※この作品はR-18です。

ETERNAL TREE Fan Fiction ―永遠の旅路―   作:モコモコ毛玉

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PROLOGUE

 

 神代と現代の文明が融合するティタレッラ大陸において最もメジャーな職業はなにか――そう問われた時、多くの者が口を揃える一つに "真尋者" というものがある。

 真を尋ねる者と書いて『真尋者(シーカー)』もしくは『真尋者(ウェイカー)』と呼ばれる彼・彼女らは大陸をまたにかける冒険者であると同時にティタレッラに遺る神代の遺跡の発掘・探索を通し、喪われた神代の歴史を解き明かそうとする探究者の側面をあわせ持つのだ。といえばまあ、たしかに華はあるんだろう。ただ物事には光と影があるように、時代と共にその在り方も移ろうように、現代において真尋者という記号はト(・)レ(・)ジ(・)ャ(・)ー(・)ハ(・)ン(・)タ(・)ー(・)兼(・)な(・)ん(・)で(・)も(・)屋(・)として解釈されることが殆どだ。収入源が収入源だけに安定した生活とは程遠く、多くはギルドなど公的機関に所属するのが一般的で私たちのような無所属の真尋者は日々をしのぐことで手一杯というのも珍しい話ではない。おまけに仕事柄、危険と隣合わせが当たり前で明け方に会話した相手がその夜に無言の帰宅を果たしたなんてことも往々にしてある。だというのに真尋者を志す者が後を絶たないのは何故か。

 理由は幾つもある。でも根幹はとても単純だ。

  "そこに夢(ロマン)があるから――。"

 おもいおもいの夢を馳せ、それに殉じる生き様しか許されなかった者でさえ真尋者という職は受容(うけいれ)る。らしくもないそれはたぶん走馬灯のようなもので、直後、首へ奔った衝撃に私の身体は否応なしに宙を跳ねた。

 ――真尋者(シーカー)様!

 慌てる声に返事をする余裕はない。硬質の柵に叩きつけられたことで肺から喉へ一斉に逃げだした空気に乱れる呼吸を根性論でねじ伏せる。自分の首筋を手で触れて、痺れの残る身体にムチを打って、片手剣を両手で握りしめた。途端、耳障りな金属音と散る火花を前に舌打ちを一つ。私はブーツの踵に仕込んでおいた目眩まし用の共鳴器を起動させた。

 

 

 【BRANCH―PROLOGUE―】

 

 ブロロンボンブロロンボン。

 今にも息絶えてしまいそうなエンジンの悲鳴を子守唄にアレシア大砂海へ飛び出してどれくらい経ったのか、日除けに使っていたシーツを軽くのけて外を眺めてみても飛びこんでくるのは岩やサボテンといった馴染みの顔ぶればかりだ。

「――あら、起きたの?」

「こうも暑いと流石に、ね……誰かさんの言うとおり、多少の借金をしてでも冷房装置を多く確保すべきだったって後悔してたところだよ」

 今更言ったところでうだる様な暑さが鳴りを潜めてくれるわけでもない。それでも嘆息の一つや二つ吐かなければやってられない程度には私の気分は急斜面を転がり落ちていて、それを察してかエイキョ――私の親友にして真尋者としての相棒――は生返事の相槌を挟んでから言葉を紡ぐ。

