ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
顔を洗って適当な私服に着替えると、俺は最低限の手荷物だけ持って玄関に立った。
後ろを振り返らずとも、リビングや階段の上から降りてくる静けさで他の家族は誰も目覚めていないと分かる。朝独特の気配だ。俺は嫌いではない。
「にしても笹原の奴、こんな朝っぱらからどういうつもりだ? まったく」
玄関で靴に履き替えて、そのまま座り込むとぼけっと扉を見つめる。それも厳密には扉の向こう側を見つめていた。
曇りガラスの奥からは鈍い朝日が差している。今日は晴天と言うよりはやや曇り空らしい。それも曇天という程でもないが、だからと言って空の広さを感じられるまででもない。そんなどっちつかずの、言わば中途半端な天気だ。まあこの時期にはよくあるのかもしれないが。
「まあ良いんだけどさ。俺としてはあいつが少しでもまともになればそれで良いわけで……つっても、それにしたって前までの話か。ふぁーあ……。にしても、俺はこれからどうすりゃいいんだろうな」
まともでなかった人間が急にまともになって、それまで付けられていた足枷を急に外されてしまった。それは逆に言えば、これまで足枷を理由にしていた全ての事に対して言い訳が出来なくなったって事だ。
友人を作らないのも、日々を決まったルーチンワークで過ごすのも、全てはそいつがあったからで、少なくとも俺はそれを理由にこれまでずっと生きてきた。それが急に『はいもう今日からあなたは自由の身です。なので好きに生きてください』なんて言われても、思うようにはいかないものだ。
そもそもあの体質を理由に出来なくなったと言う事は、ここから先は自分の明確な意思がないといけないわけで、それでもやっぱりなぁなぁのうちに済ませてしまおうなんて考えてる辺り、俺は筋金入りの面倒くさがりなのかもしれない。
答えを出すのはまだ先で良い。結局のところ、俺はそういうふうに考えてしまっている。
「トラウマが解消されたところで俺の灰色の青春が返ってくるわけでもないしな。それに、人助け自体は悪いわけじゃないんだ。もう少しだけ、乗り掛かった舟だと思って付き合ってやるさ……。むっ」
扉の前で小さく屈んでいると、玄関にちんまい人影が映った。そしてそいつは恐る恐るに扉をトントンとノックして、そのまま挙動不審に辺りをちらちらと見ている。
「はいはい、今行きますよっと」
それから俺は立ち上がって、ドアノブを掴むとぐっと奥へと開ける。
「あ、あの」
笹原カンナ。俺の巻き込まれた一連の騒動の首謀者であり主犯者であり、また同時に重いトラウマゆえの特殊体質の持ち主であり、おまけに露出狂だ。
見ると笹原は扉の前でにあたふたとしながら、少し不安そうな瞳で俺を見つめていた。
「お、おはよう、ございます」
「おぅ、おはよう。つうかなんだよこんな朝っぱらから。ついに一日が一周して夜型にでもなったか」
「ち、違うよっ。私もさっき、起きたばかりで……」
そう言うと笹原は一度下ろした視線をまたちょこんとこちらに向ける。
その格好は比較的まともと言うか、その辺の女子高生とさほど変わらない服装だ。青いスカートに黒いストッキングを穿いていて、白い肌着に黒いフリルブラウスを着ている。しかしなんだかその雰囲気が妙に普段とは違う気がすると言うか、笹原にしては珍しくめかし込んでいるような気がする。
俺みたいな男子高校生なんて、今時の女子のファッションにはとことん疎いものだが、それでも妹が居る身としてこいつがそれなりにお洒落をしてきているのだと分かる。それがどうして朝の散歩にしゃれっ気を出す必要があるのかは分からんが。
