とはいえ、真正面から彼女を誘うだけの度胸は俺に無かった。
「もぐ、むぐ……ん〜、おいしい」
「…………」
食卓テーブルを挟んで、碧依が可憐な笑みを零す。
手早く作っただけの肉うどんだった。手の込んだ料理をする気力は湧かなかったが、それでも彼女は一口ごとに満足そうな表情を浮かべ、静かに箸を進めていく。
艶を帯びた唇が静かに動き、少し緩んだシャツの襟元からは白い肌が覗いていた。
俺は黙々と食べながら、気づけばまた彼女を目で追っている。
やがて二人とも箸を置く。
食卓に静かな時間が戻ったところで、俺は一つの布石を打った。
「俺、寝る時は扉開けっぱにするわ。まだ春なのに、暑くて寝られないから」
「? ……うん、分かった。確かに暑いよね」
どうしてわざわざ伝えてくるんだろう、という疑問が顔に浮かんでいる碧依。
俺はあくまで他愛ない雑談を装い、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「覗くなよ」
「え!? いや、の、覗かないよ……っ」
「どうだか。前科もあるしな」
「……そもそも、もう裸では寝ないって言ってたじゃん。見られたって平気でしょ」
「寝る前に一旦裸になる事があるかもしれないだろ?」
「へ? ……ッ!」
俺の言わんとすることが伝わったらしい。
白かった頬にじわりと朱が差し、やがて耳まで染まっていく。
碧依は俯きがちに、言葉にならない何かを口の中で転がしていた。
「へぇ。碧依もそういうのは知ってるんだな」
「……ッ! し、知らないもん」
「……お前なぁ、その顔でその嘘は無理があるって」
「むぅ……」
あまりにも見え透いた誤魔化しだった。
思わず呆れた声が漏れる。照れ隠しにしては不器用すぎだ。それでも耳まで赤く染めて唇を尖らせるその姿を見ていると、つい頬が緩んでしまう。
碧依は頬を染めたまま、不満そうな視線だけを俺へ向けてきた。
「嘘つきは、勇雄もじゃん」
「ん? 何の話だよ」
「……預かったって言ってた本、ホラー漫画じゃなかった。あの表紙、今朝見ちゃったよ」
「……ああ、その話か。悪かったな。でも正直に話しにくかったのも分かるだろ?」
「それは、そうだけど。勇雄が私に嘘つくなんて、今まであんまり無かったから」
俯いた碧依の横顔には、恥じらいだけじゃない。少しだけ拗ねたような、寂しげな色まで滲んでいた。
少し前までの俺なら、その表情を見た途端に慌てて謝っていただろう。
でももう違う。俺は彼女の本性を垣間見てしまったから。
心に余裕のある俺は、謝罪の代わりにもう一度彼女を揶揄った。
「読んでもいいぞ。すげえ良かったから」
「へっ。……よ、読まないよッ!」
「でも興味あるんだろ? 顔に書いてる」
「ないッ! 全然ないッ!」
碧依は慌てて否定する。赤く染まった頬とは裏腹に、その瞳は行き場を探すように揺れていた。
そして俺はその理由を見誤ることはない。
今までとは違う俺との距離に、碧依自身も戸惑っているのだ。
ここまで露骨に性的な話をした事など、村に居た頃は一度も無かったから。
俺はそんな彼女の瞳を、逃がさないように真っ直ぐ見つめた。
「夜は俺が
「だ、だから読まないってば!」
「一応借り物だからな。
「…………え」
碧依の表情が凍りつく。いつもはあれほど眠たげな瞳が、大きくまんまるに見開かれた。
「ページ、折れてたぞ。本は大事に扱え」
「……え、え、……」
「なんなら、碧依も
頬を真紅に染めた碧依は、口をぱくぱく動かして俺を見るばかり。
ほどなくして堪えきれなくなったように椅子を立ち、小さな叫び声だけを残して自室へ逃げ込んでいく。
「い、勇雄のばかッ!」
子供みたいな捨て台詞だ。思わず口の端から笑いが漏れた。
でもこれで嫌われたなんて心配はどこにも無い。根拠も無いが、確信はあった。
置き去りにされた食器を片付ける。シンクを流れる冷水が、腕先を伝って火照りを少しずつさらっていく。
