半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~ 作:古弥須 凱
魔界の名門貴族の子弟たちが通う英才教育機関である「
ルシエルは公爵家の本邸に引き取られて間もなく、この学府へ籍を置くことになった。
多くの貴族子弟は寮生活を送っているが、上級家門の者は自宅から馬車で通うことも許されている。
公爵家名代であるベアトリチェの意向で、ルシエルは屋敷から馬車でこの学府へ通っていた。
貴族の子弟たちはみな、同年代の少年従者を連れていた。
昼は一緒に魔術実習や剣術訓練を受け、夜は寮で語り合い、「男同士の絆」を自然に築いていく。
しかし、ルシエルの従者だけは……ただ一人、異様に目立っていた。
クラレンス。
それが、軍征で長く不在の父・ハデス公の名代として、若き女当主となっている異母姉ベアトリチェが、弟のルシエルに随伴させた従者の名前だった。
クラレンスは、ルシエルより頭一つ分以上背が高かった。
細身で引き締まった体躯を、黒い軍服風の衣装で包み、赤毛を短く切り揃え、その髪よりも赤い瞳を無表情に細めている。
一見すれば中性的な美少年に見えるが、歩くたびに胸元がわずかに揺れ、腰のラインが女性的にくびれているのが隠しきれていない。
それでも彼女は自らを「クラレンス」と男名で名乗り、主人を「ルシエル様」と、ただ冷たく呼んだ。
学府の生徒たちは、クラレンスの美しい容貌に、あからさまに好奇の視線を向けた。
「ハデス家の次子、半血のルシエル……あいつの従者は女装をした男なのか?」
「でも胸……見ろよ、あれ絶対女だろ」
「つまり、あれは男装だ。男名を名乗ってるが、女の匂いが隠しきれない」
陰口が飛び交い、ルシエルはそれをすべて聞いていた。
ルシエルは——嫌でたまらなかった。
なぜ俺の従者が、女であるのか。
その理由からして、理解できなかった。
他の貴族の子弟は、少年従者と肩を並べて剣を振るい、笑い合い、背中を預け合う。
ルシエルにはそれがない。
クラレンスは常に一歩後ろに控え、無表情でルシエルを見下ろし、
「ルシエル様、もっと魔力を絞れるはずです。集中なさい」と冷たく言い放つだけだった。
同年代の少年たちと比べても、各段上の成績を残しているルシエルに対しても、常にそれ以上の要求をした。
その視線は、まるでベアトリチェの監視の延長線上のように感じられた。
*
ルシエルが本邸の広間に連れてこられた時、クラレンスはすでにベアトリチェの傍に立っていた。
ベアトリチェは黒い絹のドレスを纏い、窓辺に立っていた。
プラチナブロンドの髪が輝き、豊満な白い胸が、ゆっくりと上下する。
「ルーク」
美しい姉君は、ルシエルを愛称で呼んだ。
「これからお前の従者になる、クラレンスよ」
ベアトリチェは優しく手を差し伸べ、クラレンスをルシエルの前に立たせた。
「
この子は私と同じく、上位魔法が使える。頼りにしていいわ」
クラレンスは無表情のまま、片膝をついて頭を下げる。
「
声は低く、中性的。
敬意を示しているはずなのに、どこか冷たい響きがあった。
ルシエルは体を硬直させた。
「……なぜですか、姉上」
声が震える。
ベアトリチェは微笑んだまま、静かに答えた。
「なぜって……お前のとくべつな従者よ。
他の貴族の子たちはみな、同年代の少年従者を連れているでしょう?
でもルークは違う。
お前には、私が選んだクラレンスが必要なの」
ルシエルはクラレンスを見上げる。
背が高い。
男装なのに、胸の膨らみが布越しにわかる。
赤い瞳が、ルシエルをじっと見つめている。
クラレンスはただ——冷たく、無表情だった。
「……俺の従者だけが、女である理由がわかりません」
ルシエルは低く呟いた。
ベアトリチェはくすりと笑う。
「女? クラレンスは男よ。名前も男名で通しているわ。
それに……クラレンスは、お前のために常に忠義を尽くしてくれるわ。
そのためにクララに……男名を名乗らせたのよ」
ルシエルは顔を上げ、ベアトリチェを睨む。
「姉上の、おっしゃる意味が判りません。とにかく、俺はお断りします。女の従者など、俺は恥ずかしくて連れ歩けません」
怒りで、声が震えた。
ベアトリチェは優しく、しかし女当主としての冷徹な態度を崩さずに微笑んだ。
「ルーク、お前はまだ血醒めの儀を終えたばかりで、魔力が不安定だわ。
いまも……
「……そうでもありません。
今は、落ち着きつつあります」
「そう。——ではお前、昨日はなんど自分で手慰みをしたの?」
ベアトリチェの声は、普段と少しも変わらなかった。
呆然として、声すらだせずにいる弟に何事でもないような口調で言った。
「お前はすこし、目先の快楽を優先しすぎるところがあるわ。
私たちは
まずは欲望を
クラレンスがそれを教えてくれるわ」
ルシエルは、唇を噛んだ。
彼の孤独な領地に、土足で踏み込まれた気分だった。
クラレンスは無表情のまま、静かに立ち上がる。
「
クラレンスの声は冷たく、事務的だった。
「なぜ
俺が爵位を持つことはないのに、お前は俺をバカにしているのか」
「お姉上が、そう呼ぶようにと仰いましたので。我が君」
クラレンスはそのまま小さく術陣を切り、手のひらの上で、二つの小さな光輪を浮き上がらせた。
「これからは、私がルシエル様のお体を管理いたします」
「……何をするつもりだ」
咄嗟に、ルシエルも陣を切ろうとしたが、ピシャリと何かに打たれた。
ベアトリチェだった。
彼女が、一瞥するだけでルシエルの術陣は搔き消えた。
この女たちは——年若く未熟な魔力しか持たないルシエルよりも、遥かに強い魔性だった。
クラレンスの光輪が、両方の手首を締め上げ、食い込む。
「しばらくは、無闇にお
魔力で縛られた両手首は、ぎりぎりと締め上げられる。激しい痛みと共に、そのまま頭上で杭打たれた。
「ルシエル様の射精には、今後は私の許可が必要です。
勝手に至られることのないよう、このリングで、両手を封じさせていただきました。」
「姉上……!」
助けを求める相手を、間違っていた。
ベアトリチェは、首を傾けて女従者にそれを促した。