※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

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50話 最終回 ふたり

 

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ルシエルとリーザの婚約は、ルシエルの”謹慎”が解かれてすぐに、成立した。

 

サバトでのアスモデールとの対立も、ナイメリアが帝王サタンに密かに取りなしたおかげで、表面上はうまく収まっていた。

 

魔界の貴族たちは「半血(ハーフブラッド)の公爵が、人間の王女を娶る」という異例の事態にざわついたが、王妹ナイメリアの後ろ盾と、サタン本人が「面白い」と一言漏らしたという話だけで、誰も口を挟めなくなった。

 

アスモデールが内心、まだルシエル公爵に敵愾心を燃やし、リーザを自分の側室の一人に望んでいるという不確かな噂も、帝王サタンの一言で封じ込められたのか、それ以降は立ち消えた。

 

リーザが回復するまで、という名目でナイメリアに”レンタル移籍”させられていたレジナルドも、無事にルシエル公爵家に戻っていた。

 

しかし、レジナルドの第一従者(ヴァレット)としての仕事は、以前と大きく変わっていた。

 

理由はきわめてシンプルだった。

 

魔界の高級(ハイ)ブランド広告を席巻し始めた「CM帝王」ルシエル公爵のマネージャー業務が加わったからだ。

 

彼はその天分の美貌を存分に活かし、まさに「タレント公爵」として、ルシエル卿は次々と莫大な金額のCM契約を重ねていった。

 

ルシエルが広告塔となっている高級ブランドの新CMが、魔界の街中に流れている。


――暗闇の中、紫の炎がゆっくり灯る。

 

ルシエルが黒いシルクのローブを羽織り、鏡の前に立つ。

 

ローブが滑り落ち、肩から胸にかけての完璧なラインが露わになる。


ゆっくり振り向いた瞬間、紫の瞳がカメラを貫く。画面が紫の霧に包まれ、香水瓶が浮かぶ。

 

そこに、低くかすれたルシエルの声が重なる……

 

「……支配される前に、支配せよ。」

 


"Noir Dominion"と、香水ブランドのロゴ浮かび、CMの中のルシエルがフェードアウトしながら、またゆっくりとその長い睫毛を伏せる……。

 

ルシエル公爵と独占タレント契約を結んだ芸能事務所は、あの因縁のサバト主催者であるフォルネウス男爵の所有する会社だった。

 

ルシエルにとってフォルネウス男爵は、決して好ましい仕事相手(パートナー)ではなかった。

 

サバトでリーザを「生贄リスト」の筆頭に据え、公開凌辱の舞台を整えた男。

 

あの夜の屈辱は、今もルシエルの胸に黒い棘のように刺さっている。

 

それでも、ルシエルは認めざるを得なかった。

 

フォルネウス男爵のプロデューサーとしての才能・能力は、魔界でも群を抜いていた。

 

男爵は、ルシエルの冷ややかな美貌を、魔界で換金可能な「注意資本(アテンションキャピタル)」として値踏みした。

 

その価値を最大化し、資本経済の市場へ高値で流す――判断は一瞬だった。

 

香水やジュエリー、オートクチュール。

 

あるいは超高級馬車(フラッグシップ・セダン)。精緻に時を刻む高級時計。限られた年数しか存在しない希少蒸留酒。

 

そこに許されるのは、選び抜かれた一級品のみだった。

 

魔界の高級(ハイ)ブランドが求める冷ややかな完成形に、ルシエルの紫の瞳と漆黒の髪は、疑いようもなく嵌まった。

 

「公爵閣下のお顔は、どんなに研ぎ澄まされた宝石のカットよりも鋭く、氷よりも冷たい。だからこそ、最高級のジュエリーや香水が映えるのですよ」

 

フォルネウスは、そう言って笑った。

 

ルシエルは無言で睨み返したが、次々と押し寄せる高額の契約書にサインする手は止まらなかった。

 

少なくとも数字は嘘をつかなかった。

 

この”美味しい”副業(サイドビジネス)は、公爵家の財務諸表(げんじつ)が示すとおり、家業の立て直しに確実に寄与していた。

 

圧巻だったのは、魔界の若い女性向け雑誌「魔an-an」の超人気企画「セックス特集」に、ルシエル公爵がブチ抜きグラビアで登場したことだ。

 

表紙には、ほぼフルヌードのルシエルが、均整のとれた美しい筋肉の線をさらし、煽情的な紫の瞳でこちらを見つめている。

 

キャッチコピーは「愛とSEX――いま、高貴な愛に抱かれて」

 

魔an-anの発売当日、書店前には過去最大級の大行列ができた。

 

若い魔族女性が「ルシエル様の鼠径部が見えそう……!」「撮り下ろしの限定特装版写真集の予約いつ?!「貴族令嬢限定でファンミがあるって本当?!」と発情しながらパニック状態になり、雑誌の在庫は瞬時に蒸発。

 

もはや社会現象と言っていい大騒ぎになった。

 

女中頭(ハウスキーパー)のミス・アルマは、表紙よりさらに過激なグラビアページを薄目で眺めながら、ため息をついた。

 

「いくらルシエルさまがお美しいといっても、このお写真はちょっと刺激が強すぎますわ……」

 

鼠径部ぎりぎりまで攻めたアングルで、気だるげに、その美しい紫の瞳(パープルアイ)をこちらを向けているルシエルの写真(グラビア)。

 

彼女は証言を続ける。

 

