※この作品はR-18です。

片想い中の幼馴染と同棲する事になった   作:稲月

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4話 望まぬ終止符を

 

「悪かったって。ちょっと美味し過ぎてさ。明日の弁当は豪華にするから許してくれよ」

「もぐもぐ……んぐ。……別に、怒ってないよ」

 

 結局二人一緒に帰宅したはいいが、泳いだ直後で腹ペコの碧依に対し、俺は料理部の試食ですっかり満腹になっていたのであった。

 それを伝えてから、碧依の機嫌がどことなく悪い。表立って態度には出さないが、なんだか不貞腐れている感じだ。

 とりあえず冷蔵庫にある物で晩飯を作ってやった。俺は食べずに見ているだけである。

 

「おいしかった、ご馳走様」

「おう、お粗末さま。悪いな、部活の日はまたこういう事もあると思う」

「ほんとに怒ってないってば。ご飯もわざわざ作ってくれて、ありがと」

「そうか? なら、いいんだけどさ……」

 

 確かに彼女は普段通りの態度だ。たぶん、俺だから分かる程度の些細な違いである。

 すると碧依はすごく気まずそうな顔をして、消えいるほどの小声で言った。

 

「……ただ、いつも一緒に食べてるから、少し寂しかっただけ」

「え」

 

 聞こえた台詞が信じ難くて、つい驚きを返してしまった。

 ぎゅうっと、胸が苦しく締め付けられる。でもこれは、嬉しすぎる苦しさだ。

 ちょっとずつ顔に熱が集まるのを自覚する俺。よくみれば碧依もちょっと赤い。

 テーブルの上には、料理の香り以外にも甘い何かが漂っている気がした。

 

「お、おう。そっか。……じゃあ、できるだけ一緒に食えるように工夫するよ」

「…………うん」

 

 ほぼ聞こえないほどの声量とともに、碧依が小さく頷いた。

 な、なんだよこいつ。急に可愛いすぎるだろうが。俺を殺すつもりか。

 バクバクとうるさい心音が彼女にまで聞こえてしまいそうで、俺は慌てて食器を片付け始めた。

 

「あ……片付けは私が……」

「いいよ。碧依は早速泳いできたんだろ。早めに休んどけって」

「……ありがと」

 

 今日は何だか、随分としおらしいな。表情ひとつとっても可愛いさに溢れていて、俺の理性の方が持ちそうにない。

 込み上げる喜びや顔の熱を誤魔化すように、俺は洗い物をしながら碧依に問いかけた。

 

「それで、水泳部はどうだった? うまくやれそうなのか?」

「うん。なんかすごく歓迎された。すぐ入部届も書かされたし」

「まあそうだろうな。お前、昔から泳ぎだけは一級品だったからなぁ」

「顧問は皐月先生だったよ。うちの担任の」

「あ、そうなの? ……いかにもスパルタって感じだけど」

「先輩たちも皐月先生にだけは逆らうなって言ってた。怒らせると大変なことになるって」

「はは、碧依はドジだから、そのうち何かやらかしてこってり絞られるんじゃないか」

「うるさい、私は真面目だもん」

 

 腕を伝う冷水が俺の頭も冷やしてくれる。顔の熱も胸の高鳴りも落ち着いてきた。

 それに碧依の方も順調そうで良かった。楽しくやっていけるといいな。

 幸先の良い高校生活に自然と笑みが浮かんでいると、碧依からも質問が飛んできた。

 

「……勇雄も料理部に入るの?」

「おう、今日のうちに入部届も出してきたよ」

「女子しかいないって噂、聞いたけど」

「そうなんだよなぁ。最初はちょっと居心地悪かったけど、先輩方はみんなすごい優しくてさ。

 料理もめちゃくちゃ美味かったし、なんだかんだで上手くやっていけそうだよ」

「…………可愛い人、いた?」

「え? いや……」

 