自分では冷静なつもりでいたが、水の冷たさに触れて初めて、己が密かに興奮していた事を自覚した。
ゆっくりと冷えて静まっていく鼓動を感じながら、俺は今晩の事を考えて嗤った。
「おやすみ」
「……おやすみ」
互いの部屋の前で手を振り合う。いつもと変わらない別れ際。
だけど碧依の様子だけがいつもと違う。
恥ずかしそうに目を伏せて、どこか遠慮がちに手を振っていた。
『わぁッ! な、何そのカッコ』
『暑いんだよ。もう肝心なとこは見られてるんだし、別にいいだろ』
『え、う、……いいけど』
風呂上がり、パンツ一丁で出て来た俺を見て碧依が挙動不審になっていた光景を思い出す。
口数が極端に減った碧依が、チラチラと俺の身体に目を向けていたのも分かっている。
今、寝る前の挨拶を交わしている時でさえ、彼女の視線は床を泳ぎ続けていた。
水泳部だから異性の半裸なんていくらでも見慣れている筈なのに、俺の裸は直視できないらしい。
夕食の時からずっと、碧依は俺の言動に振り回されっぱなしだ。
俺は不思議な優越感を抱えながら、碧依が自室に入ったのを確かめて自分も部屋に戻った。
宣言通り、扉は閉め切らない。半分ほどは開いたままだ。
部屋の明かりは消したまま、だけどベッドサイドのランプは点ける。
オレンジ色の優しい明かりが部屋を柔らかく照らした。
俺は下着も脱いで床に放り捨てると、机に置いてあった漫画を手に取った。
そのままベッドに乗り上げて、壁に背をもたれ漫画を開く。
以前目撃した、碧依のオナニーと似た体勢だ。
半分だけ開いた扉からもよく見える位置。そこで、俺は漫画を読み進める。
「やっぱ、似てんなぁ」
この漫画は短編集で、碧依似の少女がヒロインとなる話は二つだけだった。
他の話を読む気は起きない。すでに何度も読んだそのストーリーを再び辿る。
肉欲が目を覚ますのはあっという間のことだった。
シュコシュコと、屹立した肉棒を片手で擦る。
紙の漫画をめくりながらシコるのはなかなか難しいが、今はじっくりやりたかったから丁度いい。
碧依そっくりの女子高生が、俺に似た巨根の竿役にひたすら突かれているのを眺める。
(ほら、こいよ。お前がその気なら、いくらでも見せてやる)
わざわざ扉を開け放っている理由は、もちろん、碧依のためだった。
碧依にわざと俺のオナニーを覗かせてやる。既に一度見られているし、何の躊躇いもない。
それにたぶん、覗かれたのは今日の夕方だけじゃ無い。この漫画を汚してしまった時に聞こえたあの物音も、きっと彼女が立てた音だったんだろう。
——碧依は、覗きが常習化しているかもしれない。
そんな予感を得たからこその、この作戦だった。
扉の向こうの暗いリビングからは何も聞こえないし、横目で見たって暗闇しかない。
だけど、そこには彼女がいるかもしれない。そう思うだけで昂った。
肉棒を上下する手の動きが、自然と早まった。漫画はもはや目に入っていない。
俺の痴態を覗き見る碧依の姿を想像するだけで、俺はまるで錯乱したような不思議な興奮を得ていた。
碧依は、俺の事が好きなんだろうか。
それとも、ただ性に興味深々なだけなのか。
分からない。この疑問だけが胸の奥でモヤモヤと絡んでいる。
正面から碧依にアプローチできない理由は全てそこにあった。
猛る肉棒を必死に扱きながら、湧き上がる感情を発散させていく。
来いよ、碧依。見たくて仕方ないんだろ。
「ぐ……う、くそっ……」
はち切れそうな興奮の中で、どこか冷静な俺が自分を見下す。
一体、俺は何をやっているんだろうか。片想いの幼馴染に自慰を覗かせようとして、こんな——
——トン。
「……!」
聞こえた。確かにいま、俺は聞いた。
あの扉の向こう、真っ暗な闇の中から、ほんの僅かに響いた鈍い音。
まるで、手を壁についた時のような……そんな音を。
(……本当に、来た……ッ!)
分かる。もう何の音も聞こえてこないが、確信した。
碧依がそこにいる。扉の影から、こっそりと俺を覗いている……!
