半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~ 作:古弥須 凱
全てが、終わっていた。
ルシエルに蹂躙され、征服され尽くしてリーザは顔を背けて泣いていた。
リーザのその瞳から、絶望の涙が溢れているのに、荒く弾む呼気に喘いでいたルシエルは、まったく気づかなかった。
彼はただ、自分の"勝利"に酔っていた。
美しい王女は、彼のものになることを選んだ。ルシエルに全てを捧げ、与えられた快楽に、ひたすらに涙を流していた。
彼は強い男として、リーザから抵抗する力すら奪い尽くし、快感に沈め、彼の愛のもとに屈服させたのだ。
もうルシエルは、惨めな"半血坊ちゃま"ではない。自分の力で、女を、リーザを従えることのできる男になった。
——それを今夜、彼は自分のちからで証明したのだ。
リーザは顔を背けたまま、彼の方を見なかった。
たった今まで、二人は幼くも激しい愛を交わしていたのに——視線を逸らしているリーザに、どこか冷たい拒絶を感じとって、ルシエルは少し不安になった。
そっと、彼女に触れようと手を伸ばした。
そしてやっと——遅すぎたが少なくともようやく、彼女が悲しんでいることに気がついた。
「リーザ……まだ、泣いているのか?」
低い声が震え、戸惑いを隠せなかった。
慌てて体を起こした。
「……痛かったか? ……すまない、俺は……お前を悲しませるつもりじゃなかった」
優しさを見せようとするその瞳から、あの暗い焔に燃える欲望はもう消えていた。
「リーザ。泣かないでくれ……本当に、こんなことをするつもりじゃなかった」
しかし、どこまでが本当なのかは、もう説明することが出来なかった。
ついさっきまで、ただのルークだったはずの少年は、あの瞬間からとつぜん自分の欲望のままに、リーザからすべてを奪っていた。
俺のものになれ、と耳元で繰り返した。
そして最後にリーザをきつく抱きしめ、震えながら……ああ、と低く呻いて彼自身を開放し尽くした。
リーザ、と少女の名前を繰り返しながら、果てた。
状況は、なにもかも変わっていた。
リーザは——涙が止まらず、ただ嗚咽を漏らしていた。
屈辱の熱が体中を駆け巡り、彼の感触がまだ残る内部が、裏切りのように痛みに疼いて、自己嫌悪が募った。
ただ、彼を憎みたかった。
「やめて……もう、離して……。
私を、こんな目に遭わせて……あなたなんて大嫌いよ、ルーク」
声が震えた。
拒絶の言葉を吐き出すたび、心の傷が深くなる。
ルシエルの表情が落ち着きを失い、紫の瞳に不安の影が差していた。
「俺は、ただ……お前が欲しかっただけだ。
でも、こんな風に、泣かせてしまうなんて、思ってなかった。
俺は……お前を傷つけてしまった。」
戸惑う瞳に、はっきりと罪悪感が浮かんでいるのがわかる。
雨が強くなり、東屋を叩く音が、二人の沈黙を埋めていく。
リーザはまだ体を震わせ、涙を拭うこともできず、ただ彼の視線に耐えた。
「絶対に許さないわ、ルーク。あなたなんて大嫌い。
二度と、私に触らないで……!」
ルシエルの表情が、動揺にはげしく揺れた。
「いやだ。……駄目だ、リーザ。たのむ、俺を嫌わないでくれ」
その声が震えていた。
抱き寄せようとするのを、強い視線で拒まれたにも関わらず、ルシエルは少女を抱きしめた。
「お前に嫌われたくない。忘れてくれ、今のことを全部、わすれて——思い出さないでくれ」
そのまま冷たい手で、リーザの額を掴んだ。
「何をするの……!」
「俺も忘れる。……だから、俺のした恥ずかしいことを、お前も忘れてくれ。
頼む、リーザ。お前に、嫌われたくない。
——お前を好きになった。だからこれ以上、嫌われたくないんだ」
必死の声だった。
彼の美しい瞳から、涙がこぼれ落ちた。
自分の犯した罪の重さ、リーザを深く傷つけたことをようやく知って、ルシエルは絶望の表情を浮かべていた。
ぱんっと、音を立てて、彼の手を払いのけた。
「ルーク、貴方のいう男らしさってそういうことなの?都合の悪いことをただ胡麻化しているだけだわ。
私は、あなたがしたことを忘れない。あなたを憎むわ」
リーザは、許さなかった。
誇り高い王女として、自分を傷つけたルシエルを決して許さないと決めていた。
「リーザ、すまなかった。俺を許してくれ」
「許すわけないわ。……近寄らないで!」
そう突き放されて、ルシエルは片手でその黒い髪を掻きむしった。
「お前は二度と、許してはくれないんだな。
——俺は馬鹿だ。どうしてこうなったのかも、俺にはわからない」
そして苦悩の表情のままで、自分の額を掴み、なにかを低く——詠唱した。
その美しい容貌を隠した手のひらの下から、一筋の涙が流れ落ちた。
「俺を、好きになって欲しかった。それなのに、俺は全部をだめにしてしまった」
その言葉が、ルシエルという少年の弱さを、そのまま現していた。
魔法のような青白い光が爆ぜて、彼の手のひらから流れ落ちる——
その瞬間、リーザの目の前からすべてが消えた。
昏い森も、雨に濡れた東屋も、美しい瞳の少年も——すべてが夢の中へ消えた。
魔界の
王宮の自分のベッドで目覚めた時、リーザはまた清い肉体のままで、オルヴェス王国の第一王女リーザに戻っていた。
自分がしたことを忘れてくれ、と夢の中の少年は言った。
確かめるように、自分の首筋にふれてみた。
そこは少しだけ、あの美しい少年の唇が触れたときのあの熱さが、まだ残っているような気がした。
ルーク……夢の中の少年が犯した罪の、その渇望の全ては、はっきりとリーザの記憶の中に焼き付けられたままだった。
そしてまた再び、——同じ十二夜の夢のなかで、彼と巡り会ったとき、リーザは決して、ルシエルを許さなかった。