※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

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2話 女従者クラレンス

魔界の名門貴族の子弟たちが通う英才教育機関である「蒼血学府(アズールブラッドアカデミア)」は、広大な黒曜石の城郭を思わせる建物で、瘴気の薄い高台に建ち、蒼い月の光が常に校舎を冷たく照らしていた。

 

ルシエルは公爵家の本邸に引き取られて間もなく、この学府へ籍を置くことになった。

 

多くの貴族子弟は寮生活を送っているが、上級家門の者は自宅から馬車で通うことも許されている。

 

公爵家名代であるベアトリチェの意向で、ルシエルは屋敷から馬車でこの学府へ通っていた。

 

貴族の子弟たちはみな、同年代の少年従者を連れていた。

 

昼は一緒に魔術実習や剣術訓練を受け、夜は寮で語り合い、「男同士の絆」を自然に築いていく。

 

しかし、ルシエルの従者だけは……ただ一人、異様に目立っていた。

 

クラレンス。

 

それが、軍征で長く不在の父・ハデス公の名代として、若き女当主となっている異母姉ベアトリチェが、弟のルシエルに随伴させた従者の名前だった。

 

クラレンスは、ルシエルより頭一つ分以上背が高かった。

 

細身で引き締まった体躯を、黒い軍服風の衣装で包み、赤毛を短く切り揃え、その髪よりも赤い瞳を無表情に細めている。

 

一見すれば中性的な美少年に見えるが、歩くたびに胸元がわずかに揺れ、腰のラインが女性的にくびれているのが隠しきれていない。

 

それでも彼女は自らを「クラレンス」と男名で名乗り、主人を「ルシエル様」と、ただ冷たく呼んだ。

 

学府の生徒たちは、クラレンスの美しい容貌に、あからさまに好奇の視線を向けた。

 

「ハデス家の次子、半血のルシエル……あいつの従者は女装をした男なのか?」

 

「でも胸……見ろよ、あれ絶対女だろ」

 

「つまり、あれは男装だ。男名を名乗ってるが、女の匂いが隠しきれない」

 

陰口が飛び交い、ルシエルはそれをすべて聞いていた。

 

ルシエルは——嫌でたまらなかった。

 

なぜ俺の従者が、女であるのか。

 

その理由からして、理解できなかった。

 

他の貴族の子弟は、少年従者と肩を並べて剣を振るい、笑い合い、背中を預け合う。

 

ルシエルにはそれがない。

 

クラレンスは常に一歩後ろに控え、無表情でルシエルを見下ろし、

「ルシエル様、もっと魔力を絞れるはずです。集中なさい」と冷たく言い放つだけだった。

 

同年代の少年たちと比べても、各段上の成績を残しているルシエルに対しても、常にそれ以上の要求をした。

 

その視線は、まるでベアトリチェの監視の延長線上のように感じられた。

 

 

*

 

 

ルシエルが本邸の広間に連れてこられた時、クラレンスはすでにベアトリチェの傍に立っていた。

 

ベアトリチェは黒い絹のドレスを纏い、窓辺に立っていた。

 

プラチナブロンドの髪が輝き、豊満な白い胸が、ゆっくりと上下する。

 

「ルーク」

 

美しい姉君は、ルシエルを愛称で呼んだ。

 

「これからお前の従者になる、クラレンスよ」

 

ベアトリチェは優しく手を差し伸べ、クラレンスをルシエルの前に立たせた。

 

「第一従者(ヴァレット)兼、護衛として、これからお前を支えるわ。

この子は私と同じく、上位魔法が使える。頼りにしていいわ」

 

クラレンスは無表情のまま、片膝をついて頭を下げる。

 

「我が君(マイロード)、ルシエル様」

 

声は低く、中性的。

 

敬意を示しているはずなのに、どこか冷たい響きがあった。

 

ルシエルは体を硬直させた。

 

「……なぜですか、姉上」

 

声が震える。

 

ベアトリチェは微笑んだまま、静かに答えた。

 

「なぜって……お前のとくべつな従者よ。

他の貴族の子たちはみな、同年代の少年従者を連れているでしょう?

でもルークは違う。

お前には、私が選んだクラレンスが必要なの」

 

ルシエルはクラレンスを見上げる。

 

背が高い。

 

男装なのに、胸の膨らみが布越しにわかる。

 

赤い瞳が、ルシエルをじっと見つめている。

 

クラレンスはただ——冷たく、無表情だった。

 

「……俺の従者だけが、女である理由がわかりません」

 

ルシエルは低く呟いた。

 

ベアトリチェはくすりと笑う。

 

「女? クラレンスは男よ。名前も男名で通しているわ。

それに……クラレンスは、お前のために常に忠義を尽くしてくれるわ。

そのためにクララに……男名を名乗らせたのよ」

 

ルシエルは顔を上げ、ベアトリチェを睨む。

 

「姉上の、おっしゃる意味が判りません。とにかく、俺はお断りします。女の従者など、俺は恥ずかしくて連れ歩けません」

 

怒りで、声が震えた。

 

ベアトリチェは優しく、しかし女当主としての冷徹な態度を崩さずに微笑んだ。

 

「ルーク、お前はまだ血醒めの儀を終えたばかりで、魔力が不安定だわ。

いまも……肉体(からだ)の火照りを感じているはずよ」

 

「……そうでもありません。

今は、落ち着きつつあります」

 

「そう。——ではお前、昨日はなんど自分で手慰みをしたの?」

 

ベアトリチェの声は、普段と少しも変わらなかった。

 

呆然として、声すらだせずにいる弟に何事でもないような口調で言った。

 

「お前はすこし、目先の快楽を優先しすぎるところがあるわ。

私たちは悪魔(ディアブロ)よ、欲望こそが魔力の根源なの。

まずは欲望を制御(コントロール)する方法を学ばなければ。

クラレンスがそれを教えてくれるわ」

 

ルシエルは、唇を噛んだ。

 

彼の孤独な領地に、土足で踏み込まれた気分だった。

 

クラレンスは無表情のまま、静かに立ち上がる。

 

「我が君(マイロード)」

 

クラレンスの声は冷たく、事務的だった。

 

「なぜ我が君(マイロード)などと呼ぶ。

俺が爵位を持つことはないのに、お前は俺をバカにしているのか」

 

「お姉上が、そう呼ぶようにと仰いましたので。我が君」

 

クラレンスはそのまま小さく術陣を切り、手のひらの上で、二つの小さな光輪を浮き上がらせた。

 

「これからは、私がルシエル様のお体を管理いたします」

 

「……何をするつもりだ」

 

咄嗟に、ルシエルも陣を切ろうとしたが、ピシャリと何かに打たれた。

 

ベアトリチェだった。

 

彼女が、一瞥するだけでルシエルの術陣は搔き消えた。

 

この女たちは——年若く未熟な魔力しか持たないルシエルよりも、遥かに強い魔性だった。

 

クラレンスの光輪が、両方の手首を締め上げ、食い込む。

 

「しばらくは、無闇にお手遊(てすさ)びいただくことを禁止させていただきます。我が君(マイロード)」

 

魔力で縛られた両手首は、ぎりぎりと締め上げられる。激しい痛みと共に、そのまま頭上で杭打たれた。

 

「ルシエル様の射精には、今後は私の許可が必要です。

勝手に至られることのないよう、このリングで、両手を封じさせていただきました。」

 

「姉上……!」

 

助けを求める相手を、間違っていた。

 

ベアトリチェは、首を傾けて女従者にそれを促した。

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