「多少の借金でどうにかできる数を揃えたところでこの熱気には焼け石に水でしょ。そうじゃなくても今の状況でそれだけ寝れてるなら誤差よ、誤差」

 言外に恨み言が混ざったような声にルームミラーを見つめると、したり顔の彼女と目があってしまう。

「はいはい。どうせ私は無所属の身にあるまじき暴挙にでたうえ聡明な相棒の忠言も無碍にした愚か者ですよ――っと」

 ガタン。と、砂岩を踏み台に骨董品のジープが大きく跳ねた。やかましいエンジン音がひときわ煩く喚き散らしたことに弁護の声でもあげるべきか悩んだのも束の間で結局、私は口を噤んだまま堅い背もたれへ身体を預ける。常識的な真尋者であればたとえ無所属であっても酷暑期の砂海へ立ち入る真似は絶対にしない。私だって出来ることなら危ない橋は渡りたくなかったが自ら不注意で一ヶ月分の食費を一晩のうちに使い果たしたとなればそうもいってられず、そんな折に今(・)後(・)半(・)年(・)は(・)働(・)か(・)ず(・)に(・)済(・)む(・)よ(・)う(・)な(・)報(・)酬(・)額(・)の依頼を見つけてしまったが最後、見え透いた罠であっても食いついてしまうのが貧乏真尋者の性(さが)というもの。当然、この依頼を受けたと知ったエイキョから「バッカじゃないの!?」とそれはもうこっぴどく叱られたわけだが件の散財には共犯者がいる。親友の名誉のために敢えて重箱の隅をつつく真似はしないが、ようするに彼女もまた同じ穴のグララということだ。

 なにはともあれ、目的地の "水神都市クノッソス" までこれ以上ない順風満帆な道程を歩めたとしても丸二日前後かかる。当然そんな甘い話がある筈もなく、合間合間で集落へ立ち寄る都合も踏まえれば必然的にそれ以上の長旅となることは避けようがない既定路線なわけで――お互いに軽口を叩ける元気があるうちに少しでも砂海を横断しておきたい暗黙の了解のもと、口数は自然と減っていく。くだらない話でもしなければ退屈と暑さに気が滅入る一方とはいえ会話に体力や気力を割くわけにもいかず、ふと青空を見上げた私の視界に金色の尾が過った。

 

 

 ――エイキョ、止まって!

 

 

 条件反射でとびだした自分の大声で急ブレーキをかけたジープから投げ出されそうになったが今はそれどころじゃない。僅かに眉を顰めて「いきなり大声だしてどうしたの?」と此方を振り返る親友へ私は端的に「あ(・)れ(・)」と空を指差す。

 未だ謎多き神代について判明している数少ない一つの中に『方舟因子(アーク・リアクター)』という物がある。それはティタレッラにおいて神代から飛来する物体の総称であり、多くは流星という形で現れる――そう、正(・)に(・)今(・)、(・)上(・)空(・)を(・)駆(・)け(・)抜(・)け(・)て(・)い(・)る(・)そ(・)れ(・)と(・)同(・)じ(・)よ(・)う(・)に(・)。

 途端、またエンジンが悲鳴をあげたことを気に留める者など誰もいない。私と相棒の頭の中は既にニヨルド(※ティタレッラ大陸で広く流通している共通通貨。)のことでいっぱいだった。

「振り落とされないようにしっかり掴まっててよね!」

「言われなくとも!」

 前方の砂丘で待ち受けるアラビア狼の群れが襲撃体勢を整えていようと迂回している暇はない、相棒もそれを知ってかエンスト覚悟でアクセルをベタ踏みして加速を指示し続けている。そんな弾丸が如き金属塊を前に本来なら砂海における食物連鎖の上位に君臨する彼・彼女らも異変を感じとったのか蜘蛛の子を散らす様に捌(は)けていった。これで怨みをかってしまえば執念深い獣から延々とつけ狙われるリスクもあったが此方とて譲れない事情というものがある、私やエイキョのような後ろ盾がない無所属の真尋者にとってチャンスを棒に振ることは自ら明日を手放すに等しいのだから。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 時間にして十数分と幾(いく)ばくか。

 無事に見晴らしの良い崖の上へ陣取ることができたものの状況は芳しい物ではなく、私とエイキョは揃って息を潜めながら双眼鏡を片手に先客たちの同行をうかがい続けていた。

 (一二の三四(ひ・ふ・み・よ)とんで十二……いや、石柱の陰にいるのも含めたら十三か。)

 レンズ越しに映る神代遺跡の周囲で蠢(うごめ)く見慣れた服装の者たちを前に恐らくは相棒も同じ結論に辿り着いたのだろう。トントン。と、肩を指で叩いてきた彼女の表情は案の定、苦虫を噛み潰したかのような渋いもので――。

「あそこにいる連中、トワはどう思う?」

  紡がれた問いに私は静かに首を横へ振って答える。

「――十中八九、エネアドの真尋者じゃないだろうね……まあ可能性自体はゼロじゃないと思うけど、もし本当にエネアドの関係者ならあの遺跡にこうも手間取ってるのはいくらなんでも不自然でしょ」

