※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

67 / 97
12話 あるべき筋書き

――――――――――――――――

 

るしえるへ

 

 

 

おまえのゆめをのっとった

 

ねたら、おれのところへこい

 

いろいろみせてやるから、びっくりしろ

 

 

 

いふ

 

 

――――――――――――――――

 

おとうとへ

 

 

 

もういじめないから

 

すこしはなそう

 

おまえのちちについてこい

 

 

いふ

 

 

――――――――――――――――

 

ちちうえ

 

 

わたしは、いふです。

 

ちちうえと、はは、りーざの子です。

 

さばとのあと、りんぼにいましたが、もどってきました。

 

ははと、るしえるこうしゃくを、ゆめのせかいでつかまえています。

 

ちちうえにみていただきたいです。

 

ゆめのなかでころしたら、るしえるはしにますか?

 

それなら、いふがおやくにたてるとおもいました。

 

おむかえにいきます。

 

はいれなかったので、よる、けっかいをはずしておいてください。

 

 

ちちうえの子  いふ

 

――――――――――――――――

 

 

 

*

 

 

 

イフが送った3通のメッセージに返事を返してきたのは、胎児である弟だけだった。

 

イフの頭の中で、ちろん、と小さなチャイムが鳴る。

 

イフは自分の額に指を当て、胎児――ルシエルの子から届いた思念を、まるで小さな紙切れのように取り出して広げた。

 

――――――――――――――

 

件名: Re: おとうとへ

To: イフ [email protected]

From: 真珠の子 [email protected]

 

本文: ばーか

 

――――――――――――――

 

それだけだった。

 

そもそも、真珠の子などという名乗り(メアド)からして、イフを馬鹿にしていた。

 

胎児は、自分だけが真に母であるリーザに愛されていると確信し、兄であるイフを残酷に挑発して、その感情を煽っていた。

 

生まれてもないうちから、こんなに意地悪なやつがいるだろうか?

 

彼の半分だけの兄として、イフはむしろ呆れてしまった。

 

そして残りの2通の手紙(メッセージ)。

 

彼らの父親であるルシエルとアスモデールは、それらを完全に無視していた。

 

そもそも、アスモデールに届いていたかも、わからなかった。

 

かすかに遠い父の気配をめざして、イフはイメージの中で小さな紙片を圧縮し、すべらせるように空間へ送り出した。

 

イフの父を慕う心は、そのまま暗い闇に呑み込まれ、海に投げ込んだ小瓶よりも頼りなく沈んでいった。

 

「くそっ……!みんな、バカにしやがって。俺をなんだと思ってるんだ。俺は皇嗣だぞ」

 

イフは肉体を持たず、現実の中では、彼の憎悪の対象であるルシエルに対して、何の手段も持たなかった。

 

しかし、その夢の中では――思う存分に彼をいじめ抜き、その精神(こころ)を責め苛むことが出来た。

 

さて、どうしてやろうか……?

 

イフの理想の世界のなかで、とびきり惨めな役割を、あの公爵に割り当ててやりたかった。

 

イフは暗闇のなかで腹ばいになり、考えかんがえしながら、紙片に小さなまるい文字で、彼の物語を書き起こし始めた。

 

彼の作ったif(もしも)の世界の中。

 

そこでのルシエルは、アスモデールを主(あるじ)とするサバトを汚した罰を受けて、その爵位を剥奪されていた。

 

辺境伯に落とされ、瘴気と魔獣の蠢く荒れた領地に追いやられ、そこで生き地獄の、屈辱の日々を送っている――という設定だ。

 

ふむ。

 

では、彼を王宮に呼びよせ、父上と俺に跪かせ、忠誠を誓わせるというのはどうだろう。

 

母上の見ている前で、王宮の貴族たちの嘲笑と侮蔑の視線を浴びながら。

 

負け犬の顔を晒し、みじめに平伏するルシエル辺境伯……

 

悪くない、とイフは頬杖をついた。

 

あいつ、弟にも役割をやろうかな、と思いついた。

 