肉棒がビキビキと激昂した。
背徳的すぎる状況に、たまらず先走り液が溢れてくる。
にちゃにちゃと粘着質な水音を立てて、激しく扱く。
つい扉の方へ視線を向けそうになって我慢した。気付いていることを悟らせてはいけない。
「うぐ……う……」
あっという間に射精しそうになり、歯を食いしばって堪えた。
まだ終わらせない。碧依の記憶に焼き付けてやるくらい、思いっきりやってやる。
俺はベッドに仰向けになった。扉の方に足を向けて、碧依から肉棒がよく見えるように。
そして自慰を再開する。竿全体がすでにドロドロに濡れていた。
にっちゃ、にっちゃ、ちゅこちゅこ、にちゅ
静かな夜の部屋に、生々しい水音だけがこだまする。
間違いなく部屋の外にまで聞こえる音量で、何の遠慮もなく扱き続ける。
碧依が覗いているんだと思うだけで、性感と性欲はとどまる所を知らなかった。
結局、普段の半分未満の時間で達してしまう。
限界を迎えるその瞬間、俺は敢えてはっきりと口にした。
きっとあの時も聞かれていたであろう、その名を。
「……ぐぅっ、あ、碧依ッ! ——ッ!」
ぶびゅるううううッ! ととんでもない勢いで白濁液が飛んでいく。
手のひらに受け止めることもせず、まるで見せつけるように射精した。
バチバチと弾けるような快感。それは電撃のように全身を駆け抜ける。
——コンッ。
快感に震える俺の耳へ、再び鈍い音が入り込んできた。
扉の影で、彼女も俺に見入っているらしい。
「はぁ……はぁ……」
頭がボンヤリする。胸や腹にかかった精液が熱を失ってきて、どこか気持ち悪い。
俺はのそりと身体を起こして、大量に出した白濁液を、扉の影にいるはずの彼女へ見せつけた。
ほら、見てるんだろ。満足したか?
しばらくぼーっとしてから、ティッシュで後片付けを済ませる。
なぜだか、異様な達成感に満たされていた。
「喉乾いた……」
部屋が暑いのは事実であり、俺は興奮も相まってすっかり汗だくだった。
下着を履くのも億劫で、全裸のままに部屋を出る。
流石に碧依の姿はもう無かった。扉の外には何の痕跡も……あ。
(…………お前はやっぱり、詰めが甘いよ。碧依)
部屋の前のフローリング。
真っ暗なその床の上で、俺の部屋から漏れる明かりを何かが小さく反射している。
——ごくごく小さい範囲で、床がしっとりと濡れている。
これはきっと、碧依が流した蜜の痕跡に違いなかった。
思わず指で舐めとりたい衝動に駆られ、射精後の冷静さが俺を制する。そこまでやるのはどうなんだ。
取り返しのつかない変態になりたいわけじゃない。名残惜しさを無視して冷蔵庫へ向かった。
そうして足で踏んだ、濡れた床は。
思った以上にサラサラとした水の感触を俺に伝えて来たのだった。
そこから、俺の覗かせ生活が始まった。
毎日、夜寝る前に扉を開けたままオナニーする。
外から見えにくい机に座るのではなく、ベッドの上に乗っかって。
イク時は必ず碧依の名を呟いた。扉の向こうにいる彼女の名前を。
あれから一週間ほど経った。
正直なところ、毎日覗かれていたのかは分からない。
けど、覗いている日があるのは物音や痕跡からして間違いなかった。
だんだんと罪悪感や背徳感も薄れて、今じゃこれが当たり前だ。
むしろ彼女に見せつけていないと射精に辿り着けないのではというほど、俺は今の状況にすっかりハマっている。
そして、彼女の方も少しずつタガが外れていることだって感じ取っていた。
最初の数日こそ慎重だったようだが、ここ最近はけっこう分かりやすくなっている。
衣擦れの音や壁に触れる音、一度は扉に触れてしまったのか、少し扉が動いた日もあった。
扉の向こうでは碧依がどんな表情をして何をしているのか、それだけがとにかく知りたい。
彼女も俺をオカズにオナニーしていてくれたら最高だ。そうさせるために見せつけている。
ああ、いつか全てを明らかにした時。
碧依は一体どんな表情を見せるんだろうか。
ガチャリ。
玄関のドアを慎重に開く。ゆっくり動かせばほとんど音がしないのはもう知っていた。
そろりそろりとリビングへ進む。荷物は途中でゆっくりと床に降ろした。
今日は金曜日。料理部の活動を終えて帰宅した俺に対し、碧依は部活が休みで先に帰宅しているはず。
予感があった。今日は、見れる。確信に近いものだった。
俺が碧依にオナニーを見せつけたのだって、ただ興奮するからってだけじゃない。
俺の様子を見て釣られた彼女が、再び俺の部屋でオナニーしてくれるんじゃ無いかと思ったからだ。
(ああ、やっぱり……!)