 その結論はエイキョにとってもおおかた予想通りだったんだろう。長く小さい嘆息混じりに悪態を零す彼女の心中は察するに有り余るものだった。

 未発見及び未発掘の方舟因子は大陸法によって『先に手にした者がその所有権を有する』と定められているが、その条項が明らかにしているのは『所有者の有無を問わず登録や正式な相続手続きなどが行われていない場合、それを手にした者へ自動的に所有権が移る』ということだけ――つまるところ権利の保護はあくまでもお題目でしかなく、欲しければ力づくで奪えば良いが許されたなんともご都合主義的なあれというのが実情というわけだ。もっともそれ単体については別に今更どうというわけではない、問題は先(・)客(・)た(・)ち(・)は(・)身(・)分(・)を(・)偽(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)可(・)能(・)性(・)が(・)極(・)め(・)て(・)高(・)い(・)ことにある。

 大陸全土にギルドは数多くあるが "エネアド" といえばそれらの中でも最大手の一角と呼んで過言ではないほど著名なギルドで現在地から最寄りの都市にあたるアルフヘイムにも支部が存在している。だからこそ、あの場にエネアド所属を示す装束をまとった者が集まること自体はなんら不思議はない。ないのだが、眼下にそびえる神代遺跡はそんな彼・彼女たちによって数年前に調査を終えた場所なのだ。それにも関わらず遺跡への侵入に手こずるというのは些かおかしな話ではないか?

 確証はない。ただ連中が本当に身分を偽っているなら厄介事は免れず、抱えている依頼については余裕をもってアルフヘイムを出発したおかげで多少の遅れが生じても問題はない・あの遺跡には依頼で何度か足を踏み入れた経験があるとはいえ目下のリスクに対して確かなのは『それがリスクである』ことだけの現状でマトモな真尋者が取るべきは論ずるまでもなく撤(・)退(・)の二文字以外に有り得ない。

 だからそう。全ては■■■■■のせいだ。

 

 

「さて、と。これ以上ここでもたもたしてるだけ時間の無駄だし行ってくるよ。もし一時間経っても私が戻らなかったり、連中がキミの存在に気づいた素振りを見せたら私のことは置いてすぐに離脱して」

「はぁっ? ちょっと、なに、どうしたのよ……らしくもない。誰がどう考えたってここは撤退が定石でしょう、あんただっていつも言ってるじゃない」

「 "真尋者たる者、常に用心深く猜疑心を忘れるなかれ" ――もちろんわかってるさ。理解してる(わかってる)し、そうすべきだ(わかってる)し、エイキョの判断は間違ってない(わかってる)」

「だったらバカな提案はやめてよ。そりゃあ少しでも実入りが多くなるに越したことはないし、あれが神代遺物だったらマニアとしては喉から手がでるほど欲しいけどそれもこれも命あっての物種なんだから」

 そう、彼女の考えは何一つとして間違いではない。

 多少なり遺跡の内部構造を把握しているからと言って徹頭徹尾、自分たちに都合よく物事が運ぶことなんて有り得ない。理解してる筈なのに私の四肢は粛々と準備を進めていく。

「真尋者の勘が言ってるんだ。ここで退(ひ)いたら後悔するって」

「またそれ、前にもそれに従って痛い目をみたばっかりじゃない。なにを意地になってるのか知らないけど――って、ちょっと、トワ!?」

「伝えるべきことは伝えたから、あとは任せたよ!」

 背後から小さく、それでいて大きな声で静止を呼びかける相棒を無視して私は姿勢を低く保ちながら不安定な砂の海面を踏みしめる。

 エイキョは私よりずっと聡明だから、説得するだけで骨が折れてしまうのは言わずもがな、今回のような自爆じみた無謀としか言いようのない行進を承服するわけがない。立場が逆なら私だってそうしてる。身体は誘蛾灯へ導かれる羽虫のように、それでいて思考は何処まで冷静なまま。

 きっちりと叱られるためにも、生きて帰らないと。

 

 

