ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
引きこもりじゃない。
笹原は頬を赤らめて、照れくさそうにそう言った。
「なっ……!!」
引きこもりじゃない?
「ごめんね。今まで隠してて」
笹原はどこか申し訳無さそうに、そう言葉を言い放つ。
「な、どういう事だ。引きこもりじゃないってのは……?」
「うーんとね、私の場合は、外に出れないとか、出たくないとかじゃないの。ただね、外に出るって言うのは、私にとって、とてもとても難しい事と言うか」
「なんだよそれ、引きこもりと何が違うんだ?」
外に出れないのではなく、出るのが難しい……?
引きこもりではない。その言葉だけなら、考えてみれば納得できない話ではないのかもしれない。
いや、こいつの部屋はあの有様だし、実際に半年以上学校へも登校せずに家の中に居るのだから、世間で言えば立派な引きこもりだ。おまけに外出すると少し他人に触れられたり、会話したりするだけで吐きそうになる。と言うよりも、こいつは現に嘔吐した後に失神までしてるし……。少なくとも社会不適合者だという烙印を押されるに余りある状況だ。
だけど、それでも―。こいつは俺や、例えば鈴谷ともこうやって面と向かって話をしてるし、俺の部屋での様子も別段変わって慌てたような様子は無かった。つまり、家の中では普通にまともな人間として居られているのだ。
だったら何が原因なんだ……? こいつの抱えているトラウマが生み出した問題ってのは、なんなんだ?
「ホントの事を言うとね。今も実はちょっとだけ恐いんだ。人に話すの」
見ると笹原の顔は優しく緩んでいる。しかし、その胸の内は複雑な感情が渦巻いているのか、視線があちこち動いたり、ぎこちなく肩を揺らせたり落ち着かない。
「えっとね」
だがそれでも意を決したのか、笹原はくりっとした眼で俺を見つめ、そして口を開いた。
「私は……。本当の私は、実は男性恐怖症だったりします」
男性恐怖症。
男性恐怖症……?
「私ね。お父さんとの事が有ってから、男の人と話したり、近づいたりできないんだ。もしそうしようとしたら、体がね。言う事聞かなくなっちゃって、酷いときはそれだけで気絶しちゃったりして……。昨日のお昼も、多分それで倒れちゃったんだと思うんだ」
「そ、それっつうと、つまり……」
俺がその時抱いたものは、どこか腑に落ちたと言うか、これまで残っていた違和感が払拭されたような納得感だった。
そうか。こいつの場合の外に出るのが難しいっていうのは―。
「笹原、お前は男が傍に居るだけで。……おい、でもそれって」
そして、俺は気付いてしまう。
笹原が抱える、どうしようもない事実に。
「うん。前田君みたいに同じくらいの年の男の子だったら少しは平気なのかもなんだけど、大人の男の人だと、もうダメみたい。色々と試してみたんだけど、大学生くらいの人でも結構きつくて、それから私のお爺ちゃんとかにも会ってみたけど、それでもダメみたいで」
笹原はどこかはぐらかすような口調でそう言った。
だがその軽やかな笹原の言葉とは反して、笹原の持つトラウマの後遺症。その爪痕は、笹原の人生をあまりにも深く抉るものだ。
男性恐怖症。言葉にすれば簡単だ。しかし、笹原には途方も無く重い。
笹原はもう、成人した男性と関わる事ができない。
それはつまり、この世界のおよそ半数の人間との接触を許されないという事だ。外に出て日常生活を送るなんてことは、とても有り得る状態じゃない。
ここから学校まで通学するだけでも何人の男とすれ違うだろうか? それどころか、担任はどうだ? あの担任も男だ。
学校を卒業した後は? 社会でどうやって生きていくんだ?
会社は? 結婚は?
