ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
校舎に入ってから、俺達は無駄に入り組んだ廊下やら階段やらを歩き、ようやく部室のある校舎の四階までたどり着いた。
「よぉ。今日も来てやったぞー……って、なんだこれ!?」
そう言うわけで我らが屋外活動研究部のドアをがらりと開けると、あろうことか晩秋のように涼しげな風が体に吹いてくる。
「あのサウナとしか思えなかった部室が、涼しい……だと……!?」
「あ、笹原先輩に時宮先輩ぃ! おはっす!!」
「おはっす~!」
「おはっす~。それと前田くんも」
こんな異常事態を差し置いて、鈴谷はすてすてと部室へ入っていく。と言うかなんだよその謎の挨拶。いろ〇すかよ。
「どうなってんだこれ。まさか知らない間にパラレルなワールドにでも転移してたのか俺……? それともこれがシュタインズ・ゲートの選択というやつか」
「なに言ってるんですか先輩? 今日からエアコンがついたの知らなかったんですか?」
「え、なにそれ。俺、聞いてないんだけど」
俺はこの納得できない涼しさの正体を探るべく部室を眺めてみた。するとこの真夏日にも関わらず窓は締め切られており、そして天井を見上げると、そこには小型ではあるが確かにエアコンのようなものが取り付けられている。
「本当じゃねえか。しかしいつの間に」
「私が申請しておいたの。部活をこのまま続けるなら、必要かなと思って」
時宮先輩はそう言うと、変わらないままのにこやかな笑みを俺に向ける。
「そ、そうだったんですか。にしてもエアコンってここまで簡単に設置できるもんなんですか。費用もかかるだろうし、学校だってそう直ぐには認めてくれなさそうですけど」
「生徒会の後輩にちょっとお願いしてね。あ、でも非合法な頼み方はしてないから安心して?」
そうウィンクする時宮先輩。けどその言い方だと微妙に安心できないんですけれど……。
「しかしまあ、ともかくこれであの夏の暑さとおさらばか」
「これで心置きなく先輩に引っ付けますねっ!」
「だからいちいち抱き着いてくるなっ! それに今度は汗が冷えてつめてぇ!」
「風邪をひいてもいけないし、そこのロッカーに替えのシャツも入ってるから、良かったら使って」
「あ、ではお言葉に甘えて~!」
そう言って鈴谷は直ぐに俺から離れると、ぴょんぴょんとスキップしながら奥のロッカーを開く。するとそこには綺麗にハンガーでかけられたYシャツが何枚も並んでいた。
「どうしたんですかあれ?」
「生徒会で使わなくなったからって、もらってきたの」
「あんな物まで、本当に何から何まですみません。時宮先輩には今日の笹原の迎えとかも任せちゃってますし」
「ううん、全然大丈夫だよ。笹原さんとは家も近いし、それに私だって部活のメンバーなんだもの。これくらいの協力はさせてもらわなくっちゃ」
「そうだよ前田君? 私達みたいな仲間のあいだに遠慮なんてブスイなものはダメなんだから。今日だって時宮先輩と登校するの、凄く楽しかったし」
「ねー」
二人はそう顔を向け合い、楽しそうに「ねー」と言葉を合わせる。
時宮先輩もすっかり部員として溶け込んだらしく、最近では鈴谷と三人でパジャマパーティをしたとかって、そんな写メが送られてきたこともあった。写真では三人が肩を寄せ合って、レンズに向けて仲良くピースサインを振ってる姿があり、ピンクのパジャマ姿でちょっと照れ気味な先輩がなんとも新鮮である。
「お前な。世話になってる立場なんだから、少しは礼儀ってものをだな」
「私なら本当に好きでやってるだけだから、気にしないで。それにこういうのってお互い様な部分もあるから」
「そうだよ前田君? こう言う時はみんなフレンドリーにしないとなんだから!」
「お前の場合はフレンドリーが過ぎてるんじゃないかってことだよ、まったく」
「それに時宮先輩ってね、なんとなくお母さんっぽくて、お世話されてるとつい頼りたくなっちゃうんだよね」
