ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
静岡の入り口である熱海を抜け、ついに伊豆半島の景色が見えてきた。
半島沿いを走る国道135号線を行きながら、右には山、左には海と言った眺めを車内から堪能する。青々と茂った山肌は壁のように鋭く立ち、その麓にはこぞって住宅やホテルなんかが見えた。雄大な自然の中に溶け込むように栄える町の風情は、いかにも温泉地の雰囲気を醸し出している。
前に訪れた房総半島とはまた違い、あちらが緩やかな山々が点々と広がるのに対し、こちらは険しい高山が連なっている感じだ。より自然の厳しさを感じるとでも言えば良いのだろうか。同じような眺めでも、その印象は随分と違うものだ。
「そろそろ到着するわ」
車内のミラーでこちらをちらっと見ると、運転席でマドカさんがそう伝える。
「今日は晴れて良かったわね。天気が良いと清々しくて、良い温泉日和だわ」
なんて話しかけてくれたので、俺は短く「そうっすね」と返す。
因みに俺の左右では、朝から喚き倒して疲れたのか、それとも無駄に早起きした反動か、鈴谷も笹原もぐっすりと眠りこけていた。なぜか二人とも俺の肩に頭を寄りかけているのでそれとなく重い。
因みに一つ前の座席では、どうやら妹の綾子の奴も瞼を閉じているらしく、時宮先輩が背もたれの横からこちらを見ると「可愛いわね」とでも言いたげに微笑んだ。
「こいつら、まだ10時だってのに最初からはしゃぎ過ぎだろ」
「あまり旅行とか行かないから、カンナも張り切っちゃったのかもね」
「そう言えばあまり使わないって言ってましたもんね」
「ええ。運転免許は一応持ってるんだけど、ほとんどペーパーなのよ。でもちゃんと復習はしてきたから安心して」
そう言ってからマドカさんは右にハンドルを切ると、国道から外れて『市営駐車場』と看板の立ったパーキングに車を入れる。
「あれ、旅館って海沿いにあるんですか?」
「ううん。ちょっとチェックインまでに早く着いたから、寄って行こうと思って」
「寄るって、どこへ?」
「それは、伊豆に来たんだからもちろん――」
そうして外を見ると、黄色い砂浜と白く波打つ海岸が見える。
「それじゃあ着替えましょうか。更衣室はここからだと遠いみたいだから」
「えっと、あの。状況が見えないんですけど」
「あ、でも前田君は先に車から降りてね。流石に女の子の着替えは見せられないから」
「えっと、まさか」
「そ、お昼までは海水浴です!」
と言うわけで、ミニバンから追い出された俺は一人、茫然としながらパラソルとシートを持たされて砂浜へと歩かされる。
辺りからは仄かに焼きそばとカレーの匂いが漂ってきていた。
『ザザーン』
そう波音を聞きながら、俺は設置したパラソルの下で体育座りをしていた。
「真昼ちゃーん! そっち行ったよ~!」
「はーい笹原先輩、次は綾子ちゃんいきますよぉ~!」
「任せてください! バレーボール部員としての実力をお見せしますよっ!」
前では鈴谷と笹原と綾子が楽しそうにビーチバレーをしている。
「海水浴に来るとか聞いてなかったんだけど」
俺達が着いたのは、目的地である伊東のすぐそばにある海水浴場だ。
夏場の海水浴場としてはそれなりの人で賑わっていたが、砂浜の端の方はかなりゆとりがあるというマドカさんの情報を聞き、俺達は砂浜のギリギリに陣取り、こうして波打つ海を見ながら水着でたむろしていた。
「というか更衣室が遠いからって車で着替えるってのはどうなんだ。まあ俺は水着すら持ってないんだけどさ」
そうぼやきながら、俺はまた前の三人に目を向ける。
「次はカンナさんです、えい!」
「綾子ちゃん上手だね~。じゃあ次は真昼ちゃん!」
「お任せ下さい〜! また綾子ちゃんです、えいや!」
女の子同士できゃっきゃうふふとしながらバレーボールを追いかける三人。夏の空の下で海水に濡れながらはしゃぐ様子は、なんというか青春の1ページっぽい。こういうのを夏の風物詩と言うのだろうか。
