ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
それからは結局、あいつの自宅まで帰ると笹原の注文どおりに体を洗ったり汗を流したり、ふらふらな本人に代わってあれこれ世話を焼くハメになった。夜中でお姉さんは既に眠っていたのでバレなかったのは不幸中の幸いだったが、着替えさせてベッドまで運んでやると随分と疲れていたのか笹原はぐっすりと眠ってしまい、俺はすやすやと寝息を漏らす笹原の寝顔を見た後に自宅まで戻った。
俺もそれなりにくたびれていたのか、部屋のベッドで横になるとすぐに眠ってしまったらしい。覚えているのは、着替えもせずに倒れこむように布団に伏したところまでだった。
『ピピピピピッ』
「…………ふあー……」
気が付くと、枕元に置いていたスマホから喧しい着信音が鳴っている。どうやらこいつに起こされてしまったらしい。
窓から差す朝日が眩しい。どうやらすっかり熟睡してしまったらしい。
俺は大きなあくびをしながら、気だるく体を転がしてスマホへと目をやる。
「……ったく、朝っぱらから誰だよ」
なんだか軽くデジャブのような気もするが、しょうがなく俺は不機嫌な気分のままスマホを手に取る。
「はい?」
『あ、前田君』
聞こえてきたのは案の定、笹原の声だった。
「なんだよ。また何か用か?」
『えっとね、そういうわけじゃないんだけど、ちょっと付き合って欲しいと言うか……』
「あぁ、はいはい。分かったよ」
『良いの?』
「今に始まったことじゃないしな。お前の家だよな? 今から行くから」
『ありがとー! 待ってるね』
そう言うと俺はスマホを切る。
付き合って欲しいって言っても、買い物に連れ出されるとか、そういうわけでもないだろうしな。
あいつに至っては、そういう日常の範疇に収まるような注文はつけてこないだろう。つまりは、またあいつの性癖である野外露出に付き合わされるだろうなとそこまでは容易に想像できる。
「今度はいったい何をやらされるんだか……」
俺はもう一度大きなあくびをして、よっこらせっとベッドから下りると部屋を出る。階段の下を見ると1階の電気は消えていて、人の気配も無い。時計は9時過ぎだ。妹は部活で、親は仕事に行ったのだろう。
なんだか食欲も沸かなくて、軽く身支度を整えるとそそくさと家を後にした。眠気も覚めないなか、それからまた数分歩いて、あいつの家の前までやってくる。
薄い目で辺りを見渡しながら、ここまでの道順にしてもすっかり覚えてしまったもんだなぁと思う。少し前までは歩く事もなかった道なのに、迷わず真っ直ぐに行けてしまうんだから慣れたもんだ。
「おーい、来てやったぞ」
呼び鈴を押して、気だるさの残る声でそう言うとインターホンから返事が返ってくる。
『あ、ごめんね! まだ部屋で用意してる途中で、良かったら入ってきてくれるかな?』
用意って、またバイブでも突っ込んでるんじゃないだろうな……。
朝っぱらからまた笹原のあられもない姿を想像してしまいそうになって、心臓が早くなる前にいかんいかんと首を振る。まあどちらにせよここで待っていても仕方が無いし、それに朝日が眩しいから入らせてもらえるならありがたい。
「んじゃ、部屋まで行くぞ」
そう答えて、俺は扉を開く。鍵は開いてたのでそのまま玄関で靴を脱ぎ、リビングに入るがやはり誰も居ない。どうやらお姉さんも今日は外出中のようだ。
それから階段を上がってあの『カンナの部屋』と書かれた看板を前にする。若干の嫌な予感は有ったが、何が起こっても飲み込む覚悟を済ませてからドアノブを引いた。
「あ、前田君!」
「よぅ、笹は……ら……?」
「えへへ、似合ってるかな?」
部屋の真ん中でちょこんとこちらに振り返る笹原は、見覚えのある制服に身を包んでいた。
「お前、それ」
「うん。うちの制服」
それは紛れもなくうちの学校の制服だ。白のセーター服に、赤いリボン。紺色のスカート。小柄な笹原が着ると中学生っぽくも見えるが、それでも流れるような黒髪とはよく似合っていた。
「どうしてそんなもん着てんだ?」
「どうしてって、私だって同じ学校のクラスメイトなんだよ? 去年まではちゃんと登校だってしてたんだから」
「まぁ、それはそうなんだが」
どうして今になってそんなものを着ようと思ったのか、そっちを聞いたつもりだったんだが。
「私ね、学校に行ってみようと思うの」
「学校……? でも、お前は」
