※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

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11話 本音と甘え

公爵の馬車は、西の魔森の奥深くにひっそりと佇む高級娼館「黒曜館」の前に停まった。

 

蒼い月の光が霧に混じり、黒い森の木々が不気味に揺れている。

 

ここは魔界でも指折りの隠れ家とされ、貴族や高位の魔族しか足を踏み入れない場所だ。

 

ルシエルが独身時代に、時折訪れていた場所でもある。

 

馬車の扉が開き、ルシエルが降り立つ。

 

黒いマントが夜風に翻り、紫の瞳が月光を冷たく反射する。

 

傍らに控えるナサニエルは、いつもの毒舌を飲み込んで、ただ静かに従う。

 

館の女主人(マダム)がにこやかに出迎える。

 

「公爵閣下、お久しぶりでございます。

一番のお部屋と、閣下のお好みの娼婦(こ)をご用意しておりますわ」

 

ルシエルは無言で頷き、奥の部屋へ通される。

 

部屋は豪奢で、赤と金の絨毯、燭台の炎が揺らめき、窓からは森の闇と蒼い月が見える。

 

ベッドの傍らに、薄絹をまとっただけの美姫が待っていた。

 

長い黒髪を優雅にすべらかし、穏やかな微笑みを浮かべた、包容力のある美貌。

 

年齢はルシエルよりかなり上だろう。

 

彼女はゆっくりと立ち上がり、ルシエルの前で腰をかがめ、頭を下げた。

 

「公爵閣下……お待ちしておりました」

 

「まだ、この娼館に在籍(い)たのか、シルヴィア。――お前でよかった」

 

シルヴィアは、没落したかつての貴族令嬢という出自を持ち、彼女の慎ましやかな美貌と熟れた肉体は、ルシエルの好みに一致してた。

 

ルシエルはベッドの端に腰掛けてマントを脱ぐと、そのまま無造作に投げ捨てた。

 

「……ナサニエル、お前も来い」

 

無感情に、そういい放った。

 

ナサニエルは扉の外で待機していたが、やれやれという顔で部屋に入る。

 

「俺、いります?……まぁ、おっしゃるままにいたします、我が君(マイロード)」

 

シルヴィアは少し驚いた様子を見せたが、すぐに微笑みを戻す。

 

「お求めとあらば……お二人とも、お相手いたしますわ」

 

ルシエルはシルヴィアの肩に手を置き、ゆっくりと引き寄せる。

 

無言で唇を重ね、舌を絡ませる。

 

シルヴィアは慣れた手つきでルシエルの胸板に手を這わせ、優しく、しかし確実に彼の欲望を煽る。

 

「閣下……お疲れのようですね。すべて、私にお任せください……」

 

ルシエルは目を閉じ、シルヴィアの首筋に唇を埋める。

 

甘く噛み、舌を這わせる。

 

ナサニエルはベッドの脇にいて、ただ腕を組んでぼんやりと見ている。

 

ルシエルが視線を向けると、ナサニエルはちょっと肩をすくめて、シルヴィアの背後に回った。

 

彼女の肩からドレスを滑らせると、シルヴィアの白い肌が露わになる。

 

ナサニエルはその背中を優しく撫で、か細い肩に口づけを落とした。

 

シルヴィアは振り返り、まだ年若い従者である青年、ナサニエルに微笑む。

 

あなたも大変ね、とでも言いたげな優しい表情だった。

 

ナサニエルは苦笑する。

 

シルヴィアとナサニエル……彼ら二人は共に、ルシエルの快楽のための性具(おもちゃ)として、奉仕させられる立場だった。

 

高級娼婦(シルヴィア)がルシエルの衣服をほどく間に、手早く服を脱いで裸になっておく。

 

念話として伝わらないように気を付けながら、ナサニエルは内心で呟いた。

 

(やべーな、この人(マイロード)は……俺にまで依存しはじめた)

 

使用人に対して、主人が特別、過剰に親密さを示し始める時は、何よりも警戒しなければいけない。

 

屋敷の男性使用人(サーヴァント)の教育係を兼ねていたレジナルドから、従僕時代のナサニエルはそう教わっていた。

 

自分の食卓の皿から、美味い肉を投げよこして床で喰わせ、お前だけは特別な使用人(ペット)だと思い込ませる……

 

