※この作品はR-18です。

半血魔王のクロニクル ~黒き貴公子シリーズ総集編~   作:古弥須 凱

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18話 言伝<メッセージ>

ベアトリチェが、彼女の弟君との別離を決心してから、数か月が経過していた。

 

そして今もってまだ、彼らはより深く、はげしく愛し合っていた。

 

「ビーチェ。お前を失ったら、俺はだめになる」

 

すでに、汗がその肌を冷やし始めていた。

 

折り重なり、絡まり合った糸細工のように、いまだに美しい姉弟は分かちがたく結びついていた。

 

「私はここにいるわ、ルーク。ここにいるじゃない」

 

「——姉上がいなければ、俺は生きてはいけない」

 

「私はいるわ。いつもお前と一緒にいる」

 

弟君の声が震え、紫の瞳に涙が滲んだ。

 

ベアトリチェは静かに、彼女の美しい……半血(ハーフブラッド)の異母弟を抱きしめた。

 

「ビーチェ、俺を見捨てないでくれ。

姉上は俺に強くなれと言った。

でも、俺をこんなに弱くしているのは姉上だ。

俺を愛してくれるのも、姉上だけだ。

ビーチェを失うなんて、俺には耐えられない」

 

「私たちは誇り高いハデス公爵家の姉弟(きょうだい)よ。

私たちは双頭の竜(ドラゴン)なの。

二つの頭がお互いを愛し、飲み込もうとした……

最後には何も残らないわ。お互いを焼き尽くして消え去るのよ」

 

「——父上は、もう俺の婚約をお認めになったのか?」

 

「ええ、今朝になって、使い魔が書状を持ち帰った。

私に一任すると、ただそれだけよ。

次の私の婚約式に、数十年ぶりかに……戦地からお戻りになるわ。

久しぶりの……家族の団欒ね」

 

ベアトリチェは、最後には少し皮肉めいた口調になった。

 

「お前がもし兄で、私が妹だったとしても、きっと何も変わらなかったわ。

お前が純血の嫡男で、私が半血の庶子の姫君だったとしても同じよ。

 

私たちは必ず愛し合い、破滅の道へと走り続けた。

私は必ず、お前に魅入られて、愛し、破滅するわ。

どんな運命であっても変わらない。わたしたちが運命そのものだったのよ」

 

罪深い夜を重ねて、姉弟(きょうだい)は裸のままで見つめあった。

 

「いつかお前には、誰か、ほかの女性(ひと)を愛してほしいわ」

 

「そんな日は決して来ない、ビーチェ。俺にはお前しかいない」

 

ルシエルは彼女の手をとって、冷たい指先に口づけた。

 

「俺を愛してくれたのは、姉上だけだ。……俺はずっと独りだった」

 

「お前はまだまだ子供ね、ルーク。

でももう、お前は大人にならなければいけないわ」

 

ベアトリチェはルシエルの冷たい頬に触れ、まるで別れを惜しむように接吻した。

 

「あなたが好きよ、ルーク」

 

初めて、彼女の恋人を、あなたと呼んだ。

 

「あなたは私の最愛のひとなのよ。決して忘れないでね」

 

 

*

 

 

ベアトリチェの私室は、いつもより冷えていた。

 

蒼い月の光が黒曜石の床に差し込み、プラチナブロンドの髪を銀色に染めている。

 

彼女は机に向かい、ハデス公爵家の名代女当主としての署名を終えていた。

 

父であるハデス公爵への、ルシエルの婿入り先がほぼ内定したという報告だった。

 

ノックと、その後の許しを得て、家令アルフレッドが静かに入って来た。

 

ベアトリチェの前で、静かに頭を下げた。

 

「レディ・ベアトリチェ。——今しがた、御父上、ハデス公爵閣下が、お屋敷にお戻りになられました」

 

父の持つ、膨大な魔力の波動一つ感じなかったというのに、家令は低い声で、その信じがたい事実を女当主に告げた。

 

「………なぜ、いまのお戻りなの」

 

「レディ・ベアトリチェ……

大変申し上げにくいことですが、これ以上、隠し通すことはできませんでした。

私が……ハデス公爵閣下に、すべてを報告いたしました」

 

ベアトリチェは、表情を崩さなかった。

 

家令のアルフレッドは、ハデス公爵家で最も長く仕えてきた、父が厚い信頼を寄せる老人だった。

 

「知っていたのね、アルフレッド」

 

「メイド長のアルマが、気づきました。それでも、ずいぶんと時間がかかりました」

 

父が帰邸していた事実を知ると、部屋の空気が一瞬で、ベアトリチェにとって重く感じられた。

 

「閣下がお待ちでございます。お二人でお話されたいと。あなた様を、祖先の墓所へお呼びになりました」

 

静寂が部屋を満たした。

 

ベアトリチェはゆっくりと立ち上がり、窓辺に寄った。

 

外では、蒼い月が冷たく輝いている。

 

「……そう。少し待ってちょうだい」

 

傍らにあった、古びた革装の詩集を手に取った。

 

銀の羽ペンを手に取り、さらさらと短く一文だけを書いた。

 

ベアトリチェが愛し、歪め、壊しきった異母の弟への、愛のかたみだった。

 

最後に、B とだけ、彼女の頭文字(イニシャル)を綴り、インクが乾くまでの束の間を、待った。

 

——永遠に、あなたを愛しているわ。 B

 

ベアトリチェの白い手の中で、小さな詩集(ブックレット)がぱたんと音を立てて閉じた。

 

「アルフレッド。あの子を、ルシエルを守ってあげて」

 

最期の言伝(メッセージ)——それをただ慈しむように、小さな革装の表紙を見つめていた。

 

「家門の者が皆で、誠心誠意お支えいたします。……レディ・ベアトリチェ」

 

「ありがとう、アルフレッド。

——出来ることなら、あの子が私の亡骸を見ないようにして欲しいわ」

 

老家令は、一言も発することが出来なかった。

 

誇り高く、気高い女当主として、ベアトリチェは公爵家の地下、祖先の墓所へと歩み去っていった。

 

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