覚悟を決めたものの、タイミングというか、『今度』について覚悟が決められないままずるずると過ごしている。
意識してしまうと、そういう事ばっか考えているようで嫌になってしまったので、ちょっと脇に置いておく事にした。
「こんばんはー。今日の夕飯なに?」
「かぼちゃの煮付け」
靴を脱ぎ万事屋にあがりこむと、台所に立っていた銀さんからそんな返事が返ってきた。
「うわっ、すごい量。どうしたのこれ」
大きな鍋に煮られているかぼちゃ以外にも、足元にひーふーみー……十個程かぼちゃが転がっている。
「ババアの常連客が持ってきたらしいんだが、食べ切れないってウチに」
鍋の火加減を調節しながら、銀さんが教えてくれる。
お登勢さんのことだから、万事屋以外にも源外さんのところや、キャサリンにも分けた結果これならば、どんだけの量が持ち込まれたのだろう。
「しばらくはかぼちゃパーティーだね」
「勘弁して欲しいぜまったく」
味見するか? と小皿を渡してくれたので味見する。
「甘いねぇ」
「美味いって言えよ」
甘めの味付けは銀さんの好みだ。私自身はしょっぱい方がいいのだけれど、これはこれで美味しい。人間が食べられる範囲で加減はしてくれているのだし。
ご飯をよそい、かぼちゃを大皿に入れて居間に持っていく。
「お前ら飯だぞー」
銀さんの声に、テレビを見ていた神楽ちゃんが振り向き、和室で繕いものをしていた新八君が手を止める。
「おなかぺこぺこヨ~」
「お登勢さんからもらったかぼちゃですか?」
「いっぱいあるから遠慮せずに食えよ。つーか、もう見たくなくなってんだが……」
料理をしていた銀さんはうんざりした表情を浮かべていた。大鍋一杯のかぼちゃを切って煮ていればそういう気持ちになるのも分からなくはない。
「美味しいアル」
「あとで姉上の分も貰ってってもいいですか?」
「ああ、持ってけ」
ガツガツと食べる神楽ちゃんとは対照的に、銀さんはあまり箸が進まないようだった。
「そういえば、松陽先生元気ですか?」
新八君が思いついたように聞く。
一緒に暮らしていた時のことを思い出したのだろう。私もだ。
「最近ご無沙汰してるなぁ。明日あたり顔出そうかな? 新八君達も行く?」
「いいですね。行きます」
「行くアル」
新八君と神楽ちゃんは二つ返事で了承する。
銀さんは? と見ると、行儀悪く箸を振って断りを入れる。
「俺、パス。明日、新台入れ替えあっから」
新八君と神楽ちゃんのブーイングも無視して、銀さんは意見を変えなかった。
翌日、待ち合わせ場所である吉原に降りる昇降機の前で待っていると、時間丁度に新八君と神楽ちゃんがやってくる。
「待ったアルか?」
「いや、全然。新八君、それは?」
新八くんは風呂敷包みを抱えていた。
「銀さんが手土産ぐらい持ってけって。と言っても昨日のかぼちゃの煮物なんですけどね」
「ふーん」
「自分がもう食べたくないってのもあるとは思うんですが、ああ見えて気にしてはいるんですよ」
「銀さんらしいね」
「まったくです」
自分自身は来ない癖に、気にしてはいるらしい。
昇降機を顔パスで通り、降りていく。道すがらひのやに顔を出し、今度の寄り合いに出てくれと頼まれた。
「こんにちは。先生、いらっしゃいますかー」
引き戸を叩くと、しばらくして松陽先生が顔を出した。
「おや、珍しい。何か用事ですか?」
「いえ、顔を見に来ただけなんですが……元気かなと」
「元気ですよ。良かったら、あがっていってください」
「それじゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します」
にこやかに手招きされ、和室に通される。
「これ、かぼちゃの煮物です。良かったら食べてください」
