ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
「せんぱーい! こっちですよぉ!」
「駅なんだから言われなくても改札ぐらい通るよ」
と言うわけで、俺達はいま千葉駅に来ていた。
我ながら、と言うよりもこの場合は千葉市民ながらと言わせてもらうが、千葉駅の佇まいはその計算され尽くされたかのようなきめ細やかな造形に、上を通るモノレールも相まって非常に美的感覚をそそるものがある。もし将来、俺が行く当てに困ったら千葉駅に住みたいと思えるくらいには愛着も深い。それが千葉駅である。
まあしかし、実際のところは他のターミナル駅と同様に改築に増築などを繰り返されて今の形に至っているため、複雑な作りは言葉を変えればごちゃごちゃとした全体像の掴めないカオス空間でもあるのだが、それでも目に入るたびに故郷のような安心感を覚えてしまうのがまた不思議である。
「それで、どっちのホームに行けば良いんだ」
「あっちです!」
そう鈴谷が指さしたのは、黄色いカラーでお馴染みの総武線である。
「総武線って事は、船橋にでも行くのか?」
「ちっちっち、考えが甘いですよ先輩ぃ」
「ま、何でも良いけどな」
そんな感じで、俺達はタイミングよく現れた列車に乗り込む。
平日のまだ午前中と言う事もあり、席は適度に座れるくらいに空いていた。
「あ、あそこ空いてますよ」
「いいよ、俺は立っとくから」
「えぇ、折角なんですし隣同士で座りましょうよぉ」
「いやいいって。こういう時に楽すると身体とかすぐ鈍っちゃうから」
「そんなこと言ってますけど先輩ぃ、もしかして女の子の隣に座るのが恥ずかしいんですかぁ?」
「ち、ちげえっての。たく、分かったよ。座れば良いんだろ」
ここはあくまで補足しておくと、俺としては決して女子の隣に座るのが恥ずかしかったわけではない。そこはどうか履き違えないでいただきたい部分である。
どちらかと言えば周りの視線が気になってしまった、と言うのが今回でいうところの正直な本音だ。なにせ鈴谷はその普段の行動のヤバさから忘れがちだが、そこらのモデルよりも数段上の容姿を持った美少女だ。そりゃ年頃の男子のみならず男の視線を嫌と言う程に引いてしまう。そんな鈴谷の隣に座ると言うのは、男としては少なからぬプレッシャーを受けてしまうのである。
「うんうん! なんだか私、とても楽しくなってきました!」
「分かったから電車の中でくらい大人しくしてくれ」
しかしこちらの思惑など完全にスルーして、鈴谷はやはり俺の腕に手を絡ませてくる。
「先輩ぃ、ちょっと顔赤くないですかぁ?」
「馬鹿言うなっての。これは外の熱気にやられて日焼けただけだ。肌とかあんまり強くないからな、俺は」
しかし女子と二人きりで電車に乗るなんて初めての経験なわけで、そして初めての経験だからこそ俺はいま無駄に緊張している。別に相手が鈴谷だからというわけではない。
「先輩はやっぱりぃ、普段はあまり東京の方には行かないんですかぁ?」
「まぁな、そもそも用事も無いし。……あぁ、でもたまに葛西の方には行くかな」
葛西と言うのは千葉の中で最も東京に近い場所である。すぐ西には荒川が有り、その向こう岸には東京の江東区が見えている。そして東にはあの有名な東京なんちゃらランドのある浦安が有る事から、この辺りは肌感覚で言えばすっかり東京なのだ。
「へぇ、ちょっと意外かもです。先輩も遊園地とか行くんですね」
「そっちじゃねえよ。葛西と言えば葛西臨海公園だろ」
「そうなんですか?」
「あの都心とは思えない程に緑豊かでかつレジャーに富んだ名所は他にそうないぞ。なかでも内設された水族館では国内でも有数のマグロ展示が楽しめる」
「そうなんですかぁ。でもぉ、先輩って意外とそういう場所に詳しかったりするんですねぇ」
「意外とってなんだよ」
「あはは、すみません」
おかしそうに笑う鈴谷に、俺の方はばつが悪そうに言葉を返す。
因みにここではドーナツ状に作られたパノラマ水槽でひたすら泳ぐマグロを眺めることができる。マグロの展示は国内でも二か所しかなく、ひたすらグルグルと回遊する魚群は見ているだけで心が落ち着いたりする。
「でもなんだか先輩が水族館好きだなんて、やっぱり意外ですぅ」
「俺だってたまには癒されたい時くらいあるんだよ。ついでに言えば千葉動物公園は年パスも持ってるしな。あの二足歩行したって一世を風靡したレッサーパンダに会える」
「ふふっ、なんだか先輩が動物見て癒されてるって、あまり想像できませんね」
「ほっとけ」
と、そこまで話したところで俺はふと思う。
そうか。そこんとこを知らないって事は、流石の鈴谷でも外に出かけた時まではストーカーしてなかったんだな。
色々と度が過ぎている鈴谷だが、しかしそこの一線は守っていたのだと思うとほんの少し安心できる。
「まあ全部知ってましたけど」
どうやら俺の考えが甘かったらしい。
「ああそうかよ。つうかなに勝ち誇った顔してんだよ普通にキモイからな」
「にひぃ、だって先輩の名誉ストーカーですから」
「ストーカーに名誉だなんて称号は絶対に付かない」
