半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~ 作:古弥須 凱
ルシエルは馬車の揺れに身を任せながら、窓外の魔界の荒涼とした風景を眺めていた。
領地見回りの最中だというのに、頭の中はリーザと子供のことばかりだった。
彼女の
もうすぐ、公爵家に新しい命が加わる。
リーザが夢見ていたような――
自分もリーザも知らずに育った、温かくしあわせな家族の未来……。
それでいて、なぜだか空恐ろしいような不安にもとらわれる。
風は冷たく、かすかに嘆くような不気味な声をあげて馬車の外を吹き荒れていた。
ナサニエルは馬車の御者席に座り、ルシエルに付き従っていた。
先遣の斥候が戻ってきたのを確認し、主人に念話で報告する。
(
ルシエルは小さく頷いた。
「側衛は配置についているな?」
(はい。4人が馬車周囲を固め、残り2人が上空から監視中です。魔術結界も問題ありません)
そのとき、ルシエルの頭の中に直接響く声が割り込んだ。
(ルシエルさま、緊急です)
ミス・アルマの念話だった。
ルシエルの屋敷の
(邸内に異変です。結界の外縁部に、明らかな食い破りの痕跡が残っています。
私が発見しました。今、邸内を手分けして7人で探索中ですが……今のところ、侵入者の気配は掴めません)
ルシエルは即座に身を起こした。
馬車の窓から外を見やり、念話で返す。
(リーザは無事か?)
(はい。リーザ様は今、寝室でお休みになられています。
ですが、念のため若いメイドで
(……分かった。すぐ戻る)
ルシエルは馬車の扉を開け、魔力を一瞬で凝縮した。
「ナサニエル! 緊急事態だ、俺は屋敷に戻る……!」
空間が軋み割れるような音を立てて、転移魔法の裂け目が開く。
魔界の公爵は、迷わずその中へ身を投じた。
「え、ちょ……
爆風のような衝撃が馬車全体を揺らし、御者席のナサニエルはそのまま吹き飛ばされた。
地面に激しく投げ出され、埃を巻き上げながら転がった。
ルシエルが転移で消えた瞬間、馬車の周囲に残された側衛たちが一斉に身構えた。
騎士の一人が慌てて念話で確認する。
(閣下! ご無事ですか!?)
返事はない。
ナサニエルは立ち上がり、埃を払いながら馬車の扉に駆け寄った。
中は当然空っぽで、転移魔法の残した波動がまだ微かに空気を震わせているだけだ。
転移先が公爵邸の最奥であることはわかっているが、ルシエルが「緊急事態」として一人で飛んだ以上、こちらが追従するのは難しかった。
「……くそっ、こんなド田舎で置いてけぼりかよ……」
ナサニエルは短く息をついて、暗闇にかき消えた主人の姿を追うように、暗い魔界の空を見上げた。
*
ルシエルは転移の余波を抑えながら。寝室の空気を吸い込んだ。
静かだった。
カーテンが閉め切られ、薄暗いランプの灯りが柔らかく揺れている。
ベッドの上に、リーザが横たわっていた。
室内に、魔力の波動を感じない。
廊下には、ミス・アルマが配置した
違和感は、なかった。
ルシエルは再度、念入りに室内を魔力透視し、すぐに安堵した。
そこにいたのはリーザだけだった。
彼女は穏やかな寝息を立て、静かに眠っている。
腹部がわずかに丸みを帯び、妊娠4ヶ月目らしい柔らかな膨らみがシーツ越しに優しく主張している。
ルシエルは音もなくベッドに近づき、彼女の額にそっと手を置いた。
温かい。
何も知らないまま、穏やかに眠っている。
「……よかった」
小さく呟き、リーザの頰に触れる。
彼女のまぶたがゆっくりと開いた。
「ルシエル?」
リーザは驚いたように身を起こした。
寝乱れた金髪が肩に落ち、薄い寝間着越しに胸元が少し開く。
彼女は慌ててそれを直し、夫の顔を見つめた。
「どうして……今ここに?領地見回りではなかったの?」
ルシエルはベッドの端に腰を下ろし、彼女の手を取った。
「ミス・アルマから連絡があった。屋敷の結界に異変があったので、すぐに戻った」
リーザの瞳が不安に揺れる。
「今のところは安全だ。念のため。戻っただけだ」
ルシエルは彼女の腹に視線を落とし、そっと手を重ねた。
まだ目立たない膨らみだが、確かな命の鼓動を感じる。
彼の指先が優しく撫でる。
「ただ……邸内をもう一度見て回る。
すぐに戻るから、ここで待っていてくれ」
リーザは小さく頷き、ルシエルの手を握り返した。
「ええ……ありがとう。でも、無理はしないでね。あなたも、疲れているでしょう?」
ルシエルは微笑んだ。
疲れているのは事実だが、それ以上に、彼女の存在が彼を駆り立てる。
腹の膨らみに触れた手が、ゆっくりと彼女の腰に滑り落ちる。
言葉には出さない。
だが、指先が布越しに彼女の肌をなぞる動きは、はっきりと意思を伝えている。
――戻ったら、抱きたい。
リーザはそれを感じ取った。
頰がわずかに赤らみ、視線を落として微笑む。
「……穏やかに、ね」
彼女は小さく頷き、ルシエルの手に自分の手を重ねた。
甘く、静かな約束。
妊娠中の体を思いやりながらも、互いの欲を確かめ合うような、穏やかな形での。
ルシエルは彼女の額に軽く唇を寄せ、立ち上がった。
「すぐ戻る」
そう言い残し、彼は寝室の扉を開けた。
