ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
鈴谷は俺の目をじっと見つめる。これまでにない緊張感と言うか、それまでどこかヘラヘラとした軽率な態度しか取ってこなかった鈴谷のもう一つの一面と言うか、つまるとこそいつのその表情は少し意外だった。
口を閉じ、目は泳がせる事も無く真っ直ぐに俺を見つめている。俺以外に何も視野に入れようとしない真剣な眼差しは俺をその場に釘付けにした。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。俺に自分の言葉を前言撤回させる事も許さないような迫力さえ感じる。
こいつは今から何を話そうとしているのか、それは笹原のトラウマに違いは無いが、しかしどうしてこいつがそこにここまでの真剣味を持っているのか。鈴谷のこれまでなら、例えそれが人のとんでもない秘密であっても、冗談半分にひけらかしそうなものだと思っていたが。
「先輩。笹原先輩は、どうして外に出れないのだと思いますか?」
「……さぁな。なにせあそこまで拗らせてるんだ。それなりに何か理由はあると思うが、そこまでは俺には想像できん」
「そう、ですよね。ただ、笹原先輩は―」
そこまで言って、こいつはまた口を閉じる。
見ると、その両膝にのせた拳がわなわなと震えていた。怖がっている……? いや、迷っているのか。だが、どうしてここまで来て迷うんだ。こいつにとっては他人の過去でしかないだろう。
そりゃ場合によってはかなりプライベートな事になるから、後ろめたさはあるのかもしれない。だがこいつに限ってはそんな感情とは無縁だろう。なにせ自分を木っ端微塵になるまで滅茶苦茶にして欲しいと望むほどの破滅願望者だ。むしろ誰かの破滅になんてこれっぽっちも関心が無いものだと思っていた。
「――笹原先輩は、見てしまったんですよ」
それから数秒して、鈴谷は再び口を開く。
「何をだよ?」
「先輩。笹原先輩のご家庭に、今はお姉さんと二人しか居ないのはご存知ですよね?」
「ん、ああ。確かお姉さんが今は二人暮らしだと言っていたな。ご両親は出張だかって」
「それ、嘘なんです」
「嘘?」
すると、鈴谷はぐっと何かをこらえるように顎を下げる。
「本当は、もうあの家に帰ってくる人なんて居ないんです」
「お、おいおい! ちょっと待てよ。どういう事だよそれ」
「言葉の通りです。あの家に、もう戻ってくるご両親は居ません」
鈴谷の言葉の意味、それは頭で理解していながらも、しかし俺は戸惑う。
こいつはいったい何を口走ってるんだ? いったい何を話そうとしている?
「笹原先輩と、そのお姉さん。それが、あの家に居る人間の全員です」
「いやいやおかしいだろ! どうして笹原とお姉さんの二人だけなんだ!」
「でも、それが真実なんです。お姉さんは、先輩に嘘を言ったんですよ」
「…………だが、だとしたらどうしてそんな事を……っ!! もしかしてまさか死……」
「安心してください。お亡くなりになった訳では有りません」
鈴谷はまたゆっくりを顔を上げて、こちらに目を向ける。
そして、俺はその目を見て驚いた。
そこには、これまで好き勝手にやってきた、自由気ままな鈴谷は居なかった。まるで何かに絶望するような、そんな最後まで追い詰められたような、哀れみすら感じるような陰鬱な瞳の鈴谷が居た。
「話を戻します。笹原先輩が引きこもりになったのは、去年の12月からです。その切っ掛けになったのは、おそらく24日のクリスマスイブの日です」
……なんだ。何かがおかしい。
鈴谷はまるで、自分の臓器を無理やり引っこ抜かれているかのように苦しそうだ。どうしてそこまで苦しい思いになんてなる? しかもこいつの話はやけに詳細で、あいつが引きこもりになった日付まで出てきやがった。
やっぱり、何かがおかしい。
「その日の夜、笹原先輩はある公園に行っていました。ご両親に内緒でクリスマスケーキを買いに行っていたんです。その公園に足を踏み入れたのも、おそらく初めてだったのでしょう。なにせほとんど行かない場所だったみたいですし」
鈴谷はまるでその場を見ていたかのように話を進める。
「そこで笹原先輩が見たものは………………。自分の父親が、知らない女性を茂みの中で犯している光景だったんです」
「…………………な、に?」
俺は、思わず言葉を詰まらせる。
笹原の親父さんが……なんだと……?
