ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
まずは笹原に鈴谷の正体を明かさなければならない。鈴谷にとってはそれこそトラウマのような思い出になるかもしれないだろうけど……。だけど、そこは避けては通れない道だ。鈴谷の抱える罪悪感を発散させてやる為には、ありのままの事実を笹原に伝える必要がある。その上で、二人の間にあるわだかまりを無くさなければいけない。だけど、それにしたって難しい話だ。笹原にとって鈴谷真昼の存在は、最大級のトラウマの一つでもあるのだから。
問題は事実を聞いた笹原が、鈴谷と言う存在を許して初めて鈴谷は過去の悪夢から開放される、と言う点だ。笹原の様子を見ると、やはり鈴谷の顔を見ただけでは、彼女が鈴谷の父親と不倫した相手の娘だとは気付いていないようだし、鈴谷の事は始めから話す必要がある。
これは、かなりの正念場になるかもしれない。
「なあ、少し話があるんだ。中に入っても良いか?」
「え? う、うん」
笹原は一度俺の後ろで俯く鈴谷へと視線を向け、きょとんとした表情のままに玄関の扉を開けた。
笹原にしてみれば見ず知らずの女子が急に俺と一緒にやって来て、それで『話がある』と言うのだから、そりゃ不審がるのも無理はない。
俺は笹原に続いて玄関から中へ入ろうとするが、後ろを振り返ると鈴谷の足が動いていなかった。
「……ねえ、やっぱり」
鈴谷の足は見てわかるほどに震えている。やはり恐いのだ。心の底から。
「大丈夫だ」
俺はそう言葉をかけ、鈴谷の手を引いた。
「……はい」
鈴谷は力の無い返事をした後に、俺に連れられて玄関へと歩く。
俺は鈴谷を少しでも安心させるために言葉をかけたが、その言葉はあまりにも無責任だ。俺がしてやれる事なんてどれだけあるのかわからないんだから。
鈴谷の抱える強烈な過去の遺産。悩みや恐怖心、罪悪感。それをなんとかしてやりたいと俺は柄にも無く思ってしまったわけだが、そいつを消し去れる具体的な方法も思いつかないままに、俺はここに居る。見切り発車もいいところだ。だが、もしも具体的な案があったとしても、おそらくやらなければいけない事は変らなかったはずだ。
鈴谷真昼がこれからも鈴谷真昼のままで居る為には、笹原との因縁に決着をつけなければならない。そしてその為には笹原と向き合わなければならないのだから。
「どうしたの?」
見ると、笹原は首をくねっとさせて俺達の様子に「?」マークを浮かべている。
「あぁ、いや。なんでもない」
「そう言えば、その後ろの子は前田君のお友達?」
「えっと、後輩だな」
「ふーん、後輩さん……?」
そう言うと笹原は玄関口で靴を脱いで、ステステとリビングの方へと進んでいく。
やばいな、これ。
「……行くぞ」
悪い予感がどんどんと心の底から沸いてくる。心臓の鼓動が次第に重くなる。ドクン、と一度胸を打つたびに、深く息を吐かないと体の中が壊れてしまいそうだ。
「……あぁ、クソ。やっぱダメだな、俺」
「先輩?」
「お前の話聞いてさ、何とかしてやりたいと思った。けど、俺だって人の話に首を突っ込むほど強いメンタルはしてねぇ。何より人と関わる事が面倒だって、ずっと家に引き篭もってたような奴だ。あぁ、そりゃとことんまでダメ人間だよ。けどな―」
それじゃあ、ダメなんだ。
一度やると決めたんなら、俺がここで臆病になっちゃダメなんだよ。
「やるんなら、とことんやってやらなきゃな」
だからこそ、俺は鈴谷へ笑顔を向けた。
「大丈夫だ。俺がなんとかする。そりゃ、強がりにも聞こえるだろうけどさ。何せ鈴谷、お前の方がビビってるって分ってんのに、もう俺の方が目の前の現実から逃げ出したくなってんだ。はは、所詮は学校と家とを行き来するだけの日常を送ってきた灰色青春野郎だぜ。だけどな、お前は俺を信頼しても良い。こんな男でも、自慢じゃないが他人と交わした約束は、一度だって破った事がないんだから」
俺はあえて冗談っぽくそう鈴谷に話す。そうする事で少しでも重い空気を和らげようとしての事だったが、寧ろ俺は、自分自身を鼓舞したかったのかもしれない。
「先輩」
すると、ふと鈴谷は俺の手を強く握り返した。思わず振り返ると、そこには柔らかな笑みを作る鈴谷の顔があった。
「大丈夫ですよ。私はちゃんと、先輩の事を……。ううん。私の飼い主様のことを、最後まで信用してみせますから」
「……、そうか」
その鈴谷の顔は、まるで子供を見る時のように優しいものだ。
「私は先輩の事を、最後まで信じます」
その表情から吐かれた言葉は力強くて、俺の方が勇気を貰ったような気さえする。
鈴谷真昼、か。やっぱり強いな、こいつは。
「ああ」
俺は鈴谷にそう短く返すと、二人で玄関口から階段を上がっていく。
「笹原、部屋で待ってれば良いか?」
「あ、えっと!!」
廊下の奥からひょこっと顔を出した笹原は少し恥ずかしそうに手を振る。
「ほ、ほら! 今日はお客さんも居るみたいだからリビングで、ね!」
「あ~……。まあ、そうだな」
そう言えばこいつの部屋はゴミとエロ本だらけだったな……。
流石に見ず知らずの人間に見られるのは恥ずかしいのか、笹原はリビングへ入るように指で合図する。
「んじゃ、入るぞ」
俺と鈴谷は廊下へ足を踏み出すと、ゆっくりとリビングへと向かう。
この鼻に付く独特の匂いも嗅ぎ慣れてきたような気がするけど、やっぱり金持ちの家っつうのは居心地が良くない気がするな。
でもまあ、今の居心地の悪さというか、落ち着かない感じは間違いなくそれとは関係ないだろうけど。
「どうぞ召し上がれ。お姉ちゃんと比べると美味しくないかもだけど」
俺と鈴谷が隣り合って席に着くと、その前に湯気の立ったティーカップが置かれる。それから笹原は俺たちと向かい合うように椅子に座った。
「それで、話って何かな?」
笹原は俺へと目を向けながらそう口を開く。
「そうだな。……実は、話ってのは」
「先輩」
俺が話を始めようとした時、不意に鈴谷が俺の言葉を止めた。
「私から、言わせてください」
「でも、お前……」
「大丈夫です。先輩が、隣に居てくれるんですから」
やっぱり鈴谷は笑顔のまま、それもさっきよりも随分と無理をした作り笑顔を俺に見せる。
「笹原先輩。お会いするのは、これが初めてだと思います」
「う、うん。えっと、あなたは……?」
「私は、鈴谷真昼って言います」
「……鈴谷?」
その名前に、笹原は目を見開く。同時に、全身が強張るようにぴたっと固まった。
「はい。私は……あなたの知ってる鈴谷神奈の、娘です」