前世は地獄、今世は天国? 346プロの色欲神プロデューサーの受難 作:ヘルメス・トリスメギスタス
執務室内の温度は低く感じた。
ちらりと俺は温度計を見たが、低くはなかった。
だから、ここにいる人間の醸し出す雰囲気が影響しているのだろう。
「はあ~………」
思わず盛大にため息が出る。もう何度目のため息だろうか。
俺の執務机の前には床に正座した晴と千枝がいた。
その表情は死刑執行前の囚人のごとく、絶望に染まった表情をしていた。
ありすは俺の座っている椅子の隣に立っていた。
ありすの眼はもはや生物を見る眼ではなく、この生ゴミ共がと語っているようだった。
ありすから緊急連絡が入り、その内容に一瞬目の前が真っ暗になった。
晴と千枝が男子トイレでセックスしている所を新田さんに見られたというのだ。
なぜ新田さんが男子トイレにと思ったが、晴達が男子トイレにいる前からいたらしく、
しかも個室から出てきた新田さんは全裸だったというのだ。
そして、晴達をおかずにして自慰をしたというのだ。
俺が新田さんと直接話した感じでは、清楚で真面目、いかにも清純派アイドルという印象だったが、
まさか露出癖という特殊な性癖があるとは思わなかった。
にわかには信じがたく、ありすに証拠はあるのかと尋ねたら、
新田さんが自慰している動画が送られてきた。俺も流石に頭を抱えた。
トリニティデビューライブまで後三日。ここに来て特大の爆弾を抱えることになってしまった。
新田さんが武内プロデューサーにこのことを報告した場合、間違いなく全て吹っ飛ぶ。
俺の監督責任も免れないだろう。だが、新田さんは報告しないだろうと確信していた。
こちらは動画という証拠があるが、新田さんには証拠がない。
さらに二人に肉棒が生えてましたというのは、あまりに荒唐無稽すぎる。
そして、なぜ新田さんが男子トイレにいたのかと問われれば、間違いなく新田さんはピンチになる。
晴達を告発すれば、新田さんだけでなくアナスタシアさんや、
武内プロデューサーの他の担当アイドルも無事では済まなくなる。
つまり、晴達を告発すれば証拠がないため水掛け論に持ち込める。
それに対してこちらは動画という証拠があるため、間違いなく新田さんの人生は破滅し、
武内プロデューサーやその他の担当アイドル達も壊滅的被害を受ける。
つまりこちらが生殺与奪の権を握っているのだ。
とっさに動画を撮影したありすは正に大手柄だ。
俺はありすをべた褒めし、デビューライブ後にたっぷり愛することを約束した。
ありすはとても喜び、二人を執務室に連れてくるようにという命令も嬉々として実行した。
そして現在である。ちなみになぜ晴達を調べていたのかとありすに聞いたら、
以前から不審な動きをしており、二人の行動に眼を光らせていたとのことだ。
ありすはやはり頭がいい。そして俺に全幅の信頼と愛情を持っている。
歪んだ独占欲はあるが、そのデメリットを補ってあまりある。
ありすがトップアイドルになったら、正室として嫁に迎え入れたい。
トップアイドルならば一族の者達も文句は言えまい。
だが今は現在の爆弾の解体作業が先だ。ありすが口を開く。
「ご主人様。この二人を色欲界で殺して捨てましょう」
ありすは一切の感情を交えることなく意見した。
それは俺も考えた。二人は危うさが目立つ。このまま放置するのは危険すぎる。
だが、トリニティのメンバーとして売り出す以上、殺すわけにはいかない。ならば………
「ありす。俺もそれは考えたが得策ではない。まだ二人には利用価値がある」
俺の言葉に二人がわずかながら明るくなる。
「だが放置も出来ない。そこでだ。二人には最後のチャンスをやろうと思う」
「チャンスですか? もう十分与えていると思いますが?」
ありすは不満そうな表情で尋ねる。
「新田さんを色欲の底なし沼に堕とすための餌として二人を使う。
二人が助かるかは新田さん次第だ」
「新田さんも肉便器にするんですか?」
「ああ。万が一晴達のことを漏らされたらまずい。確実に口を封じる」
「ご主人様にはすでに具体的な計画があるのですね?」
「ああ。今日中にカタを着ける。そのための道具として二人を使う」
「わかりました。ご主人様の御心のままに」
俺は二人に向き直る。
「さて、最後のチャンスだ。新田さん次第で二人の運命が決まる。
助かったら新田さんに感謝するんだな」
少し声を低くした俺の威圧の言葉に二人はこくこくと頷いた。
俺はすぐに新田さんを発見した。俺はこの事務所に密かに監視網を作り上げていた。
だから誰がどこにいるかなどまるわかりである。ちなみに事務所の監視カメラはすでに掌握済みであり、
監視室では偽の映像が映し出されている。
「新田さんちょっといいかな?」
「あ。神城プロデューサーどうしましたか?」
「ちょっとここでは話しにくい。俺の執務室で話そう」
俺はそう言って新田さんを俺の執務室に連れて行った。
執務室では晴達二人が正座をし、ありすは机の側に立っていた。
「あの、これは一体?」
