ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
辺りは夕方になり、人のざわめきと共に道路では車が走り過ぎていく。そんな国道の脇の歩道を、俺は一人歩いていた。
部活を終えた帰り道。精根尽き果てた俺とは違い、千葉の街はこの時間でもまだ活気が残っている。
道先の交差点では信号待ちの人で溢れ、繁華街のビルでは居酒屋や風俗店のネオンが付き始めていた。頭上ではモノレール行きかい、見てみると最近人気だというアニメのラッピングが描かれている。余談だが、千葉モノレールにはやたらとラッピング車両が多く、走っている車両を見上げるたびに違ったアニメイラストが目につく。それを目当てに遠くからざわざわカメラを持って撮影に来るマニアが居ると言うのだから、もはや千葉駅の周辺ではちょっとした観光スポットだ。かくいう俺もモノレールに乗った時に好きなアニメが描かれていたら、ちょっとテンションが上がる。
「そうだ。綾子に電話しないと」
俺はそう呟いてズボンからスマホを取り出し、履歴から綾子の番号をタップする。
『もしもし? どしたの兄ちゃん?』
「お前、明日と明後日は暇か」
『明日? 何かあるの?』
「朝にも頼んでたろ。部活見学したいって」
『え、それじゃあオッケーもらえたの!?』
「まあ貰えたには貰えたが、ちょっと事情が有ってな」
『えっと、何かあったの?』
「うちの部活で伊豆まで温泉入りに行くことになった」
『え、伊豆!? 温泉!? なになにそれどういうこと!』
「まあ落ち着け。それでな、兄である俺の粋な計らいで、お前も一緒に行けることになったぞ」
『ちょ、それ本当!?』
「ちょうど一人空きが出たからな。だから物のついでにお前をねじ込んどいてやった」
因みにここでは一人余っていた、ではなく一人欠員が出た、というふうにするのがミソである。
本当ならそんなつもりなかったんだけどなぁ、けど偶然たまたま予定外に一人だけ空きがあったから、ついでに頼んでやったぞ、と。そういうニュアンスを含ませておくことで、あくまでも妹の頼みはついでであったことを強調し、兄である俺の威厳を保たせるのである。我ながらせこい。
『明日は部活も有るけど……けど折角兄ちゃんが頼んでくれたんだもんね、土下座で』
「おい。そこまではしてないぞ」
『あれ? 兄ちゃんが可愛い妹のお願いを叶える為に人としてギリギリのところまで自分を低くして頼んでくれたじゃないの?』
「馬鹿言え。これ以上低くなったら地面に潜っちゃうだろうが。地底人になっちゃうだろうが俺」
まあ土下座とまではいかなくても、慣れない愛想笑いを披露する程度のことはする羽目になったけどな……。おかげで頬の筋肉がいかに常日頃から使われていないか実感したわ。明日とか筋肉痛になってないかこれ。
「で、予定とか大丈夫なのか」
『うーん。まあ部活動はあるけど、そもそも自主練に行ってるようなもんだしさ。それに兄ちゃんがお願い聞いてくれたの、凄く嬉しいし』
「まあお袋も親父も反対はしないと思うけどな。一応、学校にだけは連絡入れとけよ」
『うん! ありがとね、兄ちゃん』
そうして電話を終えると、ちょうど同じタイミングで信号が青に変わったので、俺は交差点を対岸に向かって歩いていく。
「ま、たまには兄貴らしいこともしてやらないとな」
そんな少しの満足感を胸に、人ごみのなかを歩いている最中のことだ。
「ぎゅー」
突然正面から抱き着かれたと思ったら、思いっきり胸に顔を押し付けられる。
「あ、前田君発見」
「既に発見してたでしょうが。完璧にロックオンしておいて何言ってるんです」
「だって見つけちゃったんだもの」
「良いですから、前に歩かせてくださいよ。信号変わっちゃうでしょ」
「前田君はどこかへ行くの?」
「家ですけど」
「じゃあ私も一緒に行こうかな」
「……はぁ。分かりましたよもう」
どうやら前には進ませてくれないらしいので、俺は仕方なく元の方へ後退りしながら戻った。
「それでマドカさん。俺に何か用ですか?」