そして俺の直感通り、彼女はそこに居た。
「……んっ、はぁ……ぁッ、ん……」
俺の部屋の壁際。白いベッドに座り込む碧依が、壁に背をつけて目を閉じている。
以前にも見た体勢だ。彼女の癖を一つ知れた。
制服の白いシャツだけを身につけて、下半身は素っ裸。
開かれた両脚の間に手を差し込んで、何やら細かく動かしている。
俺の中の獣性が一気に昂っていく。
ムクムクと肉棒が起き上がる。あっという間にズボンが窮屈になった。
(散々覗かせてやったんだ。文句は無いよな)
前回と違って、今日の覗きには何の罪悪感も無かった。
あるのはただ、底知れぬ熱い欲望だけ。
俺は何の躊躇もなく、静かにズボンと下着を降ろした。
彼女の呻きや、彼女の秘裂の水音が聞こえてくる。
俺は興奮のままに、がしりと肉棒を握りしめた。
控えめなのに止まらない、粘着質な摩擦音。それが向こうから響いてくる。
くちゅ……ちゅくちゅくちゅく……くちゅ……
「んっ……ぁぁ、ん……んんッ!」
瑞々しい摩擦音が、俺の鼓膜を撫でさする。
生々しい喘ぎ声が、俺の鼓動を早めていく。
碧依の表情は、これまで見たどんな彼女よりも可愛らしく、エロかった。
涼しげだったはずの瞳は熱く潤んで、細い眉が悩ましげに歪む。
真っ白だったはずの頬を桜色に染め、薄い唇は横に引き結ばれ。
その間から漏れる熱い吐息が、まるで俺の心も熱していくようだ。
部屋の扉は僅かにしか開いていないが、それでも彼女の痴態はよく見えた。
たぶん、玄関の音を聞けるように開けているんだろう。彼女はいつだって詰めが甘いから、俺が物音を殺して帰ってくる想像なんてしていないに違いなかった。
もどかしいのは、肝心な部分が太ももに隠れて見えない事だ。
横からじゃ見ようもないので碧依が寝っ転がるのを祈るしかなかったが、壁に背をつけてするスタイルは変えてくれなかった。
それでも、俺の昂りはこれ以上なくマッハで高まっていく。
くちゅくちゅと音が聞こえるたびに、碧依が俺のベッドでオナニーしているという現実が形となって襲ってくる。
理性なんかとっくに殺されていた。獣のように一心不乱に扱きまくる。
「あ……んぁ……ふぅっ、う……!」
碧依はもう、漫画は手にしていなかった。
一体何をオカズにしているのか。分からないけど、それが俺の姿であって欲しい。
碧依の手元から響く水音が、どんどん激しくなる。
ぐちゅぐちゅと鳴るそれは、夥しい量の愛液が湧き出している事をこれでもかと主張している。
見たい。ドロドロに蕩けた彼女の秘裂を。
舐めたい。次々と湧き出す彼女の蜜液を。
現実の光景と妄想を重ね合わせながら、扉を隔てて互いに耽る。
いつの間にか俺の立てる摩擦音も激しくなっていたが、それに気づかないほど彼女も夢中だった。
……どれほど経ったろうか。あるいはほとんど経っていないか。
俺たちはやがて、その時を迎えた。
ぐちゅっ、ちゅく ちゅく ちゅく ちゅくっ、くちゅるッ
「あ、あ、あぁっ……いく…………んああッ!♡」
碧依が一際大きく震えて、顔をぎゅううと顰める。
びくんびくんと腰がベッドに跳ねて、両足がぴくぴく痙攣していた。
その光景で、俺も絶頂を手に入れる。
びゅうううううううッッ! びゅくううううッ!
「ふぐっ……う……!」
思わず呻きそうになって、片手で口を抑えた。
もう一方の手のひらで白い欲望を受け止める。勝手に足がガクガク震えて、零しそうになっては慌てて亀頭を包み込む。
びゅっく、びゅっくと全てを出し尽くした肉棒が、ゆっくり萎びていく。
俺まで全身を脱力しそうになって、寸前で状況を思い出した。
いけない、最近の行いのせいで危機感が薄くなってきている。
バレたらヤバいんだぞ、俺。覗きは男女の立場が逆になるだけで大事件だ。
気怠い身体を引きずって、脱衣所の方へ逃げ込む。
幸い碧依は最後まで気づいていない様子だった。
(ああ……もうこれ、やめらんないかもな)
心の中で呟くが、間違いなかった。だってこんなの、やめられるわけがない。
次こそは碧依の大事なところを見られるかも、なんて事すら考えてしまう。
(でも、お互い様だ)
俺と彼女で違うのは、覗かれていることに気付いているかどうかだけ。
俺はわざと見せつけているけど、それでも覗く方が悪いんだ。
あまりに歪んだ同棲生活。表面上の平和な暮らしは、裏では酷く爛れ切っている。
こんな事になるだなんて思ってもみなかった。
本当なら、正面から告白してちゃんと付き合って、そこから知るべき彼女の姿。
それを先取りしてしまっている事に、どこか後悔も抱いている。
全ては、中途半端に臆病な俺が原因だ。
でも、道を正すつもりなんてさらさら湧いてこなかった。
甘く昏い深海に、ずぶずぶと重く沈んでいく。
自ら沈んだその水底は、不思議なほどに心地良かった。
■
(な、なんでなんでっ。いつの間に!)