「お母さんって、俺達とは1つしか歳だって離れてないだろ」
「ふふっ。良いわよお母さんでも? なんなら前田くんもそう呼んでみる?」
「なっ!? なに言ってんですか時宮先輩。いたいけな男子高生をからかうのはやめてください」
ただまあ、時宮先輩の持つ包容力は確かに絶大だ。ついお母さんと呼びたくなる気持ちも少し分かってしまう。
もし俺にそういう趣味があったなら、時宮先輩に抱っこされながら「はーい。ママですよぉ。今日も元気してましたかぁ?」なんて甘やかされてみたい、とか思ってしまうのだろうか。いや決して俺にそういう願望があるわけじゃないけどさ。
「着替え完了しました~!」
と、さっきから当たり前のように目の前でYシャツを脱ぎ捨てて、着替えを始めていた鈴谷がそう手を上げる。男子の目の前でおもいっきり下着姿になることをもはや誰も突っ込まない辺り、やっぱり毒されてるよなこの部活。
「時宮先輩っ、着替えまでわざわざありがとうございます」
「別に大したことないわ。それに、ふふっ……。今ではこの学校にある物は、全部私の物も同然だしね……」
と、顔を逸らして何やらアブナイ台詞を口にする時宮先輩。
「なーんて、冗談だけどね!」
「そういうことを時宮先輩が言うと冗談に聞こえないんですけど!?」
「大丈夫大丈夫! エアコンもYシャツの替えも普通に申請して送ってもらっただけだから」
「え、送ってもらった……? でもさっきは要らないからもらったって」
「うーんと、そうだったかしら?」
「いや確かにそう言ってましたって!」
「ふふっ。前田くん? この世の中ってね、誰にも知られないところで実は回ってたりするのよ? だから、ね」
「な、なんですかその黒幕みたいな台詞」
なんだろう、さっきと変わってないはずの笑みがすげえ怖いんですけど。
つまりは詳しく聞くなってことだろうけど、時宮先輩には先日の事もあるし、本当に裏で何やってるか分からないだけ殺気じみたものを感じる。まさか他にも色々と手を回してたりするのだろうか。
いやまあ、俺みたいな小心者な一般生徒は関わらない方が吉だろう。触らぬ神に祟りなしだ。ただ既に俺の方からあちこち触った後のような気もするけど……胸とか。
「おはよう。みんな揃ってるか?」
すると今度は御影先生がドアを開けて入ってきた。
「あ、先生もおはっす~!」
「おはっす」
「謎の挨拶を当然のように返した!? しかも真顔で」
と言うか何それ流行ってんの? 俺には誰も教えてくれなかったんだけど。
「やはりエアコンが効いていると快適だな」
先生はそれぞれの顔をちらりとだけ見渡すと、そのまま空いていた席に腰を着ける。と言うかこの様子、先生もエアコンのことは知ってたんだな。ということは俺だけ知らされずにハブられてたのか。え、泣いていい?
「それじゃあ先生もいらっしゃったことだし、昨日の続きからしましょうか」
「次はどこに行くか楽しみだねー」
「つってもまあ、昨日もほとんど決まらなかったけどな」
俺はあのまま放置しておいたホワイトボードに目を向ける。そこにはごちゃごちゃとした文字だけが散在していて、会議で話が一歩も前に進まなかった事を記している。
「行き先について決める前に、君たちに先に渡しておくものがある」
「渡しておくもの、ですか?」
すると御影先生は白衣のポケットをごそごそと探り、ぺらりと7枚のチケットのようなものを取り出した。
「さっき朝倉先生と職員室で会ったんだが、その時にもらった物だ」
「朝倉先生って、ゴリマッチ……うちの担任のですよね」
「そうだな。もっと言えばこの部活の顧問でもある」
「そう言えばそうでしたね。まったく顔出しませんけど」
「まあ朝倉先生もサッカー部の顧問で忙しいのだろうからな」
俺達としてはむしろ、笹原のこともあるし実質的な顧問が御影先生で助かっている部分もある。でもまあ、流石に様子すら見に来ないのも顧問としていかがなものかとも思うけど。
「前にプールの招待券をもらったのは覚えてるか?」