 まるで盗掘にでもあったかのような荒れ果てた仄暗い空間を記憶を頼りに進んでいると程なくして明らかに彩度の異なる通路へ合流した。

 方舟因子が落下する位置に法則性はないというのが通説で、今回のように元々そこへ収まる予定だったと言わんばかりの不時着は極めて珍しいケースとされている。もっともそのおかげで遺跡が大破することもなく、先客は侵入に手間取り、私が過去に同行した調査でたまたま発見した秘密の抜け道も存命だったわけだが。

 (なんというか、ここまで順調だとかえって気味が悪いな……嵐の前の静けさじゃないといいけど。)

 未踏の神代遺跡においてもっとも警戒しなければならない脅威の一つに機械守衛(ガーディアン)がある。

 読んで字のごとく神代遺跡を守護するそれらは役割・サイズも様々だがいずれも注意すべき対象であることに変わりはなく、特に戦闘型の機械守衛ともなれば大なり小なり殺傷能力を有することが殆どで実際に調査隊が全滅したなんて例も絵空事ではなく過去実際に起きていることだった。あまり想像したくないが万に一つでも機械守衛と先客に挟み撃ちされるなんて事態になればその時点で私の詰みは避けられないだろう。

 しかしそんな不安を嘲笑うかのように通路にも、その先にあった広間にさえ機械守衛はおろか罠の一つすら見当たらない現実は強烈な違和感となって私の胸に堆積する。これなら私たちが先客と思っている連中も実は私たちと同じ『後発組』で、遺物を含む合切は既に真の先客の手で盗まれた後と言われたほうがまだ納得できた。

「――だとしたら骨折り損のくたびれ儲けもいいとこだな、それこそ最悪だ」

 思わずそんな本音が零れてしまう。

 そうしてなんの気なしに壁へ手をついた私の身体は何故か支えられることなく傾いていき――鈍い音をたてて回転する神代の壁から危うくギロチン刑を科されるところだったが慌てて飛びこんだ先、広大な広間にポツンと設置された昇降機に私の口元は意図せず緩む。

 大当たりだ。と、根拠の薄い確信を胸におおよそ現代でもそう目にする機会がない規模のそれへ用心しながら近づく私を半開きのままとなった口が出迎えた。恐らくは不時着した時の衝撃かなにかで扉の開閉機構が不具合を起こしているのだろう、幸いにも内部を覗いた限り損傷が拡大している様子はなく操作盤も他の神代遺跡で見かけた物と類似していたおかげで鉄のゆりかごは従順に地下へ潜りはじめた。私が遺跡に侵入してからそう時間は経ってないはずとはいえ探索を続けられるのは次に扉が開いた先で最後だろう。もし此処まできて空振りだったのなら諦めもつくというもの。

 やがて昇降機が微かな振動を止めて大口を開いたことに死角となる昇降機内部の隅から顔を覗かせた私は二の足を踏むことすらできず立ち尽くす。

 静謐な空間の中央に鎮座する巨大な琥珀色の結晶・そこへ伸びる一方通行の通路・それらを覆う壁面に彫られた神代の文化を象徴する精緻な紋様の数々が暖かな光を灯す様は相棒ほど『神代』という文化に対する教養がない私でも言葉を奪われてしまうほど荘厳だ。

 なにより私の目を惹いたのは前方およそ数十メートル先、中央に鎮座する巨大な琥珀に閉じ込められた少女のような人形(ひとがた)――それは人間のようで人間ではない。人(・)間(・)で(・)あ(・)っ(・)て(・)良(・)い(・)筈(・)が(・)な(・)い(・)。純白という表現すら生ぬるく、触れることはおろか近づくことすら不純と思わせるナニカが人の形を成しているとしか思えない。

 私の身体が人形(ひとがた)の前で立ち止まっていることを自覚した頃には無(・)意(・)識(・)に(・)伸(・)ば(・)し(・)た(・)手(・)が(・)琥(・)珀(・)越(・)し(・)に(・)重(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 痛みはなく、目眩や気絶といった類の物でもない――ただただ意識は暗転して、私の脳内は見知らぬ景色を投影していく。