「うん。でも、今日なら行ける気がするんだ」
笹原はそう言うと、俺に見せるようにくるっと回ってみせた。スカートがふぁさっと広がって、太股がちらりと見える。
「だから、前田君も一緒に来てくれると、その……心強いかなって」
そういって、笹原は手を後ろに回してにっとハニカム。
「ねえ、お願いしても……良いかな?」
上目遣いに覗き込んでくるように、笹原はおそるおそると懇願する。
「…………っ、まぁ」
俺の方はと言えば、正直またド変態な趣味に付き合わされるとばかり思っていたから、なんというか、凄いギャップを感じてるというか。
ここにきて制服姿を見てみると、その、なんというか凄く普通と言うか、考えてみれば当たり前なんだけど、笹原も一人の女の子なんだなっていうか……。
「あ、もしかして見とれちゃった?」
「別に」
「ふふ、なんだったらスカートでも捲ってみる?」
「要らないから!」
手を振って笹原からの申し出を拒否しながら、俺は自分の視線から笹原の姿を外す。
制服姿の女子なんてこれまで腐るほど見てきたはずなのに、笹原のは何故か違って見えるというか、新鮮な感覚だ。
「分かった。学校までだな?」
「うん!」
なら早く行くぞ、と俺が踵を返すと、笹原はトントンッと跳ねるような足音を立てながら背中に付いて来る。
「こっちは私服だけど、まあ夏休みだし少しなら大丈夫だろう」
「折角だったら前田君の制服も見てみたかったかも」
「んなもん見たってなんの得にもならねぇって」
「もぅーそういうところだよ?」
背中からちょこちょこと小突いてくる笹原にいらっと眉を歪ませながら、俺は玄関で靴に履き替える。
だが笹原は玄関口でしばらく立ったまま、用意したローファーを見下ろしている。足先をむずむずとさせ立ち止まったままの笹原に、俺はそっけない素振りで声をかけた。
「大丈夫だ、お前なら」
「……うん、ありがと」
ゆっくりと腰を屈めて靴を履き終えると、笹原は自分から扉のノブを掴み、ぎぃっと開ける。
「じゃあ、行くね」
俺はゆっくりと先に進む笹原の後で扉を閉めて、そして路上へと二人で足を下ろす。
「…………ふぅ」
見ると、やっぱり笹原は肩を強張らせたままだった。
「……大丈夫。きっと大丈夫だよ」
笹原はまるで自分に言い聞かせるようにそう言うと、よし! と顔を上げて前へ歩き始める。
俺はそんな笹原の様子をただ横で見ていた。そして路上を歩き始める笹原と並ぶようにして、俺は普段どおり、学校へ通学する時のように無言のまま、ただ黙々と足を進ませる。
制服を着た笹原と並んでいると、まるで通学路を二人で歩いているようだった。そう、これといって変ったところなんてたったそれだけのはずなのに、何時の間にか隣で肩をすくめながら歩く笹原がこれまでとは別人のように感じる。あれだけ変態的な行為を繰り返していた笹原が、制服を着てこうやって歩いてるだけで少し小柄な普通の女の子へと生まれ変わってしまったような、そんな不思議な感覚だ。
互いにドギマギしてるせいで微妙に話しかけ辛い。そう言えば女子と一緒に通学した事なんてなかったからな……。
「……な、なぁ」
「……っ」
俺が声をかけようとすると、笹原はびくりと体を強張らせる。だが、見ると笹原が緊張した原因はどうやら俺ではないらしかった。
道の正面、前からランニング中の初老のじいさんが走ってきている。
「ほっほっほっ」
と、リズミカルに息を吐きながら、じいさんは走りながらもこちらへ目を向けた。
「おぉ、これはこれは、おはようございます」
このじいさんは何も悪くない。朝の日課のランニングか何かで、偶然通りかかった若者に挨拶しただけだ。
ただそれだけそうなのだが、俺達にとっては違う。
これは、もしかするとまたこいつを持ち帰る事になるかもな――。
「はい、おはようございます」
「おぉ、元気がええのぉ。今から学校かい?」
「え、えぇ、そ、そうです!」
「そうかい。気をつけてな」
…………。
するとじいさんはそのまま道の反対へと走っていく。
「……良かったぁ」
胸を撫で下ろす笹原。その顔色も悪くはなってない。
「…………」
「ねえ、ちょっと前田君。どうしてそんなに離れるの?」
「いやだって、いつ吐瀉物を撒き散らすかわからないし」
「もぅー!」
そうか。
笹原、お前は乗り越えたのか。
「俺はてっきりまた胃液まみれのお前を持ち運ぶ事になるのかと冷々したぞ」