「そのまま真昼さんにトス!」
「うわぁ、すごい。あんなに高くまで上がってる」
「それじゃあいきますね! そいやっ!」
すると綾子が高く上げたボールに向かって鈴谷がジャンプする。うわめっちゃ高え、なんて呑気に感想をついていたら、鈴谷の振り上げた掌がボールを捉え『バシュン!!』なんて轟音を立てながらボールが射出される。
「って、ちょ、ちょっとおいおいおい!?」
『ドギュン!!』
「あ、ごめんなさい先輩ぃ~!」
「あ、うぐぅ」
猛烈なスピードで発射されたビーチボールはものの見事に俺の方へと飛来し、ダイレクトに胸元へと直撃する。空気しか入ってないのに超痛いんですけど……。というかあいつ絶対わざとやっただろ。
「前田君もこっちでいっしょにやろうよ、バレーボール!」
「い、いや、俺はほら、日焼け止めとか塗ってないからさ」
一人私服姿のまま、ビーチボールを回収してやんわりとあちらへ放り投げる。そして俺はまた腰をついて息を吐いた。
「すみません。うちの兄ってああ見えて臆病ですから。女の子に混ざってビーチバレーとか、あまり嗜まないんですよ」
「先輩らしいですよねぇ。そしてなにかと理由をつけて、ベストポジションから私達の揺れる胸をポロリしないかなぁとか思いながら視姦してるんですよ、はぁ、はぁ……。考えたら涎が出てきましたぁ」
「まったくそのとおりですよ。うちの兄貴って絶対みなさんのことエロい目で見てますから。強姦魔ならぬ視姦魔ですから」
「大丈夫だよ綾子ちゃん。私達ももう慣れたから」
誰が視姦魔だ。それに笹原のそれはフォローになってないからな?
だいたい俺だけ水着持ってないんだから、しょうがないだろ。なんて反論するのも疲れそうなので、一人またあいつらの蛮行を眺める。つうか綾子はいつの間に水着持ってきてんだよ。
「それじゃあいくよー! そーれ!」
「きゃ、足が波に当たって冷たいですぅ!」
なんて言って、三人はまたビーチボールをトスして再開する。
「ったく、呑気だよなぁ三人とも」
見ると笹原と鈴谷の着てる水着は、前に水着ショップで試着してた物だ。
笹原の方はピンクの上下で、胸のあたりにはフリルが付いている。下はスカートっぽいひらひらが付いていて、なんだか少しロリっぽい雰囲気もあるが、それが笹原には絶妙に似合っている。
鈴谷の方は前がスク水のように覆われているが、背中や脇のあたりが大きく露出したデザインで、背中から見れば紐の結び目しか見えないせいかビキニのようにも見える。ああいう変に肌が露出してなかったり、かと思えば背中が露出してたりってのは、見方によっては余計にエロく感じるものだが、プロポーションの良い鈴谷が着るとエロってよりは綺麗といった感じで、まるでモデルのように見えてしまう。
あそこだけ見ると完璧なくらい可愛い美少女ギャルJKだが、その本性はスケベ親父も真っ青な破廉恥痴女なのだから物凄い詐欺だ。商品情報偽装の罪で逮捕されてもなんら驚かない。
「じゃあ次は笹原先輩ですぅ!」
「おーらい、よいしょっ!」
「カンナさんも真昼さんもお上手ですね!」
あんな二人が公然と飛び跳ねながら遊んでたりしたら、それこそナンパにでもあうんじゃないかとも思って見ていたが、何を思ったのかうちの妹が身に着けている水着がこともあろうにスク水で、胸にはでかでかと『まえだ』なんて書いてあるものだから、あれはあれで良い男避けになっている。まあそもそもが砂浜の中でも人の少ない場所を陣取ってるのもあるのだが、そういうわけで今のところ男の気配は皆無だ。というか本来ならそういう役目は男である俺が負うべきなんだろうけど、俺はまあほら。ああいうチャラチャラしたお兄さんとか怖いし。
「お疲れ様。パラソル立ててくれてありがとうね」
