変身忍者嵐より 千恵(毒蛾くノ一)の異なる未来第2編・江戸での血車党との対決 作:shpfive03
原典の一つである『バジリスク 〜甲賀忍法帖〜』の本来の設定でいうと
夜叉丸が伊賀の代表として甲賀代表の風待将監と、徳川家康の前で御前試合を戦ったのは
慶長19年(1614年)4月末
です。
従って
仮に当時の夜叉丸がギリギリで数え年17だったとしても、この作品時点では22~23歳であり
実際には、間違いなくハヤテとの年齢は逆転します。
(勿論、夜叉丸の方が歳上)
本作品ではそのあたりの設定は都合よく変えてありますので、ご了承いただければと思います。
化身忍者・毒蛾くノ一との死闘を制した変身忍者嵐は、しばし天守閣の屋根の上で、虚脱したような空しい気持ちを抱えたまま、ただポツンと佇んでいた。
(楓さんを斬りたかったわけではない……)
それ以外の選択肢などなかったことは、頭では百も承知している。しかし、戦いを終えた後の重い虚脱感が、ハヤテの心を深く支配していた。
どのくらいの時間が流れたであろうか……
「嵐殿! 決着はついたようだな!」
ふいに、ハヤテにとっても聞き覚えのある陽気な声が響いた。
ハヤテが振り返ると、余人には近づくことすら難しい天守閣の屋根の上に、軽い身のこなしで夜叉丸が姿を現した。
「夜叉丸殿……」
「嵐殿、勝ったというのに浮かない顔をしているようだが」
夜叉丸はあえて明るい笑顔を向けながら、言葉を続ける。
「嵐殿はなすべきことをした、ただそれだけのこと。それより、早く次のことに頭を切り替えるが肝要!」
「……うむ」
夜叉丸の威勢のいい言葉に、ハヤテは頷いた。
それを見届けた夜叉丸は、表情を神妙なものに改めた。
「上様が嵐殿をお呼びだ」
「そうか……」
秀忠公がか、と言いかけて、ハヤテは口をつぐんだ。
ここは天下の城郭・江戸城である。夜叉丸を含め、ここにいる者の多くは現将軍・秀忠のことを『上様』と恐れ多くも呼ばねばならぬ立場にある。
あの『鷹狩りの一件での出会い』以来、ハヤテは将軍秀忠のことを『秀忠公』と呼び、ハヤテなりに敬意を持って接しているつもりであったし、当の秀忠からそれを咎められたことも一度もない。
だが、そうしたハヤテの態度に対して周囲から様々な声が上がっていることもまた、ハヤテは重々承知していたのだった。
ハヤテの僅かな躊躇を見透かしたように、夜叉丸はニヤリと笑う。
「ハヤテ殿、難しく考えなさるな! 少なくとも俺の前で余計な配慮など無用だぞ。なにしろ俺など、カスミ殿より二つ上のガキに過ぎんのだからな!」
その言葉にハヤテは思わず目を見張った。
「では、夜叉丸殿は数えで十九なのか……!?」
夜叉丸のあまりに堂々とした立ち振る舞いからは、とても十九の若者には見えない。
夜叉丸はハヤテの驚きを見て取ると、豪快に笑い飛ばした。
「おうっ! そして螢火も同い年だ!」
なら、二人とも本当に若い——ハヤテは感慨を深めた。
自分がハヤテとして、父・鬼十と共に血車党に襲われそうになっていたカスミやツムジの前に初めて姿を現した時、自分もまた今の夜叉丸と同じ数えで十九であった。
あの頃の自分はまだ修業中の身に過ぎなかった。
それから二年半以上の時が流れ、自分は今年で二十二になる。
タツマキはもう引退してもおかしくない齢であり、娘のカスミは十七、子供だと思っていたツムジも十四となり、一人で血車党の下忍数人を相手取れるほどの実力をつけている。
そして夜叉丸も螢火も、既に『現場』に出て何年も戦い抜いてきたのだ。
そんなハヤテの思いを見透かすように、夜叉丸は大声で言った。
「俺は一人前の忍者として『お役目』につくようになって、今年で三年目だ!」
ハヤテもまた、自然と声が大きくなっていた。
「そうか! 夜叉丸殿、私は今年で二十二になる! だが歳など関係ない。今まで通り気安く付き合ってくれ!」
気さくに懐へ飛び込んできてくれた夜叉丸に、ハヤテは改めて温かい好感を覚えた。
「それより嵐殿!」
夜叉丸は表情を引き締め、本来の用件を告げる。
「朧様やカスミ殿、千恵殿は、既に案内役のタツマキ殿、ツムジ殿と共に上様の待つ中奥へと向かわれた。いや、とっくに着いて、もう上様と直にお話しされているはずだ。さあ、嵐殿も早く中奥へ!」
「待ってくれ、さすがにハヤテの姿に戻った方がいいだろう」
ハヤテは両手を胸の前で交差させた。
「逆変身!」
唱えた瞬間、変身忍者嵐の姿はかき消え、いつもの青い忍び装束を纏ったハヤテの姿へと戻った。
「では夜叉丸殿、一緒に行こう」
夜叉丸は少し苦笑いを浮かべると、首を横に振った。
「いや、俺は中奥の手前まで送らせてもらうさ。あいにく俺は上様から直接お呼びがかかっているわけではないのでな。天守閣の屋根という場所にいるハヤテ殿を迎えに行くには、俺以上の適任がいなかっただけのことだ」
「そんなことはない、夜叉丸殿も共に……」
と言いかけて、ハヤテはふと気がついた。
「少なくとも千恵さんなら私をここまで迎えに来ることも問題なく出来たはずだが?」
変身態の千恵なら空を飛ぶことも出来るし……
「上様の方でハヤテ殿が来る前に、先に千恵殿と多少話しておきたいそうなのでな」
といった後で、夜叉丸は小声で付け加える。
「恐らくは千恵殿の仕官についての話をされるおつもりなのだと思う」
「そうか……」
ハヤテの脳裏に、かつて自身が将軍秀忠から『我が徳川に仕え、旗本・御家人とならぬか?』と問われた時の記憶が蘇っていた。
あの時、ハヤテの心が動かなかったわけではない。
だが、それをあえて辞退したのは、それなりの事情あってのこと。
その意図は秀忠公も、土井大老はじめ幕閣の主要な者たちも、そしてタツマキたちも理解してくれているはず。
(しかし、千恵さんにとっては違う……)
一介の浪人であり、両親も弟も失った千恵にとってなら、むしろ徳川家に正式に仕えることで、身分を確立し、将来の不安を解消してもらった方がいいとも思っている。
夜叉丸の後に続いて歩きながら、ハヤテがそんな思考を巡らせているうちに、二人は見覚えのある廊下へとたどり着いた。
左右の襖には、豪華な金の鋲と富士の美しい絵が描かれている。
中奥の広間の前には、小姓組の武士たちが控え、ハヤテの到着を待っていた。
「よし、俺の役目はここまでだ」
夜叉丸はニッと笑うと、ハヤテの肩を軽く叩いた。
「俺はこれから服部屋敷に戻って、大奥のお二人を保護している螢火と合流し、後始末と城外の警戒に戻るさ。また後で会おう!」
「ああ、感謝する、夜叉丸殿」
ハヤテは去っていく夜叉丸の頼もしい背中を見送ると、小姓組の案内を受け、静かに中奥の扉を開けて足を踏み入れたのだった。