「この雑誌が発売されてから、お屋敷のメイドたちがみんなホルモンバランスを崩してしまって……5人も同時に生理休暇を取る羽目になったんですよ」

 

ルシエルが魔界のマスメディアを席巻したその年。適齢期の女性魔族はまさに、「自然発生的に発情(ルシエルさまだいて♡)」状態にあった。

 

その結果、「子宮が勝手に反応しちゃう」「排卵スイッチが入った」魔族女性の性衝動が爆上がりし、魔界の出生率がとつぜん跳ね上がった、謎のベビーブームが発生した――などという都市伝説すら生まれていた。

 

ルシエル公爵は、またしても魔界の「話題の中心」に返り咲いていた。

 

公爵家の使用人たちも、ご主人様の突然のイメチェンに多少動揺したものの、レジナルドが敏腕芸能マネージャーとして業務を滞りなくこなすおかげもあって、目に見えて大きな問題はなく進んでいた。

 

リーザとの結婚に向け、吹っ切れたかのように淡々と”副業”をこなすルシエルは、もはや素人タレントの枠を超えた”逸材”だった。

 

カメラの前に立つと、魔王の威厳が自然に滲み出る。

 

冷たい視線がレンズを射抜き、わずかに傾けた首筋、風に揺れる黒髪。

 

ルシエルがただ立っているだけで、誰もが目を奪われる。

 

一枚の写真が上がるたび、ブランドの担当者は息を飲む。

 

広告が公開されると、魔界中の貴族令嬢たちが悲鳴を上げ、ブランドの売上は前年比300%を超えたという話まであった。

 

ルシエルにとって、フォルネウス男爵のプロデュースは確かに天才的だった。

 

だが、彼はこの仕事を「ただの金稼ぎ」としか思っていなかった。

 

すべてはリーザとの、現実の結婚生活を見据えてのことだ。

 

かつて、父・先代公爵はベアトリチェとルシエルの"家庭の問題"の責任を取って隠居し、公爵家は広大な領地の一部を帝室に没収された。

 

その影響で予算が激減し、先代が計画していた多くの事業が凍結したままになっていた。

 

領地内の灌漑設備や貯水池の建設、鉱山の安全設備と魔力採掘機械の導入、交易ルートの整備と物流基地の強化、領内医療施設の拡充……。

 

山積みの課題を、ルシエルは一つずつ解決していかなければならなかった。

 

さらに、領民の優秀な子女を魔界アカデミアに進学させるための奨学金制度も、できるだけ早く再開させたかった。

 

ルシエルにとって、今の「タレント公爵」業は、まさに瞬間最大風速(てっとりばやく)稼ぎまくるためのものだった。

 

「リーザが魔界(ここ)で暮らすなら……この領地を、彼女が安心して子を産み育てられる場所にしなければならない」

 

その想いが、彼をこの副業に駆り立てていた。

 

フォルネウス男爵の提案(アイディア)はどれも成功を収めていたが、彼が持ってきた「結婚式の生中継配信」企画だけは、さすがに断った。

 

*

 

ルシエルは、鏡に映る自分の姿を見ていた。

 

このタレント仕事で"顔"を売るようになり、雑誌の紙面や、スクリーン、宣材写真を通じて、ルシエルはおのずと、自分の顔と向き合うことが増えた気がする。

 

人間であった母・プロセルピナ姫譲りと言われる、ルシエルの整った顔立ちを、特にこれまで彼は好ましいとは思っていなかった。

 

むしろ「女のようだ」と嫌に感じていた時期もあった。

 

しかし今、母から受け継いだ自分の容貌(かお)を、なんとなく好きになってきた気がしていた。

 

子供のように、じーっと鏡の中の自分を覗き込んでみた。

 

少し気恥ずかしくなり、ふん、といつものように冷たい顔をしてみせる。

 

「みんな俺の顔を美しいと言ってくれる。これまで特にうれしいと思ったことはなかったが――お前が好いてくれるなら、悪くないと思えるな」

 

冗談めかして、傍らのリーザにそう言ってみた。

 

リーザは笑って、横から同じ鏡を覗き込んだ。

 

「そうね、あなたは確かに綺麗な顔をしているわ。でも私は、あなたの声が一番好きよ。あなたが詩を朗読してくれる声が好き」

 

一枚の鏡の中で、二人はそっと寄り添っていた。

 

ルシエルが静かに口を開く。

 

「レジナルドに、俺たちの結婚式が終わったら、暇を取らせようと思ってる」

 

その声に滲む寂しさを、リーザはすぐに感じ取った。

 

「本当は、これからも彼に助けてもらいたい。ただ、このままレジナルドに頼り切っていたら、あっという間に彼の寿命を魔界で使い切ってしまう。彼には……人間として幸せになってほしい」

 

それは、レジナルドと同じ人間である、リーザのかぎりある寿命に寄り添うことを決めた、ルシエルの偽りない本心だった。

 

心から信頼し、兄のように見守ってくれたレジナルドの幸福を願い、すでに心を決めていた。

 

リーザは優しく微笑み、未来の夫に寄り添った。

 

魔界の公爵であるルシエルを支え、彼を愛し、彼の子の母となることを決めていた。

 

「いろんな事が変わっていく……でも、私たちはずっと一緒よ」

 

リーザはそっと、彼の黒髪の上からルシエルの額に口づけた。

 

「ルーク、あなたを永遠に愛してるわ」

 

ふたりが一緒にいられること、それこそが彼らの得た幸福だった。

 

 

 

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【完】

 

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