何故か自慢げな顔をする鈴谷に突っ込みつつ、俺はまた肩の力を落とす。
まあこいつに関してはそう言う生温い考えじゃダメだってのは良くわかってたはずだ。それでも俺としては手の平で弄ばれたようで苦い顔になる。
とまあ、そんな感じに俺達は下らない話やら千葉県民トークなんかを挟みつつ、電車に揺られること数十分が経つ。
「本当にどこまで行くんだ? もうすっかり東京だぞ」
「もう少しです。きっと先輩も楽しめると思いますよぉ」
そう言うと、鈴谷はなにやら思わせぶりに顔をはにかませる。その顔がどうにも不安に思うのは俺だけだろうか。
それからさらに少しの時間が経って、電車は次の駅へと到着した。
『秋葉原~秋葉原です~』
「着いたみたいですね。降りましょう先輩っ!」
すると鈴谷は腰を上げ、俺の手を引いて駅のホームへと降りる。
「っておい、まさか……」
「そうです! 私達の目的地とはズバリここ秋葉原なのです!」
漫画風に言えば背景に『ドドン』みたいな効果音が付きそうな感じで、鈴谷は腰に手を当ててこちらに胸を張る。
秋葉原と言えば近年ではオタクの街として有名だが、ここ最近ではお洒落なお店も増えて若い男女でも楽しめると評判のスポットらしい。そういう意味じゃデート先としておかしな選択ではないのだが、何と言うか絶対に混ぜてはいけない化学薬品を混ぜてしまった時の危機感と言うか、よりにもよって鈴谷と秋葉原ってのが嫌な気配がむんむんと立ち込めている。
「ほらほらぁ、早く行きますよ先輩っ!」
「お、おい、ちょっと待てって」
そうして俺達は秋葉原のホームからいくつかの階段を降りて、電気街口の南改札から外へと降り立つ。
その外にはアニメや漫画などでお馴染みの風景が広がっており、いかにも秋葉原と言った感じだ。
「何故にわざわざ秋葉原なんだ。何か欲しい物でも有るのか?」
そう聞くと鈴谷は少し照れたような感じで、口をωみたいにして振り向く。
「私としてはぁ、先輩がこういうところ好きかなぁ、なんて思いまして」
「俺が? どうして」
「だって先輩ってよくラノベとか読むじゃないですかぁ。テレビの録画にもちょこちょこっとアニメとか残ってますし」
「そりゃラノベもアニメも好きで見てるけどさ。つうかいつの間にテレビの録画情報まで覗いてんだよお前……」
「そこはまぁ、良いじゃないですかぁ! それに先輩も好きでしょ、二次元の可愛いお・ん・な・の・こっ」
「そうやって人の好みを二次元限定みたいに言うのはよせ」
まあ好きだけど、可愛い女の子。
「それじゃあどこから行きますか?」
「どこからって、お前の方は行きたい場所とか特にねえの?」
「えっとですねぇ、私も行きたいお店はあるんですけどぉ、そこはほら、折角のデートですし?」
「どういう意味だよ。頼むからデート未経験者にも分かる様に言ってくれ」
「もぉ、先輩ってば女の子の気持ちも少しは汲んでくださいよぉ」
「へいへい、悪かったよ」
とか言われても、デートだなんてのは生まれて初めてだからな。赤子が言葉を喋れないのと同じように、俺もデートの勝手なんてのは知る由もない。
「私も先輩と楽しく街を歩きたいんですよぉ。だからまずは先輩の行きたいお店にしましょう」
「俺の……? つっても、俺も特に秋葉原に詳しいわけじゃないぞ」
そりゃ来るのが初めてと言うわけでもないが、思いつくのは無難にゲーセンや書店、他にはフィギュアが売ってそうなグッズショップくらいだ。
「ささっ、先輩っ! まずはどこに行きますか?」
「そう言われてもな……」
と言うか、え、なにこの子。さっきからすんげえ目がキラキラ輝いてるんですけど。
あの鈴谷の事だ。まだ他に何か悪だくみが仕組まれていると思っていた方が賢明そうなんだよな。
しかし来てしまった以上はどうしようもないし、ひとまずは秋葉原巡りに付き合うしかなさそうだ。
「まぁ、それじゃあ普通に本屋でも行くか。ちょうど見たかったラノベの新刊もあるし」
「本当に書店で良いんですかぁ? なんだったらぁ、もっとエッチなお店でも良いんですよぉ? 卑猥なお店でぇ、先輩の命令でエッチな下着とかに着替えさせられてぇ、それから秋葉原の街を徘徊させられるんですぅ、きゃ」
「お前なぁ。普通の女の子はどこ行ったんだよ」
「はっ! そうでした!」
「それにな、そう言うのは普段だけで十分なんだよ」
というわけで俺達は電気街口の南から中央通りの方へと歩いていく。
「わぁ、やっぱり秋葉って凄いんですねぇ」
中央通りに出ると、そこは右を見ても左を見ても二次元な世界が広がっていた。
立ち並ぶビルには萌え満載のイラストがデカデカと張り出されており、耳に聞こえてくるのはゲームの紹介PVやアニメソングなど、五感の全てがもはや二次元一色と言ってもいいくらいだ。
「本当に騒がしいとこだよな」
俺としては静かな場所が好きと言う事もあり、秋葉原にはそこまで足を伸ばすことはない。だがやはり普段では味わえないような非日常感と言う意味では、今感じている騒がしさもこの街の魅力の一つなのだろう。
「それではドキドキ、先輩と一緒にアキバデートですっ!」
それから俺達は中央通りに沿って、まずは目当ての書店へ向けて歩いていく。