リビングの方から流水の音が聞こえて、慌てて服を着る。
扉を開けておいたのに、玄関のドアの音には気付かなかった。
夢中になりすぎたかも。
そろり、と扉の隙間から覗けば、勇雄は脱衣所に居るらしかった。
どうにか呼吸を落ち着けて、何でもない顔を作ってから部屋の外に出る。
そして勇雄の元に顔を出しながら、普段通りを意識して声を掛けた。
「……勇雄、おかえり……ひゃぁっ」
「おう、ただいま。……わり、すぐ風呂入るわ」
随分と汗だくの彼は、既に下着だけしか身につけていなかった。
思わず変な声が出る。ここ最近の夜は毎日見ている身体だけど、ここまで至近距離で見ることはあまり無い。
「なんだ? じろじろ見て。……一緒に入りたいとか?」
「はっ入らないよっ!」
勇雄は碧依に背を向けたままだ。ガタイのいい広い背中に思わず視線が奪われる。
一緒に入るなんて言われたせいで、裸同士で抱きあうことを想像してしまい顔が熱くなる。
「だったら出てくれないと、俺もこれ脱げないだろ」
「あ、ごめんっ!」
「晩飯は急いで作るから、ちょっと待っててくれな」
「うん、ありがと」
パタン、と脱衣所のドアを閉じた。まだ顔に熱を感じる。
最近、勇雄は碧依に対して堂々と揶揄い言葉を向けてくることが増えた。
いや、前から冗談はよく言っていたけれど、それが何だかエッチな方向性に変わったのだ。
そういうのは、あまり言わなかったはずなのに。
別に、勇雄が相手なら全く嫌ではない。恥ずかしいけど、異性として意識してくれているなら好都合ですらあった。
でも、そうなる切っ掛けはよく分かんないな。……あのエッチな本のせいだろうか。
(あ、そうだ。今のうちに片付けておこう)
さっきは焦っていたから、勇雄の部屋に痕跡を残してしまったかも。
今日は漫画は読まなかったけど、ベッドを汚していたらまずい。
碧依は急いで勇雄の部屋へと向かう。
そして、部屋に入る直前で、気付いた。
気付いてしまった。
(あれ……?)
半開きになったままの、木製のドア。
そのリビング側の表面に、何かが付いている。
それは、白っぽく、半透明で、たらりとした粘性を帯びて。
ドアの真ん中あたりから、下へとゆっくり垂れ流れていく。
碧依には、その正体がすぐに分かった。
だって、ここ最近は毎晩覗き見ていたから。
「う、うそうそっ……だって……!」
感情がその事実を認めようとしない。
だけどどこかで冷静な脳みそが、碧依に目の前の現実を訴えかけてくる。
その白濁液が意味する、信じたくない真実を。
(……これ……勇雄の、せいえきだ……。って、ことは……)
碧依は、自分の顔が猛烈に熱くなっていくのを感じた。
同時に背中には冷たい汗が伝っていく。
——みてたんだ。勇雄が、私を。
私がシてるのをここで見て……そして、勇雄もシてた。
胸の中を嵐のように吹き荒れるこれは、恐怖? 驚愕? 絶望? ……それとも、歓喜?
今すぐ叫び出して現実逃避したい。居なくなってしまいたい。わけが分からない。
現実の碧依の身体は、石のように固まったまま。
脱衣所の奥から聞こえてくるシャワーの音だけが、いやにはっきりと耳に響いた。
何にも、考えられない。
どうしよう? どうしたらいいかな。
空っぽの頭で腕を動かす。
動いたつもりは無かった。
(あれ……私、なにしてるんだろ)
タラ……と垂れるその白濁液を、自分勝手な指がそっと掬った。
——遠目に見ることしかできなかった、彼の、赤ちゃんのもと。
すっかり冷えてしまったそれは、碧依の白い指先でタラリと流れた。
(これが……勇雄の……)
思考はない。身体が勝手に動いた。
指先についたそれを、舌で舐める。
……独特の苦味とエグ味が舌に滲み、碧依は顔を顰めた。
「……おいしくない」
勇雄の