 ――崩落した教会のような建造物。

 ――何者かに手を引かれて逃げる少女。

 ――それを納めた太古の棺(ひつぎ)を見守る多くの人々。

 感傷もなければ干渉もできず淡々と繰り返す欠損の酷い無音の上映会も束の間、誰かが頬へ触れる感触に急浮上をはじめた意識は介する暇もなく光を映す。

 抑揚のある澄んだ声が紡いだ機械的な言葉の羅列もそう、あまりにも突飛な出来事の連続にショート寸前の思考が煙をふきかけている私を置き去りのままにして先(・)ほ(・)ど(・)ま(・)で(・)琥(・)珀(・)に(・)|(・)秘(・)《(・)と(・)》(・)じ(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)少(・)女(・)は立ち上がり。

 ―― "ごきげんよう、真尋者さま" 。

 自らスカートの両側をつまみ恭しく頭を垂れる姿に、私の思考は完全に考えることを放棄していた。

 

 

 機械人形(ゴエティアドール)――神代よりもたらされる遺物の一つにそう呼ばれるものがある。

 体表に覗く金属部品を除けば人間と区別のしようがないほど精巧に造られたそれは一説によると神代の人々が自らを模して創造したものなんだとか。現存するそれらの報告例は極めて少なく、仮に商品という形で扱えばその価値は生涯にわたってあらゆる贅を尽くしても尽きないだけの財に等しいというのは真尋者間では有名な与太話だ。

「ごめん、ちょっと待って。これってどういう状況?」

 正直、理解が追いつかない。先ほど脳内で無許可に行われた上映会もそうだが畳みかけるように今度は機械人形(ゴエティアドール)だって――?

 自らを "アルテミシア" と名乗った推定機械人形(ゴエティアドール)の少女は私の言葉を額面通りに受け取ったのだろう。優雅な礼を解いた彼女はほんの僅かに首を傾げてなにかを呟こうとした矢先、昇降機が動く微かな音に振り返ると金属質の塊が円筒を垂直に駆け上がっていく姿が見えた。

 最悪だ。と、もう何度吐き出したかわからない嘆息に一瞬、アルテミシアが不安そうな表情を見せた気がしたがそれを確認している暇はない。

「お互いに聞きたいことは山ほどあるかもしれないけど、全部一旦後回しで。ここに他の出口があれば教えてほしい」

「それは通常の出口という意味でよろしいでしょうか?」

「違う、非常時のやつ!」

 彼女が『非常』という単語の意味を理解しているのかはわからない、それでも条件反射で大声をだしてしまったのが功を奏したのかアルテミシアはスッと右手を天高く掲げる。同時に耳障りな轟音が響きはじめたことに私は眉を顰めながら彼女が指差す先へ視線を向けると円筒状の空間を塞ぐ天井が左右へ退きはじめていた。はたしてそれは出口と呼んで良いのか、仮にそうなら彼女は私が空を飛べるとでも思っているのか。平素であれば頭を抱えているところだが静かに戻ってきた昇降機の存在がそれを許してくれない。

 取れる手段は、限られていた。

 カンカラン。と、私の手から離れた球状の塊は硬質な床を転がって昇降機の口元へ飛び込むなりくぐもった音をたてて黒煙を撒き散らす。毒性もなにもない非殺傷用の刺激性煙幕は足止めとしては心許ないが今は一分一秒が惜しい、なにより降りてくる相手が誰かわからない状態でバカ正直に対面することは避けなければいけなかった。

「アルテミシア、非常口(あれ)が使えるようにぃ゛っ――!?」

 言いたかったのは「非常口が使えるようになるまで後どれくらいかかる」という確認のそれ。

 しかし黒煙を裂いて飛び出してきたナニカに気づいた次の刹那、鼓膜をつんざく不快な金属音を連れて首へ奔った衝撃に私の身体は否応なしに宙を跳ねる。

 

 

 ――真尋者(シーカー)様!