 予想外の問いかけに言葉が途切れる。

 碧依以外に可愛い女子なんているわけ……と思ったところで、脳裏に柚鈴先輩の顔がチラついた。

 なぜか罪悪感が湧き上がる。思わず碧依の方を横目で見た。

 

 彼女の視線は俺ではなく、食卓テーブルの横に置かれた一つの紙袋。

 柚鈴先輩からもらったお土産のクッキーだ。可愛らしいリボン飾りがよく目立つ。

 それをじっと見つめる碧依の横顔からは、どんな感情も読み取れない。

 

 ふっと振り返った碧依と目が合う。

 その眠たげな瞳は、いつも以上に細められていた。

 

「……すけべ」

「……え!? ちょ……」

 

 とんでもない台詞を俺にぶつけた彼女は、反論する間も与えずにササっと脱衣所へ向かってしまった。

 す、すけべ? 碧依の口からそんな単語が飛び出てくるなんて、夢にも思ったことは無い。

 

 ……まさかとは思うが、嫉妬してくれてる? 

 いやいや、村に居た頃もそんな素振りは……。

 

 でもあの態度は絶対いつも通りじゃない。

 俺を意識してくれてるって、期待してもいいのか?

 

 悶々とした気持ちを持て余しながら食器を洗う。

 碧依がシャワーを浴び出したからか、シンクの蛇口から出る水量が弱くなった。

 腕に伝い続ける冷水も、今度は俺を冷ましてくれなかった。

 

 ■

 

「…………」

  

 勇雄のくせに、あんな可愛いお土産を貰ってくるなんて。

 

 緩いシャワーが髪と身体を濡らしていく。

 久方ぶりの水泳はあれほど気持ちが良かったのに、今はすっかり心にモヤがかかっていた。

 

 仲良くなった女子が言っていた。料理部は可愛い女の子がいっぱいいて、密かに憧れている男子の先輩も多いらしいと。

 女子だらけのそこへ入部するのは下心を疑われやすいから、男子にはあまり人気がない部活。

 けど、入ってさえしまえばチヤホヤされるのも間違いないだろうと。

 

 お土産の紙袋の持ち手に結び付けられた細いリボンを思い出す。

 碧依には出来ない気遣いだ。女の子らしい可愛いプレゼントを考えるのは苦手だった。

 

 お菓子作りだって、ずっと昔に向いていないと諦めている。

 だって自分がやらなくたって、勇雄がやってくれるから。自分は他のことで倍にして返せばいい。

 

 ——それが、間違っているとしたら?

 実は勇雄は、一緒に料理してくれる人を求めていたとしたら?

 

 胸がすごく苦しくなって、心がスッと寒くなる。

 シャワーの温度をあげたって、この寒さはずっと消えてくれない。

 

 このまま水泳部に入っていいんだろうか。

 今日みたいに一緒に帰れるなんて限らない。もしかしたら、今日が最後だったのかも。

 明日からはあの暗い夜道を、一人っきりで歩くことになる?

 

 そう思った途端、底のない深海に沈んでいくような心地がした。

 私、こんな軟弱者だったっけ。勝手に一人で想像して、勝手に悲しくなってるなんて。

 

「勇雄のばか」

 

 何で料理部なんかに入っちゃうの。他にもいっぱいあるじゃん。

 そもそも勇雄はスポーツだって得意で……。

 

 そこまで思考して、自己嫌悪に陥る。

 彼が激しい運動を出来なくなったのは、碧依のせいだ。

 我ながら最低だ。彼から人生の楽しみを一つ奪っておいて、陰で自分の我儘をぶつけるなんて。

 

 シャワーの水圧が、勝手に強まった。勇雄が洗い物を終えたからだろう。

 身体に熱い水飛沫が強く打ち付けられる。……まるで、碧依を責め立てるように。

 

 勇雄はもしかすると、碧依がいつも側にいるのは罪滅ぼしのつもりと捉えているのかもしれない。

 それも間違いという訳じゃない。彼への罪悪感を忘れた事は無い。

 

