「ちょっとお願いがあって」
そうお妙さんから切り出されたのは新八君に稽古をつけて貰った後のことだった。
「なんですか? 改まって」
「実はね、お店を移動する娘と欠員が重なっちゃって……。それでもどうにか回してたんだけど、今週の金曜日だけどうしても埋まらないのよ。悪いけど手伝って貰えないかしら?」
「なるほど」
困った顔に即答したくなるが、仕事場が仕事場だからなぁ。
「お願い」
手を合わせるお妙さんに手を振る。
「頭あげてください。いつもお世話になってますし、個人的には全然いいんですけどね。銀さんがどういうか……」
まったく想像がつかないのだけれど、口ではいいといいながら、不貞腐れるような気がして仕方がないんだよね。
「それなら丁度いいわ。銀さんと新ちゃんにもお仕事を依頼しちゃいましょう」
パー子さんと、パチ江ちゃんの出勤か? と思って話を聞くと、黒服も足りていないらしくヘルプとして雇いたいということだった。
お妙さんと一緒に、その話をそのまま万事屋に持ち込むと、銀さんは渋い顔をしながら了承してくれた。
「給料もろくすっぽ払わないクソ野郎が、こんな時ぐらい役に立てや」とこめかみに青筋たてたお妙さんが怖かったのもあると思う。
当日、お店の人に手伝って貰いながら慣れない化粧と、衣装を身につける。
薄い青いドレスと、派手目な化粧。背中が空いていて胸元が広いのがどうにも落ち着かない。
神楽ちゃんは私の護衛だと、銀さんが無理やり私につけていた。コソコソと、触られたら一発いれとけと言ってたのがどうにも。
あまり騒動にしてお妙さんに迷惑はかけたくないのだけれど。
神楽ちゃんはピンクのチャイナドレスに、髪飾りをお花に変えてとても可愛らしい。
どうしようロリコン変態がいたら、私が一発いれてしまうかもしれない。
「どう? 様になってる?」
黒服姿の銀さんに聞けば、「まあまあ」という答えが返ってきた。
対して新八君は、
「お綺麗ですよ。タチの悪い客がいたらすぐ呼んでください。近くにはいるようにするんで。神楽ちゃんも気をつけてね」
「一発いれてやるヨ」
なんかそれが目的みたいになってる神楽ちゃんだけれど、大丈夫だろうか?
「さあ、皆、準備はいいかしら。今日もいっぱい稼ぐわよ」
お妙さんの威勢の良い声に、お店が開店する。
お妙さんを指名するお客さんは多く、引っ切りなしにあちらのテーブル、こちらのテーブルと動き回っている。
私と神楽ちゃんはセット枠で、空いたテーブルへ回されている。
「おや、新人かい?」
「はい。はじめまして、今日からお世話になってるキリエと申します」
「ぐらさんよ」
「へ、へぇ~。随分可愛い子もついてるけど、大丈夫なのこれ」
神楽ちゃんを見て顔を引きつらせているが、この世界の青少年育成条例を私も知らないので、笑顔で首を傾けるだけだ。
「グラスが空ですね。お注ぎしましょう」
氷を入れて、酒を水で割って手渡す。
「ありがとう。君も飲みなよ、それにしても可愛いねぇ。勿体ない。今日が初めて? 贔屓にしちゃおうかな」
「嬉しいです。お言葉に甘えて頂きますね。この子にはオレンジジュースお願いしてもいいです?」
「もちろん。どんどん飲め飲め」
なかなかいいお客さんのようだ。会話するにも疲れない。
仕事の愚痴や、野球の話、ちょっとしたシモネタが混じりはしたが許容範囲だ。
太ももを触ろうとしたのだけはやんわりと、避けた。
時間がきて、テーブルを変わる。
「いや、こんな若い子がくるなんて今日はついてるなぁー」
「ありがとうございます。若輩者ゆえ至らぬところがあるかもしれませんが、ご容赦ください」
自慢話と仕事の話。『さしすせそ』を使い分けて相槌を打つ。
キスしてよとしつこく言われたが言われるだけで、距離を縮めようとしないから楽だ。
そういう遊びなのだろう。無理です、唇は予約制なんですよ~と笑いながら躱している内に時間になる。
