※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

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6話 わからせ

「おぅ、ルシエル」

 

学府(アカデミア)の中で、初めてルシエルに気安く声をかけてきた貴族の少年……それがマルコキアス、赤銅色の瞳をしたマルコだった。

 

まるで、最初からの知り合いであるかのような口調だった。

 

彼の名前は、もちろん知っていた。

 

成績は良くないが、軽口の巧みなお調子もので、クラスでも特に目立つ存在の中位貴族の子息だった。

 

「……ああ、マルコキアス」

 

思わず、釣られて返事をした。

 

クラレンスが、訝しげに若い主人を見た。いつ、彼らが知り合いになったのか……?と考えている様子だった。

 

実際のところ、ルシエルが学友らしい学友を持たないことは、学府(アカデミア)の誰もが知っている事実だった。

 

「お前は、駒闘技(チェス)をするか?」

 

ルシエルは、その盤ゲームを誰かと楽しんだことは一度もなかった。

 

「ルールは、ある程度知っている」

 

「それで充分だ。少し俺とやらないか。この階上(うえ)が、学友限定(プライヴェート)の遊び場になっている」

 

はっきりと、そこが貴族の子弟だけに限られたエリアであることを、ルシエルの女従者にも聞こえるように言った。

 

「だが、その"女(まんこ)"連れでは行けない。そいつは、小姓部屋(ペイジルーム)で待たせておけば良い」

 

もちろん、そんな控え室があることを、ルシエルは知らなかった。

 

いつも影のようにルシエルに付き纏うクラレンスが、決して立ち入ることが出来ない空間を、マルコははっきりと示唆してくれていた。

 

「教えてくれれば、駒闘技(チェス)のやり方はすぐ覚えられる。俺も、階上(うえ)へ行ってみたい。」

 

マルコの方へ歩み出そうとして、冷たく女従者に名を呼ばれた。

 

思わず振り返ると、彼の女従者は冷たい目を崩さず、ルシエルの"ご学友"と睨み合っていた。

 

「馬車を待たせております、ルシエル様」

 

「馬車なんて、待たせておけば良い。おい、聞こえなかったのか、……女(まんこ)。

たかが第一従者(ヴァレット)が偉そうぶって、あまりお前の主人に恥をかかすなよ」

 

マルコキアスに下品に煽られても、クラレンスはその冷徹さを変えなかった。

 

ルシエルは、マルコの加勢を得たタイミングを逃さず、ただ短く彼女に「待っていろ」と言うことが出来た。

 

クラレンスは、口を結んで従った。

 

「……では。私はこちらで、お待ちしております」

 

女従者はその冷たい瞳で、少年たちを見据えていた。

 

 

*

 

 

学府(アカデミア)の少年たちだけが立ち入れる専用階は——散らかり放題でまさにゴミためだった。

 

貴族の子息たちは思い思いにタバコをふかし、雑談やゲームに興じている。

 

壁に貼られた、破れかけた卑猥なポーズの幼い少女の漫画絵(イラスト)には、誰かがふざけて飛ばし合い競争をしたような、黄ばんだ精液のシミが残っている。

 

「誘っておいて悪いが、まぁ正直なとこ、ここ20年は、誰も駒闘技(チェス)盤の在処(ありか)なんかわからねぇわ」

 

マルコは誰かが脱ぎ捨てたマントをソファから払いのけて、どっかりと腰を下ろした。ルシエルも、さそわれるままに反対側に腰を下ろす。

 

「ここにゃ下らねぇものが、大量にある。時間潰しにはちょうど良い。エロネタ、ズリネタにも困らねぇぜ。持ち込み自由、持ち帰り自由だ」

 

尻の下敷きになっていた、雑誌や猥褻本を引き出し、ドサっと机の上に投げ出した。

 

何気なく手に取ると、か(・)な(・)り(・)、過激な挿絵の入った、卑猥な小説だった。

 

内容は大したことがない。

 

美しいが異常性癖の魔界の王子が、人間界の可憐な姫君につきまとい、罠におとしいれて犯しまくるだけの単純なストーリー。

 

美しい姫君はいやいやながらも下半身を差し出し、「いやあ♡ゆるしてぇ♡あんあん♡」を繰り返す。

 

敵に囚われた姫君(プリンセス)は”悪の帝王”に強姦され、主人公の目の前でみだらに喘ぎ、絶頂に絶頂を重ねる……安直な陵辱ものだったが、なかなかに情欲をそそられた。

 

この忌々しい禁欲の手鎖がなければ、一夜に何回でも果てることが出来そうな過激さではあった。

 

「……持ち帰りたいが、生憎、俺は二十四時間ずっと、あの女従者(ヴァレット)に監視されてる。

俺にいま、そっちの自由はゼロだ」

 

恥をさらしても、一向に構わない気持ちになっていた。

 