「で、どうして散歩なんだ? こっちも一応準備はしといたけどさ」
「えっと、思ったんだけどね。朝だと人が少ないから、二人で色々歩いて回れるんじゃないかなって。それに最近はあまり前田君とも一緒にお話してなかったから……」
「話? 話ならほぼ毎日部室でしてるじゃないか」
「そ、そうじゃなくてね、その二人でと言うか」
「あ? なんだって?」
「べ、別に」
すると笹原はなぜか不服そうに俺を見つめた後、ぷいっと顔を逸らした。
「たまたまそういう気分だっただけ。別になんでもないよ」
「そうかよ。んじゃとっとと終わらせようぜ。今日は俺が朝食当番なんだ」
そう言うと、俺はそのまま扉を出て笹原と並んで住宅地へ足を踏み下ろす。
「念のためにこっち側歩くか?」
「ありがとう。でも、大丈夫」
「そうか。つっても早朝も早朝だ。歩いてんのは俺とお前くらいだしな」
一度路地の外側を歩くよう促してみたが、笹原は小さく首を振った。同じ散歩にしても道の外側ならいざという時に俺がかばう事もできるからと、普段はそうしている時が多いのだが、今日の笹原はそういう気分ではないらしい。
にしても、やはりこの辺りも早朝の雰囲気に包まれていて、何時もよりさらに物静かだ。
スマホを取り出して見てみると時刻はまだ【5:29】を示している。世間一般の人間なら今頃もまだ眠りに落ちている頃合いだ。
「それで、どっち行くんだ?」
「えっと、普段だといけないような場所が良いかな?」
「普段なら行けないような場所? 例えばどこだよ」
「え、えっと、じゃあこっちとか」
すると笹原は路地から国道の方へと出て、それから歩道橋をすたすたと登っていく。
こっちはたしか駅前の方か。なるほど、確かに普段じゃ行きにくい場所ではあるな。
「まあ言われてみればこの時間は人通りも少ないしな。まったくとは言わないが、お前を連れて歩く分には苦労せずに済みそうだよ」
俺はそうぼやきながら、笹原に続いて歩道橋の階段を登る。
コツン、コツンという鉄骨の音と、時折足元を走る自動車の振動が伝わってくる。それから雲間から微かに漏れる朝日は不思議と口の中を爽やかにした。
「しまった。コーヒー飲んでくるの忘れた」
「好きなの?」
「まぁ、特別ってわけじゃないんだけどさ。ただ朝は飲まないとこう、目が覚めねえんだよ」
「私買ってこようか? 折角来てくれたんだし」
「いやいいよ。帰りにでも適当に自販機で買うから」
「もしかして……私のこと気遣ってくれてる?」
「別に違うって。こう見えてもコーヒーにはうるさいんだよ。だから自分で選んで買った方が確実なだけだ」
「前田君ってさ。本当に素直じゃないよね」
「ほっとけ」
階段を上がり終える手前で、少し上の段から笹原は目を細めてそんなことを言ってくる。
「でも私だって少しは成長してるんだよ?」
「成長してるって、そりゃ変態度合いの方だろうが。この前だってどれだけ肝が冷えたと思ってるんだこの露出中毒者め」
「そ、それはその……前田君が、私に付き合ってくれるから……」
「……まあ、それに関してはそういう約束だったしな」
約束。
俺はつい自然とそう言ってしまう。
「ふふん。でもでもだよ? 私だって本当に克服してきてるんだから。なんだったらおつかいくらいならもう一人で行けるかも」
「言ってることが小学生レベルなのに違和感が無いな」
「むぅ、それ私がちんまいってこと? こう見えてもおっぱいだってそれなりだよ? 前田君は知ってると思うけど」
すると笹原は自分の胸部を見つめながら、ふにふにと手でさする。
「ま、まぁ……つうか、今はそれ関係ないんじゃ」
「あ、いま私の裸思い出して照れてるでしょ」
「べ、別に」