次のテーブルに移る際、銀さんが嫌そうに客を睨んでいた。
「仕事、仕事」
こっそり耳打ちすると、舌打ちが返ってきた。
行儀が悪いなぁと思いながらテーブルを回る。
お妙さんがトップで切り盛りしているお店だけあって、たちの悪い客はそうはいなかった。
オイタをしない訳じゃないのだけれど、無理のない距離感をちゃんと分かってくれている人達ばかりだった。
休憩時間になりバックヤードに移動する。
「疲れた~」
「お疲れ。初めてにしては上手よ」
先輩の名前はなんだったか。髪を結うのを手伝ってくれた……そう、キョウコさんだ。
黒いストレートの髪を社交巻きに結い上げ、艶やかな着物に負けない綺麗なお姉さんだ。
コトリと冷たい水の入ったグラスを置いてくれた。
神楽ちゃんにはオレンジジュースだ。
「ありがとうございます。本当全然で、お役に立ててればいいんですけど」
「助かってるわ。思ったより客入りが多くて、貴方がいなかったら休憩も入れなかったわ」
うふふと妖艶に笑うキョウコさんは煙草を一口吸う。
仕草がどれも美しく、プロって感じだ。
「あのお侍さん、彼氏?」
思わずむせてしまう。
キョウコさんとは今日あったばかりで、銀さんや新八君とはお妙さんを通じた知り合いとしか言っていないハズなのに。
「よく分かったアルな」
私の代わりに答えをバラしてくれた神楽ちゃんは感心したようにキョウコさんを見ていた。
「だってあの人、ずっと貴方を見てるもの。お妙に殴られてたわよ」
知らなかった。くすくすと笑いながらキョウコさんは種明かしをしてくれる。
「銀ちゃん心狭いからナ~」
オレンジジュースを飲みながら神楽ちゃんは馬鹿にしたように付け加えた。
「大事にされているのね、羨ましいわ」
「そ、そうですか? でも、ほらキョウコさんお綺麗ですし。彼氏さんの一人や二人……」
話題を代えようと話を振ると表情を曇らせる。
「新人ちゃん、それ地雷よ~」
割って入ってきたのは別のお姉さん。名前はわからないが、茶色い巻き髪と涙ボクロが凄く素敵だ。
「地雷って言わないで。男運が悪いだけよ」
「この前も貢ぐだけ貢がされてぽいってされたんだっけ? 顔だけで選ぶからそうなるのよ~」
「いいじゃない。男は顔よ。二も三もなくて顔だけに価値があるのよ」
ワイワイと女だけの話が花開く。
ついていけず、大人の会話を一歩下がって聞いていた。社会経験という奴だろうか?
「でさ、新人ちゃんはあのお侍さんのどこが好きなの~?」
「どこ……とは」
涙ボクロの先輩に話題を振られ、言葉がつまる。
「ほら、あるでしょ。顔……は違うじゃない? でも筋肉の付きは良さそう。お尻は及第点ね~」
あけすけな会話に身じろぐ。
「優しいところとか……?」
「駄目、駄目、そんなん最初だけよ~。ちゃんとここがいいから許せるって場所見つけないと、長続きしないわよ~」
私としては無難な回答をしたつもりだったのだけれど、随分と尖った恋愛観をしていらっしゃる。
「多分大丈夫じゃないかなとか」
「可愛いわねぇ。アソコの具合とかどうなの~? 相性も大事よ~?」
「アンタそればっかりじゃない」
指をくるくる回して笑うお姉さんに、別の場所からヤジが飛ぶ。
思わず神楽ちゃんの耳をふさいでしまう。
「過保護ね~」
「未成年ですから」
そんな私にお姉さん方はケラケラと笑いかける。
キョウコさんも笑うだけで助けてくれる気配はない。
「どうなの、でさ実際どうなの具合。タッパもそこそこあるし、いいもの持ってそうじゃない~」
「でた。エリナの男食い。やめてあげなよ~。新人ちゃん気をつけてね。この子人のもの味見したがるのよ」
「テイスティングって言ってもらえるかなぁ~」
涙ボクロのお姉さんはエリナさんというらしい。
随分エキサイティングな趣味をお持ちだ。
「で、どうなの?~」
テーブルに腰掛け見下ろしながら聞いてくる。
興味津々という感じだ。でも、どうと言われても。
「……お答え致しかねます」