「だから言ったじゃない。見つけちゃったって」
「見つけただけで捕獲しないで下さい。俺はUMAか何かですか」
いやついさっきに地底人になるところではあったけど。
「ふふん。今日は大収穫だ」
「マグロ漁船の漁師ですかあんたは」
「私的には前田君はマグロなんかよりもずっと大物なんだけど?」
「それで、何か用事があって俺を網にかけたんじゃないんですか」
「えっと、ちょっとだけ一緒に歩いて欲しいと言うか何と言うか。ダメ……?」
「はぁ。別に、良いですよ。俺も今日は急ぎじゃないので」
「やった!」
「まあ、帰ってからすることも特に無いですしね」
「明日の準備とかはしなくて良いの?」
「明日は……確かに準備は有りますけど」
ついに信号が赤に変わり、すっかり行く道を無くした俺はしょうがなく笹原のお姉さん、もといマドカさんに抱き着かれたままその場で立ち往生する。
周りの人が見たらどう思うだろう。きっと変質者だと思われるんだろうな、それも俺の方が。はぁ、だからこういう時に不利になるから美女とか美少女とか言われる類の人間には近づきたくないんだ。
「それで、お姉さんはどこ行くんです?」
「うーんと、このまま千葉駅の方に行ってくれるかな」
「このままって、このまま?」
「このまま!」
「……もしもし、警察ですか?」
「ちょ、ちょっとちょっと! 分かったから、でも手くらいは繋いでも良いよね?」
するとお姉さんはようやく俺へのヘッドホールドを解いたかと思えば、「えいっ!」と今度はがっちりと手を握ってくる。
「前田君の手、ちょっと冷たいね」
「こういう時って暖かいねぇとか言うのが口説き文句なんじゃないんですか?」
「あれぇ、前田君ってお姉さんに口説かれたかった?」
「そんなんじゃないですよ。ただ体温を指摘されたところで会話が続かないなぁとか思っただけです」
「そう言う態度も冷たいんだから。でもお姉さん的にはポイント高いかも」
「そのポイントって集めたら何かと交換してくれるんですか」
「うーんと、そうだなぁ。じゃあお姉さんの胸とか揉ませてあげるって言ったら?」
「それ、どちらかと言えばお姉さんの願望ですよね?」
「どうして? だって男の子って大きなおっぱい揉みたいって思うでしょ」
「俺は特にそういう邪まな気持ちはありませんけど、でもお姉さんとしては『妹の知り合いの男の子を篭絡してNTRっちゃうお姉さんプレイ』的な妄想の材料にするつもりでしょどうせ」
「前田君って人の心を読む天才なんだね」
「天才なのはそこまでNTRフェチを拗らせられるお姉さんの方ですよ。字違いで天災と言ってもいいですけど」
そんな感じで、俺はまたマドカさんに捕まり否応なしに行先を変更させられる。
マドカさんに手を繋がれているせいで拒否権もなく、俺はただマドカさんの歩く方に一緒に歩かされる。
笹原の家に帰るなら俺と同じであの交差点を渡った方が近いはずだが、しかし駅前の方に向かったと言う事は、何か買い物でもするのだろうか。俺の家からはかなり方角もズレてしまうけれど、いずれにしてもマドカさんが満足するまではこの手を離してはくれないだろう。
「それと、どうして俺が明日の支度しないといけないって、知ってたんです?」
「それはね。お姉さんが卓越したエスパーで、本が超大好きで実は紙とか自在にあやつっちゃう情報機関のエージェントな敏腕お姉さんだから」
「それどこの読子さんですか。マドカさんの家っていうほど本無いでしょ。そういうネタはビル丸々を本の為に借りるくらいになってから言ってください」
しかも質問とまったく噛み合ってなければ特に外見が似てるわけでもないし。胸以外は。
「じゃあ願い事を叶える為に地球外生命体と契約して魔法少女になった――」
「今度は円環の理に導かれる系ですか。お姉さん的には魔法少女って歳でもな、あぎゃ!」
「こう見えてもまだピチピチなんだけどなぁ」
「本当にピチピチの人はその表現使いませんって!」
と言うか、お姉さん見かけに寄らず握力強いな! いや俺の方が弱すぎるだけなのか?
