※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

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30話 女性のあしらい

 

【挿絵表示】

 

 

 

エドマンド・グレイは、王太子アレクシスの私室に呼び出された。

 

アレクシスは顔を赤らめ、興奮気味に早口でまくし立てる。

 

「リーザが図書館で本を探している。お前が王宮の古文書や書籍に詳しいと知って、手助けしてほしいそうだ。

 

彼女から、なにか願い事をされるなんてはじめてだ!それが終わったら、彼女と遠乗りに行くから用意を」

 

エドマンドは無表情で頭を下げ、内心で舌打ちした。

 

(王太子はすっかりリーザにのぼせ上がっている。

 

政略結婚の道具としてしか見ていなかったはずが、今では彼女の影を追うように……。これはまずい)

 

とはいえ、リーザとじかに接する機会を得たことは、好都合だった。

 

姫の目的を掴むことは出来なくとも、女性のあしらいには”多少”自信があった。

 

信頼させ、まずはちょっとした本音を聞き出す――彼の数ある得意分野の一つだ。

 

王立図書館に到着すると、リーザはすでに古い書架の前に立っていた。

 

深い青のドレスを纏い、金色の髪をゆるく編み込んだ姿は、月光のように儚く美しい。

 

彼女はエドマンドに気づくと、穏やかに微笑んだ。

 

「私は、王太子殿下付きの召使、エドマンド・グレイと申します。
姫君のお探し物の手伝いに参りました。何卒お役に立てますよう。」

 

「ありがとう、エドマンド。貴方は王宮の書物や古文書にとても造詣が深いそうね。力を借りたいことがあって、アレクシスに我儘を言いました」

 

初めて直接、姫と言葉を交わす瞬間だった。

 

エドマンドは丁寧に頭を下げ、彼女の視線を受け止めた。

 

姫君は書架の棚を指さしながら、静かに尋ねた。

 

「私が知りたいのは、――悪魔(ディアボロ)や魔界に関する書物なの。……棚には見当たらないけれど、閉架図書としてならあるかしら?」

 

エドマンドは一瞬、どきりとして息を止めた。

 

(……なぜ今、魔界の書を?)

 

動揺を顔に出さず、彼は淡々と答えた。

 

「王宮の蔵書には、魔界の伝承や占星学、オカルト的な魔術書も一部ございます。ただし、多くは禁書扱いで、許可が必要です。

どのような内容をお探しか、お聞かせいただけますか?」

 

リーザは少し考え、微笑んだ。

 

「星の配置と人間の運命……それに、命の焔について。古い魔術書に、そうした記述があると聞きました」

 

エドマンドは内心で警鐘を鳴らした。

 

(命の焔……それは魔族の領域だ。なぜ人間の姫が、そんなものを知りたがる?)

 

良いように取れば、リーザは真剣にルシエルとの結婚を受け入れ、魔界に嫁ぐ決意を固めたのかもしれなかった。

 

読書好きで、知的好奇心豊かな姫君が、移り住む魔界について”事前勉強”しようとしたとしても不自然ではない。ただ――

 

彼は冷静に棚から数冊を引き出し、簡単な説明を始めた。

 

占星術の古典、魔界の古伝承書、禁断の呪術書……。

 

リーザは真剣に聞き、時折鋭い質問を投げかけた。

 

その知識の広さ、みがかれた教養の深さに、エドマンドは内心で舌を巻いた。

 

彼女をただの政略の道具としか見ていない、オルヴェス王とアレクシスの愚かさに呆れたくなるほどだった。

 

リーザを得れば、それは単にルシエルに必要な女性というだけでなく、公爵家にとって掛け替えのない存在になるだろう。

 

図書館を出て、私室への帰り道――。

 

リーザはふと足を止め、エドマンドに静かに語り始めた。

 

「エドマンド、私がおかしな本を読みたがるのを、貴方は不思議に思ったわね?」

 

ぴんと来て、エドマンドは警戒の針を立てた。

 

さりげない口調で、丁寧に答える。

 

「姫君は、あまねくすべての世界のことに、ご興味がおありなのですね」

 

「……先ほどの本で、命の焔について少し触れていましたね。――私には、それに関連した、不思議な力があります」

 

彼女は淡々と、しかしどこか遠い記憶を辿るように続けた。

 

「幼い頃、夢の中で出逢った男の子と……キスをしたとき、目が覚めたら、私の目には人の命の焔がかすかに見えるようになりました。

青白い、揺らめく炎のような……」

 