「ふーん。ねぇ、まさかと思うけどさぁ……まだだったりしないわよね~?」
顎を掴まえられ、目を覗き込まれる。
同性なのにドキドキする。
口ごもる私に、エリナさんは面白い獲物を見つけたというように笑った。
「まだなの~? どうりで~」
「駄目だよ~。エリナ~。新人ちゃんの大事な大事な初めてなんだから横から取っちゃったら可哀想だよ」
「分かってるわよ。せっかく美味しそうなの見つけたのに残念」
口を挟む間もなく、話題はくるくる移っていく。
「キョウコの初めてはどうだった?」
「二股よ。最悪。振ってやったわ。どうせエリナは覚えてないでしょう」
「どうだったかなぁ~。酔っ払ってその辺の男とだった気がする」
「さすがエリナ」
とてもついていけない。神楽ちゃんの耳から手も外せない。
艶やかな世界の裏側ではこんな話が繰り広げられてるだなんて。
休憩時間が終わることがこんなにも待ち遠しいとは思わなかった。
正直、客の相手をしている方が楽だ。
それから四つほどテーブルを回ったところで時間となり、着替えて裏口から帰ることになった。
「美味しかったアル。たまにはこういうのもいいアルな」
神楽ちゃんはジュースや、フルーツをお客さんに奢ってもらって満足だ。
「神楽ちゃん人気だったもんね。いい食いっぷりになんか周りが競争みたいに貢ぐから面白かったよ」
「神楽様の胃袋に惚れさせたアルな」
「結局、胃袋掴もうとして誰も掴めなかったね」
ただでさえ、おかしなレートで動くお店だ。神楽ちゃんにお腹一杯食べさせようなんて無謀なこと仕掛ける方が悪い。
売上が上がってお妙さんと店長はホクホクだったみたいだ。
「でも、疲れましたねぇ。やっぱりこういうお店は苦手です」
新八君はお姉様方に随分と可愛がられたみたいで、たじたじになっていた。
「割りがいいつっても。もう勘弁って感じだなぁ」
銀さんは上手く立ち回っていたようだったが、気疲れするのには変わりないのだろう。
随分、牽制もしてくれていたようだし。
「じゃあ、自分はこっちだから」
「ああ、帰るのか? 新八、神楽頼めるか?」
「いいですよ。僕、今日は万事屋泊まっちゃいますね」
「あいよ。じゃあいくか」
「送ってってくれるんだ?」
「流石にな」
時計はてっぺんを回っている。シンデレラの呪文も解けてしまう時間だった。
「新八君ごめんね、今日はありがとう」
「こちらこそ、姉上の我が儘に突き合わせてしまいすみません」
「またナ~」
新八君と神楽ちゃんに手を振り、家路につく。
銀さんも疲れただろうに、遠回りをさせてしまう。
「ありがとね」
「気にするな。この時間に一人で帰す訳にもいかねぇだろう」
「そうじゃなくてさ、今日のこと。色々気を使わせてしまったみたいで、ごめんね」
「仕事だからな、仕事。それこそ、お前が気にすることじゃねぇよ」
行き慣れた道を手をつないで歩く。会話はないがそれが苦痛ではない。
客と喋りっぱなしだったせいか、今はその沈黙が心地よかった。
銀さんの手は大きく温かかった。
家の前に辿り着く。もう少し一緒にいたくて誘ってみる。
「少し寄ってく?」
「……いや、やめとくわ」
「そっか、遅いもんね」
残念に思いながらも、神楽ちゃんや新八君も待ってるしと諦める。
銀さんを見ると少し悩むような顔をしていた。
「ちげぇよ」
ボソリと付け加えられた言葉は、不機嫌そうだった。
不思議に思いながら見ていると、抱きしめられドアに押し付けられる。
「銀さん?」
「煙草と香水の匂いがする」
「ごめんね?」
ぐっと抱きしめる腕の力が強くなる。
「銀さん??」
「帰るわ」
ふらりと、離れ、背を向ける。
「ありがとうね」
どうにか、それだけを伝えると銀さんは背を向けたまま手を上げて帰っていった。
家のドアの鍵をあけ、再び締めたところで玄関先にへたり込む。
一瞬見えたギラギラとした目にどうしていいか分からず、しばらく蹲っていた。