 

 

 滲むアルテミシアの声に返事をする余裕はない。痺れの残る身体にムチを打って、片手剣を両手で握りしめると眼前で散る火花を前に舌打ちを一つ。私はブーツの踵に仕込んでおいた目眩まし用の共鳴器を起動させた。不意討ちの強烈な閃光は自分の眼すら灼(や)きかねないがそんな些事を気にしていられる状況でもない。今すぐにでも彼女のもとへ駆け寄りたいがそれを赦してくれるほど眼前の敵は甘くないことは最初の一撃が証明している。

 案の定、狙いすましたかのような横一閃に刃を重ねるも完全に受け流すことはできず、私の身体は大きく弾かれながら後退した。

「煙幕と閃光による目眩まし、随分と小賢しい真似をしてくれるな」

 轟音に紛れて漂った女性らしい声色に一瞬だけ反応が遅れる。まさか話しかけられるとは思ってもみなかった、その隙を縫ったかのように懐へ迫る灰青(はいあお)髪の君に私はまた防戦を強いられる。あまりにも正々堂々行われた不意討ちに「小賢しい真似をしてくれるのはどっちだよ」とせり上がった言葉は零れ落ちることなく心に消えた。たった一度の打ち合いで理解した明確な実力差に、それでも辛うじて立ち回れているのは相手が本気をだしていないからに他ならない。 

「――トレンシア様、もう一人の女も捕縛致しました」

「ご苦労。それとこれの処理は私がうけもつ、お前たちは資源の回収を優先しろ」

 突きは伏せ、横薙ぎを逸らし、鍔迫り合いの末に吹き飛ばされること数十回。まるでアラビア狼は獲物をもてあそぶように散々ぱら人様を床に転がし続けた灰青髪の君は寄ってきた先客と声を交わした後、這いつくばる私を見下ろして口を開く。

「所詮はただの真尋者、状況が状況であれば捨ておくこともできたが……怨むなら自ら強欲さを怨むことだ」

 紡がれていく言葉は私にとっては聞き馴染みのない物だが意味を理解できたところで結末は覆らない。

 せめてアルテミシアだけでも――その一心でぶん投げた相棒は歯牙にもかけられず、エミ族特有の獣耳を不機嫌に倒した灰青髪の彼女によって羽虫を払うかのように弾かれた。もっとも届くなんて端(はな)から期待などしていない、ただ単に絶体絶命という他にない状況であっても漫然と死を待つのは主義じゃないから。そんな無様がよほど癪に触ったのか明確な呆れと微かな苛立ちの滲む嘆息が耳朶(じだ)をうつと同時、強烈な苦味が喉を灼きつけたことに私の口から嗚咽が溢れる。

「黙っていれば楽に死なせてやると言っているのがわからないのか、欲にまみれた真尋者風情がいくら抵抗したところで無意味だと何故理解しない」

「私の主義かな……それ以上でも、以下にもない」

 言語がわからなくとも灰青髪の彼女が何を思っているのかは此方を見据える氷点下の視線が雄弁に語ってくれていた。後少しでも挑発じみた行動を取れば気まぐれに与えられた猶予は瞬く間に尽きるんだろう。

 だが、それがなんだというのか。

「あの子は、関係ない」

「それを決めるのは貴様ではない」

 黒いバイザーに隠れた眼差しからはなんの感情も読み取ることはできないまま、慣れた動作で灰青髪の彼女は斬首の構えをとる。急速に迫る『死』の存在に在庫切れを起こした走馬灯は「現実を見ろ」とでも言いたげに私の時間だけを加速させ、コマ送りとなった世界で私の視界に飛びこんできたのは見知った黄金色でもなければ胡散臭い黒でもない。

 

 

  "緊急顕現の許可(お願いだから、目を醒まして)――!"

 

 

 もうなにも喪いたくないと言うかのような悲痛な声にアルテミシアの身体を極光が包んだ次の刹那、遺跡全体を揺らすほどの光の奔流が灰青髪の彼女めがけて遥か天空から突き刺さる。

 膨大な熱に揺らぐ大気を斬り裂いて舞い降りたのは存在自体が触れがたき威光の化身――白刃を携えた機械仕掛けの神としか形容のしようがない存在がそこに居た。

「真尋者様、ご無事ですか!!」

 そう駆け込んできたのは紛れもなくアルテミシアで、彼女は私に駆け寄るとほんの一瞬だけジッと此方を見つめてから安堵の息を零す。

「バイタルサイン・脈拍ともに乱れはありますが許容範囲内です。お手を、立てますか」

「あぁ、うん……まあ、死ぬほど痛いけどなんとか」

 白磁の少女から差し伸べられた手を支えによろけながらも立ち上がった私の前方では純白に彩られた機械仕掛けの神が灰青髪の彼女へ睨みを利かしていた。目測にしておおよそ三〜五メートルほどはあろうかという巨躯が壁となって立ち塞がってくれている光景はあまりにも非現実的で異様と言う他にない。

