※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

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エピローグ 挿絵

物語の時は流れ——現在の魔界。

 

家族で過ごす私室のテーブルに、見慣れない小さな帳面が置いてあった。

 

魔界の公爵であるルシエルは、何気なくそれを手に取った。

 

妻であるリーザの文字が並んでいる。

 

丁寧で、優しい筆跡。

 

ルシエルのほうが達筆だが、彼の字はどこかピリピリと尖っていて、自分ではあまり好きではなかった。

 

リーザの温かみのある文字のほうが、ずっと好きだった。

 

少し読んでみると、リーザが書いた童話であることが判った。

 

彼らの息子のセオドア——テオが産まれてから、時々なにか書き物していることは知っていた。

 

物語では、小さな男の子の主人公が、もの知りで賢い女の子と友達になり、ちいさな眷属をつれて、いっしょに冒険の旅にでる。

 

乗り込んだ小さな帆船は遭難し、ドラゴンの棲み処である孤島へ流れ着く。

 

そこで、小さな千年ドラゴンの仔と出会う。

 

読んでみると、面白い。

 

「俺の妻は、美しいだけでなく、なかなかに文才があるな」

 

まだ途中だが、最後のページには、リーザの書いた挿絵が入っていた。

 

大きな羽の生えた——ト(・)カ(・)ゲ(・)の絵だ。

 

ぷっと吹き出してしまう。

 

なかなかに、酷い出来だった。

 

恐ろしく、冷酷な魔王と恐れられるルシエルだが、こんなひどい絵を見てしまっては、笑いを堪えることが出来なかった。

 

若いとは言え、すでに二百年を越える人生のなかで目にした、いちばん“愛嬌のある”ドラゴンの絵だった。

 

夫がげらげらと笑っているのを聞きつけて、憤然とした様子のリーザが現れた。

 

ぱっと、彼の手から帳面を取り上げようとするのを、高く掲げて遮った。

 

「確かに、上手な出来ではないけれど、そんなに笑うなんてひどいわ」

 

「いやいや、俺の妻に不得意なことがあるなんて、それが意外だった。

 

このドラゴンは、本当にひどい。

 

おい、ナサニエル。ちょっとこれを見てくれ。我が妻の力作だ」

 

面白がって、彼の従者にまで声をかけた。

 

ナサニエルは、しばらくじっとその挿絵を見ていたが、いつもの毒舌はいったん納めてリーザに尋ねた。

 

「あー、マイレディ。

率直にお伺いして、これは一体全体……なにを表現しておられるのですか?」

 

「千年ドラゴンよ!」

 

むきになってリーザが答える。

 

「だ、そうです、我が君(マイロード)。

俺の忠義は、偽りなき本心にありますが、さすがの俺もこの絵には、言葉を失いました」

 

ナサニエルはくるっと向き直って、そそくさと逃げて行った。

 

リーザはまぁと憤慨し、ルシエルはまだ笑っている。

 

「ああ、面白い。

あの毒舌のナサニエルですら言葉を失うとは、リーザ画伯の絵は、これはこれで味があるな。

よく見たら、なかなか可愛いかもしれん。

千年トカゲの話にしたほうが、説得力があるかもしれないが」

 

「そんなに笑うなんて、よっぽど貴方は絵が上手なんでしょうね、ルシエル」

 

帳面と、ペンを押しつけられた。

 

「さあ、描いてみて!」

 

そんなことになるとは思わなかったが、ルシエルは渡されたペンを握って、帳面の空白を見つめた。

 

ルシエルが最後に何かを描いたのは、彼の少年時代、あの飼っていた黒猫のノワの眠っている姿を描き写した時だった。

 

そしてあれから、魔界においてはもう何十年もの……月日が流れていた。

 

その間、ルシエルは一度も、何かを描いたことも、描こうとしたこともなかった。

 

自分が、あの時、どういう気持ちでノワの姿を描いたのかすらも、完全に忘れていた。

 

あのころの自分の、唯一家族と言える存在だった、ノワの温かさを思い出した。

 

それは、ルシエルが妻にさえ明かしたことのない、彼が背負い続けてきた罪の、その物語の一部だった。

 

ペン先が、わずかに震えた。

 

リーザが、不思議そうに彼の顔を見つめている。

 

もう一度、帳面のスペースを見て、ペンをそっと置いた。

 

「笑ってすまなかった。……俺だって、絵なんか描けない」

 

静かに笑って、リーザに帳面ごと手渡した。

 

「もう、描けないんだ」

 

リーザは、何かを読み取ったのかもしれないが、それ以上は何も言わなかった。

 

「いいのよ、ルシエル。物語もまだ途中なの。私の挿絵だって、これからどんどん上達するはずよ」

 

優しく、彼女の夫を抱き寄せた。

 

「それにもしかしたら、将来、あの子が……テオが描いてくれるかもしれない。それなら、私は作家に専念できるわ」

 

「お前の物語は面白かった。また、続きを読みたい」

 

「まだ、考え中なの。

思いついたら、すぐに書いてしまわないと消えてしまうわ。

だから、いつも貴方に邪魔されてるのよ、ルシエル」

 

「俺が、邪魔を?」

 

全く、心当たりはなかった。

 

「ええ、どんなにいいアイディアを思いついても、貴方とねたら全部忘れてしまってる。

朝になったら、綺麗さっぱり消えてしまうわ。あなたはアイディア泥棒よ、作家の敵だわ」

 

リーザはいつも優しかった。

 

その明るさと、思いやりのある言葉にいつも救われて、自分は日々を生きていた。

 

今ここにある幸せに、胸が痛くなるほどだった。

 

リーザと結ばれてからは、あの市街邸(タウンハウス)には、足を運ばなくなっていた。

 

——もう、必要ないと信じたかった。

 

今のルシエルには確かに、彼を愛してくれる女性(ひと)がいた。

 

「またいつか、絵が描けるようになったら、お前とテオを描きたい。お前に、俺の絵をみてほしい」

 

楽しみだわ、とリーザは優しく言ってくれた。

 

彼の妻を、その温かい心ごと抱き寄せた。

 

ルシエルの心は、決して癒えることはなかったが、確かに今、温かさの意味を知ることは出来ていた。

 

 

【 了 】

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