ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
鈴谷の言葉は魔法のようにその場の空気を凍りつかせる。
「…………え」
笹原は目を丸くしたまま、口を開けて鈴谷の顔を凝視した。
「笹原先輩にずっと言いたかった事があって、でも、私は……。私は、笹原先輩の……妹です」
鈴谷いったいどれだけの重圧の中で、勇気を振り絞ってその言葉を吐き出したのか。俺には想像すらできない。
「すず、たに……」
そして鈴谷の告白は同時に笹原にも大きな衝撃を与えている。
やっぱり鈴谷の存在は、笹原の抱えるトラウマの根幹を抉るような事実だったことだけは、間違いさそうだった。
笹原は意識が残ってるかもわからないほどに虚ろな瞳で、口をぱくぱくと開閉させる。
それはまるで、閉じ込めていた記憶を強引に手繰り寄せているかのようだった。『鈴谷』と言う名前が岩戸を開ける呪文だったかのように、笹原の中で感情がぐるぐると駆け巡っているのが俺にまで伝わる。
「鈴谷って……お父さんと、一緒に居た……」
「はい。私は〝あなたの〟お父様を……。いえ、あなたの家族を引き裂いてしまった、女の娘です」
「鈴谷、お前……」
鈴谷は全てを吐き出すようにそう言い切った。
どれだけの不安を今の鈴谷は感じているのだろう。きっとそれは耐え切れないほどに鈴谷の胸に押し寄せているはずだ。俺はそう思いながら鈴谷の顔を見る。だが、そこで驚かされた。
鈴谷の目は、じっと笹原を見据えたまままるで動かない。その両目を見開いて、逃げることなく笹原と向かい合っている。
やっぱりこいつは強いんだな。これだけの重い事実だ、俺なら目を背けたくなるだろう。だけど、こいつはしっかりと向き合おうとしている。
「すいません。すいません……。本当に、ごめんなさい」
それから鈴谷は、深々と頭を下げる。
「え、っと……」
笹原は戸惑った素振りで今度は俺の方を見る。
鈴谷はやる事をやった。なら、後は俺の番だ。
「笹原。こいつとは、実は昨日にあったばかりなんだが……。お前との約束、えっと、お前を野外露出プレイさせるって言う約束だ。そいつを果たすためには、お前のトラウマを克服させる必要があるって、そう思ったんだ。だから、こいつから全部聞いたよ。お前の過去の事とかな」
俺は笹原を見つめ返す。
「そう、だったんだ……」
「鈴谷は俺達と同じ高校の一年だ。こいつは、ただお前に対する罪を償うためだけに同じ学校に入学したみたいなんだが、中々お前とはその、会う機会が無かったみたいでさ。それで俺が――」
「もう良いよ、前田君」
「―ッ!!」
一瞬、俺は話を遮る笹原の言葉に、最悪の事態を予感した。
身が凍りつく。どうしたら良いのか、1秒に満たない間に、頭の中で様々な思考が巡る。
笹原に対してなんと言い訳をするのか。それとも謝罪するのか、鈴谷を庇うのか、あるいは罵るのか。
しかし、その全てが無意味だと、次の瞬間に気付かされる。
「もう大丈夫だよ、前田君。その、ありがとう、ね。私の為に」
笹原は怒りに形相を変えるでも、絶望に顔を蒼白にさせるでもない。
ただ指で零れる涙を取りながら、にっと笑った。
「それから、ごめんね。前田君が、まさかそこまでしてくれるって、知らなかったから」
「……俺も、もしかしたらお前に悪い思いをさせたかもしれない。そこまで俺は踏み込むべきじゃ、なかったのかも」
「ううん。私は、嬉しかったよ」
笹原は同じ笑みを鈴谷にも向ける。すると、鈴谷も面食らったように顔を固まらせた。
「鈴谷真昼さん。ごめんね、私もちょっと驚いちゃって。でも、私はあなたのこと、全然怒ってないよ」
「怒って、ない……?」
