雄英高校ヒーロー科実技試験。
いくつかに分かれている会場の一つに彩瀬映太の姿はあった。
周囲には様々な個性を持つ他の受験生達がいて、各々が試験の開始に備えている。
「やっべ、皆強そうなんだけど。俺も見た目だけならもう合格してる自信あるけど、ロボ相手にどこまでやれるかだなぁ…」
彩瀬は軽く腕を回しながらぼやく。
動きやすいジャージに簡素な膝当てと指抜きグローブ、グリップの利いた安全靴という格好で、彩瀬の指先からは小さな光の粒子が漏れ出ている。
紫。
青。
白。
薄い緑。
感情に合わせて、消えたり灯ったりしていた。
「派手に行きたいとこだけど……燃費考えろ、俺」
祖父には、雄英で晴れ姿量産してくるついでに嫁探しもしてくる。なんて冗談半分に言ったが、雄英に来た理由は冗談じゃない。
父のように、暗い場所に光を示すヒーローに。
母のように、誰かと危険の間に立てるヒーローに。
そして、自分らしく。
誰かの最悪の場面に、派手に割り込めるヒーローに。
「それもまぁ、まずは受かんなきゃ話にならねぇけどな」
その瞬間、試験開始の合図が鳴った。
受験生たちが一斉に走り出す。
彩瀬も走りながら、ニカっと笑い指を鳴らす。
「そんじゃ、景気付けに開幕演出と行きますか!」
腕を大きく振ると共に鮮やかな光の横断幕が宙に走る。
それに釣られて向かってきた仮想敵のロボの関節部へ向け彩瀬は拳を振るう。
「ダメージFX、喰らっとけ!」
拳に乗った白紫色の衝撃エフェクトが弾け、仮想敵がよろける。
彩瀬の個性【エフェクト】は彩瀬本人のイメージによってその性質が変化する。
技名のように口に出すのも、イメージを明確にする為の癖だった。
彩瀬が仮想敵の装甲の隙間へ、もう一発拳と衝撃エフェクトを叩き込むとロボは動かなくなった。
先ずは1ポイント。
周囲では他の受験生たちがそれぞれの個性を用いて仮想敵を次々と撃破している。
電撃を小刻みに纏う受験生。
大きな拳で仮想敵を殴り飛ばす受験生。
小さな石を投げてから大きくし仮想敵を下敷きにする受験生。
複数の腕で戦う受験生。
仮想敵のロボにも限りがある以上、もたもたしている訳にはいかない。
「出し惜しみは無し!って言えればよかったんだけど…な!」
高い威力や複雑な効果、範囲の広いエフェクト程燃費が悪くなる以上、多用は厳禁。
使い所を見極めなければならないと分かってはいるが、それが出来るかは別問題。
近くで別の受験生が中型の仮想敵の攻撃にあたりそうになっているのを見て、彩瀬はそこへ割り込んだ。
「おっとこいつは間一髪のガードFX!っつって!」
青白い円形の盾の様なエフェクトが中型の仮想敵の攻撃を受け止め、そのまま横に受け流す。
その隙を突いた他の受験生たちが中型仮想敵を撃破した。
勿論、これでは彩瀬のポイントにはならない。
少しだけ間抜けな顔になるが、すぐに切り替えた。
「まあいいか!倒れたなら実質俺の勝ち!」
「すまん、お陰で助かった……!」
「まあお互い様って事で、まだここから頑張ろうぜ!」
庇った受験生を助け起こし、彩瀬は別の仮想敵へ向かう。
「お次は火炙りバーニングFX!」
炎のエフェクトで仮想敵の装甲を炙る。
大きめの仮想敵にはダメージは通るが、一撃で破壊できるほどではない。
彩瀬は舌打ちしつつ、足元にスピードFXを出す。
「逃げ足だけは演出込みで速いんだよ!」
仮想敵の攻撃を避け、横からバチバチとしたスタンFXを叩き込む。
動きが鈍った所で、またしても別の受験生が仮想敵を仕留めた。
またしてもポイントは入らない。
「俺、もしかしてアシスト専門か?」
彩瀬の表情に僅かな焦りが出る。
派手な個性。
見栄えの良い技。
