静かに頭を下げて口を開いた。

 

「はっ。上様のお言葉通りにございます。我が百地家、ならびに藤林家におきましても、千恵殿を伊賀の同志として迎えることに何ら異論はございませぬ」

 

続いて朧もまた、凛とした声で応じる。

 

「はい。我が祖母である『幻』からも、『そのようなお話であれば、是非とも千恵殿は藤林にてお預かりし、一人前のくノ一として仕込みたい』との返書をいただいております」

 

(な……っ!?)

 

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、座敷の雰囲気が一変した。

 

『藤林にて預かる』という朧の言葉を聞いた瞬間、控えていた百地千秋の表情がガラリと変わり、思わずといった様子で前に進み出て膝を突いたのである。

 

「上様! 畏れながらこの千秋、申し上げたき儀がございます!!」

 

きょとんとする千恵をよそに、千秋は気色ばんだ声で訴え出た。

 

「千恵殿を伊賀に迎えるというのであれば、我が百地家こそがふさわしいかと存じます! 我が祖父・百地三太夫の名におきましても、千恵殿は我が百地組にてお預かりし、責任を持って一人前に育て上げてみせます!」

 

事前に千恵を百地組へ引き込もうと画策していた千秋にとって、藤林家(朧)が上様と裏で手を結び、手回しよく外堀を埋めていたことは到底容認しがたいものであった。

 

(千秋殿がそう出てくることも、織り込み済み……)

 

平伏するタツマキと朧は、心の中で静かに視線を交わした。

 

その一方で……

 

千秋の決死の訴えに対し、将軍秀忠は驚く風もなく、どこまでも悠然と微笑んだ。

 

「構わぬぞ千秋殿。存分に申してみよ」

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