すると笹原は口をωな形にして小馬鹿にしてくる。いや本来恥じるべきなのはそっちのはずなんだが……。これだから変態の考えてることは分からない。
それから歩道橋を渡りながら、俺達は手すり越しに朝に目覚めていく街の景色を眺めて、また逆側を降りていく。
「そういや、朝に散歩とかってよくするのか?」
「たまにね。前はお母さんとよくお散歩したりしてたよ」
「そうか。うちの家族じゃそう言うのはほとんどないんだよな。なにせ俺と一緒で寝坊助が多い」
「あはは。じゃあ前田君のお寝坊さんはお父さんとお母さんからの遺伝だったんだ」
「まあそうだな。時々本当にこの二人は俺の両親なのかってくらいテンションの違いに困惑する時もあるが、そう言う意味じゃ俺にもきちんと遺伝は受け継がれてるらしい」
「前田君のおうちって、家族全員仲が良さそうだもんね」
「そうか?」
「うん。綾子ちゃんも凄くいい子だし」
「ま、あいつはあいつなりに良い妹やろうとして頑張ってるよ。俺の方が良い兄貴かは知らないけどな」
なんて話しながら、俺達は歩道橋を渡って国道の向かい側へと進んでいく。
幸いにして道中誰かとすれ違う事もなく、そうして歩いているとちょうど国鉄の高架沿いにたどり着いた。
「もうすぐで駅前だってのに静かなもんだ」
俺達は何気なく高架下をくぐると、そのまま高架に沿って歩き出した。
左側を見るとそこには夜になると騒がしくなる繁華街が見える。しかし今は時間の事もあり客引きは皆無だ。このままもう十数分も歩けば千葉駅までたどり着くが、普段の人通りの激しさは見る影もない。
「ちょっと寒いね」
「まあな。やっぱ朝は冷える。お前もそんなスケスケの服だと尚更だろ?」
「も、もぅ……。今日は普通にお洒落してきたんだけど?」
「だってそれ、肩とか腕とかほとんど透けてるし」
「これはこういうデザインなの。まったく前田君ってば」
「お前だって少し前は引きこもりで染みのついたぼてぼてのTシャツとか着てたろ」
「あ、あれは外に出なかったからだもん。私だって少しくらいお洒落だってするんだよ?」
そう言うと、笹原はこちらを睨みつけて、かと思えば直ぐにぱっと目を開かせてくるくると俺の前で体を回して見せる。
「えへへ。どう? これなら少し可愛く見えるでしょ」
「俺にはお前のそういう発想がどこから来てるのかが見当もつけないわけだが」
「ほら、前田君ってば私の可愛い顔ばっかり見ちゃうからね。だからこうやって全体を見せてあげないと」
お前はあれか。この世で一番の美人が自分だと信じて疑わないどこぞの城の姫か。そのうち鏡と話しだすんじゃないだろうな。
「あーはいはい。可愛いぞ、可愛い可愛い」
「そ、そうかなぁ……?」
すると今度は顔を赤くして照れだす笹原。本当に忙しい奴だな。
「で、どこまで行くんだ?」
「もう少し行ったら駅があるでしょ? そこまで行ったら」
「おいおい。駅前は流石に人通りもあると思うぞ。本当に大丈夫か?」
「……うん。私も、ちょっとなら我慢できるから」
笹原はそう言うと目を前に見据えさせる。
そう言えばこの前のプールの時も、結局吐きこそしたが男に触れられてから少しのタイムラグがあったよな気がする。
前は触れられればすぐさまに気を失っていた笹原も、少しは我慢できるようになったと言う事だろうか。だとすれば笹原は笹原なりに少しずつ進歩しているのかもしれない。
それが本人による努力なのか、はたまた部活動によるリハビリの成果なのか。まだ分からない部分も多いのだけど、それでも以前に比べれば遥かにマシになっている点は間違いない。
「分かったよ。今日は付き合ってやるさ」
「えへへ。ありがとうね、前田君」
笹原は俺の横で歩きながら、こちらにそんな笑顔を向ける。