ぴと、と頬に冷たいものが触れたと思ったら、時宮先輩がこちらに缶ジュースを差し出していた。この伝統芸って絶対やらなきゃなの? スポーツ飲料のCMなんかだと絶対あるよねこういうの。
「それにしても穴場だよね。マドカ先輩、こんなところまで知ってたんだ」
それから時宮先輩は俺の横に腰を着けて、同じように前の三人を眺める。
時宮先輩はあの時に試着していた際どいビキニ姿……ではなく、プールの時と同じ水着に、上には肌隠しにビーチウェアを羽織っている。
実はあの時の水着を期待していた俺としては些か残念ではあるが、しかし時宮先輩があんな水着の恰好で海水浴場なんて歩いたら忽ち男達の群に囲まれてしまうだろうから、面倒臭さとの天秤ではややこちらが勝っている。男とは光に虫が集まるのと同じで、大きい胸には集る習性があるのだ。
「っていうか、マドカさんのこと先輩って呼んでるんですか?」
「ふふ。ちょっとお試しでそう呼んでみただけ。それに知らなかった? マドカさんってうちの学校の卒業生なの」
「そうだったんですか。でもまあ家は近いですしね」
「うんうん。まあ私は直接お世話になった事はないんだけど、一年生の時の生徒会の先輩から、たまに噂は聞いてたんだ」
「噂ですか?」
「そっ。うちの卒業生に凄く優秀な生徒会長が居たって噂。文化祭も凄く盛り上がったらしいよ」
「生徒会長……マドカさんがねえ」
「私もさっき車で御影先生との話を聞くまで、分からなかったんだけどね」
時宮先輩はそう言うと、手に持ったラムネに口を着ける。
にしてもマドカさんが生徒会長か。確かにどことなく要領は良さそうだもんな。頭の中は笹原と同じでちょっとダメっぽいけど。
「わたしもマドカさんに負けない様に、頑張らないとだね」
そう微笑みを作ると、時宮先輩はおいしょとお尻を持ち上げ、「私も混ぜてもらっていいかしら」と、三人の輪の中に入っていく。
「……意外だった?」
と、今度は背後から声がかかって、俺は野生の本能でびくりと身体をこわばらせた。
「あの、平然と背後を取るのは止めてください」
「ふふん。ごめんなさいね」
すると時宮先輩と代わるように、マドカさんは俺の隣に腰をつける。
「それで、意外だった?」
「生徒会長だったことですか?」
「うんうん」
「意外と言いますか、話を聞けば納得できない事はない……みたいな」
「あはは。なにそれ」
「いやまあ。マドカさんって面倒見は良さそうじゃないですか。それに妹想いだし、同じように後輩の世話してたのかなって」
「世話ってほどではないけどね。それに私も、いろんな人に支えられながらだったし」
するとマドカさんも俺と同じ方に目を向けながら、なにやら物思いにふける様に妹の姿を目で追いかけていた。
「その、本当に良いんですか。鈴谷とのこと」
「真昼ちゃんのこと?」
「その、あいつはあいつなりにちゃんと罪悪感を持ってて、そうは見えないかもしれませんけど、今でもその罪悪感に苛まれてると言いますか、何と言うか……」
「ふーん。なるほどね」
すると今度は俺の方へ流した目を向けながら、何故か少しだけこちらに身を近づける。
「な、なんですか!?」
「今のでまたちょっとだけ、お姉さん的にはポイント高いなぁって。だから心の距離? 的な感じで近づいてみました」
「そ、そうですか」
「もぅ、顔赤くしちゃって可愛いんだから」
俺の顔は決して赤くなってなければ、お姉さんの黒いビキニ姿にあてられてるわけでもない。だからこれも、あくまでも平常心を保った上での表情なのだ。だから近い、胸も顔もめっちゃ近いんですけど。
「そういう事をちゃんと教えてくれて、あの子たちの面倒も見てくれて、前田君って本当に良い子だよね」
「俺は別に、成り行きで付き合ってるだけですから」
「そうなの?」
「そうですよ。本当なら俺だって、根っからの面倒くさがり屋なんですから」
「ふふん。じゃあちゃーんとお礼はしないとだ」
するとマドカさんはまた少しこちらに身を寄せてくる。今度は肩が触れ合う程に近い。