「因みに前田君は何色が好き?」
「それは、話の流れ的に誰が好きかってことですか?」
「うんうん」
「うーんと、そうですね」
「あ、待って。当ててあげようか」
「……どうぞ」
「黄色の子でしょ」
「な、なぜ言葉に出したわけでもないのに分かってしまうんですか。さてはお姉さんは本当に英国の諜報エージェント……」
「だってさっきから10秒に一回は私の胸見てるもん」
「っ……!」
いや例えば、後輩想いなところとか、部屋がお洒落で紅茶とケーキをご馳走になれるところとか、他にも必殺技がカッコいいとか色々あるよ?
「そう言うお姉さんは何色なんですか。名前的にピンクの子ですか?」
「ううん。私はね、きっと青色の子を選んじゃうと思う」
「その心は?」
「だって最後まで報われないでしょ。それから最後には好きだった男の子も他の女の子にNTRれちゃうし!」
「結局そこですか」
しかもあれはNTRって言うよりは、最初から眼中になかったような気も……。まあそっちの方が余計に悲しいけど。
「それでカンナは多分だけど、赤色の子かな。ああいう気丈に振る舞うタイプの子とか好きそうだし。それで真昼ちゃんはピンクかな」
「それは頭の中身が常にピンク色だからって意味で?」
「あはは。違う違う! 確かにそう言うところはあるんだと思うけど、真昼ちゃんはきっと、最後には自己犠牲してでも誰かを守ろうとするだろうなって、そう思うから」
「……そうですか。でも頭の中身は否定しなかったんですね」
「それもまた真昼ちゃんだしね」
なんて話を往来で続ける俺とマドカさん。
と言うか、すっかりはぐらかされそうになるところだった。話が脱線しただけでまだ肝心のところが聞けてない。
「それでマドカさんはどうして俺達が明日に温泉旅館に行くって知ってたんですか」
「聞きたい?」
「別に良いです。もうその事を知ってた時点で、だいたいの答えも分かってますし」
「前田君ってやっぱり冷たいわよね。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」
「別にモテたいと思って生きてませんから」
「本当に?」
「いや本当ですって」
「本当は?」
「……本当ですけど」
「じゃあ前田君の代わりにお姉さんが答えたげる。前田君は年上でおっぱいの大きい人にはモテたいと思っている。ファイナルアンサー!」
「そこはせめてオーディエンスを使ってもらえません!?」
「そうね。じゃあテレフォンを使ってカンナにも聞いてみようかな」
「わ、分かりましたから! 分かりましたってば! はいはいそうですよ! って言うかどうして人の好みとか知ってるんですか」
「それは私が実は怪異を退治して回っている怪異の専門家だからです!」
「今度は金髪にアロハシャツとかが似合いそうですね。そう言うネタは影から吸血鬼幼女を呼び出せるようになってから言ってください」
そんな具合に話を続けていると、すっかり駅前の繁華街へ来ている事に気付く。
「あ、それじゃあ私はここに用があるから。付き添いご苦労であった少年!」
マドカさんはそう言うと、俺から手を離し雑居ビルの入り口へ歩いていく。そして大きく口をにやけさせながら、子供のような笑顔で大きく手を振るのだ。
「因みにさっきの質問、フィフティフィフティで答えてあげる。A、私が実は先輩の後輩で、君たちの付き添いに行くことになったお姉さんだから。B、実は秋葉原に秘密の研究所を作って過去とか未来とか変えちゃうマッドサイエンティストだから!」
それじゃあね! と、マドカさんはそれだけ言うと、雑居ビルのエレベーターに乗って、扉が閉まると同時に姿を消した。
「……そのうち俺の事をラボメンとか呼びださないよな、あの人」
俺はポツンと一人残されて、ついでだからと近くにある本屋へ足を向ける。
それから二、三歩踏み出したところで、俺はふと振り返ってお姉さんの入った雑居ビルを見てみる。するとそこにはやたらと際どい風俗店の看板がいくつも掲げられていた。
「……まさかバイトを掛け持ちしてるって聞いてたけど、こう言う所でも働いてたりするのかな」
そんなお姉さんがこれから何をするのかとか、自分には関係のないはずのことを考えて悶々とする。
「……まあ良いさ。俺は俺で、自分の用事をこなすだけだからな」
そう吐き捨てるように言葉を漏らした後、俺はそのまま家電量販店の入る大型ビルへと向かう。そしてその4階にある書店でラノベの新刊をいくつか購入すると、そいつを抱えてのそのそと家に帰ったのだった。