ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
迂闊だった。
どこで間違えた。ドリンクバーでお姉さんと会った時、もっと警戒心を持つべきだったか? それともあの時点でこの店を変えるべきだったか。
いや、俺も鈴谷の事で頭が一杯だった。そこまで考える余裕がなかったのだ。これは、俺の思慮不足が招いた決定的なミスだ。
「前田君……その子って、さっきの……でも、前田君はカンナと……、え?」
「…………」
放心状態でぐったりとしている鈴谷を横に、俺はお姉さんへ顔を向けたまま返す言葉も無い。
この光景は、もはや言い逃れできる状況じゃない。鈴谷の股間からは今も噴出した潮が水滴となって床へぽたぽたと垂れている。おまけに反対の席には鈴谷の履いていたスカートとパンツ、そしてブラがあるのだ。
その鈴谷も今はYシャツが全開で、豊満な胸を惜しげもなく放り出している。
お姉さんは目を白黒とさせながら、自分の見ているものを頭で整理すらできない様子だった。だが、その目は次第に何か冷たい物を宿していき、それが憎悪の感情であると伝わってくる。
「…………っ」
するとお姉さんは俺達をしばらく眺めた後、ただ無言でその場から離れる。
「っ!!」
これは、究極的にマズい。
俺もお姉さんの後を追おうと腰を上げるが、このタイミングで鈴谷がぎゅっと俺の腕にしがみついてくる。
「先輩、先輩の腕って暖かいんですね」
「おま、寝ぼけたうちの妹かよ!?」
どうやらこいつもあまり精神状態が定まっていないらしい。
だが、問題はここでお姉さんを追いかけてどうするかだ。
弁明するか? これはカンナの引きこもりを直すためだと? まず不可能だ! そんな世迷いごとを真に受けるはずが無い!
ならどうする? このまま店の人間に報告されたら、俺も鈴谷も最悪警察行きだ。そうなったら笹原の引きこもりどころの話じゃなくなる。
「どうする、どうするんだ……! 考えろ……!」
お姉さんとは少なくとも面識がある。話しだけなら、もしかしたら聞いてくれるかもしれない。だがなんと話す? 鈴谷のことをなんと説明する?
俺は出来うる限りに頭を働かせ、なんとか打開策をひねり出そうとする。だが、そう簡単に行く状況じゃない。
くそ、どうする……、どうする……!!
「前田君」
「っ!? お、お姉さん……?」
そこで、俯いた俺の視界に誰かの足が入り込む。
顔を上げると、そこには先ほどテーブルから離れていったお姉さんの姿があった。
「これ、良かったら」
「……あ、あの……?」
その手には、シーツのような大きくて白い布が持たれている。
すると、お姉さんはその布を床と鈴谷に被せて、そのまま手で床を拭き始めた。
「ど、どうして……」
「説明は後にしましょ。お会計は終わらせて来たから、まずはこれで体とソファと床を掃除して……。そこのスカートはその子のかしら?」
「あ、あぁ……はい」
「じゃあ、体を隠してるうちに履かせちゃいましょ。前田君は体と足のほうを拭いてあげてね」
手際よくその場を片付けていくお姉さんに俺は呆気に取られていると、お姉さんが向側のソファにおいてあった物々をこちらに投げてくる。
「あぁっと!?」
「ナイスキャッチ」
どこか普段どおりと言うか、まるで初対面の時のような笑顔を向けるお姉さん。
なんだ、なにがどうなってるんだ……?
「ほら、早くしないとパフェ、そろそろ来ちゃうわよ?」
「パフェ……? って」
そこで俺は思い出す。
この横の馬鹿が、ドリームデラックスなんちゃらを注文していた事を……。
「…………なにやってんだ、俺」
お姉さんの事だけじゃなく、まさかこいつが注文してた事まで失念してたって……マジでダメダメじゃないか。
注文をしていたということはつまりそれを運びに店員が来るわけで、もしかするとお姉さんじゃなくて別の店員と鉢合わせする可能性も十分にあったという事だ。
「……うっ」
俺は軽い寒気に囚われながら、そっと鈴谷の体へ手を運び、お姉さんに言われたとおり布でその体を拭く。
「いゃん、手つきがいやらしいですょ先輩」
「お前は黙ってろ……!」
「むふぅ!」
戯言を吐く鈴谷の顔を強引に手でわしゃわしゃと拭きながら、俺とお姉さんはそのままテーブルと鈴谷を綺麗にしていく。
その調子で数分が経って、気が付くとその場はほぼ元通りになっていた。
「先輩が履かせてくれるなんてオプションはあったり……」
「調子に乗るな馬鹿」
最後に鈴谷にスカートとパンツ、ブラを付けさせたところで、お姉さんがその布を小さく折りたたんで手に抱える。
あまり綺麗だと言えないそれをなんの躊躇いも無く持つところは、なんだか感服した。
「これ、実は少し前まで使ってたテーブルクロスなの。でも新しいのが来て、処分しちゃうことになってたから。どうせなら便利に使わないとね」
「……その、ありがとうございました。でも、どうして」
「うーん。先にこれ、片付けちゃってくるわね」
俺の言葉ににこっと笑みを作りながらそう返すお姉さん。そのまま軽やかな足取りで、店の奥へと歩いていく。
そして、ちょうどそのタイミングでお姉さんと入れ違いに、厨房から一人の店員がやたらデカいグラスを持ってこちらにやってきた。
「ご注文ありがとうございますー! ドリームデラックスチョコレートパフェでーす!」
ドンッ!! とテーブルが鳴るほどの重量感に、俺は思わず威圧される。
というか、やっぱりお姉さんが言ったとおり、もう少し遅かったらこの店員と鉢合わせに……。
「来るの遅いですよー」
「すいません、何ぶん大きなメニューでして」
「…………おい」
俺はその鈴谷の言葉に、ある可能性が頭を過ぎる。そして同時に鳥肌が立った。
「お前、まさか」
「だ、だって、折角先輩とお外でいちゃいちゃ……ちょ、調教してもらえるのに、何のトラブルも無いのは勿体無いと思ったんですよぉ~!」
パフェを運んできた店員は一礼するとまた厨房へと戻っていく。そしてすぐさまスプーンを手に取り、その黒い山をかき分けていく鈴谷に、俺は無言で拳を振るった。
「あいた!?」
「馬鹿か!? 馬鹿なのか!?」
こいつ!! まさかと思ったが……!!
