ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
「それで、どうしていきなりデートなんだ?」
灼熱の日光が降り注ぐ中、はた迷惑にも仕事をこなす太陽を見上げながら、俺は肝心要であるその質問を投げた。
「だってぇ、先輩ってば近頃は他の女の子とばかり一緒じゃないですかぁ?」
「いや、じゃないですかぁって言われても。俺はハーレム系主人公か何かかよ」
「そうですねぇ。もし先輩がギャルゲー主人公なら、さしずめクラスメイトから担任の先生まで孕ませてしまう鬼畜系主人公ですねぇ」
「人をおいそれと鬼畜扱いするな。そういうのはな、せめて片目が髪で隠れてるような奴に言ってくれ」
玄関を出て二人並んで歩きながら、そんな感じに何時もと変わらぬような会話を繰り広げる。
住宅地を毛細血管のように伸びるアスファルト道路と言えば、空から照りつける反射熱で焼け焦げたホットプレートみたいになっている。もう少し見晴らしさえ良ければ蜃気楼でも見えてきそうである。ある程度の覚悟はしていたとはいえ、俺の身体は既に熱で溶けそうになっている。
「それじゃあ聞きますけど、先輩って何人の女の子と知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか、知ってる名前なら笹原と鈴谷に、他は時宮先輩と御影先生くらいか」
「ほら、やっぱり」
「いやなにがだよ」
「女の子の知り合いがいっぱい居るじゃないですか」
「あのな、俺だって別にすき好んで知り合ったわけじゃないんだよ。笹原とは事故みたいなものだし、御影先生は顧問だしな。時宮先輩とは腐れ縁みたいなもんだし」
「じゃあ、私とは?」
「お前はあれだ。言うならストックホルム症候群だな」
ストックホルム症候群とは、被害者が犯罪者と極限状態を共にすることで信頼関係のようなものを築いてしまう心理現象である。逆パターンでリマ症候群と言うのもある。
「もぉ、先輩ってば人のことを犯罪者みたいに言うんですから」
「え、それはひょっとしてギャグで言ってるのか?」
俺は鈴谷のその返答に思わず真顔になった。
いやいや、流石にギャグだよね? そういうボケのつもりで言ってるんだよね?
「そりゃ私だってたまにおかしなこともしますけど、先輩とは犯罪者と被害者じゃなくて、先輩後輩の間柄じゃないですかぁ」
「いやそれはそうなんだが……。お前、さっきは俺の部屋に不法侵入したばかりだよな」
しかもスマホに無断で盗聴器を仕掛けるくらいには重篤なストーカーだったよな?
「はい、そうですけど?」
「…………」
凄く今更な気もするが、俺はこいつの倫理観についてかなりの危機感を覚えなければならないのかもしれない。
なにせ自分の犯した罪の数々よりもまず先に先輩後輩という関係性の方が上位に来てしまうのだ。若い人間は限度を知らないとは言うが、こいつの場合は行動の規範が青天井のそれである。
「はぁ……。それで、どうして今日はデートなんだよ。まだ肝心の部分が聞けてないんだが」
「え、えぇっと、それはですねぇ……」
すると鈴谷は急にモジモジ顔を俯かせたと思ったら、こちらを上目遣いで見つめてくる。
「わ、私だって、その……たまには先輩に女の子扱いされたいと言いますかね?」
それからぐっと身を寄せてきたと思ったら、まるで自分の所有物を主張するかのように俺の腕に抱き着いてきた。
「だから今日くらいは先輩の彼女さんとしてデートしたいんですぅ!」
「おま、だから暑いって!」
「良いじゃないですか。ほら、今もこれでもかってくらいおっぱい押し付けちゃってますよぉ?」
「女の子扱いしろって言った傍からそれかよ!? 無理難題も良いところじゃねえか!」
あまりの暑苦しさに、俺は咄嗟に鈴谷の身体を手で押しのける。
「先輩のイジワル」
「これは至極真っ当な正当防衛だ。お前は俺をぶっ倒れさせる気か」
「私ならこれくらいの暑さ全然大丈夫ですよぉ? なにせぇ、隣に先輩がいるとなんだか熱攻めされるみたいで興奮するじゃないですかぁ」
そう言うと鈴谷は気温とは無関係に顔を赤らめさせる。おまけに口元からは涎を垂らす始末だ。これがついさっき女の子扱いしろと言った人間の姿である。
「真夏のクソ暑さまで俺のせいにするな。俺は太陽神か何かか」
「良いじゃないですかぁ! ね、ね? 今日だけで良いので、私を彼女だと思ってデートして下さいよぉ」
じゅるりと涎を啜ると、鈴谷はまたこちらに身を寄せて、やはり手を腕に絡ませてくる。
「彼女って、お前な」
「彼女は彼女ですよぉ。先輩にも一人くらい出来たことあるでしょ?」
「お前。今のその発言は全国の七割の男子を敵に回したぞ」
「いえいえ。私としては先輩ほど魅力的な方なら、彼女の一人くらい居ても全然不思議じゃないなぁって、そう思っただけです」