「ああ。とりあえず応接用のソファーに座ってくれますか。そこで話をします」
そう言われて新田さんはソファーに座り、俺も机を挟んで新田さんの正面に座った。
「それで話というのは?」
新田さんがやや緊張した面持ちで話す。
「まずはこの動画を見てくれますか? 音はミュートにしてありますので」
そう言って動画を再生したスマホを新田さんに渡す。
新田さんはスマホを受け取り、画面を見て驚愕の表情を浮かべた。
自分が晴達のセックスを見ながら、男子トイレで全裸自慰をしている姿が映っていたからである。
一瞬にして新田さんの顔が青くなり、絶望の表情に変わった。
「新田さん。ずいぶんと大胆な趣味をお持ちのようですね」
「これを………どこから?」
新田さんの声は震えていた。まあ、そうなるだろうな。
「そこで正座している二人が関わっています。ありすが前々から二人の行動を不審に思っていたんですよ。
それで二人を尾行していたんですよ。その時に偶然スマホで撮れた動画ですよ。
………新田さん。映っているのはあなたで間違いないですね?」
「………………はい。そうです」
長い沈黙の後、弱弱しい声で呟いた。
「新田さん。俺はこの前話した時、清楚で真面目な清純派アイドルと思ったんですよ。
まさか裏でこんなことをしているとは………。失望しましたよ」
「………………」
新田さんは黙っている。だが、ギュッと自分のロングスカートを両手で握る姿が心の中を雄弁に物語っていた。
「さて、これは後で話しましょう。新田さん。あなたは晴達が入った個室の隙間を覗いて自慰してますよね。
二人にも問い詰めたのですが、話してくれないんです。新田さん。あなたが唯一の目撃者です。
二人は個室の中で何をしていたんですか? 話してください」
「それは………………」
新田さんは何かを言いかけて言葉を止めた。恐らく真実を言うか言わないかで迷っているのだろう。
これは想定済みだ。どちらを選んでもさらに新田さんを追い詰める言葉を放つのみだ。
「………二人でセックスしていました。肉棒を二人とも生やしていて………」
その言葉に俺の表情が険しくなる。
「新田さん。嘘をつくにしてももう少しましな嘘をついてください。二人に肉棒が付いていてセックスしていた?
二人とも女の子なのにそんな訳ないでしょう。荒唐無稽なことをおっしゃるならこちらも対応を改めなければなりません」
「本当なんです! 信じて下さい!」
「信じて下さいと言われても二人の入った個室を覗き見て全裸自慰をする人を信じられますか?
もし新田さんが俺の立場だったらそんな人の言葉を信じられますか?」
「………………」
新田さんは黙って目を伏せた。新田さんには反論する材料がない。二人を調べればわかるが、
こちらが問い詰めたのに話さないと事前に言っている以上、二人は秘密にしたいのだとわかったはずだ。
それでも正直に話したが、結果は荒唐無稽な嘘と切って捨てられた。
そもそも自身の立場も非常に危うい状態だ。これ以上の擁護は出来まい。
「………この一連の件を上に上げれば、間違いなくうちと武内プロデューサーの所は内々に処理されるでしょう」
「………具体的には?」
「武内プロデューサーは降格のうえ部署異動。俺は自主退職という名の解雇。新田さん、晴、千枝は事務所解雇に芸能界引退。
残された子達も事務所で干されるでしょうね。それに多額の損害賠償も請求されるでしょう」
「そんな………!?」
「そこまでとは思ってなかったようですね。でもこんな危険なことをやっていたという自覚は持ってほしかったですよ」
「何とか………何とか出来ませんか!?」
「………俺の所で止めて隠ぺいすれば何とかなります。ただ、リスクも大きい。
バレれば俺が全責任を被る形になってしまう。
簡単に頷ける話ではありません」
「………そんな」
「新田さんは覚悟がありますか? 人生の全てを賭ける覚悟が?」
「………それは………」
新田さんの眼に迷いが生じている。もう一押しだな。
「無いなら話はこれで終わりです。俺は上へ今回の一件を上げます。お帰り下さい」
そう言って俺は立ち上がった。
「待って下さい! わかりました。人生の全てを賭けます!」
「………最終確認です。それでいいんですね?」
「はい!」
新田さんは力強く返事した。掛かったと俺は内心ほくそ笑んだ。
地獄で一本の救いの糸を垂らせば、人間はそれを掴もうとする。
だが、新田さんは気づいていない。それはさらなる地獄への道なのだと。
俺は色欲界への道を開けた。
黒い円形をしたゲートが現れる。
「こ、これは!?」
「ゲームの場所へと繋ぐゲートです。そこで俺と勝負してもらいます。
勝てば今回の件全力で隠ぺいします。負ければ新田さんの人生の全てをいただきます。
引き返すなら今の内です」
俺は最後の確認を行う。さあ、どうする?
「………わかりました。勝負しましょう」
「その言葉を待っていた」
俺を先頭に執務室にいた全員がゲートに入って行く。
ゲートが閉じられた時、執務室にはただ沈黙が下りていた。