あぁ、間違いない。こいつ、これを注文する時点で既に『分かって』いやがった!! 俺達がこうなることも、それにあわよくばそのタイミングで店員がパフェを持ってくることも……!!
なんてやつだ。あの時点で、既にそこまで考えてやがった……!!
つまりこいつはあえて、狙ってこれを注文していたのだ。あわよくば、俺達の行為中に店員がテーブルに近づいてくるよう仕向けるために。
「お、お前なぁ……」
やはり、こいつは狂人だ。破滅も何もかもを意に返さない、自分の快楽を求めて暴走する狂人だ。
おまけにクソみたいに冷静で、頭がとことん切れる。そんなこの世でもっともタチの悪い部類の人間だろう。
「あいた!」
パシン、と、俺はその頭に二発目の拳を振り落とす。
「もうこんなことは二度とするな。良いな?」
「は、は~い……」
どことなく残念そうなイントネーションに不安しか感じない。
「ただいまー。あ、やっぱりそのパフェ美味しそうね」
そしてちょうど席に戻ってきたお姉さんは、俺達の向かいへと座り、興味深そうにパフェへと目をやる。
「それにしても……前田君も大胆な事をするのね」
「……その、ご迷惑をおかけしてすいません。この事は」
「大丈夫よ。ここで見たことは誰にも言わないわ。お姉さんとの約束」
なんだろう。この人ってもしかして天使なんじゃないだろうか。
後始末を手伝ってくれたどころか、ここまでの醜態を見てもまだその微笑を残していてくれるなんて……。
「それに、お姉さんもあまり人のこと言えないし……」
……ん?
あの、どうしてそこで顔を少し赤くするのかお願いだから俺に説明してもらえると助かるのですが。
「え、えっとね! ひとまず今日は何も起こらなくてよかったわね」
俺には曲がり間違っても〝何も起こらなかった〟と言う言葉に同意する事はできなかった。というか、ここまで目の当たりにしながらそれを言えるって、もしかしてこの人も相当なマイペース人間なんじゃ。
「でも、そうよね。前田君、カンナと付き合ってると思ってたんだけど……」
「あの、お姉さん」
やっぱりか、と言ったふうに俺はその目を据えて口を開ける。
笹原が言っていたところから既にそんな気はしていたが、お姉さんはどうも俺と笹原が密な関係であると勘違いしているようだ。
「俺と笹原は、そんな関係じゃ―」
「でもそうよね。前田君くらいの年頃なら、NTRくらいあるわよね」
「……は?」
「でも、それはあの子も分かってくれるんじゃないかしら。恋人がNTRれるって、凄く背徳的な感じだもの」
……うん?
なんだろう。絶妙に会話がかみ合ってない気がするのだが。
「カンナも、前田君をその子にNTRれちゃったのね。でも、うん。良いわよね、凄く。NTRって私、日本の文化だと思うの」
「…………」
この人はいったい何を言ってるのだろうか。
「だからね、前田君。私はここでのことは、カンナにも誰にも言わないわ。あ、でもお姉さんにはもう少し詳しく話してくれないかしら、その……NTRってどんな気分で、えっと、はぁ……はぁ……、ゴクリ、あ、でも良いのよ! 言いたくなければそれでも!」
なんだろう。目の前で息を乱しているこの人が、さっきまで掃除を手伝ってくれたお姉さんと同一人物には見えないのだけど。
「私、実は凄くそういうのに興味が有るって言うか……その、いやらしい言い方をすればフェチズムが有るって言うか……」
そこでお姉さんは恥ずかしそうに顔を逸らしながら、しかし視線ではちらっとこちらを見ながらに、言葉を続ける。
「その……お姉さん、実はNTR好きなの」
やっぱり姉妹だな。と、そう思った。
このお姉さんも、その言葉をまるで好きな人に告白するかのように、赤面しながら、それでいて青春立ち込める笑顔で言えてしまうのだ。
その瞬間、俺の中のお姉さんのイメージがガラガラと音を立てて崩れ去る。
どうやらこの人は、かなり残念なお姉さんらしかった。