「だから言ったでしょ、今日は行けるような気がするって」
ほっとした表情を見せる笹原は、やはり普段と変らない。
俺の知ってる笹原なら、あの距離で話しかけられれば間違いなく盛大に嘔吐した後に気絶してる。だが今は話しかけられても普通に言葉を返せるようにまでなっていた。
トラウマ、つまり笹原の過去。そいつが笹原にもたらしていた男性恐怖症は、その存在感を消し去っていた。
「まだ流石に少し恐いけど、でも、昨日までみたいに気持ち悪くなったりしてないし……うん!」
「つうか、あの荒治療がまさか本当に効くなんてな」
「ほら、だから名案だったでしょ」
「何が名案だ。あそこまでして治らなかったら逆にどうしてたんだよ」
「え、ダメだったら、次は……えっと」
「何故そこで顔を赤くする」
気が付くと、俺の口が少しにやけている事に我ながら驚く。
俺は俺で、こいつがまた一つ前に進めた事に安心しているようだった。
「良かったな、笹原」
「ん? どうかしたの?」
「何でもねぇって!!」
つい無自覚にそんな言葉を口にしてしまい、俺は慌てて取り繕う。
「今日の前田君、何時もと違ってなんだか可愛いね」
「うるさい」
それからも何度か他の人間と擦れ違ったり、中には大人の男とも行き違いになったりしたが、笹原は顔色を変えないまま、ついに目的地だった学校までたどり着く。
校舎の中やグランドには何人かの生徒で活気だっていた。夏休みでも部活動は盛んらしく、野球部の練習や吹奏楽部の奏でる演奏の音なんかが聞こえてくる。
「よう、ここからどうするんだ?」
「うーんと、折角だから教室まで入ってみようかな」
「そう言えばお前、引きこもりでまだ教室にすら入ってないもんな」
「前田君ってホント時々いじわるな言い方するよね! そんなんじゃモテないよ?」
「余計なお世話だ」
俺が先に校門を潜ると、続けて笹原も学校へと入っていく。
途中、クラスの場所を知らない笹原に道案内しながら、俺達は教室へと向かった。
すると、
「お、前田じゃないか。なんだ、忘れ物か?」
偶然にも廊下で担任と遭遇する。やっぱりムキムキの筋肉が暑苦しい。
「あ、ゴリマッチョ先生」
「誰がゴリマッチョだ」
担任はサッカー部の顧問で来ていたのだろうか、白のタンクトップに首にはホイッスルを紐でかけている。
このゴリマッチョにしても笹原のトラウマを発動させる要因になるが、今のところやっぱり笹原は平気そうな顔をして……。
「それと、お前の隣にいるのは……笹原か?」
「っ!」
名前を呼ばれておどろおどろしく顔を上げる笹原。どうやらトラウマとは関係なく緊張しているようだ。
「あ、あの、す、すいません、学校、中々行けなくて」
「そんなに声まで震わせる必要ないぞ。けどまぁこの担任、可愛い生徒になんでも押し付ける鬼畜教師だから気持ちはわかる」
「誰が鬼畜だ、誰が」
「は、はひぃ!」
まあ見た目はたしかに厳ついからな。笹原が恐がるのもわからないでもない。
「まあ、なんだ。何にしても、こうして学校まで来てくれて先生は嬉しいぞ。また新学期になったら教室で会おうな」
そう言って何時ものわざとらしい笑みを見せながら、担任は笹原の肩に手を置いた。
「…………」
「……笹原? どうかしたのか」
しかし、ここで笹原の動きが止まる。
文字通り電源が落ちたみたいにまばたき一つしなくなった笹原に、担任は心配そうに声をかける。
そして―。
「ぼげぇええええええええええええ!!!!」
笹原が吐いた。
「笹原ぁああああああああ!?」
「な、なんだぁあああ!?」
流石の反射神経でゲロを避ける担任と、それから思いっきり頭から被る俺。つうかこいつ最後にわざとこっち向きやがったか!?
「ほげぇえええ、うげぇ、うっ……」
「笹原、おい笹原ッ!!」
「まえだ、くん……私……」
「いいからもうしゃべるな!」
いやなんだよこれ!!
「前田!! 急いで保健室の御影先生呼んで来い!!」
「いや先生これはですね」
「いいから呼んでこい!!!!」
ゴリマッチョに説明は……いやいやできるわけない。
「もう、だめ、かも……」
「笹原ぁああ!!」
がくんと完全に意識を喪失する笹原。あぁ、もう!! いったいどうなってんだよ!!
その後、笹原は慌てて駆けつけた御影先生とゴリマッチョに保健室まで運ばれていき、俺はその様子をただただ眺めた。そしてすっぱい臭いを身に纏いながら、今の心境を包み隠さず吐露する。
「帰りてぇ……」