あの胎児がパチパチと念で攻撃してこなければ、少しは遊んでやってもいい、とイフは思った。

 

 

*

 

 

ルシエルの悪夢の扉が開いた。

 

また、イフの夢の中に引きずり込まれていることはわかっていた。

 

ルシエルがその紫の瞳を上げると……そこは、彼がいつも出仕する、見慣れたサタン王宮の内部だった。

 

(これは、どういう夢なんだ……)

 

大広間は黒曜石と赤い魔晶で飾られ、蒼い月の光が天井のドームを透かして淡く降り注いでいた。

 

貴族たちは黒・金・紫の礼装で埋め尽くし、低いざわめきが波のように広がっている。

 

会話の断片から、ここがアスモデールの嫡子――まだ6歳の皇嗣イフの、辺境守護大公叙任式典だとわかった。

 

かつて自分より遥かに身分の低かった者たちが、今は嘲るような目つきとひそひそ話を投げかけてくる。

 

みじめな落ちぶれ者、元公爵のルシエル辺境伯……それが、この夢の中の自分の立場だった。

 

魔力は……完全に封じられている。

 

この世界が、イフの夢の中である以上、自分になにか有利な点は期待できなかった。

 

イフの声が聞こえた。

 

(俺の世界へようこそ、公爵。――いや、ここでは辺境伯だ。

 

今日の夢はすこし、趣向を変えてみたぞ、ルシエル卿。

 

昨日の千年ドラゴンに臓腑(はらわた)ごと喰い殺される夢もなかなか傑作だったが、こんどは俺の晴れ舞台に色を添えてもらおうと思ってな)

 

(ふざけるな、これは、なんの茶番だ!)

 

(大人のくせに、子供相手にそう感情的に怒るなよ、辺(・)境(・)伯(・)。

 

あんたが上手に演じてくれれば、少しは母上の姿を見せ、声を聞かせてやってもいい)

 

中央の玉座に、アスモデールが座っている。

 

赤い瞳が静かに輝き、口元には満足げな薄い笑み。

 

その隣、少し離れた位置に……王妃リーザが座っている。

 

(リーザ……!)

 

思わず叫びそうになるのを、必死で抑えた。

 

金髪は優雅に結い上げられ、穏やかな微笑みを浮かべている。

 

だが瞳は固く凍りつき、視線は玉座前の小さな少年――イフにだけ注がれていた。

 

まだ6歳の皇嗣イフ。

 

彼の父譲りの白い髪は丁寧に梳かれ、赤い瞳が好奇心とプライドで輝いている。

 

小さな体に重厚な黒金のローブを纏い、胸にサタン王家の紋章が輝く。

 

アスモデールがゆっくり立ち上がり、声を張った。

 

「我が子、イフ。本日この時より、お前は辺境守護大公として、魔界の果てを護る任を負う。

 

誓え。この父と、そして魔界の民に忠誠を。」

 

イフは小さな手を胸に当て、幼いながらも凛とした声で誓詞を誦じた。

 

「我、皇嗣イフは、父アスモデール陛下、そして魔界の民に永遠の忠誠を誓います。

 

辺境の瘴気も、魔獣の牙も、すべて我が身をもって防ぎ、魔界の安寧を守り抜きます。」

 

広間が一瞬静まり、すぐに貴族たちの拍手と歓声が爆発した。

 

「皇嗣イフ万歳!」

 

「若き大公、魔界の未来だ!」

 

「なんと立派な……!」

 

アスモデールは誇らしげに頷き、リーザは固い表情のまま、優しくイフの頭を撫でた。

 

イフは母の手の温かさに目を細め、胸を張った。

 

式典の後半。

 

忠誠の儀式が始まる。

 

数多の辺境伯が子息を連れて、イフの前に並ぶ。

 

幼いイフは玉座の前に立ち、貴族たちが一人ずつ跪き、忠誠の言葉を述べていく。

 

そして、最後に――

元公爵である、ルシエル辺境伯が、ゆっくりと前に進み出た。

 

かつての冷徹な美貌は、変わらなかった。

 

