※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

28 / 97
24話 つながる

 

【挿絵表示】

 

 

 

自室のランプが、淡いオレンジの光を投げかけている。

 

リーザは椅子に深く腰を沈め、膝の上の古い詩集に目を落としていた。

 

ページをめくる指はゆっくりで、時折止まる。

 

次の十二夜に備え、リーザは少しずつ眠る時間をずらしながら、慎重に生活リズムを整えていた。

 

彼女が眠らないことで、十二夜の夢の中に侵入しようとするルシエルを拒む。

 

それが唯一、リーザに取れる防衛手段だった。

 

今日は少し頭が重い……ふわふわと落ち着かない。

 

うっかり眠ってしまわないように、少し刺激の強いハーブティーを口に運ぼうとカップに手を伸ばして……驚きのあまり、それを取り落とした。

 

カップが床に転がり、熱い液体が広がる。

 

そこに立っていたのは、黒い髪の少年だった。

 

「ルーク……」

 

ルシエルの少年時代――、ルークはあの時と同じように、どこか壊れそうな脆さを持つ瞳をしていた。

 

悲しみをたたえた紫の瞳。

 

リーザの心臓が大きく跳ねた。

 

ルークは言葉を発さず、リーザの手を強く掴んだ。

 

「リーザ、あいつが来る。……逃げよう」

 

声は震えていた。

 

リーザは驚きで目を見開いたが、抵抗する間もなく引き起こされ、二人はリーザの部屋を飛び出した。

 

彼の手は冷たい。

 

長い回廊を駆け抜け、誰もいない王宮の石畳に、二人の足音だけが響く。

 

燭台の炎が揺れて、影が追うように伸びる。

 

王立図書館の一角。古い書架の奥、埃っぽい隠し扉の裏に、ルークはリーザを押し込んだ。

 

「ここならまだ見つからない。あいつは怒っている。リーザがあいつを愛さないから――」

 

扉を閉めると、暗闇が二人を包む。

 

息が荒く、互いの鼓動が聞こえるほど近い。

 

ルークは壁に背を預け、震える声で言った。

 

「お前はあいつに狙われている。あいつは化け物だ。

 

自分の悲しみのために、自分で自分を壊そうとしていて、そこにお前を巻き込もうとしているんだ」

 

「……なぜ助けてくれるの」

 

ルークは顔を伏せ、唇を強く噛んだ。涙が一筋、頰を伝う。

 

「これ以上お前に嫌われたくなかった。お前に……本当は謝りたかったんだ」

 

声は途切れ途切れで、泣き虫の少年がそのままそこにいた。

 

リーザはそっと手を伸ばし、泣きじゃくるルークの頰に触れた。

 

大人の女性として、静かに、しかし確かな声で言った。

 

「もういいのよ。あなたは私を傷つけたけど、そのことであなたも苦しんでいた。……私はそれを赦すわ」

 

ルークは顔を上げ、涙に濡れた瞳でリーザを見つめた。

 

リーザは微笑み、幼い頃の記憶をそっと呼び起こした。

 

「覚えてる?あなたが私にプロポーズした時、私はこう言ったわ。『立派な殿方になったら、結婚してあげる』って」

 

ルークの目が見開かれた。

 

「リーザは約束してくれた」

 

優しく頷いた。

 

「ええ、約束したわ。だからあなたも忘れないで。」

 

その瞬間、図書館の空気が微かに震えた。

 

遠くから、誰かが夢の扉をこじ開ける音がする。

 

リーザはルークの手を握りしめ、囁いた。

 

「夢でも、現実でも……あなたが立派な殿方になるのを、私は待ってるわ」

 

ルークは涙を堪えきれず、リーザの肩に顔を埋めた。小さな嗚咽が漏れる。

 

「リーザ、ごめん」

 

彼女はそっと彼を抱きしめ、背中を撫でた。

 

「わたしは大丈夫。ルシエルのことは、彼と私の問題よ。もう、貴方とは関係ないわ。

 

ルーク、またいつか……私たち、お友達になれるわ」

 

泣きじゃくる少年を抱きしめながら、そっと彼の額に口づけした。

 

リーザは彼の髪を優しく撫で続ける。

 

外では、王宮の時計がゆっくりと時を刻み始める――

 

 

*

 

 

公爵邸の執務室の午前。

 

朝帰りのルシエルは、政務机に突っ伏したまま、微動だにしない。

 

黒髪が乱れ、シャツの襟元は昨夜のまま開け放たれ、首筋に赤い痕がいくつも残っている。

 

扉の外から、執事のトーマスと女中頭(ハウスキーパー)のミス・アルマが、中を覗き込んでいる。

 

「……起きていらっしゃるんだろうか。――ぴくりともされないが」

 

「さっき、水をがぶ飲みされていたわ。なんとか目の前の書類だけは裁こうという、意思の力を感じるわね」

 

彼女の視線は、ルシエルの背中に注がれている。

 

「あんなにひどく酔って帰られたのは初めてだと、門番もビックリしていたわ。

 

馬車から抱き起そうとした従僕を、二人も念波で吹き飛ばして」

 

その後ろ姿は、普段の冷徹な貴公子とは別人のように無防備で、どこか壊れそうに見える姿に、胸が締めつけられる。

 

「きっと何かご事情があったのだろうが、酒場から届く請求書のことを思うと、……こちらも頭が痛いな」

 

トーマスが、ため息混じりに言う。

 

「こんな時、レジナルドがいてくれたら…」

 

ミス・アルマも、小さく頷く。

 

「アルフレッド様も、もうほとんどお目覚めにならない日が増えてるわ。

 

でもレジナルドには使いをやってあるの。家令(アルフレッド)様は、どうしても彼に伝えたいことがあるとおっしゃって」

 

老いた家令の部屋は静かで、最近は息をしているかどうか確かめるために、毎日見回りが必要なほどだ。

 

二人はしばらく黙って、主人(ルシエル)の姿を見つめていた。

 

ルシエルは微動だにしない。

 

が、意識ははっきりしている。

 

今確かに、……かすかに頭をよぎった夢のことを思い出していた。

 

城の中で、彼はリーザを見つける。

 

彼女は本を読んでいた。

 

ルシエルを見て驚く――。

 

しかし、嫌悪の表情はうかべなかった。

 

彼女の手を引き、誰もいない長い廊下を二人で走り出す。

 

何かに追われている不安に駆られて、彼女を守りたくてただ、走る。

 

彼女の手は温かい。

 

リーザが何か言う――

 

言葉は聞こえない。

 

必死でつたえたくて、ルシエルは口を動かすが言葉にならない。

 

なぜ伝わらないのかが悔しく、涙が止まらなくなる。

 

リーザが優しく微笑む。

 

彼をやさしく抱きしめ――

 

ルシエルの額にそっと口づけた。

 

額に触れたリーザの唇の柔らかさ、そのぬくもりが、まだかすかに残っていた。

 

ルシエルは、机に額を押しつけたまま、じっと虚空を見つめていた。

 

夢だったはずの感触が、現実の冷たい机に重なり、胸を締めつける。

 

王宮でのレジナルドの計画が、確実に動き始めた。

 

そしてついに、リーザと自分の夢が今、十二夜と同じようにつながったのだと、ルシエルは確かに悟った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。