ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
帰ってから一杯のコーヒーを飲むと、ふぅと息をついてから朝食の準備を始める。
時計を見るとちょうど6時を過ぎた頃だ。両親も妹もまだまだ熟睡中である。
「家族の仲が良い、か。言われてみればうちも仲が悪いってわけじゃないしな」
俺はフライパンでフレンチトーストを焼きながら、これまでの家族での時間を思い返してみる。
よっと手首にスナップを利かせると、フレンチトーストは宙を舞っててくるりとひっくり返った。バターと蜂蜜の焦げる匂いと砂糖の甘さが良い感じだ。我ながら料理の腕は結構いける口だと思う。
「つっても、ごく当たり前の家庭環境だとは思うけどな。それに両親も妹も俺と違ってテンション高いし、それが原因で腹の立つことも多いし」
だが、それを含めてもやっぱりうちはどこにでもあるごく普通の家庭なのだろう。
笹原カンナの身の上を言うのなら、あいつの親父は何年にもわたって他の女性と不倫関係を持っていた。そいつが原因で今の笹原家はバラバラになってしまったのだ。笹原の抱えるトラウマだって親父さんの不倫が原因になっている。
今の笹原家には、あの広い空間に笹原と笹原のお姉さんの二人だけしか居ない。そんな状態が健全なはずも無いし、ましてや寂しくないはずがない。
「母親との思い出の場所か……。思えば笹原は、そういう所にすらこの半年間は自分で行けなかったんだよな」
俺には笹原のお袋さんも、厳密に言えば親父さんですらどういう人物なのか知る由もない。だが笹原の話からしても、やっぱり親父さんの不倫が発覚するまでは、どこにでもあるような幸せな家族だったのだと思う。
それがたったひとつの切っ掛けで粉々に砕け散って、笹原には重い後遺症を残してしまった。
「どうして、そんな事になったんだよ」
分かってる。俺がとやかく言うべきことじゃないって。
だけど、気が付くとフライパンを握る手には力が入っていた。笹原の願っていた幸せな家族との時間を、どうして続かせてやれなかったんだ。
俺は笹原の親父さんについては顔も知らない。だからどういう人間だったかも分からない。それでも、自分の妻と娘の幸せをどうして守ってやれなかったんだと、正直腹の底では憤慨しそうになる。
「……はぁ。駄目だな。少し前から他人の問題に顔を突っ込む癖でもできたか。どうせ面倒にしかならないのにな」
俺はフライパンの上で焼けていくフレンチトーストを眺めながらそう呟く。思えば俺がどんな感情を抱こうと事態が変わるわけでもない。それに俺にだって何か得があるわけでもないんだ。そういうのは結局全て無駄な感情で終わる。そう唾を飲み込むように理解して、俺はまた目を細めた。
「よし、できた」
食卓にできたての朝食を並べると、自分の分だけは先に食べ終えて、それから部屋に上がり不貞寝するようにベッドに飛び込む。
今日はまだ長い。それならほんの数時間だけ、まだ安眠の中で緩やかに眠っていたかった。
しばらくして、ちょうど部活に行く頃合いで目が覚めた俺は、のそのそと自室から階段を下りてリビングへ向かう。
「コーヒー……」
なんてうめき声を上げながら冷蔵庫を開いて、食卓に座ってずずっと寝起きの一杯を飲んでいると、テーブルの上に一枚のメモが置かれているのが見えた。
「『朝ごはん美味しかったです。妹&母父より』……か」
読み上げてみるとそんな事が書いてあって、自然と口が綻ぶ。
「そりゃ俺が作ったんだ。美味いに決まってる」
なんて自画自賛しながら、俺は残りのコーヒーをずずずっと飲み干した。
それから適当に身支度を整えて、制服に着替えると玄関を出る。
「今日の笹原当番は鈴谷だったな。んじゃ俺は悠々自適に登校させてもらうわ」
笹原当番とは言うに及ばず笹原を学校まで連行する係の事である。最近では俺と鈴谷と、それからときどき時宮先輩の三人で回している。
時宮先輩については笹原のトラウマについては知らないままだが、けれど事情はなんとなく察してくれたようで、そうとなれば自分も協力すると申し出てくれた。相変わらずの察しの良さと面倒見の良さには近頃の俺達も随分助けられている。