クラレンスに嵌められた両手首、その禁欲の印を見せると、マルコは目を丸くした。

 

「おーい、マジかよ……。

今どきそんなの流行らねぇぜ。こんなの虐待だろ。

強制オナ禁なんて、ちんぽの人権、尊厳に反する大罪だ」

 

悪魔(ディアボロス)に人権があるのかはさておき、マルコはルシエルが置かれた状況に憤慨してくれた。

 

「苦しいはずだ。おまえの姉上がやったのか」

 

「血醒めの儀のあと、魔力を制御しろと言われてる。姉上のご意向だが、やったのはあの……女(まんこ)従者だ。

俺を縛りつけ、監視し続ける。

イライラする、殺してやりたいくらいだ」

 

自然と、彼の女従者クラレンスへの嫌悪感が溢れ出た。

 

「従者ってのは、すぐつけあがるよな。時々ああやって、バーンと言って”わからせ”てやらないとダメだ。

使用人(あいつら)はいつだって、自分こそが"飼い主"だと勘違いしやがる」

 

ルシエルは小さく頷きながら、ぽつりと呟いた。

 

「俺も、手を焼いている。

あれは岩人形(ゴーレム)みたいな女だ」

 

従者なんて連中は、大嫌いだった。

 

信頼関係を築きたいとも、ああいう奴らを身近に置きたいとも、もはや微塵も思わなかった。

 

「従者部屋でも、あの女(くそビッチ)は噂の的らしい。

 

俺の従者が言うには……何人かがさっそく裸に剥こうと悪さを仕掛けたが、彼女の高位魔法にカリッと表面を炙られて、速攻(ソッコー)、尻尾を巻いて逃げ出した」

 

もちろん、そのことをルシエルは知らなかった。

 

「無爵のお前にまで、高位魔術者の従者が付くんだから、さすがは大公爵家だな。

うちなんかショボショボ中(・)流(・)家(・)庭(・)だから、ほんとにミジメだぜ」

 

「女公爵になるのは、俺の異母姉(あねうえ)だ。俺には、なんの恩恵もない」

 

「そうは言っても、あのハデス公の息子ってのは、すげーデカい看板だ。

お前には、魔界中の女貴族たちから、婿養子の口が山ほど押し寄せるだろう。

 

なんせ、見映え(ツラ)がいい。

女ってのは結局、顔が良けりゃなんでもありだ。どんなドクズ野郎だってアンアン♡抱いてだぜ、畜生め」

 

マルコの遠慮のない言い回しに、ルシエルも思わず笑ってしまった。

 

学府(アカデミア)での修練とは別に……

公爵家の本邸では、狩猟術、魔術理論、詩作や礼儀作法といった、貴族の少年に相応しい厳しい教育がルシエルに課せられた。

 

その修練はどんなに厳しくとも、ルシエルを父の後継者、公爵位に相応しい男子とすることを「目的」としていなかった。

 

この家に側室の子として迎えられ、時が来たら"使い勝手のいい"婿養子、政略結婚のコマとして、他の有力な家門に送り出される——

 

美しい種馬候補生として、魔界中の女公主たち、高位の女性貴族たちに競売(せり)に出されるのと同じだった。

 

それが、この美しい少年・ルシエルに与えられた現時点での”役割”だった。

  

「俺は……本当は、父のように勇ましい軍人になりたい。

父が従えと言ってくれれば、どんな辺境へでも赴くのに」

 

父であるハデス公は、なんどか娘のベアトリチェを、責任ある公爵家の嫡子として軍征に伴っていた。

 

すでに高位魔術者であり、公爵家に伝わる古代詠唱(エイシェント・チャント)の使い手である彼女は、白銀の鎧も美々しく、何度も目覚ましい働きを見せて、その勇名を高めていた。

 

「まぁ夢物語だな。

お前の姉上は完璧すぎる。ベアトリチェ嬢こそ、魔界の姫将軍だ。ハデス公の掌中の珠(タマ)ってやつか。

 

お前にぶら下がってるタ(・)マ(・)の方は、せいぜい種馬としての婿入り道具ってとこだが」

 

「俺も、せいぜい美(・)貌(・)を磨くとしよう。おとこ妾(メカケ)として高く将来売れるように」

 

マルコは、面白がるようにニヤリと笑った。ルシエルの自虐じみた言葉に、素直に好感を持ったようだった。

 

「ルシエル、お前はへんな奴だし、おかしな女従者を連れてて、みんな近寄りがたかった。

だが……話してみたら、お前は悪い奴じゃない。

独りでムッツリしてないで、たまにはここに顔を出して、息抜きしていけよ」

 

タバコを取り出して、ルシエルにも勧めた。

 

「ま、貴族になんて、生まれるもんじゃねーな。……みんな、長すぎる魔性の寿命にうんざりだ」

 

火を分け合いながら、マルコがそう言った。

 

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