しかし、数字が伸びない。
近くでは、拳を巨大化させたオレンジの髪の少女が、仮想敵をまとめて吹っ飛ばしていた。
彼女は周囲の受験生を見ながら、的確に動いている。
「あの人、強いうえに周り見えてんな……」
彩瀬は一瞬だけ見惚れる。
その直後、横から仮想敵が突っ込んでくる。
「うおっ、見惚れてる場合じゃねぇ!」
咄嗟に出したガードFXの青白い盾状のエフェクトが弾け、仮想敵の攻撃を受け止める。
だが、重い。
「ぐっ……!」
彩瀬は押し込まれ、足元が滑る。
まともに受け続けたら保たない。
身体を横へ流すように動かし、仮想敵を逸らすと丁度その先に居た別の仮想敵とぶつかり、2機とも動かなくなった。
「よ、よし。計算通り!流石俺!」
勿論偶然である。
撃破ポイントが伸びない中で、彩瀬は自然と別の動きを増やしていった。
仮想敵の攻撃で倒れそうな受験生がいれば、白いクッションFXで受け止めた。
瓦礫の下に足を挟まれた受験生がいれば、スポットライトFXを当て位置を共有し周囲に助けを求める。
煙で視界が悪くなった通路に、マーカーFXを浮かべるように設置する。
怪我をした受験生がいれば、薄い緑のヒールFXをかけ応急処置を施す。
彩瀬映太は強敵を打倒するタイプではない。
だが、誰かが転びそうになると手を伸ばす。
誰かが逃げ遅れそうな時には光を置く。
誰かが怪我をした時には助けようとする。
その行動は地味なようにもみられるが、確かに見ている者は居た。
試験終了時間が迫る中、突然地面が揺れた。
大きな影が、建物の向こうから現れる。
巨大な機体。
圧倒的な質量。
それは仮想敵とはいえ、受験生が倒す必要のない正真正銘のお邪魔虫。
プレゼント・マイクが試験の前にしていた説明の通りならば、アレは逃げるべき相手だ。
「うっわ……デカすぎ。あれは無理だな。どう考えても無理!」
彩瀬は即座に判断した。
戦う相手ではない。
倒す意味もない。
なら、やることは一つ。
「逃げろ!あのデカブツは無視だ!ポイントにならねぇやつに命かけんな!」
そう言いながら彩瀬は指先を滑らせるように道路に青白いラインを引く。
「マーカーFXライン!こいつを辿ってけ!下手にバラけるとむしろヤベェ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていた他の受験生達の足並みが揃っていく。
0P仮想敵の近くに居たオレンジ髪の少女も、殿に立ちながら同じように受験生達へ声を掛けていた。
「こっちだ!建物から離れろ!」
二人は会話していない。
互いを認識している余裕もない。
だが、同じことをしていた。
他の受験生を逃がす。
それが、ヒーロー志望として自然に出た行動だった。
0Pが進み、キャタピラが瓦礫を踏み砕く。
その破片の一つが跳ねた。
大きさは人の頭程で、速度は速い。
「しまっ――!」
他の受験生の方を向いていて察知が遅れた次の瞬間、瓦礫片が少女の顔を掠めるように直撃した。
鮮血が散り、少女の身体が崩れる。
「っ……!」
彼女は倒れた。
意識が飛びかける。
殿に居た彼女に他の受験生達は気が付かない。
巨大な0P仮想敵が轟音と共に迫り、倒れた少女へ影が伸びていく。
その光景を、彩瀬映太は見た。
頭の中では、無理だと分かっていた。
巨大すぎる。
今の自分のエフェクトでは、止められるかもわからない。
強いエフェクトを使えば、精根が持っていかれる。
その後に動けなくなる。
試験どころではない。
点数の計算もできない。
戦術もない。
それでも、勝手に身体が動いていた。
「あー……くっそ」
彩瀬は笑った。
「ここで動かなかったらさあ……!」