俺は笹原の背負っているものの重さに、一瞬眩暈を起こしそうになった。
笹原カンナは、もはやまともに外へ出る事が〝許されない〟人間なのだ。
「そういうこと、だったのか」
「うん。ごめんね。今まで話さないままで」
「……いや、いや良いんだ」
話せるものか。
それは言うなれば笹原の人生を縛る鎖そのものだ。笹原の心臓を握りこんでいる手の存在を明かすようなものだ。
笹原にとって、その事実はまさに致命的な欠点である。もしもそれを知られて、誰かに悪用でもされたら? 成人男性と近づくだけで失神するんだぞ。
もしも笹原に悪意を持つ人間が居たとしたら、この症状を利用して笹原をどうする事だってできてしまう。笹原にはもはや脅しのナイフは必要ない。拘束するための縄もだ。ただ成人の男性であれば、全員が笹原の自由を奪うに足る凶器になるのだ。
笹原にしてみれば、その事実を知られるという事は、常に首元にナイフを突きつけられているのと変わりない。
俺にも人には言えない秘密がある。あの体質の事だ。俺は人と約束をすると、その約束を破る事を体や頭が拒否してしまう。だが、こんなものはまだ生ぬるい。なにせ、俺は誰とも約束なんてしなければそれで済む話なのだから。
しかし、笹原は違う。笹原にとって、この事実はあまりにも不条理で、どうしようもないものだ。
「あの、そんな事、私まで聞いてよかったんですか……?」
鈴谷も事態を飲み込めたのか、うろたえるように椅子を引いて立ち上がろうとする。
「うん。真昼さんにも、聞いておいて欲しいな」
「でも、その話が本当なら……」
真昼が戸惑うのも無理は無い。
鈴谷真昼は笹原に対して強い罪悪感を抱いている。だからこそ、こいつは笹原に謝罪するためにここまで来たのだ。だが、普通に考えれば、鈴谷だって笹原を恨んでいても何もおかしくは無い。
自分の母親が不倫していた相手の娘。複雑な心境が絡み合って、それが怒りに変っていてもおかしくはないのだ。そんな相手に自分の弱みを話すなんてどうかしていると俺なら思うだろう。だが、笹原はその可能性を否定するかのように、鈴谷をまた椅子へと座らせた。
「私ね。別にお父さんが憎い訳じゃないの。今でも大好きなお父さんだし、何時でもまた会いたいなって思う。けどね、どうしてなんだろう。私は、まだどこかで怯えてるのかもしれないね」
笹原はまたにっと笑みを浮かべる。
俺にはそれが強がりだと、すぐにわかった。
「だけどね。そんな私でも、どうしても興味があったって言うか、嵌っちゃったって言うか……。やっぱり、好きな物は好きで居たかったの。だから、前田君が来た時に、もうチャンスはこれしかないって、そう思えた」
「それって言うと、露出プレイか?」
「うん。そうだよ」
俺はどこか呆れながらも、笹原の本音に耳を傾ける。こいつはやっぱり変態だ。どうしようもない変態で、ドスケベで、おまけに自分の変態趣味に人を巻き込む迷惑少女だ。
だけど、もしかしたら笹原は確かめたかったのかもしれない。自分の好きだった父親を好きでなくなったわけじゃないと。嫌いになったから、この世界に絶望したからそんな体になったわけじゃないって。自分の好きな、別のものを最後まで好きだと確める事で。
それはある意味では
だがまあ、こいつの場合はそれが露出プレイだったわけだ……。しかし、笹原がこうまでして野外露出に拘っている理由が少し理解できた気がする。
「そうか、だからか」
俺はふとある事に気付いて、そうつぶやく。
笹原が俺に『露出調教』を頼んだ意味。それがようやく分かった。
今にして思えば違和感のある頼みだ。何故なら、笹原は男性恐怖症が故に外へは出れない。その上で露出プレイをしようと思えば、確かに協力者は必要不可欠だ。しかし何もその協力者が笹原を『調教』する必要はないのだ。