そして今まさに……ナサニエルが置かれている状況がそれだった。

 

ルシエルは確かに、扱いにくい主人だった。

 

冷たく全てを拒みながら、ひたすらに愛を渇望する……。

 

(まともに向き合ったら、破滅する……。

あの人、人間の身で良くやってたな……マジ尊敬するわ。生きて魔界を出られたことすら奇跡だろ)

 

あの時、森の中で気だるそうにタバコを咥えて、レジナルドは言い切った。

 

「尽くしてもええけど、のめり込んだらアカン。……そこはきっちり線、引きや。」

 

屋敷を遠く見やりながら、ふぅっと長く紫煙を燻らせた。

 

「……ルシエル様(あのひと)は、ほんまに怖いお方や。

 

何もかも、奪い尽くそうとしはる。まったくの無自覚でそれやから、洒落(しゃれ)にならへん」

 

そのレジナルド自身が、彼の主人への忠義にのめり込んで見えたのが、なんとも皮肉だった。

 

それ、レジナルドさんが言っても説得力ないすわ、とナサニエルに遠慮なく指摘されて、彼は笑った。

 

「せやねん、俺はそこをようせんから、今こんなんなっとるわ。」

 

 

*

 

 

部屋に静寂が戻る。

 

裸のナサニエルは、エサを投げ与えられる前の犬のような気持ちで待っていた。

 

(……タバコ、もってくりゃ良かったな)

 

大きな葉巻ケースが置かれたベッドテーブル。

 

ナサニエルが通うような安い楼(みせ)とはまるで違う、豪華な内装の淫靡な寝室(ベッドルーム)。

 

しかし行われている行為は、どの娼館でも変わらなかった。

 

ナサニエルは、主人の均整のとれた裸体を眺めていた。

 

主人はシルヴィアをベッドに押し倒し、その両脚を割りひらく。

 

その秘部はすでに濡れていて、前戯も不要だった。

 

自分の陰茎をシルヴィアの秘部に押し当て、ゆっくりと体重をかけていく。

 

熱く締めつける肉襞が彼を包み、ルシエルは低く呻く。

 

「……あたたかい……」

 

シルヴィアは脚を絡め、深く受け入れる。

 

ルシエルは腰を激しく動かし、シルヴィアの奥を突き上げる。

 

喘ぎが部屋に響き、ルシエルはシルヴィアの髪を掴み、唇を奪う。

 

ルシエルは無言で、腰を振り続ける。

 

シルヴィアの身体がくねり、喘ぎ、その娼婦としての技巧が、男の絶頂を甘く促す。

 

なにも制限されず、なにも我慢する必要がなかった。

 

高まりを迎え、シルヴィアの奥深くで、激しく射精した。

 

大量の精液が女の内部を満たし、シルヴィアは甘い声を上げてわななく。

 

彼女を抱きしめ、息を荒げながら何度も突き上げながら、最後の一滴までを絞り出す。

 

シルヴィアは、まだ執拗に上下するルシエルの髪を撫でている。

 

「閣下……いっぱい射精(で)ましたわ」

 

ルシエルは目を閉じ、何も答えなかった。

 

ひと時の快楽を得て、あふれる欲望を放った。だが、まだその全てではなかった。

 

ただ、シルヴィアの胸に顔を埋め、静かに息を吐く。

 

「次は、ナサニエル(あいつ)を抱いてくれ、シルヴィア。終わったら、また抱きたい」

 

外では、蒼い月が森を照らし続けていた。

 

ルシエルは、ただ現実から逃れるためだけに、ここに来たのだった。

 

 

*

 

 

馬車は霧の深い森の道を、魔力だけで静かに滑るように進んでいた。

 

ルシエルは窓際に寄りかかり、目を閉じたままだった。

 

黒髪が額に張りつき、呼吸はまだ少し乱れている。

 

シルヴィアの残り香が、狭い車内に薄く漂っていた。

 

ルシエルは、御者席のナサニエルがいつものように念話で、遠慮なく話しかけてくるのを待っていた。

 

しかし、この帰路上のナサニエルは、彼の主人に対して一切、接点をもとうとはしなかった。

 

(………………)

 

今夜のルシエルの振る舞いについて、何かしら彼なりの意見を持っているのは明らかだった。

 

