エロは6話から。ちょっと先だけど読んでもらえると嬉しいです。
生活というものは、案外あっさりトラック一台に収まるらしい。
まだ何の匂いも染み付いていない無機質な部屋に、青い制服の業者さんが次々と荷物を運び込んでいく。
大した量の家具は無い。木製の机に小型のテレビ。ベッドは現地でフレームを組み立ててもらっていた。
窓の外では、春先の柔らかな風が吹いている。
差し込む日差しは穏やかで、新生活の始まりを祝福してくれているようだった。
この春から晴れて高校生になる俺、
その初めての自立生活をスタートする、最初の日の景色だった。
高校から徒歩二十分程度の場所にある、古ぼけたマンションの一室がその舞台だ。
その何の変哲もない引っ越し風景には、しかし俺が実家を出てきた高校生である事を踏まえると、とある違和感が存在した。
机も、椅子も、そしてベッドも。
一つあれば充分なはずのその家具たちが、すべて二つずつ運び込まれているのだ。
それらは2LDKの部屋のそれぞれに配置され、やがて雰囲気の異なる私室が二つ完成した。
兄弟も一緒に越してきたのか? はたまた友人とシェアハウスをするのか?
答えは、そのどちらでもない。
「うわっ、重……!」
大きな段ボール箱を抱え上げた俺は、よろめきながら玄関の扉をくぐる。
リビングまで運んだところで箱を降ろし、汗を拭って浅く息を吐いた。
少し遅れて、後ろから一人の少女が箱を抱えてやってくる。
彼女の抱える段ボールは衣類入りの軽い箱だったはずなのに、やけに慎重な足取りだった。
「それ、軽いやつだろ」
「割れ物が入ってるの」
「嘘だな。横に"服"って書いてあるぞ」
「あれ……? ほんとだ」
くす、と彼女が笑う。
知らない土地に、知らない部屋。
だけど、隣にいる相手だけは昔からずっと変わらない。
生まれた時から実家が隣の、気心知れた幼馴染。
俺の高校生活は、彼女と同じ屋根の下で始まったのだ。
俺たちの故郷は、とんでもないど田舎にあった。
最寄りのコンビニまでバスで二十分。中学校の全校生徒は総勢たったの二十名。
山と川に囲まれた自然豊かな小さな村が、俺の生まれ育った場所だった。
都会への憧れはずっとずっと持ち続けていた。
村の連中の大半は隣村の高校へ進学するが、俺は毎日四十分も山登りする高校生活などゴメンだった。
だから両親に頼み込んで、村からずっと遠く離れた街の高校へ進学させてもらったのだ。
幸い実家はそこそこ裕福で、俺が一人暮らしをするための生活費は出して貰えた。
いつか必ず親孝行をする事を誓った俺は、夢にまで見た街中のイケてる暮らしに期待で胸を膨らませながら中学校を卒業したのだった。
そしていよいよ引っ越しを迎える直前になって、突然、両親から衝撃の知らせを受けたのだ。
「
今日の晩御飯でも伝えるような軽いノリで、母さんが俺にそう言った。
隣でしんみりする父さんは、俺が家を出ることへの寂しさを語るばかりで聞いちゃいない。
「え……!? ど、どういう事? 一緒に住むって、え、同じ部屋に?」
「アンタも
「いやいやいや待って!?」
俺の実家の隣は、水白さんという母子家庭の家だった。
そこに住んでいる一人娘が、俺と同い年の
生まれた時からずっと互いの隣で育ってきた、いわゆる幼馴染というやつだった。
碧依も俺と同じ高校に合格した事は聞いていた。
彼女の居ない生活は想像がつかなかったから、報せを聞いた時は心の底からホッと安心した記憶がある。
というか、完全に惚れていた。いつからだったかも覚えていないくらい昔から、俺は彼女のことが好きだったのだ。
俺が数ある街の中から今の高校を選んだのも、彼女の進路希望がそこだったからというのが理由の十割である。
母さんからもたらされたあまりの特大ニュースに、俺は呆然とするしかなかった。
好きな女の子と、同棲? 高校生で?