初めはたんに笹原がそういう性癖の持ち主だと思っていた。だけど、笹原がわざわざ『調教する』と言う頼みをした本当の理由――。
もしかしたら笹原本人も気付いていないのかもしれない。無意識でのことだったのかもしれない。だけど、それはつまり、ただの露出プレイをする協力者ではなくて、自分を調教する相手、一緒になって露出プレイを行う相手。この笹原の縋りに、手を引いて共に臨んでくれる相手。
笹原が欲しかったのは、露出プレイだけじゃない。笹原の中にあるトラウマ、そいつと向かい合うための
笹原を調教するってのは、結局のところ笹原の持つトラウマとも、露出プレイとも相対さなければならないって事だ。それは俺が一番理解している。だからこそ、笹原はそういう人間を望んでいたんじゃないか。だからあの時、俺に言ったんだ。
『私を調教して欲しい』と。
「前田君、だから私は」
俺の思考がその結論に行き着くと同時に、笹原は再び口を開いた。
「私は……。どうしてもしたい、と言うか、させて欲しいと言うか……、その、露出調教して欲しいって言うか……」
「……そうか。ってことはやっぱり、お前はどこまでいっても引きこもり変態女子ってわけだな」
「だ、だから別に引きこもりじゃないし!?」
「うるせえ。俺から見たら同じだってんだ」
笹原と話していると、シリアスでいれば良いのか突っ込めばいいのかわからなくなるな。
けどまあ、しょうがない。その両方ともこいつの持ってるもんだ。だから今は我慢してやろう。
「でもね……。それで私がまた前みたいに戻れるって事じゃないのかもしれないけど、だけど、私も前に進むためにはどうしても必要な事だと思うから」
それまでもじもじとしていた笹原だが、ぐっと頭を持ち上げて、またあの時のような真剣な眼差しで俺を見つめる。
「だから、こんな私ですが、どうか露出調教して下さい!!」
直後、ボンッと効果音が付きそうなくらいに顔を赤くする笹原。
「……しゃあねえな。ま、そういう約束だったしな」
「あ、ありがとう!」
もしかしたら、笹原にしてみればこの話をする事で、面倒事だ、付き合えないと、そうやって放り出されると思っていたのかもしれない。
だが、笹原はそれでも俺を信じて話してくれたのだから、俺もここで突っ返す訳にもいかない。っつうよりも、どっちにしても俺は体質のせいでこいつに付き合わざるを得ないわけだが。
「で、でね。あの、えっと」
「なんだ、まだ何か言い足りないのか?」
「私ね、どうしても前田君にしかお願いできない事が有ると言うか、何というか……」
すると笹原はふと鈴谷に視線を向け、それからまた下を俯く。
「あぁ、気にしなくてもいいぞ。こいつも変態だから」
「せ、先輩! まさかこのタイミングで羞恥攻めですか!?」
「ほらな」
「……えっと、あの」
自分の課題が終わったとたんに遊びに出る小学生が如く、何時もの調子に戻る鈴谷は相変わらずだが、それでも笹原は一向に口には出せない。
なんだろう。さっきの恐怖症を告白する時よりも数倍気後れしてるみたいだが―。
「えの、えっとね。前田君、その……」
「なんだよ」
「前田君は、本気で私の事とか、なんとかしてくれようとしてるんだよね……?」
「何度も言ったろうが。俺はお前を露出プレイさせなきゃいけないんだろ? だったらその為に必要な事だったらやってやるさ」
「そ、それなら、えっと……」
両手の指をからませてもじもじとした笹原は、顔を上げることもせず、本当に恥ずかしそうに呟く。
「私と、その……野外で、エ……エッチな事……と言うか」
「なんだ、はっきり聞こえないぞ」
俺は急かすようにそう言葉を投げる。すると笹原はまるで壊れたおもちゃみたいに急に頭をぶるぶると振って、それからギリギリ聞こえるかどうかの小声で言った。
「前田君、私と……。私と、野外セックスしてください」