世界総人口の約八割が【個性】と呼ばれる異能を持つ現代。
両親がヒーローという家庭も珍しくはない。
少年、彩瀬映太の両親もまたヒーローだった。
チャートに乗るような派手だったり有名だったりするタイプではいが、災害現場ではとても頼りにされていたと聞いている。
父、彩瀬光臣。
誘導灯ヒーロー ライトウェイ
いつも少し困ったように笑う人だった。
派手な戦闘ヒーローではなかった。
けれど災害現場では、父の光を見ただけで泣き出す人がいた。
“助かった”と思える光。
彩瀬は幼い頃、その背中が好きだった。
母、彩瀬美帆。
緩衝ヒーロー ソフトカーテン
明るくて、よく笑って、彩瀬の軽口を聞くと額を弾いてきた。
『映太、軽口はいいけど、人の怖がってる顔を見落としちゃ駄目よ』
その言葉は、今でも覚えている。
父の【光跡】と母の【緩幕】、その二つの特徴を受け継ぎ変質したのが彩瀬映太の個性【エフェクト】だった。
身体から様々な視覚エフェクトを発生させ、そのエフェクトに応じた効果を現実に与える。
映太はよく両親の前で練習をする時、蝶が羽ばたいているようなエフェクトを出していた。
それ自体に大した意味は無くとも、両親はそれを見て綺麗だと言って喜んでくれた。
だがある時、彩瀬の両親は共に病に倒れた。
ヴィランに襲われた訳でもなく、しかし病室で徐々に弱り痩せ細っていく両親を前に、彩瀬は強い無力感を感じていた。
彩瀬の個性であるエフェクトは、物を壊す力も、誰かを護る力も、人を癒す力もある可能性に満ちた力だった。
それでも、両親を治すことはできなかった。
人は、急に居なくなる
だからこそ、間に合うヒーローになりたい。
誰かが倒れる前に。
誰かが諦める前に。
誰かの人生から光が消える前に。
両親みたいに、誰かの人生に明るい演出を残せるヒーローになりたい。
それが、彩瀬映太が幼い頃に誓った決意だった。
両親の死後、彩瀬は母方の祖父の所に引き取られた。
祖父は昔は頑固な職人気質だったそうだが、最近は歳に勝てなかったのか半ばボケ始めてきている。
彩瀬にとっても祖父は最後に残った家族。
ヒーローとして有名になる事も、祖父への恩返しの一つだった。
彩瀬は少しボロくなってきた屋敷の庭で、個性であるエフェクトを扱う練習をしていた。
腕を大きく振るえば、炎のようなエフェクトが広がる。
「もうちょい広げて…って熱っっつぅ!?」
エフェクトは種類によって効果も変わるが、エフェクトによって発生した効果に耐性を持つわけではない。
つまり熱いものは熱く、寒いものは寒い、
涼し気なエフェクトで指を覚ますと、今度は足に衝撃を思わせるエフェクトを纏わせ、そのまま蹴り上げる。
何も無い場所で空気が始めるような軽い衝撃が走った。
そのまま今度は身体の前に、盾のようにエフェクトを生み出す。
だが正確に守る対象、向き、範囲をイメージしなければすぐにでもレンコンのように穴が開いてしまう。
個性【エフェクト】は一見万能な個性にも見えるが、その効果は本人のイメージによって効果が決まり、複雑な効果を持つエフェクトを作ろうとすれば、それだけ繊細なイメージと理屈が必要となる。
だが残念なことに、彩瀬はバカ寄りの感覚派だった。
そしてエフェクト最大の弱点、それは燃費がかなり悪いと言う事だ。
「っべぇ…ちょっと張り切り過ぎたかも…よしっ休憩しよ休憩!」
エフェクトは強力であればある程に精根が削られる。
特に回復効果を持つエフェクトの燃費は最悪だ。
彩瀬は居間で汗を拭い、スポーツドリンクを飲みながら何となくニュースを眺める。
どこどこで事件があったとか、指名手配犯が捕まったとか、ラッコが流れ着いただとかと話題には事欠かない。
№1ヒーローであるオールマイトが雄英高校の教師として就任するというニュースは今も世間を騒がせている。
雄英。
数多くのヒーローを世に送り出してきたヒーロー養成機関。
彩瀬は明日、雄英のヒーロー科の一般入試試験に挑む。
彩瀬はテーブルの上の写真立てを手に取った
そこには両親に挟まれて、幼い頃の彩瀬映太が笑っている写真がある。
無邪気な顔だった。
自分に何ができるかも知らず。
誰がいなくなるかも知らず。
病室の匂いも、細くなっていく父の手も、母の笑顔が日に日に弱くなっていくことも、まだ知らない顔。
彩瀬は写真立てを手に取った。
「父さん、母さん」
軽く呼んでみる。
もちろん、返事はない。
「明日、雄英の入試」
写真の中の両親は笑っている。
「いやー、ついに来たわ。俺の晴れ舞台。まあ、まだ入学できるか分かんねぇけど」