辺境の瘴気と屈辱の日々にやつれ、豪奢な礼装も今はくたびれて見えるが、生来生まれ持った彼の美しさは少しも損なわれていなかった。

 

アスモデールを冷たく見つめ、そして王妃であるリーザを見た。

 

リーザは……夢の中でも気高く、美しかった。

 

ルシエルの現実世界の妻は、この夢の世界で、彼の敵の王妃となっていた。

 

美しい王妃は全く感情を見せず、ルシエルという存在を完全に黙殺していた。

 

一切、その視線を向けなかった。

 

(リーザ……)

 

これは夢だ、と割り切って、ルシエルは無言のままイフの前に跪いた。

 

貴族たちの視線が一斉に集まる。

 

嘲笑、侮蔑、同情、好奇――さまざまな感情が渦を巻いた。

 

アスモデールが静かに命じた。

 

「ルシエル辺境伯。皇嗣イフに忠誠を誓え。」

 

ルシエルはゆっくりと頭を下げた。

 

声は低く、しかし堂々と響いた。

 

「……我、ルシエル辺境伯は、皇嗣イフ殿下に対し、永遠の忠誠をここに誓い奉る。

瘴気の果て、魔獣の荒野においても、殿下の御命に従い、魔界の安寧を命を賭して守護し抜く所存にございます。」

 

広間が一瞬静まり返った。

 

やがて誰かのくすくす笑いが漏れ、次第に嘲笑の波が広がった。

 

「元公爵が……恥ずかしげもなく」

 

「リーザ王妃の、かつての想いびとだったとか」

 

「今は辺境伯か……実に皮肉なものだな」

 

リーザは表情を変えず、ただ静かにイフの頭を撫で続けていた。

 

イフは小さな手で母の手を握り返し、跪くルシエルを見下ろして、満足げに小さく微笑んだ。

 

「王妃よ。ルシエル辺境伯に、声をかけてやったらどうだ?彼とは、特に親しい昔なじみだろう」

 

アスモデールが、さも今思いついたように、傍らのリーザに声をかけた。

 

あのサバトの夜、リーザの恋人だったルシエルは敗者として血の海に沈み、アスモデールが勝者として彼女を手に入れた――その記憶を、静かに突きつけるような口調だった。

 

リーザは表情を変えなかった。

 

跪いたルシエルからは、彼女の美しい横顔だけが見えた。

 

「何も……わたくしには」

 

ただ、それだけ言った。

 

たとえ夢の中でも、王妃リーザの冷徹な態度は、ルシエルを深く傷つけた。

 

「では、彼の子に声をかけてやれ。健気に、その父に付き従っている」

 

(子……? 俺の子とは……?)

 

ルシエルは、突然の言葉に息を呑んだ。

 

リーザが、ゆっくりと――初めて――視線をこちらに向けた。

 

静かで優しい声が、ルシエルとその背後の少年に向けられる。

 

「……ルシエル卿のご子息。遠路はるばる、お父上と共に王都までよく参りました。

そなたの名を、わたくしに教えて?」

 

ルシエルの背後から、幼い男の子の声がはっきり響いた。

 

「ルシエル辺境伯の子、セオドアにございます」

 

ルシエルは、はっとした。

 

今まで、そこに誰かがいたことすら気づいていなかった。

 

「セオドア、面をあげて。わたくしに顔を見せてちょうだい」

 

夢の中の息子――セオドアは、緊張しながらゆっくり顔を上げ、リーザ王妃を見つめた。

 

短く切り揃えられた金髪、父譲りの薄い紫の瞳。

 

面差しは、ルシエルにそっくりで、美しかった。

 

王妃は優しく見つめ返し、穏やかに微笑んだ。

 

「イフと、同じ年頃ね。王宮にいる間、この子と遊び友達になってくれたらうれしいわ」

 

「身に余る、光栄にございます」

 

セオドアは少しつっかえながらも、礼儀正しく答えた。

 

その幼さにしては、なかなかしっかりしている。

 

諸侯たちの間に、わずかなざわめきが広がった。

 