「クロノスの起動限界時間までそう長くはありません。撤退のルート指示をお願いします」

 まくしたてるようなアルテミシアの言葉は抑揚こそ控えめだが滲む切迫感に現状は決して予断を許せるものではないというのは嫌というほど察せられた。頭の中は疑問符でいっぱいで、有り得ないことの連続で混沌と化した現実に思考もなにも追いつかない。ただそれでも生き延びるチャンスが唯一あるとすればそれは間違いなく、今。

「方位はわかるよね。向かうなら北西、小高い丘の上に車両があるはず。なければそのまま直進してけば大都市にぶつかるから、そこで」

 自分が設けた制限時間は頭の昔に過ぎている。ただそれでもエイキョ(あの相棒)ならたぶん、あの場で私の帰りを待ってくれているはず。根拠の欠片もない空虚な自信だが万に一つでも置き去りにするようなことは避けたかった。

 私の言葉にアルテミシアは手を掲げると彼女が "クロノス" と呼んだ機神が静かに私たちの前方へ移り、白刃をから離れた片手が地に降ろされる。そこへ先に飛び乗ったアルテミシアの手を借りて私が這い上がると巨大な腕(かいな)は肩ほどで動きを止めた、そうして今度は肩へ飛び移って、そのまま襟裏にある隙間へ身を潜める。

「総員、速やかに一時撤退。遺跡の外で待機している連中にもそう伝えろ」

 先に動いたほうが敗北する達人の間合いに静寂が場を支配する空間を僅かに覗いたその眼下で先客たちが一斉に撤退していく。殿として残ったのは灰青髪のエミ族、ただ一人。

 彼女は静かに黒剣を掲げる。

「――複製機神タナトスの顕現を許可する(レプリカルドオーダー:アドベント)」

 直後、天を割って黒い稲妻(いなづま)が灰青髪のエミ族を貫いた。

 大気が破裂したような轟音に耳を塞ぎながら眉を顰めて飛来した黒い閃光の先を見つめる、あれが壮絶な自死であればどれだけ愉快だったろう。未だ緊張で張りつめた空気がそんな戯言をなによりも色濃く否定する。

 不気味な紫煙が揺らめく先で、此方を射殺す深紅が滲む。刹那、クロノスよりも一回り以上小さい黒の機神は自ら体躯差をものともせず猛然と大槍を振るい剣戟を奏でる。鍔迫り合いはそう長くは続かなかった。単純な力押しであればクロノスに分があるんだろう、黒い機神も端からそれを理解しているようにクロノスの横薙ぎに払う力を利用して器用に攻撃圏からの離脱を図っていた。斬り結んだのはたった一合。たかが一合ですらわかる相手の巧さは黒い機神を操る存在が先ほどの灰青髪のエミ族である事を何よりも雄弁にもの語っていた。

 

 

 そうして何度打ち合ったのだろう。互いに一歩も譲らない中でチラと横目でアルテミシアを見ればその頬には汗が滲んでいるようにも見えた。が、当然だ。当たり前だ。アルテミシアは私がクロノスから振り払われないように気をはらいながら黒い機神を相手取っている。それが分からないほどバカじゃない、いや、こんな厄介事へ首を突っ込んでいる時点でバカなのは否定できない。ただ今大事なのはそんな事じゃない。

「――アルテミシア、私のことは気にしなくていい。たしかにさっきから情けない姿しか晒してないけど私だって真尋者の端くれなんだ、自分の尻(けつ)くらい自分でもつ。だからキミはクロノスの操作に専念して」

 足手まといがこれ以上、足を引っ張ってどうする。我が身かわいさに降って湧いた奇跡を・勝機を潰してなんになるというのか。

「それと、私はクロノスがなんなのか、あの黒い機神がなんなのかもわかってない。でも一度だけなら足留め出来る可能性がある……ただ、クロノスやアルテミシアにも影響がでるかもしれないし、でないかもしれない。そんな博打を試したいって言ったらキミは私をとめる?」