いつもの調子で喋ろうとした。
けれど、声は思ったよりも小さかった。
「爺ちゃんにはさ、雄英で嫁探ししてくるって言った」
少し笑う。
「半分冗談。いや、七割冗談。三割くらいは……まあ、男の子なんで」
そこで言葉が止まった。
誰もツッコまない。
父なら笑っただろう。
母なら額を弾いただろう。
祖父なら、何度も聞き返しただろう。
『嫁さんか。晴れ姿はまだかのう』
彩瀬は、写真立てをテーブルに戻した。
「晴れ姿、見せたかったな」
その言葉だけは、冗談にならなかった。
父にも。
母にも。
祖父にも。
雄英の制服を着た自分を見せたかった。
ヒーロー科に合格したと報告したかった。
自分の個性が、人を助けるためにちゃんと使えるのだと伝えたかった。
けれど、父と母はもういない。
祖父は、施設にいる。
会いに行けば会える。
でも、明日のことを覚えていられるかは分からない。
「爺ちゃん、俺のこと分かるかな」
呟いて、すぐに首を振った。
「いや、違うな」
分かってもらうために行くんじゃない。
自分が忘れないために行く。
父が光で道を示したこと。
母が膜で人を守ったこと。
祖父が何度も、孫の晴れ姿を待ってくれたこと。
それを全部持って、明日、雄英へ行く。
彩瀬は右手を開いた。
掌の上に、小さな光が浮かぶ。
最初は、ただの粒だった。
次に、それは蝶の形になった。
薄紫の羽。
青白い光の縁。
触れれば消えそうな、小さなエフェクト。
幼い頃、何気なく出したものとよく似ていた。
「……お前、何なんだろうな」
蝶は答えない。
ただ、居間の空気を少しだけ明るくした。
彩瀬はそれを見つめる。
自分の個性は、派手だ。
炎も出せる。
衝撃も出せる。
光も出せる。
防御も、回復も、少しならできる。
強そうに見える。
けれど、本当に強い効果を使えば、すぐに息が切れる。
頭も使う。
細かい制御は苦手。
難しいことをしようとすれば、すぐに混乱する。
便利そうで、万能じゃない。
父のように、確かな光を引けるわけじゃない。
母のように、柔らかく誰かを包めるわけじゃない。
自分の個性は、その真似事みたいなものだと思う時がある。
派手なだけ。
見た目だけ。
本当は、何も救えないんじゃないか。
病室で、そう思った。
どれだけ光を出しても、父は元気にならなかった。
どれだけクッションのようなエフェクトを出しても、母の痛みは消せなかった。
回復エフェクトのようなものが出せるようになった頃には、もう遅かった。
「……俺の個性さ」
誰もいない居間で、彩瀬は呟く。
「肝心な時に、間に合わなかったんだよな」
蝶のエフェクトが、少し揺れる。
彩瀬は目を伏せた。
長い沈黙。
時計の針の音だけが聞こえる。
やがて、彩瀬は息を吐いた。
「でも」
ゆっくり顔を上げる。
「明日は、間に合わせる」
父と母を救えなかったことは、変えられない。
祖父が少しずつ遠くなっていくことも、止められない。
でも、明日から出会う誰かには。
これから目の前で転びそうになる誰かには。
怖くて動けなくなった誰かには。
瓦礫の下で泣いている誰かには。
「俺が、助けに来たって分かるくらい、派手に光ってやる」
掌の蝶が、ふわりと浮いた。
畳の上を漂い、写真立ての前で止まる。
写真の中の父と母の顔に、淡い光がかかった。
まるで、二人が笑っているみたいに見えた。
彩瀬は少しだけ笑った。
「……なあ、父さん。ヒーローの派手さって、目立つためだけじゃないんだろ」
父の言葉を思い出す。
『助けに来たって分かってもらうためにある』
「母さん。軽口はいいけど、人の怖がってる顔を見落とすな、だっけ」
母の声を思い出す。
『そうよ。ふざけるなら、誰かを安心させるためにふざけなさい』
彩瀬は膝を抱えた。
「俺、ちゃんとできっかな」
今度も返事はない。
けれど、不思議と少しだけ胸が軽くなった。
彩瀬は写真立てをもう一度見た。
「明日、受かってくる」
言葉にしてみると、少しだけ現実味が出た。
翌日、彩瀬は家を出る前に仏壇代わりの棚へ向かい、父と母の写真に手を合わせる。
「行ってきます」
その一言に、込める思いは全て込めていた。
そして、彩瀬は雄英高校の一般入試会場に足を踏み入れた。
周囲には、同じ受験生が大勢いる。
緑のモサモサ頭の少年と茶髪の丸顔少女が近い距離で並んで歩き、金髪の不機嫌そうな少年がモサモサ頭の少年と何やら言い合っていたり。
オレンジの髪をサイドテールにした気の強そうな少女が真っすぐ前を見据え歩いていく。
倍率300を超える雄英高校ヒーロー科の入試試験は、此処から始まる。