「うん。お父さんに別の娘が居るって言うのは知ってたから。だから、こうやって会うことができて、私は嬉しいなって、思うの」
その反応は、俺ですら予期していなかった。
笹原はまるで本当の妹と接するかのように優しく鈴谷に語り掛ける。
「でも、私は笹原先輩のお父さんを……。その」
「違う。そうじゃないよ。お父さんはお父さん。それに、私だけじゃなくて、あなたのお父さんでもあるんだから」
「……でも」
「だから、大丈夫。ね? 私は気にしてないよ」
「…………」
「おい、鈴谷」
「先輩、私……」
俺が横を見ると、鈴谷は思わず下を向いて、それから膝を涙で濡らしていた。
「私、先輩、私……」
「あぁ、お前はよく言ったよ」
「先輩……、うぅ……」
鈴谷の中で何かが決壊するように、涙は強く流れていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
鈴谷は誰にでもなくそう謝りながら、腕で顔を拭う。
「言ったろ。お前は何も悪くないってな」
俺はその弱々しい背中を手でさする。その背中は恐ろしいほどに冷たくて、それから震えていた。
「笹原。すまん。急にこんな話しちまってさ」
「……うん。そうだね。正直、私もまだ驚いてるかな? でも、前田君が私のためにやってくれたことだから、だからやっぱり私は嬉しいかな」
「……そうか」
しばらくリビングには鈴谷の泣き声が響く。それから数分が経って、鈴谷も落ち着いてきたのか、俺に顔を上げて、それからハニカんだ。
「ありがとうございます、先輩」
「もう大丈夫か?」
「はい。私はもう、大丈夫です」
「そっか、なら良かったな」
俺は一先ず鈴谷の顔に安堵して、それから再び笹原へと向き直る。
鈴谷の過去は、俺達が思うよりはるかに、それこそ拍子抜けなほどにあっさりと終幕した。修羅場になるわけでも、紛争になる訳でもない。だれも傷付かず、いや、むしろこれまでにたくさん傷付いてきたからだろうか。だからこそ余計に、胸を撫で下ろすようにほっと安心できる。
もしかすると笹原だってまだ本心を言った訳ではないのかもしれない。本当は鈴谷真昼を憎く思っているのかもしれない。だが今は、ひとまずとしては、今この場で1人の女の子が救われたことに違いはない。
鈴谷真昼にとってもこの事はトラウマ級の過去だっただろう。それだけ重苦しい罪悪感だったとこれまでの鈴谷の様子で嫌と言うほどにわかる。それがこうやって、笹原の言葉で少しでも開放されたのなら鈴谷は少なくともトラウマから救われたのだ。
「ふぅ……」
俺は安堵と同時に、自分に圧し掛かったプレッシャーを封じ込める為の呼吸を吐く。
そう、俺にとっての本番はまだ終わってない。
俺は二人の女の子と約束を交わした。だが、今はまだ半分しかこなせていない。俺はまだ、道半ばだと言う事を忘れてはいない。
「なあ、笹原」
「ん、前田君?」
「俺は、お前のトラウマってやつをなんとかしなきゃならない。それがお前とした約束を守る為に必要な事なら、絶対にだ」
「……うん、そうだね」
すると笹原は少し迷ったように俺から視線を逸らす。
こいつが引きこもりになった原因。それは、笹原の親父さんが鈴谷の母親との不倫関係だ。そのあまりに決定的な現場を、その目で見てしまった事だ。
問題はそいつをどうやって解決させてやるかだが――。
「……じゃあ、私の方も話さないとかもだ」
すると笹原はやはりどこか恥ずかしそうに、自分のティーカップを手に持って、不器用にずずずっと
「話す……?」
「うん。一回は、やっぱり不安で話せなかったけど……。前田君がここまでしてくれるんだもん。私も、もう隠し事は無しにしないとね」
隠し事?
なんだ、笹原は何を言おうと――。
「あのね。私は、本当は引きこもりなんかじゃないんだ」