 問いの間も剣戟は奏で続けられている。これ以上、今みたいな消耗戦を続けていたら敗色が塗り重ねられていくだけだ。だからこそ決断をしないといけない。

 アルテミシアの顔が苦悶に歪んだのはきっと疲労だけではないんだろう、それでも決めなきゃいけない。今、此処で。

「――承認、できません」

 ポツリ。アルテミシアの口から溢れたのは明確な拒絶なんかじゃなくて、子どもが縋るような弱々しいそれ。

「故意に真尋者様を危険へ晒すことを私は承服したくありません、そんな事は認められません。絶対に」

「我儘言わないで、ここで共倒れしたら元も子もない。今は少しでも活路を太くすることを――」

「――承認したくありません!」

 子どもが駄々をこねるように大声が発せられたとほぼ同時、膠着する剣舞の中でクロノスは迫る黒い機神から初めて大きく後退する。理由がなんであるかなど考えるまでもない。唇を噛みしめて真一文字に結ぶ彼女の横顔は、はっきり言って理解できないものだった。これが自分とエイキョのように長い付き合いのある間柄ならまだわかる、ただアルテミシアとはほんの数分前に出会っただけだ。それが推定機械人形(ゴエティアドール)の個性と言われてしまえばそれまでとはいえ、そもそも参考例がないのだから。

「じゃあ博打の方は。キミが承服できないのは私(・)の(・)こ(・)と(・)は(・)気(・)に(・)し(・)な(・)く(・)て(・)い(・)い(・)っていう部分なら博打の方はどうなの、そっちはアルテミシアが私を危険に晒すわけじゃない。むしろ私がキミとクロノスを危険に晒す可能性が高い」

 嘆息一つに全てを吐きまとめて屁理屈をもちだす。アルテミシア自身が意図して私を危険に晒す事を許可できないなら私が彼女らを巻き込むのはどうか、自分から提案しておいてクズの所業をしている自覚はあるが今は一分一秒が惜しかった。

 返答があったのは更に数合の打ち合いを経た後、彼女は渋々ながら首を縦に振る。

「ありがとう、タイミングはちゃんと合図するから」

 クロノスの後ろ襟から振り落とされないように姿勢を低くしながら腰のポーチへ手を突っ込んで目的の物を手に収めた。脳裏にこれを押しつけた糸目の姿が過って反射的に眉根を寄せてしまうがそれを振り払うように頭を振って、私は金属製の球体に取りつけられたピンを抜く。

 三――鍔迫り合いが起こる、アルテミシアは私を横目に抑えてクロノスの指揮をとっていた。

 ニ――小さく「攻めて」と言った私の口元を彼女は見逃さない。出力自体に大きな変化があるとは思えない、それでもクロノスはこれまでよりも一歩踏み込み、黒い機神を押し払ってみせる。

 一――そうして僅かとはいえ確実に相手がバランスを崩した隙間めがけて私は件の金属球を投げつける。全力の一投に床を転がされ続けてきた身体が軋むとて関係ない、今を逃せば後がない。

 

 

  "今――!"

 

 

 具体的な指示をだすわけにはいかなかった。それでもアルテミシアは私の意図を察してくれたのかクロノスを大きく後退させた直後、金属球は発狂して耳障りな音を発する。同時に黒い機神の眼光は光を失い、クロノスも大幅に姿勢を崩した。そうしてアルテミシアも。

 ただアルテミシアの傍には私がいる。彼女を倒れさせはしない。

「――君と共に往く崇高な使命(コール:エターナルツリー)」

 金色の眼が不規則に明滅する中で紡いだ言葉を受けてクロノスは再起動を果たしたのか宙空を漂い、掲げた白銀の剣に極光が宿り――アルテミシアの一息と共に振り下ろされる。

 広大な広間の天井から壁面まで全てを両断するような一撃が黒い機神の左半身を灼き尽くし、胴体部から灰青髪のエミ族の姿が覗くも構ってはいられない。クロノスはそのまま天井の大穴めがけて急浮上を始めて遺跡を脱すると反転して駆け抜ける。目指すは北西・小高い丘の上。

 待ってくれている筈の、相棒の元へ。

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