「にしてもやっぱあちぃな……。この日差しもそろそろなんとかならんもんかね」
季節としては8月もようやく中旬に入り始めた頃だ。暑さで言えばむしろこれからがピークだという事実に俺は戦慄する。
「この際なら別に晴れてなくたって良いんだぜ。むしろ曇り空の方が俺的には好みだ。だってキラキラしてないし、なにせジメジメしてた方が居心地良いしな。……って、ナメクジか何かかよ俺」
とまあ、そんな事をぼやきながら俺は校門を通って何時もの部室へと向かう。
「ういっす」
「あ、先輩ぃ!」
「うぅ~あじぃ……」
「こんにちは、前田くん」
部室の扉を開きながら適当に声を出すと、部室の中から三人の声が一斉に返ってきた。
「もう先に来てたんだな」
「当然ですよぉ! なにせ先輩の到着をこうしてお迎えすることが駄犬として最低限の務めですから。なんなら先輩が言ってくだされば全裸に土下座でお待ちしますぅうう!」
「あぁ、はいはい。暑いもんな、どうせなら全裸の方が涼しいし」
「で、でしたら、はぁ、はぁ……今ここで!」
「ダメだよ真昼ちゃん。そう言うのはきちんと順序を守らないと。まずはスカートでしょ、それからネクタイでしょ、でYシャツを脱いで……あ、ニーソックスはそのままの方が萌えるかも」
「お前はお前で何言ってんだよ笹原」
「ふふ、皆朝から元気で良いわね」
部室内では扇風機も回っているとはいえ、やっぱり蒸し暑さは健在で笹原も鈴谷も既にダラダラと汗をかいている。それを涼し気な顔で眺める時宮先輩と、まあ言ってしまえばいつもの光景がそこにはあった。
「脱ぐならちゃんと片付けろよ? 前みたいに部室の机の上に脱ぎ散らかされたままじゃ気になるしな」
「気になるって、まさか先輩私の脱ぎたてのシャツを……! に、匂いでしたら着たままでも嗅いで貰って私は一向に構わないですけれど、寧ろそっちの方が興奮かもです、主に私が……!」
「いや、気になるって言うのは散らかしっぱなしだって話だよ。俺、こう見えてもそういうの気になるタイプだからさ」
「そう言えば前田君のお部屋ってきちんと片づけてあって綺麗だったよね」
「へぇ、そうなの? 私あんまり整理整頓って得意じゃないから、つい部屋が散らかっちゃうのよね」
「そうなんですか? 俺はてっきり時宮先輩の部屋には埃一つないものだと」
「そんなことないわ。何度も片づけはしてるんだけど、何時も気が付くと散らかっちゃって」
「あ、でも分かります。俺の部屋も何時も勝手に散らかってるんですよね。まあそのほとんとは妹が勝手に侵入しては散らかしていくせいなんですけど」
「部屋の綺麗さなら私も負けませんよぉ! こう見えても家事は出来る女ですから」
「そう言えばお前の部屋も結構綺麗だったよな。置いてあるものはアレだけど」
「わ、私も!」
「いやお前の部屋は汚部屋そのものだろ」
「ひ、酷い!」
「それで先輩! 私もう我慢できないので脱いじゃってもいいですか、その、できれば先輩に舐めるように見られながらが良いのですが……」
わーわー泣きつきながらぽかぽかと体を殴ってくる笹原に、今にも腕でたくし上げてシャツを脱ごうとする鈴谷に、それを冷静に眺める時宮先輩と、そりゃまあいつも通りのカオスな空間に仕上がっている。どいつもこいつも勝手気ままにしやがってここは幼稚園か何かか。だとしたら時宮先輩は間違いなく保母さんポジションだな。うん、それはそれで似合ってる。
と、俺は勝手に保母さん姿の時宮先輩と、ついでスモックを着たロリ笹原とロリ鈴谷を思い浮かべてみる。まあ今と大して変わらないよな。なにせ面倒見させられてるって意味じゃそのままだし。
「おはよう」
するとガタッと扉が開き、次に御影先生が顔を出す。
「ふむ。全員揃ってるな。おい、前田。君寝癖がついたままだぞ。だらしがない」
「いやその前に他に言うべきことがあるでしょ!?」
例えば絶賛人に襲い掛かってる奴とか、部室で上半身裸になろうとしてる奴の事とか!!