すると鈴谷はえへへ、と楽しそうに頬を緩ませる。
「う、うっせえな……。いねえよそんなもん」
「それじゃあ私が先輩の彼女一番乗りですね!」
なんて能天気に笑いながら、鈴谷はまた少し身を寄せる。
「だから暑いって」
そう言って手で突き放そうとするが、鈴谷は首をブンブンと左右に振って抵抗する。お前はお母さんから離れられない幼稚園児かよ。
「つうかそもそも笹原はどうしたんだよ? あいつは一緒じゃないのか?」
俺はふとこういう時は何時も一緒のはずな笹原の姿が見えないので、何気なしにそう聞いてみる。
だがそう聞くやいなや、鈴谷は目を細めて不機嫌そうにこちらを見つめた。
「もぉ、先輩ぃ。私だって女の子なんですよぉ? 隣に好きな人が居るのに、別の女の子の話ばかりされるとつまらないんですけどぉ」
「なんつうか、今日はやけに面倒くさいな……」
どうやら鈴谷としても拘りがあるようで、服装にしても話にしても、今日は『普通の女の子』というところを主張したいらしい。
それがどういう思いつきなのかは分からないが、しかし普段の鈴谷と比べると喋り口調やテンションはほんの少し穏やかであるような気もする。そういった意味では普段よりほんの少し大人しくも感じるが、しかしこちらとしてはそれが却ってやりづらい。
「笹原先輩なら、今日はお姉さんと買い物に行くそうですよぉ」
「買い物?」
「はい。なんでも通販では売ってない小物雑貨が欲しいそうです」
「……あいつ、本当に大丈夫か。また店のど真ん中で吐き出したりしないだろうな」
「そこは心配無いと思いますよぉ。お店まではお姉さんの車で行くって言ってましたし、店員さんもお客さんもほとんどが女性だそうなので」
「そ、そうか……それならまあ、問題無いのか?」
「あれれぇ、もしかして先輩、一緒に行けなかったからって寂しがってます?」
「ち、違えっての! 俺としてはあいつに頼られなくなる分、煩わしい事が減って助かるくらいだ」
なんてそっぽを向くと、鈴谷はうっとうしい顔でこちらの横腹をツンツンと指でつついてくる。
「大丈夫ですよぉ。きっと笹原先輩にも考えがあるんです。先輩と一緒にお出かけしたくなかったわけじゃないと思いますよぉ?」
「別に、俺はどっちだって構わないけどな」
「笹原先輩も自分の体質を克服するために、毎日頑張ってるんですよ」
「……そこはまぁ、俺も分かってるつもりだよ。一応な」
そう鈴谷も言う通り、笹原にしてもどうやら俺達と行動している時の他に色々と努力をしているらしい。今回のもおそらくはその一環だろう。
笹原は自分の体質を解消する為に、やはりひたむきになって前を向こうとしている。俺としてはそういうあいつの前向きな部分がやはり俺自身には無い部分であり、隣の芝生でいう青い部分だったりするのだ。
「それで今日はどうするんだ?」
今も腕を絡ませながら身体を密着させて離さない鈴谷に、俺はそう言葉を投げる。
「今日は少しだけ遠くに行きたいなぁなんて思ってまして」
「遠く? って言うと幕張とかか?」
「いえいえ、それに幕張って千葉から三駅しか離れてませんよぉ?」
「十分遠いだろう。俺からすれば完全に隣国の部類だ」
「隣町どころか隣国ですか。あはは、先輩の活動範囲ってどれだけ狭いんですぅ?」
「うっせえ」
そう言う俺に鈴谷はおかしそうに笑う。いや良いんだよ、だいたいの事は千葉駅の周辺で事足りるんだから。
「言っとくが、俺はデートスポットとかその辺の知識には限りなく疎いからな。道案内とかエスコートとか、そういうのはからっきしだぞ」
「そこはお任せください! 私の方で向かう場所は決めてますので!」
「またおかしな場所に連れて行く気じゃないだろうな……」
「もぉ、少し私の事も信用してくださいよぉ。先輩ってば心配し過ぎですぅ」
「それはお前の普段の行いのせいだ」
「でもでもですよっ! 今日はちゃんとした場所を選んでありますから、ご安心ください」
ささ、行きましょう! と、鈴谷は俺の腕を掴んだまま千葉駅の方へと歩いていく。
「なんだよ、やっぱり駅前の方じゃないか」
「先輩ぃ。駅前にも確かにお店はたくさん有りますけど、本来の目的とか忘れてません?」
「本来の目的?」
「はぃ! だって駅前ですよぉ? メインはやっぱり千葉駅です!」
「ってことは、まさか電車に乗るのか?」
「その通りです!」
「……ごめん、やっぱり気分が」
「ちょ、ちょっと!? どうしていきなり帰ろうとするんですかぁ?」
「いやだって、また駅のホームで露出や痴漢プレイやおっぱじめられても困るし」
「しません! 今日は絶対にしませんからぁ! 約束しますからぁ!」
とまあ、どうやら俺は電車に乗ってどこか遠くへ連れていかれるらしい。今のうちにドナドナでも歌っとくか。