前世は地獄、今世は天国? 346プロの色欲神プロデューサーの受難 作:ヘルメス・トリスメギスタス
渚の生まれた家は神城家である。
千年以上続く名家であり、血が絶えることは許されなかった。
渚の母は容姿端麗、仕事も出来る女性だったが、男性とは縁がなかった。
もちろん見合い話もあったが、総じてこの世界の男性は、様々な面で権利等が優遇されており、
そのため傲慢だったり、暴力的だったりと性格に問題がある者が多かったのだ。
渚の母は結婚などしたくはなかった。しかし、両親や一族からは子を求められた。
渚の母は考えた末、精子バンクを利用することにした。
精子バンクはランクによって値段が違い、最高のSランクだとそれこそ億単位である。
しかし、渚の母はSランクの精子を購入した。
渚の母の収入ならば、その程度の値段など全く問題にならなかったからである。
購入した精子を使って妊娠し、渚を出産した。
男子が生まれたことにより、両親や一族は大いに喜んだ。
これで神城一族は安泰だと誰もが思ったのである。
渚の母も喜び、惜しみない愛情を与えて、優れた人間に育てようとした。
そして、渚は母の期待通りに育っていった。
よく勉強し、身体を鍛え、仕事で疲れて帰ってきた母を優しく労わった。
小学校からはエスカレーター式の名門学校に通い、中学、高校と首席で卒業した。
大学はアメリカの大学に留学した。渚の母は心配だったが、渚本人の強い希望を優先したのだ。
アメリカの大学を卒業した後、渚は日本に帰ってきた。
さて、これからどうしようかと渚が考えている時、神城家と関りの深い美城家から連絡があったのだ。
346プロの新部門であるアイドル部門のプロデューサーをしてくれないかと。最初渚の母は反対した。
渚は精神的にも肉体的にも強く、それでいて人に寄り添うことが出来る優しい性格だ。
神城家歴代最高傑作と一族は褒め称え、両親も孫の素晴らしさを褒め称えた。
はっきり言って自分の考える限り、最高の男性に育てたと自負している。
そんな子にアイドルのプロデューサーをさせる。いかに関りの深い美城家のお願いといえども、飲めない話だった。
美城家は様々な好条件を提示してきた。それは新人のプロデューサーにとって、あまりにも破格な条件だった。
これが普通の家ならば、まず即決で受け入れただろう。
だが、神城家は千年以上続く名家であり、日本の政財界は無論、海外の王家や名家、
政財界の大物ともコネクションを持ち、裏社会にも繋がりがあった。
現在の総帥は渚の母であり、渚の母が頷かない限り、渚が346プロのプロデューサーになることはなかった。
これだけの破格の条件でも渚の母が首を縦に振らないので、美城家は頭を抱えた。
仕事の内容はプロデューサーで固定されていて、変更は不可能。
給与面でも渚がその気なら、より高い給料を支払う仕事に簡単に就ける。
だが、美城家は渚を欲した。美城家の人間が神城家と度々会って、渚の人となりを知っていたからである。
精神的にも肉体的にも強く、それでいて人に寄り添える優しい性格。
世間一般の男性は傲慢だといった悪いイメージを根本から覆す人物だったのだ。
だからこそ何としても手に入れたい。神城家歴代最高傑作と言わしめるその能力は垂涎の的だ。
そして、美城家はある決断を下す。それは渚とアイドルが肉体関係を持っても黙認するというものだった。
アイドルの自由恋愛はもう社会に浸透していたが、プロデューサーとアイドルが肉体関係を持つというのは、
流石にどうなのかと意見が分かれていた。そこに敢えて美城家は踏み込んだのだ。
この条件に渚の母もすぐに断ることは出来なかった。渚の嫁取りは考えねばならなかったことである。
渚には各方面からお見合い写真が送られて来ていたが、渚は一つも見ず暖炉に全て放り込んで燃やしていた。
渚の母の若い頃と同じく、渚もお見合いなどしたくないのだった。
渚の母もその点は理解していた。渚が狙いではなく、神城家と関係を持つことが本当の狙いなのだ。
この条件は渚にとって神城家の人間としてではなく、渚という一人の男として見てもらえるチャンスでもあった。
渚の母は渚に美城家が提案してきた話を全て話し、どうするべきか尋ねた。
渚は数分眼を閉じて美城家の提案を考えた。そして、下した結論は美城家の提案を受けるというものだった。
ただし、条件を一つでも違えたら、労務契約は破棄され膨大な違約金を美城家が支払うという条項を盛り込ませた。
これは渚の母が渚の身を案じて盛り込ませた条件であった。
かくして、渚は346プロのプロデューサーになったのであった。
「今日私達の担当プロデューサーが来るんですね!」
佐々木千枝が嬉しそうに同期の橘ありすと結城晴に話す。
「ええ。ちひろさんから午前十時に来るので、
プロデューサーの仕事部屋で待ってるように言われましたが………」
ありすが応接用のソファーに座って、少し不安そうな表情をしている。
「どしたんだ?。不安そうな顔をして?」
晴がありすに尋ねる。
「いえ。実は密かにちひろさんから聞いたんですが、その担当プロデューサーさんを巡って、
プロデューサーの実家と、このプロダクションの美城家とで、条件面で相当揉めたらしいんです」
「それってプロデューサーの仕事が激務だから?」
千枝がありすに尋ねる。
「それもありますが、プロデューサーの実家が千年以上続く名家で、
その中でも私達の担当になるプロデューサーは、一族の歴代最高傑作とまで言われるほど、優れた人なんです」
「うわあ………。そりゃプロデューサーの実家からすれば、プロデューサーになんてしたくないだろ」
晴がうんざりした表情で話す。
「ええ。社会的地位もプロデューサーの実家が圧倒的に上で、こちらが通常ではあり得ないほどの譲歩をして、
ようやく迎えることができたらしいです」
「どんな人なんでしょう?」
千枝がありすに尋ねる。
「ちひろさんも個人情報なので流石に詳しいことは教えてくれませんでした。
守秘義務も契約の中に入っているそうですので。
解っているのは、神城渚という名前だけです」
「渚さんですか………。どんな女性なんでしょう?」
「解りませんが名家の出と考えると、プライドの高い規律に厳しいイメージがしますね」
「うへえ。俺、そんな人だったら苦手なんだけど」
「晴さん。その辺はあきらめて下さい。私達に担当プロデューサーが付くんですよ?