「って言うか先生、今朝はゲーム買う為に学校サボったでしょ」
「そうだな。だが前田、一つ覚えておくといい。大人がズルをする時は決まって根回しはしてあるものだ」
すると御影先生は一枚の書類を取り出してこちらに見せる。
「時差出勤届け……?」
「最近は何かと満員電車の緩和だなんだとうるさいからな。しかしそいつを利用すればこうして遅刻してもお咎めなしだ」
「な、なんというか、ズルい……!」
「ふふっ。大人の社会はこういうずる賢さを身に着けながら乗り切っていくものだからな」
御影先生はそう言うと、すてすてと前と同じ事務椅子に座り、足を組んでからやっぱりジト目でこちらを見つめる。
「それで、今日は何をするんだ?」
「つうかこの惨状でノーコメントですか! 俺さっきからずっと殴られてるんですけど!」
「それは生憎と業務範囲外だからな」
「いやどう見たって業務内でしょ!?」
「私のここでの仕事は君たちの活動を見守ることだ。それ以外は自分達でこなしてくれ」
「ちょ、それ事実上の職務放棄ですよね!?」
「あはっ、と言う事は先生からの許可もいただけたのでもう脱いじゃいますね脱いじゃっていいですかむしろ早く脱ぎたいんですけど!」
「だぁああああ!! うるさいうるさい! お前らちっとは常識ってもんを考えろ!」
それにこの場合は許可ってよりただの黙殺だ! する方もする方だけどな!
「あ、真昼ちゃんだけずるい! 私も暑いから脱ぎたい!」
「では二人で上半身全裸のまま前田先輩に密着して肌の温度を確かめ合うとか」
「いやそれ本末転倒だろうが! つうか暑いから近寄るんじゃねえ!」
「相変わらず人気者だな君は」
「そこは前田くんだもの。きっと女の子の弱みを握るのが上手いんですよ」
「なに、そうだったのか。何事もほどほどが大事だぞ」
「いや時宮先輩もそういうブラックジョークはいいですから!」
と、まあこんな感じに今日も騒ぐだけ騒ぐ部活動が始まる。
「今日はあまり良い案が出なかったわね」
結局あれから数時間が経過して、ひとしきり騒ぎ終えた後にようやく本題へと入った。時宮先輩が皆の意見をホワイトボードに書き込むのだが、そこには『続々 次はどこに行こうか会議』と書かれた下に『海 山 遊園地 人が少ない所 車』などてんでバラバラなメモ書きがあって、そいつがまとまる事もなく今日の活動は終了となった。
「それじゃあ今日はお疲れ様。続きはまた明日ね」
それから荷物をまとめると、部室を出て全員で校門まで向かう。
「お疲れ様です。時宮先輩もまた明日」
「ええ、明日もまたみんなのことを楽しみにして来るわ」
「それ、どういう意味ですか」
「前田くんが誘ってくれたこの部活も飽きないなぁってこと」
なんて言って、時宮先輩はチャーミングに頬に指を添えると先に帰っていく。
その後ろ姿にしても、乱れに乱れ切った他の二人とは違って至極凛々しいものだ。ぴんと立った背中からは頼れる人独特の雰囲気みたいなものが感じ取れてしまう。
「それじゃあ私達もこれで。また明日ですぅ、前田先輩ぃ」
「おぅ、今日は鈴谷の家に寄ってくのか」
「うん、前に見たアニメの続き見て帰る~」
「そうか。帰りも気を付けろよ?」
「うん~」
「笹原先輩、帰ったら一緒にお風呂入りましょう」
汗をだくだく滲ませて満身創痍な笹原だったが、鈴谷に連れられてマンションの方へと歩いていく。
「さて、では私も帰らせてもらおう。早く『えろたし2』をプレイしたい」
「そう言えば先生って結構ゲームとか好きだったりするんですか?」
「ん? まあな。特に格闘ゲームと恋愛シミュレーションゲームは得意だ」
「何と言うか、ゲーセンで見た時も楽しそうにしてたので」
「……そうか。そう思うのならまたあの場所で、今度は前田にも付き合ってもらうとしよう」
「そうですね、俺で良ければ」