新八君がちゃぶ台の上に差し出した風呂敷づつみを見て、松陽先生は目を丸くする。
「ありがとうございます」
「それ……その、銀さんから。持ってけって」
「わざわざ言うなよ、新八。銀ちゃんそんなん言われたら恥ずかしがって余計に来れなくなるヨ」
「ふふっ、確かにそうかもしれませんね。聞かなかった事にしましょう。でも、お礼だけは伝えておいてください」
松陽先生は一旦仕舞ってくると、風呂敷包みからかぼちゃの煮物が入ったタッパーを取り出し、立ち上がった。
「かぼちゃこれで少しは片付きましたね」
新八くんはほっとしたような顔でそう零した。
「なんだ、新八君も少し飽きてるんじゃん」
「流石に三食かぼちゃともなると飽きますよ。まだいっぱいありますし」
「私も、もっとさらりとしたもの食べたいアル」
手を後ろについて、神楽ちゃんは足を投げ出して溜息をついていた。
私は夕飯をごちそうになるだけだけど、神楽ちゃん達は三食ずっと毎日だ、そりゃ飽きもするか。
それから二人は何を食べたいかあーでもない、こーでもないとしゃべっていた。
「キリさんは何か食べたいものありますか?」
振られて少し考える。
「オムライスかな?」
「そーいやこの人、そーいう人でしたね」
「三食オムライスでもいいよ?」
飽きる自信はない。
「私も三食お茶漬けなら飽きないヨ」
神楽ちゃんが胸を張って言い切る。
「神楽ちゃん流石にそれは栄養偏りそうだよ」
「キリさんも人のこと言えないですからね」
そういえば、新八君はあまり食べ物の好き嫌いを聞かない。
お妙さんの
「新八君はさ、三食これならオッケーみたいな食べ物あるの?」
「僕は普通に三食別々の物が食べたいですよ」
「つまんねー男だな」
「つまんないねー」
神楽ちゃんが鼻くそを飛ばし、私も同意する。
「あんたらの方がおかしいの自覚しろよ」
そんな話をしていたら松陽先生がお茶を入れて戻ってきた。
目の前に湯呑を置いて注いでくれる。
「楽しそうな声が聞こえて来ましたが、なんの話をしてたんですか?」
「三食食べても飽きないもの。先生は何かありますか?」
「なんでしょうねー。私は好き嫌いないですから、なんでも大丈夫だとは思うんですが」
にこやかに笑う裏が少し怖い。
慌てて話を少しずらす。
「銀さんはチョコとか、大福とか甘い物だったらなんでも大丈夫そうだけど、先に体がやられる気がするよね」
「この前も医者に注意されてましたよ。本当、健康に注意して欲しいです」
「銀時がもう健康に気を使わないといけない年になったんですね」
感じ入るような表情で松陽先生はお茶を啜る。
「銀さんってさ、昔っからあんな感じ?」
「そうですね。成長した部分もありますが、変わらないですねぇ。三つ子の魂百までとは良くいったものです」
「ねぇねぇ、銀ちゃんの話聞かせてヨ」
「そうですね。僕も聞きたいです。どんな子どもだったんですか?」
うーんと悩むように先生は天井を見上げる。
「昔っから捻くれたところは変わらないですね。それに、曲がらない性格というのも相変わらずですね。変わるもの、変わらないもの色々見てきたつもりですが、面倒を見た子どもが変わらずにいてくれるというのは存外嬉しいものなんですね」
「銀ちゃんたまにキラリとするアルよ」
「普段はどうしようもないマダオなんですけどね」
昔の銀さんの話、今の銀さんの話、神楽ちゃんと新八君、松陽先生の間で色んな銀さんが飛び交う。
「捨てられてた子犬にこっそり餌をあげてたことがありましてね。それを近所の悪ガキが奪い取っていじめたもんだから、一人乗り込んでいってボコボコにして帰ってきたことがありましたよ。その子達の親御さんが怒鳴り込んできて、理由を聞いたら腹が立つ顔をしてたから殴ったって」