馬車の車輪が石畳の継ぎ目を越えるたび、軽く揺れる。

 

その振動が、沈黙をさらに重くした。

 

ついに耐えきれず、ルシエルから声をかけた。

 

(今夜は、すまなかった)

 

(悪いとは思ってるんすね、我が君(マイロード)。それは意外でした。)

 

このナサニエルという男は、第一声からこれだった。

 

(お前を巻き込んで、悪かったと思ってる。……今は)

 

(マイロードは、前任者(レジナルドさん)にさせなかったことを、俺にはやらせるんすね)

 

思わず、ルシエルは視線を窓に逸らした。

 

(そういうつもりではなかった)

 

(じゃどういうつもりなんすか。

 

俺いやなんすよ、他の男が出したとこにそのまま突っ込むの。

 

あーゆう店だからこそ、女の子と一対一でその場かぎり、ちゃんと向き合って楽しみたいタイプなんすよね)

 

(ただ、そうしたくなっただけだ)

 

(我が君(マイロード)、ほんとに友達いないんすね……。

 

女を共有(まわ)して友情ごっことか、ガキのやることすよ)

 

沈黙が、重苦しかった。

 

(あー、なんかムカついてきたんで、すんませんけど一服しながら帰らせてもらいます)

 

(……俺にも、一本貰えないか)

 

(安タバコっすよ)

 

返事はなかったが、小窓から主人に手渡した。

 

ナサニエルは指先に召喚した小さな焔で、自分のタバコに火をつける。

 

肺まで吸い込み、ふうぅっと長くくゆらしながら、ルシエルの底知れない孤独に、背中で向き合った。

 

(我が君(マイロード)、いままで誰とも本音でしゃべったことないんでしょう)

 

(そうだな、――お前とはじめてかも知れない。

 

妻に対してすら、本当にすべてをさらけ出しているとは言えないだろう。

 

弱いと思われたくない自分がいる)

 

(リーザ様には魔王だ公爵だって恰好つけて、弱いところを見せたくなくて。

 

落ち込んだらミス・アルマや、さっきの娼婦(おねえさん)みたいなタイプの巨乳ちゃんに甘えて、よちよちして貰うパターンってことすね)

 

(少しは言葉を選んだらどうだ、ナサニエル。

レジナルドが教えてくれた言葉がある。

お前の言葉はまさに、”人(ひと)の血が通っていない”冷酷さだ)

 

(俺も、マイロードも悪魔(ディアボロ)じゃないすか。そんな血は通ってねえすわ)

 

そう言われて、今日はじめて、ルシエルは苦く笑った。

 

(俺は半血(ハーフブラッド)だ、少しは人の血が通ってる。ちょっとは加減してくれ。

 

アスモデールの嫌味より、お前の辛辣な言葉のほうが、俺の”かよわい心”をえぐるぞ、ナサニエル)

 

(だからっすよ、マイロード。本音と、甘えは違うんす。

 

……そこだけは俺、きっちり線、引かせてもらいます。

 

仕事だから、やれっていわれりゃやりますけど、穴兄弟みたいな馴れ合いはごめんすわ。

 

これ言えるだけ、俺はちゃんとマイロードと向き合ってるつもりっす)

 

「……そうだな、俺が悪かった」

 

念話ではなく、言葉にしてルシエルが言った。

 

その情け容赦ない、辛辣すぎるナサニエルの言葉は、決してルシエルを見捨てないという、彼なりの信義を伝えてくれていた。

 

その気持ちが、今のルシエルの荒んだ心を少しだけ癒してくれるようだった。

 

(眠りたくないのに、一日が終わってしまう。……また悪夢を見るのが怖い)

 

(しょせん夢っすよ、マイロード。現実のほうがよっぽど恐ろしい。

 

今日だって、現実をみたくなくて、あの娼館(みせ)へ行ったわけじゃないっすか)

 

夢と現実……今、どちらが恐ろしいかを、ルシエルは比べることが出来なかった。

 

イフの夢が、彼をとらえて離さなかった。

 

窓縁で、雑にタバコをもみ消す。

 

眠気覚ましには、紫煙はほとんど役立たなかった。

 

重く沈み込んでいく疲れと、空虚な快楽が与えた気だるさ、そして馬車の振動が、ルシエルをまたあの悪夢の世界へと引きずり込んでいった。

 

 

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