「ふむ。ではまた明日な」
そうして御影先生も駅の方に歩いて行って、残された俺も帰路へと就く。
「えっと、今日は帰る前に買い物に寄らなきゃだよな。足りないのは卵と牛乳と長ネギか」
俺はスマホに残しておいたメモを眺めてそうつぶやく。朝に朝食を作った時に、いくつか足りない食材があったことを思い出して、その補充の為に直接家には帰らずに最寄りのスーパーへと向かった。
この辺りにはいくつかスーパーマーケットがあるが、少し離れた『南友 千葉店』がこの時間なら一番安い。
俺は学校から南の方へ下って、しばらく行ってくの字に曲がったモノレールの線路の下を通る。
「あら?」
すると丁度そのモノレールの真下で、ふと一人の女性がこちらに顔を向けた。
「もしかして前田君?」
俺もそちらに顔を向けると、こちらを見ていたのは茶髪を後ろで三つ編みにして、茶色のサマーニットに白のロングスカートを穿いた笹原のお姉さんだった。
「やっぱり。奇遇ね、学校の帰り?」
「え、えぇ」
「何時もカンナがお世話になってます。前田君、今日は一人?」
「あ、はい。帰りに少し予定があって」
お姉さんは信号を挟んだ向こうからこちらに話しかける。信号と言っても、歩幅にすればほんの10歩ほどの短い横断歩道だ。
にしてもやっぱこうして見ると、お姉さんの胸部はかなり膨れてるしおまけにサマーニットのせいかその輪郭がより強調されている。腰もきゅっと細くてスタイルも抜群だし、どちらかと言えばロリ体型な笹原と比べればかなり大人っぽいよな。でも目元なんかを見ると笹原と似てたりして、やっぱり姉妹なんだなぁって感じもするけど。
すると信号が青に変わって、お姉さんはにっこりと笑みを作ると、ちょいちょいと手を招いてこちらへ来るようにジェスチャーする。
「あ、あの」
「ふふ、大丈夫よ。取って食べちゃったりはしないから」
俺はしばらくお姉さんの姿を眺めた後、言われるがままにそちらに近づいていく。
「えいっ」
「うっ!?」
「えへへ。前田君捕まえちゃった」
「ちょ、お姉さん!?」
すると何を考えたのか、お姉さんは急に俺に抱き着くと、ぎゅっと手を回して自分の胸に押し当てるように抱擁する。
「やっぱり男の子だ。あったかいね」
「そ、それよりどうしたんですか急に?」
「ん? 別に~。前田君が居たから声かけてみただけ」
すると悪戯っぽく笑うお姉さん。なんだろう、もしかしてからかわれてるんだろうか。
「お、姉さん……。流石に、その」
「どう? お姉さんの身体冷たくてヒンヤリしてるでしょ」
「そ、それはそうかもですが、あの……」
お姉さんの胸の谷間からなんとか呼吸をして、辺りを見ると何人かの視線がこちらに向いている。主に男性陣の。
「その、こういうのはあまり好ましくないと言いますか、変に目立つと言いますか……」
「あ、そうだ。ねえ、前田君。良かったら折角だし、少しお茶でもどうかしら」
この人本当に俺の話聞いてる?
「お茶、ですか……? 俺なら構いませんけれど」
「じゃあ決まりね」
「あの、それよりも」
「ん? どうかしたの?」
「その、早く離してくれると……」
なんだろう。物凄く柔らかい感触が頬を包むこの感じ。俺は今天国にでも居るのだろうか。
とは言え、周りの目が集まり過ぎないうちに開放して欲しい気持ちもまた本音なわけで、そう俺が言った後に「あら、ごめんね」とお姉さんの抱擁から解放される。
なんというか、まだお姉さんの胸や腕の感触が全身のいたるところで残ってるんだけど。これが余韻と言うやつか……。
「ふふ、どうしたの? 顔ちょっと赤いよ」
「……なんでも、ありません」
この人ってやっぱ天然だよなぁ。つうかこれが狙ってやってることだったら恐ろしすぎる。
そうしてお姉さんが「こっちこっち」とまた手招きするので、俺もその後ろを歩いてついていく事になった。