ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
妹の口から出た時宮さんと言う名前。それが何故かとても不穏なもののように感じられた。
妹は時宮先輩の事を勿論知っている。けれど、これまでに妹の口から時宮先輩の名前が出てくる事はほとんど無かった。
これはなんとなくだけど、俺はずっと綾子は時宮先輩の事が苦手なんじゃないかと思っていた。綾子も自分から先輩と関わろうとすることはなかったし、むしろ俺と同じで距離を置こうとしているようにも見えた。そしてそれは時宮先輩もまた同じで、先輩の方もうちの妹とはあまり接してこなかったように思える。
そうでなくとも二人の歳はちょうど三つ離れているから同じ学校に通うこともなかったし、中学こそ妹と時宮先輩は同じだが、妹が入学する年は先輩が卒業した年で、だから互いに同じ通学路すら一緒に歩いた事は無いのだ。接点らしい接点もないので、それも当然だと思っていたが。
それがどうして今更になって妹の口から時宮先輩の名前が出てきたのか。はっきりと言ってしまえば綾子が先輩の名前を口にしたのはかなり意外でもあった。
「どうしてだよ?」
俺は率直な疑問を向ける。するとやっぱり心配そうにこちらに目配せする綾子は、何故だかとても寂しそうな表情をしていた。こいつはこいつで普段はやけに明るい性格だから、妹のこういう顔をみるのはかなり久しぶりかもしれない。
「私さ、兄ちゃんは時宮先輩とはあまり仲が良くないって、ずっとそう思ってたから」
その口ぶりは、まるで綾子は俺が時宮先輩と会っていたと分かっているかのようだった。
どうして綾子がそんな事を気にするのか。疑問を持たないと言えば嘘になる。
「時宮先輩とは何を話してたの?」
やけに真剣味のある妹から言葉に、一瞬なんと答えるか迷ってしまう。けれど、ここで下手な作り話をするのはかえって話を複雑にしかねない。
「……クラスメイトの奴がな。この夏休み入ったばっかのタイミングで部活なんて作りたいって言い出してさ。部員が足りないんで、仕方なく時宮先輩を誘ったんだ。そんだけだよ」
俺は正直に起こった事の全てを伝えた。すると綾子は驚いたように目を大きくする。
「ぶ、部活? 兄ちゃんが?」
「ま、確かに意外だよな。俺だってこんな展開になるなんて思ってなかったぜ」
これまでの俺を知っている妹にとって、それは言わば『兄貴らしくない行動』だったのだろう。それは俺も理解している。だからかどこか照れ隠し気味にそう言うと、妹は嬉しそうににっと歯を見せて笑った。
「兄ちゃん、なんだか最近変ったよね」
「そうか?」
「うん。自分から色々な人と関わるようになったような気がする。この前家に来てた女の子も兄ちゃんの知り合いなんでしょ? 私もそっちの方が良いと思うし」
どこか含みのある言葉のように思えなくも無いけれど、それはきっと綾子の本音なのだろう。
こいつはこいつで、兄貴である俺の事を心配してくれているのだ。まったく、可愛い妹め。
「あぁ、そうだな。俺も自分がこういうふうになるとは思わなかったよ。なにせ、俺にはあの体質があるからな。人と接することなんてのは、俺にとって不都合なことでしかなかったんだ」
俺はそう言うと、綾子の頭をポンと撫でる。
つっても、そう思えるようになったのだってつい最近のことだ。そのキッカケだって、俺よりもずっと人生ハードモードで、俺なんかよりもずっと重い枷を嵌めてるのに、俺なんかよりもずっと前を見てる奴を知ってしまったからこそなのかもしれない。
「兄ちゃん。やっぱり、あの体質の事……」
妹は頭を叩かれるように撫でられて、猫のように目をぎゅっと瞑る。
妹も俺の体質の事は知っている。笹原と鈴谷に知られるまで、体質の事をちゃんと理解しているのは家族くらいだった。
「私が、兄ちゃんのこともっとちゃんと……」
「気にするな。別にお前のせいってわけでもないんだから。何せ、俺にだって何時から何が原因でこうなったのか、分からないんだからな」
妹は何故か俺の体質の事をかなり気にしているようだった。でもまあ、俺だって妹が同じような悩みを抱えていればそれこそ同じように気に病んだだろう。俺になんとかできるものなら、何とかしてやりたいとも思っただろうしな。
しかし、一度約束をしてしまえばそれを反故にできないという俺の体質。それは確かに人生で障害にはなるのかもしれないが、乗り越えられないモノでは決して無いはずだ。俺は俺で、こいつとは上手く付き合っていかなきゃならないのだろう。
「でも、それでも、私は兄ちゃんが心配だよ。だって、時宮先輩は……」
「どうしたんだよ。時宮先輩はそりゃ少し変った人かもしれないけど、兄ちゃんにとっちゃ数少ない顔なじみなんだ。何かあった時に頼れる人は、兄ちゃんにとっちゃ元々あの人しか居なかったんだ」
「…………うん、分かった」
それでも妹は最後まで心配が拭えなかったのか、やっぱり視線を落として暗い顔を俯かせる。
「でも、兄ちゃんが決めたことだもんね。私も、応援してる」
「なんだよ。今日はやけに肩を持ってくれるじゃないか」
「そりゃそうだよ。だってさ、兄ちゃんは私の兄ちゃんで、私は兄ちゃんの妹なんだから」
そこでまた笑顔をにっと浮かべると、綾子はさっと後ろにスキップを踏んで俺の手を頭から離させる。
「ごめんね。急に変な話なんかして。でも、何かあったら私が兄ちゃんの力になってあげんだかんね」
「そりゃ、心強いな」
中三の妹の、それも全裸姿のままで言われても、俺としては困っちまうんだけどさ。
それはそれとして、その気持ちだけはありがたく受け取っておこう。
「じゃあ私は部屋にもどんね。兄ちゃんも部活、がんばんなよっ!」
「あぁ」
そう言うと、綾子はそのまま俺に背を向けて部屋の中へと入っていった。
妹のあの顔、最後こそ何時もの調子に戻ってたけど、やっぱり何か悩んでるように見えた。だが妹と時宮先輩の間で仮に何が有ったとして、そんなものの内容は俺には想像すら出来ない。
そもそもあの二人は関わりあいどころか会話すら碌にしてないはずで、それがどうしてこのタイミングで綾子が先輩のことなんて気にしているのか。俺の方から綾子に聞いても良いのかもしれないけど、それはそれで無粋な気もして中々踏み込み辛かったりもする。
「まぁ、今は考えてても仕方ないか」
そう呟くと、俺も自室へと入る。そうして綾子や時宮先輩の事でまた一つ気がかりな事が増えながらも、結局何も進展しないままにその日を終えた。