「そう言えばあれも朝倉先生がくださったんですよねぇ。おかげであの日はとても楽しかったです。先輩とも楽しくデートできましたから! しかも密室では先輩と息を重ね合わせながら……。きゃ、もう先輩ってばえっちですよぉ!」
「勝手に記憶を改ざんするな。あれはただ部活動の一環で行っただけだろ」
「なるほどそういう事ですか。ではこれもサッカー部からの頂き物ということですね」
「その通りだ時宮。まあ今度もまたサッカー部のコンペティションに参加したらしいのだが、その時の景品だそうだ」
笹原もまじえて、俺達四人はテーブルに置かれたそのチケットを上から覗き込む。
「と言うか、サッカー部ってすっかり俺達に物資を供給する係になってるよな」
「朝倉先生曰く、今回はせめてレギュラーで分け合えるように11人分の景品を運営には要求してたそうだが、向こうの予算の都合で7人分だけ景品が出たそうだ」
「なんというかサッカー部も不憫だな……」
「しかしこうして我々がいただけるだけありがたく思うべきだろう。朝倉先生も顧問として君たちの世話ができない分、こうして厚意にして下さっているのだからな」
俺としてはむしろサッカー部の連中がかわいそうにすら思えてくる。いくらスポーツマンシップだと言ったところで、肝心の景品はこうして毎度俺達の方に流れてくるわけだからやるせない。全ては顧問であるゴリマッチョの帳尻合わせのせいだろうが、サッカー部の奴には今度あったら労いの言葉くらいかけてやろう。
「それで、この招待券ってどこのなんです?」
「どうも温泉旅館のものらしい」
「「「温泉旅館!?」」」
そこで俺と笹原と鈴谷は見事に声をハモらせる。
「お、温泉旅館って本当ですか?」
「やった! それじゃあ次は温泉だね!」
「温泉と言えば混浴! 混浴と言えば先輩と、ぐひ、ぐひひ……」
「だが問題はその場所でな」
三者三様の反応をしていると、御影先生はチケットの一枚を手に持って、そこに書かれた文面を眺める。
「場所って、千葉じゃないんですか?」
「前田は千葉の温泉と言われてどこが思いつく?」
「へ? 千葉で温泉と言えば……銚子の犬吠埼温泉とか、館山温泉とかですか?」
「まあ、千葉と言えばその辺りだろうな。だが何れも違う」
「もしかして温泉地じゃないってことですか? それだったら木更津のホテル満月とかも有名ですけれど。この前もテレビで特集してましたし」
「ホテル満月も千葉の温泉宿としては有名だが、それも違うな」
「? じゃあどこなんですか」
「伊豆だ」
御影先生は手のチケットをこちらに飛ばす。
ひらひらと舞いながら手元に飛んできたチケットをよく見てみると、そこには『伊豆温泉ご宿泊招待券』と書かれていた。
「ちょ、どうして伊豆!?」
「どうやら大会を開いた運営と懇意にしてる温泉宿が伊豆にあるらしい。と朝倉先生は言っていた」
「にしても伊豆って、めちゃくちゃ遠いんですけど!?」
伊豆温泉と言えば伊豆半島にある国内でも有名な温泉地だが……。千葉で開いた大会の景品が伊豆って……。
「わぁ! 楽しみだね前田君」
「いやいや、お前ら伊豆がどこにあるかちゃんと分かってるのか?」
「知らないけど? でも千葉の大会の景品なんだから、きっと伊豆温泉っていうのもこの近くなんでしょ?」
「残念ながらその推測は正しいからこそ間違っている」
「伊豆と言えば静岡の方ね。えっと、ここからだと電車でも4時間くらいかかるかしら」
時宮先輩が部室に貼られた日本地図を指さしながらそう説明する。
そう、伊豆とは静岡であり、静岡とは千葉にとってもはや遥か彼方の遠方の国である。
「電車で東京まで行って、そこから品川で小田原線に乗って……その後は熱海まで行ってまた乗り換えだな」
「随分と遠出になるんですねぇ。あ、でも私は先輩となら別にどこだって構いませんから! なんなら二人きりで地球の裏側でもっ!」
「問題はお前じゃないだろ。で、どうすんだ笹原」
「ふぇ?」