喜びよりも驚きと困惑が勝る俺を放置して、マイペースな両親はさっさと布団に入ってしまったのである。
そして引っ越し準備や入学手続きに追われ続けた結果、俺がようやく碧依と話せたのは、引っ越し当日の朝の事だった。
「……ごめんね。せっかくの一人暮らしだったのに、邪魔しちゃって」
「いや、急に一人じゃ寂しかったし。碧依がいて安心した」
夕方。荷解きもだいたい済んで、ようやく部屋らしい形が見えてきた頃だった。
申し訳なさそうに眉を下げた碧依が、おずおずと俺に謝ってきた。
その可愛らしい表情を俺は直視できず、少しだけ顔に熱を感じながら横目で答える。
水白碧依という少女は、俺の知る限り世界で一番可愛い子だった。
艶のある黒髪は陽射しを受けるとわずかに青みがかって見えて、その名の通り澄んだ水のような静かな印象を与える。
肩より少し長い髪が揺れるたび、どこか現実感の薄い儚さが覗いていた。
肌は驚くほど白く、春の日差しの下では淡く透けて見えるほどだ。
田舎育ちなのに日に焼けた様子もなく、触れたらそのまま溶けてしまいそうなくらい色素が薄い。
涼しげな目元は、春先の湖畔を思わせる静けさを湛えていた。
感情が薄いわけではないのに、どこか眠たげに見える柔らかな瞳だ。
小柄で華奢に見えるくせに、身体つきだけは妙に大人びているのがまた困る。
特に豊かな胸元は薄いシャツ越しでも主張が強くて、不意に視線を奪われそうになっては慌てて逸らす。
ああ、黙って立っているだけで絵になってしまうくらい、碧依は綺麗だった。
だけど幼馴染の俺は知っている。
こいつは見た目に反して、わりとズボラで、朝に弱くて、あと妙に人との距離が近い。
「夜ご飯、どうしよっか」
「俺が作るよ。……あ、食材買わなきゃな」
「近くのスーパー、行ってみようよ。すっごく大きかったよ」
「都会のお手なみ拝見だな」
碧依を連れ立って、夕暮れに染まる街へ出る。
彼女はいつだって俺の隣にいたはずなのに、知らない街の景色に楽しそうに笑う様子はすごく新鮮に目に映った。
(……なんか、恋人同士みたいだ)
ついそんな感想を抱いては、腕がくっつきそうな距離感にドギマギしてしまう。
お互い、一度も交際相手を持った事はない。今だってフリー同士だ。
なのに俺だけが彼女を意識しているような気がして、胸のどこかがチクリと痛んだ。
「と、都会ってすげぇ……!」
「大豊作だね……!」
大量の戦利品を抱えた俺たちは、初めて訪れたスーパーマーケットなる場所に圧倒されて帰ってきた。
とにかくデカいし、あらゆるものがあった。村の八百屋なんて比較にもならない。
楽しくてつい買い過ぎてしまったが、それも都会の暮らしっぽくて大満足だった。
碧依が荷解きの続きをやってくれている間に、俺は晩飯作りに取り掛かる。
俺は昔から料理が得意だったので、よく碧依を実家に招いてはご馳走していた。
……いや、実際は逆か。碧依が喜んでくれるから料理を練習するようになったんだ。
あまりに豊富な食材は、どんなものでも作れてしまうだろう。
今日は引っ越し祝いを兼ねて、碧依の大好物であるクリームシチューにしようかな。
白い湯気の立ち昇る鍋を眺めながら、俺は彼女の笑顔を想像しては胸を暖かくした。
「んんん! おいひい〜!」
いつもどこか眠たげな目をこれでもかと見開いて、碧依が舌鼓を打つ。
白い頬が少しだけ赤く染まって、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