「笹原先輩のお父上は他の女性と交際していたんですよ。そして、クリスマスイブの夜、こっそり公園の中で愛を分け合ってたんです」
「ちょ、ちょっと待てよ!! それって―」
「はい。お父上は、お母様とは別の女性と不倫をしていました。そしてその日、性行為をしてたんです。それも青姦、つまり野外で。それを、笹原先輩は見てしまったのです」
俺は言葉を失くした。
喉に引っかかって出ないとか、そんなレベルじゃない。まるで頭の中の言葉が何もストックされていないかのように、一文字すら思い浮かばなかった。
そいつの話に、鈴谷の話す言葉に、俺は何も言えなかった。
「笹原先輩はそれを見てしまい、家に帰ってから泣き崩れたそうです。笹原先輩はお父さんっ子だったみたいですし、無理もないですよね。お父上の事は直ぐに家族に知られました。それから、笹原先輩のお父上が20年も前からその女性と不倫関係にあったと分かったんです。そのクリスマスイブの日は、ちょうど笹原先輩のご両親の結婚20年目の記念日でもありました」
「…………そんな、クソ!! そ、そんな、そんなことって……!!」
俺は気付けば歯と拳に強く力が入っていた。
「そんな事が有って良いのかよ!!」
俺の頭に浮かぶのは、そのクリスマスイブの日にケーキの入った箱を持つ笹原の顔だ。そいつは家族に喜んでもらいたくて、きっと一人で内緒にしてプレゼントとして用意してたんだ。きっとわくわくしてたはずだろう。帰ったら幸せな家庭が有って、自分のケーキでお祝いして、誰かに喜んでもらって……。笹原は楽しみにしながら家に向かっていたはずだ。あいつは、きっとそんな奴だろうから。
だが、それが親父さんの愚行で全てぶち壊されてしまった。それも結婚記念日の日に。
「クソっ……!! あぁ、わかったよ。…………もう、わかった」
その話を聞いて、俺の方が壊されてしまいそうだった。家族の絆も何も無い、そんな地獄の果てような結末―。それが自分の居場所だったなら、俺なら耐えられないだろう。
「もう、十分だ」
笹原のトラウマ。そいつは、家族の崩壊を招いたその一晩の記憶だったのか。
だが心の中の何かを破壊するには十分だ。それが引きがねになって引きこもりになるには、あまりにも十分な出来事である。
笹原は、自分の父親が別の女の人とセックスしているところに出くわして、しかもそれが切っ掛けで家族がバラバラになった。その記憶が、笹原の心の中で『外に出る』事そのものを拒むようにしてしまった。大筋はこんなところだろう。
「……先輩。それと、もう一つお伝えしなければいけない事があります」
だが鈴谷は、まだ話を続ける。
「聞いてて、先輩なら思いましたよね? どうして私がそんな事まで知ってるのかって」
そいつは、自分の方こそ何かに押しつぶされそうな顔をしているにも関わらず、俺へ向けて言葉を吐き出した。
「……まあな」
「それは…………、私がここまで笹原先輩の過去について知ってる理由は…………、私が、その女性の元に生まれた子供だからです」
「……………お前、いま、なんて」
「だから、ね。先輩……! 私は、その不倫相手との間にできた子供なんです」
すると鈴谷は、まるで何かを置き去りにするように、強引にその顔で笑みを作った。
「私は笹原先輩と同じ父親を持ち、そして笹原先輩のご家庭を破滅させた女の、その、一人娘なんです」
それがどう言う意味を持っているのか、その場の俺にはまだ、直ぐには理解できなかった。