指先から、今までとは違う量の光が溢れる。
「ヒーローになる資格なんて無えんだよッ!!」
彩瀬は自身にスピードFXを掛け、0P仮想敵の足元に飛び込む。
巨大なキャタピラが迫る。
両腕に今まで出した事の無い量のエフェクトが滲む。
「そっち行くなァァァァァ!!」
両手を地面へ叩きつける。
巨大な赤紫の衝撃エフェクトが、0P仮想敵のキャタピラ下で爆ぜた。
更に、地面に巨大な白いクッションFXが広がる。
衝撃で浮かせ、クッションで滑らせる。
難しい理屈も理論も置き去りにした、完全なる感覚頼り。
だが、彩瀬の個性はその瞬間、彼の意志に応えた。
0P仮想敵の巨体が傾く。
「倒れろ……!」
喉が裂けそうな声だった。
「倒れろよ、デカブツ!!」
巨大な0P仮想敵が、横へ傾き派手な音を立てて横転した。
試験会場全体が揺れ、受験生達が呆然とする。
彩瀬は膝をついた。
「……っ、は……はは」
視界が白い。
耳鳴りがする。
全身から力が抜ける。
それでも、倒れている少女が見えた。
顔から血が流れている。
「まだ……」
彩瀬は這うように少女へ向かう。
「まだ、終わってねぇ……」
少女の傍にたどり着いた時、彩瀬はもう立っていられなかった。
視界も不鮮明な中片膝をつき、震える手を伸ばす。
「おい……聞こえる? いや、聞こえてなくてもいい」
緑色の粒子が、掌から滲む。
ヒールFX。
彩瀬映太の個性の中でも、特に重い効果。
傷を完全に治すわけではない。
自然治癒を促し、出血を抑え、痛みを少し和らげる程度。
だが、今はそれでいい。
「治すっていうより……死なせないだけだからな……ちゃんと、医者行けよ……」
少女の傷口に、淡い緑のエフェクトが触れる。
出血が少しずつ弱まり、少女の呼吸が安定する。
彩瀬はそれを確認して、ようやく息を吐いた。
「……よし」
そして、限界が来た。
視界が傾く。
遠くで試験終了を告げるアナウンスが流れる
「俺の入試……これ、ポイント入んのかな……」
最後まで軽口を残そうとして、言葉にならなかった。
彩瀬映太は、少女の隣で意識を手放した。
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別室のモニターには、各試験会場の様子が映されていた。
教師陣の一人が彩瀬が0P仮想敵を横転させ少女を治療し倒れた映像を見て呟く。
「派手なだけかと思ったが、動きは救助寄りだな」
別の教師が頷く。
「ただし燃費管理が甘すぎる。あれは放っておくと自滅するタイプだ」
「しかし、ヒーローとしての心構えは出来ているようだ」
「ああ…それにしても、まさか0P仮想敵を倒す生徒が二人も出るとはな。しかも片方は殆ど全損で修理も無理だろうなアレは……」
教師達はそう言いながら、二つの映像に目を向けた。
片方の映像では、横転した0P仮想敵の近くで倒れている少年と少女が救護班によって運ばれている最中。
もう片方の映像には、完全に破壊された0P仮想敵の残骸と、右腕を抑えながら正座する少年を説教する少女が映されていた。
丸顔少女「デクくん」
モサモサ少年「は、はい」
丸顔少女「今の、何パーセント?」
モサモサ少年「……よんじゅう」
丸顔少女「今の許容範囲は?」
モサモサ少年「……じゅうご」
丸顔少女「あとでお話やね。爆豪くんにも報告するから」
モサモサ少年「で、でも折れては――」
救護班御婆ちゃん「アンタこれ折れて無いだけだよ、ヒビがびっしり入ってるからね」
丸顔少女「デクくん、瓦礫で動けなくなってた子を助けたのはすごい。でも、身体壊したらあかんって約束したやん」
モサモサ少年「ご、ごめんなさい……」