 だけど、それを抜きにしたって、私は心の底から一緒にいたいと思ってる。

 いつだって私を守ってくれて、いつだって私を理解してくれる、彼の隣に。

 

 そうだ。

 きっかけも、いつからだったかも、覚えていない。

 だけど、これだけははっきりと分かってる。

 

 ——水白碧依は、石崎勇雄に片想いしている。

 

 ——そしてこの恋は、高校生活で望まぬ終止符を打たれるかもしれない。

 

 口に入り込むシャワーの味は、何故だか少しだけしょっぱくなった。

 

 ■

 

 

 

 

「おう、おはよう石崎。……なんだ、寝坊かよ?」

「ああ……ちょっと寝付けなくて……」

 

 翌朝。始業ギリギリに登校してきた俺へと江島が声を掛けてくる。

 野球部の朝練を終えた直後なのか、少し汗ばんでいる様子だ。

 対する俺は瞼が重すぎて辛い。席に座るなり欠伸を零してしまった。

 

 昨日はあのあと、俺もシャワーを浴びてすぐに布団に入ったのだった。

 碧依がすぐ寝てしまったのもその理由だ。随分とテンションが低かったし、疲れていたんだろう。

 

 そして、俺は全然眠れなかったのである。

 碧依のすけべ発言の意図とか、脈があるのかないのかとか、取り留めもない事がずっと頭の中で騒いでいたから。

 いつも以上に無防備な碧依の湯上がり姿を見たせいもある。

 悶々、もやもや、ムラムラ。色んな感情が心の中で暴れ回っていたのだ。

 

「水白さんもなんか眠そうだな。どうしたんだよ二人して」

 

 江島の視線の先には、ほとんど閉じたままの瞳でフラフラと席につく碧依の姿。

 あ、髪に寝癖が少し残っている。もともと朝に弱い彼女だが、今日は過去一番に眠そうだった。

 

 江島がハッとしたように言う。

 

「仲の良い男女が二人揃って寝坊……? ま、まさか、夜の大運動会を……」

「ブッ飛ばすぞ。あいつは水泳部の見学で疲れてるだけだ」

「だはは、冗談だって。付き合ってないのはもう散々聞いたしな」

 

 江島のおちゃらけも受け流すだけの余裕が無い。睡眠って大事なんだな。

 ちょっとつっけんどんな俺の態度も気にせず、江島はいかにも話したくて仕方がないとばかりに語り出した。

 

「なあ、水泳部に入るヤツから聞いたぜ。水白さん、まじでヤバかったらしいな。

 何でも、昨日の体験入部の時点で二年の先輩方よりタイムが良かったとか」

「だから言ったろ? 碧依の泳ぎは次元が違うんだ」

 

 俺の返事に江島はニヤリと悪い笑みを見せた。

 そして顔を寄せてきては小声で言う。

 

「ふふ、ヤバいのはそれだけじゃないぜ? なんと、どの先輩よりも巨乳だったらしい。

 着痩せするタイプなんだな。水着姿の破壊力がヤバすぎたって噂になってるぜ」

「…………おい」

「ちょちょ、怒んなって! 言ってたのはオレじゃない!」

 

 思わず深い溜息が出た。碧依の胸部が破壊的な威力を誇ることなんて、俺が誰よりも分かってるっての。

 だんだんムカムカしてきた。誰だよ、碧依に下品な目を向けた挙句、下世話な噂まで流しているのは。

 つい声に怒りを滲ませて、江島を問いただしてしまう。

 

「誰が言ってたんだよ、それ」

「あいつだよ、ほら、後ろから二つ目の席。あいつも水泳部志望らしい。

 ……けど、なぁ。幼馴染なのは分かるけどさ、あんま保護者面してると反感買っちまうぜ?