「ふぇ、じゃねえだろう。んな長時間、本当に移動できるのかって聞いてんだよ」
「で、でもせっかく招待券もあるし、皆で行ったら楽しくなりそうだよ……?」
「つっても、現実も見ねえとだろ。今のお前にさっきのルートはまだ無理だ」
「で、でも……」
「君たちの反応を見るに、流石に伊豆は遠かったか」
俺達のやり取りを不思議そうな顔で見守っていた御影先生は、そう言うと顎に手を当ててしばらく考え込む。
「ふむ、少し待っててくれ」
と、席を立つと扉を開けて廊下に出る。
廊下からは微かに話し声が聞こえてきて、どうやらスマホで誰かと連絡をとってるみたいだ。
「待たせたな」
それからすぐに戻ってくると、また席について笹原に目を合わせる。
「後輩の一人がこの学校の辺りに住んでいてな。聞けば伊豆まで車を出してくれるそうだ」
「ほ、本当にっ!?」
「うむ。あちらも夏季休暇らしくてな。ちょうど招待券も余っていると話したら、二つ返事で承諾してくれた」
「でも良いんですか、そんな突然頼んじゃって?」
「安心しろ。相手は女性だし、宿泊になっても問題は起こらないだろう」
御影先生はこちらの不安もよそにそうきっぱりと口にした。
こちらが笹原の思い付きで始めた部活だけに、どこの誰とも知らない人まで付き添わせるのは申し訳ない気持ちもある。しかし、車を出してくれるならかなり助かるのも事実だ。
「高校生だと電車代だけでもばかにならないだろうしな。それに私も丁度、消化しなければならない夏季休暇も残ってるし」
「良かったですねぇ! これで心置きなく招待されちゃいますよぉ!」
「そうね。泊まり込みってことなら、これも部活の合宿、ってことになるのかしら?」
「合宿って、まあ部活動の定番ではありますけど、でもこの部活ってまだできてから2週間も経ってないですよね」
「まあまあ細かいことは気にしない気にしない~! それよりもさっそく準備しなきゃだね! お泊りならたくさん必要なものもあるし」
「先輩と一緒に温泉旅館……。つまりは色々とイケない事もできるっ!」
「私、温泉ってあまり入った事ないのよね。浴衣とか着れたりするのかな?」
部室の空気は一気に浮足立ち、俺の意見は当然のごとく聞かれないまま活動内容が決定してしまう。
「……ったく、しょうがねえな。にしても温泉か。ここのところは疲れもたまってたし、たまには良いかもな」
と、ここで俺はふとしたことに思いが至る。
「あれ? そう言えば招待券って7枚あるんですよね? ここに5人と、先生の後輩さんが1人……。後1枚余りますけど」
「そう言えばそうだね」
俺と笹原は残された一枚のチケットをまじまじと見つめる。
「それなら他に誰か適当な友人でも誘うといい」
「……他に友人、ですか」
それから俺と笹原と鈴谷は互いに目を合わせて、それぞれの顔を伺う。
「この中に、他に友人がいるやつ」
「「…………」」
しーんと場が静まり返り、同時にえも言えぬ悲壮感が漂ってくる。
「俺達、この手のものに誘える友達とか居ないんだな」
「言わないで、言っちゃだめだよ前田君っ!」
「私は先輩さえいれば!」
「それはもう分かったよ」
はぁ、と鈴谷に溜息をついたところで、俺は僅かな希望にかけて時宮先輩へと目を向ける。しかし先輩も申し訳なさそうに手を振った。
「ごめんね。私もあまりこういうのって経験が無くて」
「つまり、後一枚は……」
と、俺はそこである事を思い出す。否、思い出してしまった。
そいつはこともあろうに、昼に家を出た時の妹の顔だ。
「あ、あの、そう言えばなんですけど……」
「どうしたの前田君?」
なんつうか、タイミングが良いと言うか、むしろ悪いと言うか。
あの特殊体質が無くなっても、どうやら俺は結局、妹との約束を律義に守る運命にあるらしい。
「皆さんに一つご相談と言いますか、お願いと言いますか――」
こうして俺達は再び目的地を決めて、次の野外活動を始めることになった。。
どうしよう、今から胃薬買っておかないとヤバいかもな、これ……。