ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
高架沿いを歩いていると、この時間でも大きな振動を伝えながら電車が走っていく。レールを猛烈な速さで過ぎていく電車の音がうるさいくらいに耳を刺して、同時に新鮮な風をこちらに送り込んでくる。
「人、増えてきたな」
「うん」
正面を見ると、駅前ではスーツ姿の男女や大学生くらいの人間がぽつぽつと見え始めていた。中には高校のセーラー服を着ている姿なんかもあったりして、この時期のそれもこの時間から登校だなんて頑張るなぁとそんな呑気なことを思いながら、俺達は少し足のペースを落とす。
「本当に大丈夫か?」
「う、うん。このくらいならまだ平気」
横では笹原がガッシリ俺の服にしがみついている。つうか、そこまで不安ならなにも無理してここまで来なくてもいいのに。
「笹原、流石に歩きにくいんだが」
「あ、ごめん!」
「いや、別に心配なら掴んでてもいいんだけどさ。ただその、もう少し離れてくれると助かると言うか」
「う、うん……。ごめんね、そうする」
すると笹原はスッと、ほんの僅かながら体を離す。とは言っても完全に密着してたところからようやく拳一つ分くらいを空けただけなので、歩き辛さはさほど変わらないのだけど。
「そう言えば笹原とこっちの方に来るのは初めてか」
「そ、そうだね。私もかなり久しぶり、かも……」
「まあ、その体質じゃ簡単には来れないだろうしな。今日は何か用でもあったのか?」
「そういうのじゃないんだけど……。ただ、駅前はお母さんとよく来た場所だから」
「……そうか。お前のお袋さんも」
この言葉の後に『お前のお袋さんも早く帰ってくると良いよな』なんて言おうとして、けれど俺は途中で口を閉ざした。
「いや、何でもない」
「大丈夫だよ前田君。気を使わなくても私は平気だから」
「つっても、そう軽々と言える話でもないだろ」
「本当に、大丈夫。それにお母さんもお父さんも、いつか帰ってくるって信じてるから。だから、私も……」
「……あぁ、そうだな。帰ってくると良いよな」
「うん」
笹原はそう小さく頷いて、顔を微笑ませる。
俺も笹原に付き合う身としては、その心中を上手く察してやれれば良いのかもしれないが、やはり家族の問題はそれこそ笹原達にしか分からない事だ。そいつは俺がとやかく言える領分からは大きく外れている。
人もまばらに出始めたところで、俺達はもう少し歩いてから高架をくぐって線路の逆側へと出ることした。こちらの方がまだ人の密度も少ないし、何より道幅にもゆとりがある。
「そろそろ街が活発になる頃だな」
スマホを見ると時間はそろそろ6時を迎えようとしている。
なんとなくではあるけれど、この5時と6時の違いは人が活動する上でかなり明確な境界線だと思う。例えば5時30分と言われるとまだまだ早いなと思うのだけれど、6時30分と言われるとそろそろ起きて良いかなと思えたりと、まあこの1時間の合い間には人が眠りこけるかそれとも目を覚ますかと言う意味においてかなり強いラインになっている気がするのだ。
つまり何かというと、もう6時と言えば人が動き出すには立派な時間なわけで、だから人の往来も次第に増えてくるはずだ。俺達がこうして平然と歩いていられるタイムリミットの、その最後が次第に迫りつつあることが動きを始めた辺りの空気から実感できる。
「そろそろ通勤客も増え始めるな。つうわけでどうだよ、今日はこの辺りで満足したか?」
「えっと、本当はもう少し前田君とこうやって歩いていたいけど……でも、今は我慢する」
すると笹原は相変わらず俺の袖にしがみつきながらそう言った。
「だからちけえって」
「だって寒いんだもん」
「次来るときはもう少し温かい服着て来いよな」
「……うん。分かった、そうする」
「ったく……。コーヒーでも買って帰るか」
「ねえ、前田君。その、良かったらまた誘ってもいいかな?」
ちょんちょんと脇腹をつつかれたので笹原の方を見ると、そいつはとても満足げで、それから優しく口元をはにかませながら、俺に向かってそう言った。
「まあなんだ。俺なら散歩でも何でも付き合ってやるよ。もっとも今日みたいな早朝はたまににして欲しいけどな。帰ったらもうひと眠りしてえ」
「そうだね。今日はその、あ、ありがとうっ! 前田君」
「……ど、どう、いたしまして」
言われ慣れてない言葉をそう改まって言われると、なんか全身がむず痒くなるな……。
「んじゃあこのままUターンして帰るか」
そうして僅かではあるが、駅前の通りも過ぎて俺達は高架のガード下へ向かって足を進める。後はそこをくぐって家の方へ戻れば今回の散策は終了だ。
それにしても笹原もこれくらいの人の密度なら問題なく行動できるんだな。今回はそれが分かっただけでも収穫とするか。もっとも、それでも日常の生活を取り戻すにはまだまだ致命的なまでに危うい状態ではあるけれど、でも、それでも……。ほんの少しだけ、それこそ指先を掠める程度でも、笹原の身にはかつての日常が戻りつつあるのかもしれない。
「どうしたの」
「どうしたって、なにかおかしいか?」
「だって前田君、なんだか嬉しそうな顔してるから」
「あれだな。帰ってからまた愛しいベッドにダイブできると思ったら待ち遠しいんだ」
「今日は朝食当番だって言ってなかったっけ」
「そ、そうだったぁあああ!!」
「ダメだよ? 家族の決まり事はきっちり守らないと」
「うぅ、なんだろうこの無性に腹立つ感じは」
笹原のドヤ顔がやけにいらっとくるんだけど。つうかお前は朝食どころか料理すらできないだろこの引きこもり淫乱娘が!