背後で、リーザが見送る気配を感じながら、ルシエルは邸内の闇へと踏み出した。
その瞳には、愛と、彼女と子を守りたいという強い決意と、そして、戻ったときに彼女を優しく抱くための、抑えきれない渇望が宿っていた。
*
ルシエルはリーザの寝室を後にし、ミス・アルマと合流した。
彼女はすでに結界の外縁部近くの回廊に待機しており、銀の杖を握りしめ、淡い青白い魔術の光を灯していた。
「ルシエルさま……こちらです」
ミス・アルマは静かに先導し、邸の外壁に近い石畳の通路へルシエルを導いた。
そこには、結界の膜が食い破られた痕跡が、黒く抉れた傷のように残っていた。
まるで鋭い爪で引き裂かれたような、深く不規則な裂け目。
しかし、その周囲に侵入者の足跡も、魔力の残滓も、気配すら感じられない。
ルシエルは膝をつき、指先で傷跡をなぞった。
冷たい感触。
結界の修復魔術をかけても、すぐに再び裂け目が浮かび上がる。
隠蔽の術が巧妙すぎる。
「……痕跡だけ残して、存在が消えている」
ルシエルは低く呟き、立ち上がった。
ミス・アルマが杖を地面に突き立て、追跡魔術を重ねる。
「私が発見した時点で、すでに痕跡は薄れ始めていました。
侵入者は結界を破った直後に、完全な隠蔽を施したようです。
わたしの術式ではこれ以上で は追えません……申し訳ありません」
ルシエルは唇を噛んだ。
アスモデールの顔が脳裏をよぎる。
あのサバトの夜、赤い瞳で嘲笑いながらリーザを汚した男。
「めでたく奥方のリーザ姫が懐妊されたとか。ハネムーン・ベイビーを一発で命中させるとは……」
あの暴露の言葉が、今になって不気味に響く。
「……アスモデールの仕業か」
ルシエルは拳を握りしめた。声に怒りが滲む。
「奴なら、こんな姑息な隠蔽など容易い。
結界を破って侵入した痕跡を残し、俺を焦らせる……単なる嫌がらせか、
ミス・アルマは静かに目を伏せた。
「閣下……もしアスモデール殿下の関与であれば、危険です。
今はリーザ様の傍を離れない方が……」
彼はリーザの寝室を振り返った。
妊娠4ヶ月。少しずつ膨らみ始めた腹。彼女の体を優しく、穏やかに愛したい。
しかし、今、侵入者の影が邸内に潜んでいるかもしれないと思うと、欲望を解放するどころか、彼女を守るために距離を取らざるを得ない。
「……くそっ」
ルシエルは低く唸った。
黒い炎が瞳に宿る。
「アスモデール……お前が関わっているなら、絶対に許さない」
彼はミス・アルマに向き直った。
「引き続き探索を続けろ。痕跡の隠蔽を解く術を探せ。
俺はリーザの傍に戻る……だが、そう長くはおれない。ナサニエルたちが戻ったら、もう一度領地へ行かなくては」
ミス・アルマは深く頭を下げた。
「承知いたしました。ルシエルさま……どうかお気をつけて」
ルシエルは踵を返し、寝室へ戻った。
扉を開けると、リーザがベッドに身を起こし、心配そうに待っていた。
彼は静かに近づき、彼女を抱き寄せた。
まだ温かい体。
膨らみ始めた腹に、そっと手を当てる。
「……今夜は、ただこうしていたい」
リーザは優しく頷き、彼の胸に顔を埋めた。
「ええ……私も」
ルシエルは彼女を強く抱きしめた。
欲望は確かに疼いていた。
しかし、今はそれ以上に、彼女と子を守りたいという思いが勝っていた。
領地から纏って戻った、重苦しい装衣を解き、身軽になってリーザと同じ寝台に入る。
彼女のあたたかい体を抱きしめながら、ルシエルは瞼を閉じた。
下腹部が強張り、熱く疼く――
その部分がリーザに触れないよう、ルシエルはわずかに体の位置を動かして距離を取った。
彼女の寝顔を横目に、右手が自分の下腹部へ滑り落ちた。
熱く膨張した自身を握る。
リーザの寝息を聞きながら、ゆっくりと扱き始める。
想像が頭を埋め尽くす。
リーザの柔らかな唇が、自身の先端を咥え込む。
熱い口内で舌が絡みつき、喉奥まで深く飲み込まれる。
ルシエルは目を閉じ、扱く速度を一気に速めた。
腰が無意識に浮き上がり、寝台をかすかに軋ませる。
リーザのかすかに膨らんだ白い下腹部……その下で、熱く濡れた蜜壺が自分を待ち受けている。
ゆっくりと挿入し、彼女の奥を容赦なく突き上げる。
想像の中の妻が甘く喘ぎ、彼を受け入れる。
「……リーザ……」
ルシエルは声を殺し、唇を強く噛んだ。
扱く手が激しくなり、息が荒くなる。
腹筋が震え、陰嚢が固く収縮する。
その感覚は、まさに噴き出す――
とっさに受けたその掌の中に、ルシエルは激しく自らの精を放った。
体がビクビクと痙攣し、息が乱れる。
あ、あ、と言葉にならない、虚しい快楽に悶えた。
射精はなかなか止まらず、ビクビクと痙攣しながら、自分の手で扱き出し、最後の一滴まで絞り出すように果てた。
どうすることもできず、掌が受けきれなかった白濁は、太ももに熱い筋を引いて流れる。
「……はぁっ……クソッ!」
ルシエルはゆっくりと手を離し、ぬるぬると汚れた指をシーツで拭った。
リーザが無事に出産するまで、彼はまだ、長い月日を耐え忍ぶ必要があった。
そしてそれは、彼がリーザを手に入れてから、初めて欲望を制限される日々を送らねばならないことを意味していた。