「変わらないアルな」
「この前も怪我して帰ってきたのに転んだって。転んで刀傷ができる訳ないのに、本当に意地っ張りなんですから」
どれもこれも銀さんらしいエピソードだ。
子どものころも、今も銀さんは変わらない。きっとこれからもずっとだ。
「おや、もうこんな時間ですね」
「ああ、本当だ。長居してしまって……。そろそろお暇しますね」
新八君が頭を下げた。
「少し待っててください」
そう言って松陽先生が席を立つ。
しばらくして戻ってくると、渡したタッパーに何かを詰めて戻ってきた。
「豚の角煮です。作り置きで悪いんですが、良かったら食べてください」
「ひゃっほい肉アル」
「すみません、ありがとうございます」
風呂敷づつみに包み直されたタッパーを神楽ちゃんが嬉しそうに掲げていた。
「ありがとうございます。先生も、また今度遊びに来てくださいね」
「はい。皆さんも、いつでもいらしてください」
玄関まで見送りに来てくれた松陽先生に頭を下げる。
「じゃあ、先生。またアル」
「はい。気をつけて。銀時にもよろしくと伝えてください」
新八君が先に玄関を出て、続いて神楽ちゃんが飛び出していく。
頭を下げてその後を追う。
「元気そうで良かったですね」
「うん。百華の人も色々手伝ってくれてるみたい」
不自由はないかと聞いたら、買い物や掃除を手伝いに来てくれると言っていた。
皆、自分の子どものように扱うから少し困ると笑っていた。
「銀ちゃん喜ぶネ」
大事そうに風呂敷包みを抱いて神楽ちゃんが笑う。
「そうだね」
夕焼け空の下、ぽつぽつと夜の店が明かりをつけ始めた。
まだ残る遊郭の
強制された結果でも、身請け金のためでもない。彼女等が選んだ生き方だ。
たとえそれ以外の道を知らないからという理由でも、彼女等は強く生きている。
「あら可愛い。坊や、二、三年したらご贔屓に」
「そこのお嬢ちゃん飴食べなんし」
新八君や神楽ちゃんはモテモテだ。
上品に手を伸ばす彼女等に断りを入れ、家路をつく。
昇降機が地上へ向かって上がっていくにつれ、吉原が少しずつ遠ざかっていく。
眼下に広がる吉原は、煉獄に咲く華のように美しかった。
地獄の炎の中でも美しく気高く咲き誇る花々だ。
「ねぇ、新八君、神楽ちゃん。今度の休み、銀さんを一晩借りてもいいかな?」
何を言われたのか一瞬分からなかったのだろう。二人はキョトンとした表情を浮かべていた。
「勝手に借りてけヨ。病気には気をつけるアルヨ」
最初に理解したのは神楽ちゃんだった。
「一晩って、えっ、どういうことですか!? えっ、えっ、えぇえええええ!?」
「ぱっつぁん煩いアル。そーいうことアルヨ」
新八君は動揺しきりで、お陰で私の方が冷静になれた。
「銀さんには内緒だからね?」
そう念を押すと、新八君はますます挙動不審になった。
「ぱっつぁん、顔赤いアルヨ」
「夕日の所為です」
「耳も赤いよ」
「キリさん、あんたが原因でしょ!」
神楽ちゃんと二人で新八君をからかって笑う。
「ったく、もう。僕はもう知りません。勝手にしたらいいんですよ。一々僕等に断らないでください」
「次からはそーするね」
「次とか言わないでください!」
「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーやかましいんだヨ。新八かこの野郎」
「新八だよ!! どういう意味で新八つったか言ってみろよ」
「童貞の別の呼び名として辞書にも載ってるヨ」
「載るか!!」
昇降機を降りた後も、神楽ちゃんと新八君は騒がしく言い合いながら、万事屋への道を歩く。
私も二人に混じって笑いながらツッコミを入れた。