「……なんだ。前田と笹原じゃないか」
「うっ」
と、ガード下を歩いている最中、不意にそう声がかかり思わず身構えてしまったが、後ろを振り返るとそこには白衣姿にハイヒールを履いた御影先生が立っていた。
「な、なんだ先生ですか」
「なんだとはなんだ」
この時間にそれも学校ではなく駅前で御影先生に会うなんて、随分と意外だな。
見たところ手にカバンも提げてるし、やっぱり学校へ行く途中だったりするのだろうか。うちの教師って車通勤が多いから、てっきり御影先生も自家用車で通勤してるんだと思ってたけど。でも駅前に居るってことはやっぱり電車通勤だったのか。
しかも学校が始まる時間には随分と早い。この時間から仕事に向かうなんて、どこぞのゴリマッチョと違って仕事面ではかなり真面目な先生だったんだな。
「おはようございます。どうしたんですか、こんな時間に」
「ふむ、少し用事が有ってな。それより君達は?」
「え、えっと、朝の散歩ですよ」
「散歩?」
じーっとこちらを見つめる御影先生。この人の場合は元からジト目っぽいところもあるのだが、なんだか探られてるような気がして緊張してしまう。
「な、なにか……?」
「随分と仲が良さそうだと思ってな。なに、仲が良いのは悪いことではない」
「はぅっ!?」
そう言われ、ようやく俺と笹原は今の状況に気づく。
「ええええ、えっと、ここここれはそのえっと~!」
「ちち、違うんですこれは!」
笹原は大慌てて俺から手を離すと、さっと距離を置く。俺にしても手を振って御影先生にこれでもかと弁明する。
「実は笹原は朝が弱くてですね、いまちょっと体調が悪そうでと言うかそもそも笹原と朝からこうしてるのはですねその!」
「なに、私も高校教諭だ。野暮な詮索はしない」
「だからちちち違うんですってば先生!」
隣では笹原が顔を真っ赤にしておろおろと先生に声を飛ばす。しかしかくいう俺も同じようなものだ。
「なにせ、君達も私と同じ理由でここに居るのだろ?」
「え、えええっとですねこれは……! って、へ?」
すると先生はなぜかにんまりと頬を上げてうんうんと頷く。
「え、えっと、同じ理由って?」
「ふふん。私もゲーマーだ。今日この日に駅前直ぐ近くで出くわすと言う事がそういうことかくらい理解できる」
すると先生は肩から提げていたカバンからバシッ! と一枚のチラシを取り出した。
「そ、それは?」
「とぅるーころぽっくるから発売される『エロゲーみたいな高校に入学してしまった童貞はどうすればいいですか?2』の発売日、それが今日だと言う事は言われなくても分かる」
「は、はぁ……?」
「駅前の『ゲーマードモ』で整理券が配布されるのは10時から。しかし10時に行ったのでは間に合わないだろう。なにせこの時代において久々のキラータイトル、その続編なのだからな」
ヤバい。俺にはこの人が何を言ってるのか微塵も理解できん。
「まあしかし。たしかにあれは18歳未満がやって良い代物では無い。しかし通称『えろたし』はアダルト分野だけに他ならず、キャラやストーリーに音楽もかなり高評価なシリーズだ。高校生だからと言ってここで止めては同じゲーマーとして野暮だろう」
「は、はぁ、えっと」
先生の調子に困惑していると、横から笹原がこそこそと耳打ちする。
「えっとね。多分御影先生は私達がエロゲーを買いに来たって勘違いしてるんじゃないかな?」
「エロゲー?」
「うん。えっと、先生の言ってるシリーズってね。ネットで人気のエロゲーのことなの」
「そ、そうなのか」
笹原の話でようやく事態を理解した俺だったが、そうするとこの目の前でふんすと鼻を鳴らしている御影先生はどうしたものだろうか。
「えっと、御影先生?」
「なんだ」
「じ、実は……」
朝にただ散歩をしに来ただけです。なんて言える雰囲気でもないしな……。
「俺達、実は別の目的があって」
「なに!? 今日この場において『えろたし2』の購入以外に重要な目的なんてあったのか!?」
なんて口元を△にして驚愕する御影先生。いやそれだってかなりマニアックな目的でしょ……。
「じ、実は……」
「実は?」
「…………」
いかん。何も思いつかない。
「実は私達、『ゆうてつ』を買いに来たんです」
「なに!? 『ゆうてつ』だと!?」
すると笹原が横からすらっとそんなことをのたまう。
「ゆ、ゆうてつと言えば幼げな少女と鉄道を結んで繰り広げられる物語が俊逸な名作エロゲーじゃないか!」
しかも御影先生は笹原の言葉にまたもや驚愕の色を見せてるし。