これだけでも幸いなんです。あちらも仕事と割り切るでしょうし、上手くすり合わせるでしょう」
コンコン。
三人が待つ部屋のドアがノックされた。
「十時きっかりですか………。さて、どんな人か………」
ありすが不安そうに呟く。
「返事しますね。どうぞ、鍵は開いてます!」
「失礼します」
「「「え?」」」
千枝の返事に返した声は、女性の声ではなかった。
そして、入ってきた人物に三人は驚いた。
黒い髪に、黒縁のメガネ。スーツをカッチリ着こなしており、表情は優しい笑顔を浮かべていた。
「今日から君達の担当プロデューサーになる神城渚です。よろしくお願いします」
「「「えっ………えー!」」」
三人は驚愕の表情を浮かべた。女性かと思ったら若い男性。しかも、醸し出す空気は上品で優しかった。
「すいません。ちょっと待って下さい!」
ありすはそう言うと、千枝と晴を部屋の隅に連れて行き、小声で会話を始めた。
「おいおい!。どう見ても大学卒業した位の若い男だろ!。女性じゃないのかよ!」
「晴さん私だって混乱してるんです!。名前が渚なんですし女性と思うでしょう!」
「でもありすちゃん。渚って薫や真と同じで男性にも女性にも使えるよ?」
「ぐ………。確かに。先入観で女性だと思ってしまって、ちひろさんに性別を聞いていませんでした」
「で、どうすんだよ!?。俺達あの年齢の男性とは接点なんて今までないんだぞ!?」
「私もですよ!?。しかも明らかに私達が抱いていた男性像とはまるで異なりますし!?」
「でも優しそうな人だしいいんじゃないかな?。後は私達が慣れるしかないと思うよ?」
「そ、そうですね。千枝さんの言う通りです。とりあえず挨拶しましょう」
話をまとめて三人は渚の方に向かった。
「えーっと、話は終わったかな?」
「はい。お待たせしました。私は橘ありすといいます。
……プロデューサーさん、ありすとは呼ばないでください」
「んー……わかった。橘さんでいいかな?」
「はい。よろしくお願いします」
「佐々木千枝です。よろしくお願いします、プロデューサーさん!」
「よろしく。……そんなに固くならなくてもいいから」
「結城晴だぜ。よろしくな、プロデューサー!」
「よろしく。元気があって結構だ。さて、君たちの担当になるにあたって、一つだけ守ってほしいことがある」
渚の表情から笑顔が消えた。その一瞬の変貌に、三人は息を呑む。
「俺がメガネを外している時は、決して俺の顔を直視するな」
「え……?」
「理由は言えない。だが、これは命令だ。もし破れば――大変なことになる」
その声には、彼女たちがこれまでの人生で一度も聞いたことのない、底知れない「何か」が宿っていた。
「は、はあ……」
三人は不思議そうに、だが拒絶できない重圧を感じて頷くしかなかった。
ありす達は不思議そうにしながらも了解した。
「さて、今日は顔合わせ位だからな。
クッキーを買ってきたからみんなで食べよう」
そう言うと、渚は手提げ袋からクッキーの袋を取り出した。
クッキーを食べながらたわいもない世間話をした。
クッキーを食べ終わると、渚は明日の準備をするといい、
それを聞いた三人は家に帰ることにした。
「優しい人で良かったね」
千枝は二人にそんな感想を漏らす。
「ええ。私達が知る傲慢だったり、自己中な男の人とは全く違いました。
名家の男性はやはり教育が行き届いているんでしょうか。
クラスの男子が猿に思えてきましたよ」
さらりと毒を吐くありす。
「でも、何でプロデューサーはメガネを外した顔を見るなって言ったんだ?
メガネなしでも顔なんてそんなに変わらないだろ?」
晴は渚が言ったことを疑問に思っていた。
「謎ですね。何か隠しているような気がします。ここはシャーロック橘の出番ですね」
「で、でもありすちゃん。本人が嫌がってるんだから、やめた方が………」
「いえ。簡単です。デスクワークをしているプロデューサーの横に近付いて、適当な所でプロデューサーさんを呼んで、
こっちへ振り向かせ、メガネを素早く取って顔を確認するだけですから。
この位ならプロデューサーさんは怒らないと思います」
「そうかなあ。嫌な予感がするんだけど………」
「怒ったら謝りますよ。でも、今日の感じだと簡単に怒る人ではないと思います」
「ありすちゃんそうじゃなくて………。メガネを外すと何かが起きるような気がするの」
「千枝さんは心配性ですね。そんなことあるわけないじゃないですか」
楽観的に言うありす。
ありすが処女を失う前日の、他愛のない会話だった。
彼女たちはまだ知らない。その軽はずみな好奇心が、自分たちの運命をどのように変えてしまうのかを。