エドマンドの瞳がわずかに揺れた。

 

「父を喪うとき、その命の焔が消えるのを、私はこの目で見たのです。

その後、その不思議な能力(ちから)はすぐに消えてしまいました。

そしてずっと、――その事を私は忘れていました」

 

魔性の者と触れ合った人間に、その残り火のように魔力が燃え移ることは、ままあると伝えられている。

 

幼い日に初めてルシエルと出会い、彼から受けた魔力が、一時的に”命の焔が見える能力”として出現していたとしても不思議ではない。

 

「でも……最近、また目覚めたのです」

 

彼女がルシエルと、十二夜の夢の中で契ったことによって、ふたたびその能力に目覚めたのは明らかだった。

 

彼女はエドマンドをまっすぐ見つめた。

 

「今、私の目には、アレクシス王太子の命の焔が……弱く見えます。このままでは、彼はいずれ命を落とすでしょう」

 

リーザを追いかけ回しながら、アレクシスは夜ごと、エドマンドの唆す双子の淫魔たちとの淫らな性愛に耽っていた。

 

吸精淫魔(サキュバス)は本能のままに、アレクシスの命をかじり、舐め啜り、吸い上げ続ける。

 

日を追うごとに王太子の疲労は濃くなり、げっそりと痩せ始めているのはエドマンドにも判っていた。

 

「食事の量も減っているわ。私とほとんど変わらないー彼はあんなに大きいのに」

 

エドマンドは無言だった。

 

下手な一言を発せば、彼女は見抜く。

 

「貴方の命の焔も、わたしには見えます。――とても穏やかで、優しい焔だわ。貴方は優しい心の人ね、エドマンド」

 

「恐れ入ります」

 

リーザは優しく微笑み、歩き出す。そして、付け加えた。

 

「あなたの中に”命の焔”が見えるということは――あなたは人間だわ」

 

「リーザ様の仰ることがわかりません」

 

「でも、あの双子たち。貴方の姪という二コラとルルには、その命の焔が見えない。つまり……彼女たちは人間ではないということね。

 

――二コラもルルも、とても純粋で、可愛らしい。濁りのない魂のようだわ。彼女たちといると癒される。……彼女たちが好きだわ」

 

リーザは一気に畳みかけた。

 

「私が知りたいのは、この王宮に人間の命をもたない双子、を連れてきた”人間の男”の真の目的よ」

 

姫君の言葉が、ぴしゃりとエドマンドに叩きつけられた。

 

「エドマンド・グレイ。貴方は何者なの」

 

万事これまで、だった。

 

エドマンドは静かに一歩下がり、ゆっくりと右膝をついて頭を深く垂れた。

 

銀縁の眼鏡がわずかに光を反射し、淡い灰色の瞳は床に伏せたまま。

 

静かに召使エドマンド・グレイの仮面を外し――礼に則って、簡潔に、しかし正しく名乗った。

 

「恐れ多くも、殿下の御前にて名を申し上げます。

 

私は魔界七十二柱の魔王の一柱、ルシエル公爵閣下の第一従者、レジナルド・チェンバースにございます。

 

このような下賤な身の者が姫君の御前に参じること、まことに畏れ多い限りでございます。何卒、御容赦くださいませ。」

 

リーザは静かに息を吐き、茶色がかった瞳を細めてエドマンドを見下ろした。

 

声は穏やかだが、氷のように冷たく、品位を保ちながらも鋭く響いた。

 

「……レジナルド・チェンバース。貴方の主、ルシエル公爵に伝えなさい。

 

私はオルヴェス王国の王女、ルイーゼ・ディノクタス・オルヴェスです。

 

私が国の領地に欺瞞と謀略を以て侵入し、信頼を弄び、周囲を操ろうとした行為に対し、厳重に抗議いたします。

 

魔界の七十二柱の一柱たる閣下が、これを許容しているのであれば、その品位を疑わざるを得ません。

 

次の十二夜の夢の中で、この件について礼節を持って、私と直接話し合うことを求めます。これで以上です。」

 

リーザは冷静だった。

 

ひざまずいたままの第一従者(レジナルド)を見下ろしたまま、静かに言った。

 

「私は、侍女のアンナに暇(いとま)を出しました。それは、彼女が身ごもっていたからよ。

 

彼女の中に、もうひとつの小さな命の焔が見えたわ」

 

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