「はい。それのギャルゲー版が発売されるので、朝はこちらに」
「な、なるほどな。そう言えばゆうてつのギャルゲー版は今日は解禁日だったか。それにそちらは駅前から離れた『とらのめろん』の店舗で受け付けだからな……」
するとなぜかうんうんと納得を始める御影先生。
「お、おい。御影先生になに言ったんだよ?」
「ふふん。まかせといて。私だってきちんと頼りになるんだから」
「いやだから、どう問題を収拾させるつもりかかがわからんと不安でしょうがないんだが……」
「えっとね。今日って実はもう一本のゲームの発売日なんだよ。だからそっちの方を買いに行くって話せば、御影先生も分かってくれると思って」
「な、なるほどな」
ふむ、確かにそれなら違和感なくこの場を切り抜けられそうだ。
「にしてもお前、よく今日はその発売日だって知ってたな」
「ちっちっち。前田君は私を誰だと思ってるの? この私がプレイしないエロゲーはないんだよ!」
するとこちらも鼻を鳴らしながら自慢げに胸を張る笹原。いやそんなこと今時の女子高生から自慢されても困るのだけど。
「まさかお前、エロ漫画やアニメに限らずゲームまで……?」
「当然の嗜みだよね!」
こいつってホント筋金入りだよな。
「と言う訳なので、先生。私達はこちらで失礼します」
「ああ。ギャルゲーならば購入に際しても問題あるまい。だが」
すると御影先生はまたジトっとこちらを見る。
「男女でギャルゲーの購入に勤しむとは、二人は随分と仲が良いのだな」
「なっ」
「いやそれはそれとして私が邪魔をする道理はない。では達者でな。もし『えろたし2』をプレイしたいときは言ってくれ。こっそり貸し出そう」
そう言うと御影先生は小さく手を振りながら背中を見せ、駅前の方へと歩いて行ってしまった。
「こ、これって上手くいったのかな……?」
「なんつうか、状況を打破しようとして墓穴を掘っただけだな……」
「け、けど、私も少しは役に立ったでしょ!」
「おかげで俺は女子を付き合わせてギャルゲーを買いに行く変態野郎だと思われたがな。はぁ……」
まあ他に言い訳も思いつかなかったし、良いんだけどさ。
「じゃあ帰るか」
「そうだね。あの、えっとね。前田君」
すると笹原はちょんとステップを踏みながら、体を揺らす。すると笹原の長い髪もゆったりと左右に揺れた。
今にして気づいたのは、その髪にしても随分と手入れされているのか、朝日を浴びて艶が輝く様に光っている。そうして髪をなびかせた笹原は、やっぱり俺の顔を見て言うのだった。
「本当に、本当にありがとね。前田君。私、楽しかったよ」
手を後ろで組んで、そう笑った笹原の顔。そいつを俺は釘付けになるように見ていた。
笹原はやっぱりこうして見てもとてつもなく美少女で、黒くて長い髪も、それから今日の服装も、その全ては笹原のそんな文句の言いようが無いのほどの可憐さを引き立たせている。
そいつがどういう経緯で俺なんかと一緒に居て、あまつさえトラウマの克服に協力させているのか。やっぱり俺には、笹原がどこか別世界の住人に見えて仕方がない。
「それじゃあ、今日はまた部活でね」
それからまたしばらく歩いて、笹原を家の前まで送った後に俺達は別れる。
すてすてと家に入っていく笹原の後ろ姿を見送って、俺も自宅へと向かう道すがら、そう言えばコーヒー缶を買い忘れたことを思い出して、それもまあいいかと流す。
「いや、ちょっと待て」
と、ここで俺はずっと頭にこびりついて取れなかったある違和感に気が付く。
そして頭の中で、あのシーンの映像がテープで巻き戻るようにして再生されていく。
『駅前の『ゲーマードモ』で整理券が配布されるのは10時から。しかし10時に行ったのでは間に合わないだろう。なにせこの時代において久々のキラータイトル、その続編なのだからな』
そう言えば先生はそんなことを言ってたが、学校の始業は朝の9時だ。
つまり。
「あの人、ゲーム買う為に学校さぼってんじゃねえか!」
なんて事に今更気が付いて、俺は一人声を上げる。
「つってもまあ、別に良いけどさ。俺達の部活も昼からだし。にしても御影先生、ゲーセンに入り浸ったりエロゲー買ったりして、結構好きなのかな。ゲーム」
まあ先生も前に言ってたけれど、夏休みは生徒も少なくて保健室は暇なのだそうだ。にしてもそんなことを理由に堂々と学校をさぼる教師が居るだなんて、やっぱりこの世界の大人の常識と言うものはどこか間違っている気がしてならない。