まるで三日ぶりの食事でもするみたいに、夢中になって美味しそうに食べる彼女の表情。
俺はスプーンを動かすのも忘れて、つい見惚れてしまった。
「……なに?」
「あ……いや、ほんとに美味そうに食うなぁって」
「美味しいもん」
「はは、作り過ぎちゃったからおかわり自由だよ」
「やった」
小さくガッツポーズをとって笑う碧依。
俺はその表情だけで腹一杯の幸せを得た気になる。
さて、いきなり始まった共同生活だが、異性であり他人である以上、色々な線引きや役割分担も必要だ。
俺たちは食事を続けながら、これからの生活について話し合った。
「家事の分担とか、家のルールを決めよう」
「うん」
「料理は俺がするよ。学校が始まったら特別に弁当も作ってやる」
「やった!」
碧依の声が少しだけ弾む。
嬉しさと楽しさを隠し切れない様子で彼女は続けた。
「じゃあ私は、部屋の掃除と食器の片付けね」
「自分の部屋くらいは自分でやるよ。それ以外の部屋を頼む」
「む」
「あと、俺の部屋に入る時はノックしてくれよな」
「え〜、なんで? いつも自由に出入りさせてくれたのに」
不満そうに目を細める碧依は、それでも可愛らしかった。
だがこればかりは譲れない。なんせナニの最中に入ってこられたら困るからな。
誤魔化すように話を続ける。
「買い出しはどうしようか」
「荷物もいっぱいになるし、休みの日に二人でいこ?」
「……おう、そうだな」
当然のように言った碧依は、休みが来るたびに一緒に出かける約束をした自覚があるんだろうか。
動揺する俺を差し置いて、碧依が急に申し訳なさそうな顔をして問うてきた。
「……あと、お風呂なんだけど」
「な、なんだ?」
「湯船、毎日ためてもいいかな……?」
「あ、ああ。もちろんいいんじゃないか? 都市ガスだし大して金もかかんないだろ」
「ほんと? じゃあ、お言葉に甘えて……!」
あるわけないと思いつつ、一緒に入ろうなんて言われたらどうしようかと考えてしまった。
普通に考えてそんな訳はなかった。俺の願望であるのは確かだが。
この部屋の家賃や光熱費は俺の両親が出してくれるから、碧依はそれを気にしているらしい。
マイペースな割に変なところで遠慮がちな性格は、昔からずっと変わらない。
そんなこんなで俺たちの生活ルールを決めて、晩ご飯もお開きとなった。
俺はリビングの椅子に座ったまま、食器洗いをしてくれる碧依の顔をぼぅっと眺める。
柔らかな微笑みの浮かぶ横顔。
袖を捲って露わになった白い腕。
時折はらりと揺れる艶やかな黒髪。
そこには、高校生らしい瑞々しさと、どこか新妻のような大人びた雰囲気が同居していた。
俺はもう、ずっと心臓が高鳴ったままだった。
ずっと大好きだった女の子が、同じ屋根の下で一緒に暮らしているのだ。
今まで俺たちの間には恋愛らしい空気なんてまるで無かったが、これからに期待してしまうのも無理ないだろう。
……碧依は、いま何を考えているんだろうか。
俺のことを少しでも意識してくれているのかな。
それとも彼女にとって俺はただの幼馴染であって、男としては見ていなかったりするのかな。
考え始めると、胸の奥がジワリと苦しくなった。
結局俺は、ドキドキとモヤモヤを抱えたまま、ただ彼女をこっそり見つめるだけだった。
すっかり日も沈んだ夜。脱衣所の扉が開いて、風呂上がりの碧依が出てきた。
艶のある長髪はまだ水気を含んでいて、白いタオルの隙間からさらりと零れ落ちる。
ほんのり火照った顔は妙に色っぽくて、湯上がり特有の無防備さが心臓に悪かった。
