※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

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7話 半兄弟

リーザの胎内、羊水に包まれた温かな闇の中――。

 

ルシエルとリーザの子……まだ生まれてこない胎児の意識は、ぼんやりと広がっていた。

 

自我は朦朧として、言葉も感情もまだ曖昧だった。

 

だが、魔界の血筋が宿す力は、普通の人間の胎児では考えられないほど早く、思考の欠片や声を形作ることを許していた。

 

そこは物理的には、ただの母の胎内。

 

けれど胎児にとっては、誰にも侵されぬ、静かで柔らかな内側の世界――

 

自分と母だけが存在する、唯一の領域だった。

 

そんな羊水の揺らぎの中に、ふと、よそ者の声が響く。

 

「おい、起きろ」と、白い髪の少年が話しかけてきた。

 

「……」

 

胎児は無視した。

 

答える義務がないことに、彼は応じないことにしているからだ。

 

「お前は死んでいるのか。それとも待っていれば死ぬのか」

 

カチンとくる言い方だ、と胎児は思った。

 

「悪いが、母胎(そこ)を空けてもらいたい。もともとは俺の場所だ」

 

白い髪の少年は、頼んでいるのか、命令なのかよくわからない言い方をする。

 

「お前がいると、母上の中でうまく夢が作れない」

 

胎児は口を開いた。

 

「……俺のせいじゃない。お前が下手なだけだ」

 

白い髪の少年は、そう反論されて考え込んだ。

 

「確かに、俺はまだ上手に夢が作れない。お前なら出来るのか」

 

「さあ、わからない。それは母上の能力(ちから)だから」

 

白い髪の少年と胎児は、謎めいた会話を続ける。

 

「お前が母上のなかで何かするから、俺はもう大きくなれない。

 

俺の父は大騒ぎし、俺に起きろとか、どうにかしろと泣きついてくる。うるさくてたまらないんだ。」

 

胎児がぶつぶつ愚痴るのを、少年は薄笑いで聞いていた。

 

「俺の父は立派な男だが、お前の父はどうにも”小さい”な」

 

赤い血のような瞳を光らせて、白い髪の少年があざけり、胎児は沈黙した。

 

「お前が成長するよりも先に、俺が母上のなかで夢の世界を大きくするつもりだったが、どうにも上手くいかない。

 

母上は悲しんでばかりだ……俺の父を愛してはくれない」

 

「母上は、俺の父を愛しているからな」と、胎児が答える。

 

「だが、夢の中では、母上はお前のことなど忘れている。俺だけを愛してくださる」

 

少年は、まるで勝ち誇っているかのような口調だった。

 

「いつも俺の名前を呼んで、抱きしめてくれる。イフ、お前を愛してるわ、と」

 

「現実では、お前など欠片(かけら)も存在しないじゃないか。――兄上(イフ)」

 

胎児は冷たく言い放った。

 

「母上は優しい方だ。たとえ幻のような存在でも、お前という偶然の産物を憐れんでくださる。ただそれだけだ」

 

そう言われて、白い髪の少年――イフは、片肘をついて考え込んだ。

 

胎児は、彼の弟だった。

 

正確には、イフと胎児は、同じ母……リーザを持つ、異父兄弟だと言える。

 

白い髪の少年――イフは、肉体を持たない。

 

彼の父・アスモデールと母・リーザがサバトの夜に交わった時、イフの魂が先に生まれた。

 

サバトの主(アスモデール)と花嫁(リーザ)から生まれるべき、運命の子。

 

その儀式の最後の盟約として、母の下腹に契約の名が刻まれる直前。

 

――ルシエルは最後の力を振り絞って、その運命が成就することを阻止した。

 

様々な偶然が、魔界帝王の嫡流として生まれるはずだった、皇嗣イフの運命を狂わせ、とうとう彼の肉体は生まれなかった。

 

イフは、誰からも忘れられた魂だけの存在として、ただ辺獄(リンボ)に取り残されていた。

 

そして、同じ母を持つ弟の存在に引き寄せられ、結界を喰い破ってここに現れたのだ。

 

イフは、母であるリーザの精神に巣食い、そこに夢の世界を築いてた――。

 

そして時々、退屈しのぎに弟である胎児のもとに現れるのだった。

 

「俺も、お前のように肉体(からだ)が欲しい。

 

半分だけでもいいから、俺にくれないか。

 

お前の半分は、母上の血肉だ。俺にだって合うはずだ」

 

胎児は、反論する。

 

「残りの半分は、俺の父(ルシエル)の血肉だ。

 

――こっちが厄介だ。俺だって今から怖い。とにかく抑えきるしかないが……

 

見ている限りは、俺だって苦労しそうだ。まぁ、おすすめはしないな」

 

胎児――彼の半兄弟(ハーフブラザー)は諦観しつつも、内心は不満たらたらという様子だった。

 

なかなか難しいもんだな、とイフは思った。

 

「弟よ、お前の名前はもうあるのか」

 

ふと思いついて、イフは聞いてみた。

 

「俺の父は、なんだか色々考えているようだ。

 

セオドアだか、マッテオだか、テオドルトだか……

 

まぁ偉そうな、貴族っぽいやつだ。

 

母上は、俺のことを真珠(ラ・ペルラ)と呼んでいる。

 

本当の名前ではなさそうだが――」

 

「母上は、お前のことを女の子だと思っているのか?」

 

「いや……母上が持っていたすべてを引き換えに、手に入れた宝という意味の呼び名らしい。

 

母上は……ほ(・)ぼ(・)人間だから、父が思うよりも多くを犠牲にして、魔界に嫁して来たはずだ。

 

俺の父には、そんなこと全く見えていないがな」

 

「宝物か……いいな。俺も、母上にそんな風に思ってもらいたかった」

 

イフが、ぽつりと呟いた。

 

「俺も、母上に産んでもらいたかった」

 

イフの瞳が赤く燃えているのを、まだ眼も開けられない胎児は感じ取る。

 

ぴん、と警戒の針を立てた。

 

「弟よ――お前が死ねば、母上は俺だけを、愛してくださる。俺を真珠だと言ってくれる」

 

「イフ。ここから出ていけ」

 

弟はもう、この侵入者を"兄"とは呼ばなかった。

 

まだ片手に包まれるほどの大きさしかない胎児は、すでにその身に紫黒い怒りのオーラを纏っている。

 

「母上は、俺のものだ」

 

あまりにも強大な魔力を持つ半血魔王(ルシエル)の後継者――胎児は、その念の波動をもって、イフという存在を視界から弾き出した。

 

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