 付き合ってないんだろ? あんだけ美人なんだから、多少噂されるのはしょうがないって」

「…………ああ、ごめん」

 

 確かにそうだ。俺と碧依の関係はただの幼馴染で、他の男子が色目を使うことに怒る資格は無い。

 江島はすごく申し訳なさそうな顔だ。俺が怒るかもしれないのを承知で忠告してくれたらしい。

 

「江島、ありがとな。冷静になったわ」

「ははっ、礼なら水白さんとの仲介役でいいぜ」

「それは断る」

「ええー! ケチ! お前ばっかりズルいって!」

「村から出直してくる事だな」

「いやオレはこの街育ちだよっ」

 

 気安い会話で俺も気が紛れた。やっぱ良いヤツだなぁ、こいつ。

 碧依は差し出せないが、可愛い彼女はできて欲しいと祈ってやらんでもない。

 

 不意に、江島が少しだけ真剣な顔になった。

 快活そうな瞳が真っ直ぐに俺を見つめてくる。

 

「もうぶっちゃけて聞くんだけどさ、お前、水白さんに惚れてるだろ」

「ッ! ……ああ、そうだよ」

「やっぱりな。お前、水白さんばっか見過ぎ。分かりやすすぎてこっちが不安になるわ」

「え、そんなに? まぁ、確かにそうか……」

 

 いとも簡単に俺の想いを見抜かれた。そんなに見てたかと言われれば、確かに暇さえあれば見ている気がする。

 江島が呆れと羨望の両方を露わにしながら、再び俺に忠告してきた。

 

「はっきり言うぜ。焦った方がいい。たったこの数日で水白さんの噂はとっくに学年を跨いで学校中に広まってる。

 昨日の水泳部の体験だって、希望する男子が多すぎて途中から断ってたらしいぜ。

 オレの入った野球部でも、水白さんと話を繋げられないかって先輩から聞かれたよ」

「え……そ、そんなに?」

「そんなにだ。きっとこれからお前にも、何度も男どもが話しかけてくると思う。幼馴染を紹介してもらえないかってな」

「…………」

「だから、焦った方がいい。どっかの知らん男に取られたくないならさ」

 

 まさか、既にそこまで話が広がっているなんて。

 よく考えたら、俺と同性で仲がいいのは江島くらいだ。俺に噂を流してくれる相手はこいつしかいない。

 料理部の先輩方はみな女性だし、あまり噂話とかを好むようにも見えなかった。

 これから碧依を狙う輩が現れても、俺は気づくことすら出来ないかもしれない。

 

 で、でも、焦るといったってどうすれば。

 突然告白なんてしたら、きっと碧依はびっくりする。

 

 もしそれで、断られたりなんてしたら……。

 同棲生活は間違いなく気まずくなるし、最悪の場合、出ていってしまうかも。

 

 ——彼女と離れ離れになる。……それだけは、耐えられない。

 

 胸が締め付けられて黙り込む俺へ、江島がフォローしてくれる。

 

「とは言え、あんま深刻になりすぎなくてもいい。一番有利なのは間違いなくお前だし、あそこまで美人だと無鉄砲に突っ込むやつもいないだろ。高嶺の花ってやつだな」

「……肝に銘じとく。ちょっと甘く考えてたよ」

 

 俺の返事に、ニッと笑う江島。そして顔から真剣さを引っ込めると、これみよがしにため息をついてみせた。

 

「はぁーあ! オレにも超絶美人の幼馴染がいたらなぁ! きっと毎日バラ色で幸せだったのに」

「そう簡単にバラ色にならないのは俺を見れば分かるだろ」

「たしかに。バラ色ってか、今は土色って感じだな。養分の無い死んだ土」

「埋めてやろうか? お前を養分にしてやるよ」

「ひ〜、それだけは勘弁。オレが欲しいのは甲子園の土だけだ」

 

 なぁなぁの関係のまま彼女との同棲生活に甘んじていたが、どうやらそうもいかないようだ。

 どうにかして、碧依の心を手に入れる。絶対に、誰にも渡しやしない。

 

 ……具体的にどうするかは、一旦保留としておこう。

 

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