薄手の長袖パジャマから覗く白い首筋に、髪から垂れた雫が鎖骨を伝ってゆっくり消えていく。
その下でパジャマを高く押し上げる胸元の膨らみが、あまりに扇状的だった。
思わず声を失って見惚れる俺へ、何でもないように碧依が声がける。
「いいお湯だったよ。一番風呂、ありがと〜」
お次にどうぞと言いながら、碧依が半乾きの髪のまま平気でうろつく。
床に水滴を落としながら冷蔵庫を開ける姿に、俺の鼓動はうるさく騒いだ。
逃げるように脱衣所へ入って、呼吸を落ち着ける。
風呂に入って冷静になろうと思ったところで、洗濯機の前に置かれたカゴの中身が目に入る。
落ち着けたはずの呼吸が、止まる。
白いブラジャー。それが、彼女の脱いだシャツやズボンに紛れるように投げ入れられていた。
いけないと思いつつ、俺は目が離せなくなる。
小柄なくせに胸だけはよく成長した彼女が、さっきまで身につけていたもの。
ズボラで無頓着な彼女は、俺に見られる事に考えがいかなかったのか、あるいは気にしていないのか。
洗濯カゴは二つ買ってそれぞれで分けることにしていたが、まさか全く隠されていないなんて思わなかった。
コンコン、と脱衣所がノックされた。
固まっていた俺は背筋を飛び上がらせる。
「歯磨きしたいんだけど、まだいる?」
「あっ、ああ! いま入るとこだから、ちょっと待ってな」
慌てて服を脱ぎ去って俺のカゴにぶち込み、風呂場へ逃げ込んだ。
ガラリと扉を閉めた音でもう大丈夫と判断したらしい碧依が、脱衣所へ入ってくる。
すりガラス越しに彼女の影が映った。
俺が素っ裸になっている中、この薄い扉一枚を隔てて碧依がそこに居る。
さっきのブラジャーも合わさって、俺はすっかり股間を膨らませてしまっていた。
風呂場の中を振り返れば、湯気をまとって静かに佇む湯船がある。
ついさっきまで、ここに碧依が裸で入浴していたんだ。
もう、興奮で気が狂いそうだった。性欲旺盛な高校生にはあまりに刺激的な状況だ。
俺は熱いシャワーを浴びながら、込み上げる欲望を必死に抑え込んで身体を洗う。
しかし結局、風呂から上がっても勃起は収まらず、碧依が突然脱衣所に入って来ないかと怯えながら服を着替えたのだった。
「じゃあ、おやすみ」
「ん、おやすみ……」
リビングから繋がる二つの私室は、壁一枚を隔てて隣り合っている。
それぞれの部屋のドアの前で、小さく手を振り合った。
碧依の瞳は眠たげに半分閉じられて、今にもその場で寝落ちしてしまいそうだ。
俺は自分の部屋に入って、深く静かに深呼吸をした。
「……ふぅ。……し、心臓が持たない……!」
一日中、ずっとドキドキだった。
実家にいた頃もほぼ毎日顔を合わせていたはずなのに、なぜだか今日は妙に彼女を意識してしまっていた。
ふとした時に見せる笑顔や薄手のパジャマでくつろぐ姿が、今でも俺の瞼の裏に焼きついている。
……これから毎日、こんな風に一緒に暮らしていくのだ。
その事実を思うだけで、ひたすら胸がむず痒くなる。
ベッドに潜り込んだはいいが、すっかり目が冴えてまるで寝付けなかった。
今も、この壁の向こうには碧依が居る。
たったそれだけの事が妙に意識に引っ掛かって、何度も落ち着かないまま寝返りを打った。
静かな夜だ。
耳を澄ませば、彼女の寝息すら聞こえてきてしまいそうで。
そんなはずもないのに、俺は無意識に息を潜めながら枕に顔を埋もれさせていた。
これから先、こんな毎日に慣れる日なんて本当に来るんだろうか。
新品の布団の匂いに包まれながら、俺はなかなか訪れない眠気をじっと待ち続けていた。