アスモデールが、口の端に冷酷な笑みを浮かべたまま、横槍を入れた。

 

「王妃とルシエル卿が"昔なじみ"であるように、俺も――卿の子息セオドアの母親とは"近し"かった。

 

もとは俺の側妃(そばめ)の一人だったのを、彼にわざわざ下げ渡したのだからな」

 

広間のざわめきが、ぴたりと止まった。

 

「彼の領地は遠く、寂しい。せめてもの慰めにと、お前と同じ金髪の女を選んだのだ、リーザ。

ルシエル卿も、満足してくれたろう? 彼の子セオドアは、お前のように美しい金の髪だ」

 

言葉の棘が、ルシエルの胸を抉った。

 

お前の妻は、お前の子の母は――すべてリーザの「まがいもの」だ、という残酷な事実を、アスモデールはあえて口に出して突きつけた。

 

(なかなか、いい設定だろう?)

 

イフの念話が、嘲るように頭の中に響いた。

 

(下劣極まりないな。子供のくせに、よくこんなことを思いつくものだ)

 

ルシエルの感情は、怒りを振り切って、むしろ冷静さを増していった。

 

(俺は、"おはなし"が好きなんだ。そこはきっと、母上に似ている。

 

母上も、子供の頃、自分の中でいろいろな"おはなし"を思い浮かべていたそうだ)

 

イフの念話が、少しだけ低くなった。

 

(母上も、子どもの頃は、ひとりぼっちで寂しかったと……そう言っていた)

 

 

*

 

 

イフを辺境守護大公に叙任する長い儀式が、ようやく終わった。

 

玉座の列がゆっくりと動き出す。

 

アスモデールが悠然と立ち上がり、赤い瞳を広間に一瞥しただけで、貴族たちのざわめきがぴたりと止まった。

 

その隣にリーザ王妃が続き、美しく結い上げた金髪が揺れる。

 

最後に、イフが小さな足取りで立ち上がり、黒金のローブを翻して母の手を取った。

 

6歳の皇嗣は、母の指を握りながら、満足げに微笑んでいる。

 

その笑みは無垢で、残酷で、どこか大人びていた。

 

アスモデールがゆっくり玉座から降り、リーザとイフを従えて退場する。

 

諸侯たちは一斉に膝をつき、頭を垂れた。

 

その中で、ルシエル辺境伯はまだ跪いたままだった。

 

アスモデールは振り返らない。

 

リーザも、息子イフの手を握りしめたまま、一度もこちらを見なかった。

 

イフだけが、最後に一度だけ、ルシエル父子の方を振り返った。

 

赤い瞳が好奇心と嘲笑で輝き、母の手を引いて歩きながら、小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

「……ばーか」

 

その一言は、広間に残されたルシエルとセオドアには届かなかった。

 

諸侯たちが立ち上がり、ざわめきが再び広がる中、ルシエルはゆっくり立ち上がった。

 

セオドア――この夢の世界で生まれた“彼の子”が、不安げに父の顔を見上げる。

 

アスモデールから下げ渡された、不幸な運命の女との間に、おそらく愛もなく生まれたであろう子。

 

ルシエルはこの“まがいもの”の息子に視線を落とし、かすかに苦い笑みを浮かべた。

 

「セオドア、か……。子が息子だったら、俺がつけようと考えていた名前だな」

 

かつてリーザは、自分たちの子はきっと金髪で、ルシエルのように美しい紫の瞳を持つだろうと言った。

 

セオドアはその通りの容姿でありながら、この世界では彼とリーザの子ではなかった。

 

セオドアは、じっと紫の瞳を父に向けている。

 

かつての幼い頃の自分と同じ、孤独に傷つき、愛を乞う寂しい瞳。

 

父に愛されないことを知りながら、それでも縋りつこうとする瞳だった。

 

「父上……」

 

その声は、リーザの胎内から聞こえた本当の我が子と、まったく同じ響きだった。

 

遠くで、この悪夢の広間の扉が、重く閉まる音が響いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。