「だからどうして近づいてくるんですか」
「こうしてるとカンナが焼きもちやくかなぁって」
「なんですかそれ。別に焼きませんよ、そんなの」
「そうかな?」
「あいつ、俺の事は好きとかあんまり思ってなさそうですし。何と言うか、友人? みたいな感じで」
「じゃあ、確かめてみる?」
「どうやって?」
「今からここでお姉さんとすごーいことしちゃうの」
「ぶふっ!!」
「ねちょって糸が引くくらいのキスとかしちゃう」
「あのですね、そういうのを男子高校生相手に言うのは止めてください」
「ふふん。ちょっと興奮した?」
「いえ、もう最近はそういうの慣れてきたので」
というかやっぱりこのお姉さん、見かけによらず肉食系だよな。
幸いにして自分が海パンでなかったことにほっと胸を撫でおろしていると、マドカさんはまた笹原達の方へ顔を向けた。
「……それで、どうなんですか。鈴谷のこと」
「血は直接繋がってなくても、可愛い妹だと思ってるよ」
「でも、直接は繋がってないって言っても……。鈴谷だって同じ親父さんの娘なわけですし」
「そうね。でも、私にはそうは思えないから」
その時、横のマドカさんの目を見て気付いた。この人は、笹原を目で追っているのではなくて、鈴谷の方を見ている。
「私にはね。あの子が可哀そうに思えるのよ」
「可哀そう?」
そう言葉を発したマドカさんは、どこかしんみりとした表情を浮かべたまま、ほんの少しだけこちらに体重を預けてくる。
「私はね。カンナも真昼ちゃんも、同じ家族だと思ってる。だけど、あの子の本当の父親が誰なのかは、正直私にも分からないの」
「本当の、父親……?」
「うん。真昼ちゃんから最初に事情を聴いた時は、はっきり言って耳を疑ったわ。けれど、うちの父親ってね。どこか前田君と似てると言うか、最後の最後は臆病なのよ。だから母親以外の誰かを身ごもらせるなんて、私には思えなくて」
「そ、それじゃあ鈴谷の父親は、笹原の親父さんじゃないかもしれないってことですか?」
「ううん。そうは言ってないわ。同じかもしれないし、同じじゃないかもしれない。だから私にはそのどちらかは分からないけれど、それでも大切な家族だってことは変わらないから」
するとマドカさんは、真昼が高く打ち上げたバレーボールを追いかけるように、目を空に向ける。
そしてバレーボールが落ちてもまだ、そこにはボールが浮かんでいるかのように空と雲を見続けた後、ふっと肩の力を抜いて、また笑みを作ってから俺の方を見た。
「だから前田君の心配も、もう必要ないってことかな。私はあの子達の事が好きだし、それから前田君のことも好きなの。それこそ寝取っちゃいたいくらいに」
「……そういう問題発言、軽々しく言われるこっちの身にもなって下さいよ」
「あ、また顔が赤くなってる」
「だからなってないですってば」
そうやってマドカさんに小突かれたので、俺はふいっと顔を背ける。
「だから、ね。カンナのこと。お願いね」
そう言うとマドカさんはさっと腰を上げて、4人に増えた輪の中に入っていく。
「お姉さんも入っていい?」
そう言いながら髪をたくし上げる姿は、やっぱり何時ものお姉さんのものだ。
「……お願い、か」
正直、俺に出来ることは限られている。それに俺だって、時宮先輩や他の誰かの助けがなければ、ここには居ないだろうから。
そんな俺がもしも誰かを助けられるとするのなら、それはやっぱり俺のおかげではなくて、俺を助けてくれた人達のおかげで、それから助かったそいつら自身のおかげなのだ。
他力本位と言うならそれまでだけど、結局俺に出来ることは付き添いをするまでで、そこから先に足を踏み入れる権利は、今の俺にはまだないような気がする。なにせ俺に与えられた肩書と言えば、精々があいつらの性癖や願望に付き合う男子高校生、そのくらいなのだから。
「海の家でカレーでも食ってくるか」
なんて独り言をして、俺は一人砂浜を歩いて行った。